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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
龍の堕ちた、その天意
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二十五の話

ユリは地面に小枝で何やら描いていた。一族の天幕を準備する者や、狩りに出かける者がそれを横目で見ながら通り過ぎていった。ヒナノはその視線に心地の悪さを感じながら、ユリが描く様を見ていた。


 ユリが描いていたのは魔術で使うカムナであった。何の術のカムナかは解らない。もしかしたら、ヒナノが過去に習って覚えていないものなのかもしれないが。


 不思議なのは今もって桜吹雪は続いているのに、ユリの描く地面にはその花弁が一枚たりとも落ちないことだった。これもユリの魔術なのだろう。ヒナノが目を凝らすと、桜の花弁が不自然にユリの周囲を避けて落ちているのが分かった。


「よし描けたっと。ヒナノちゃん。これからこの魔術を覚えるんだ」


「うん。でも、この魔術って何?」


「これは『障壁』の魔術さ。これからあんたには必ず必要になる」


「障壁か。前にカムナは習ったような気もする・・・・」


「どうやら、ヒナノちゃんはカムナを覚えるのが苦手みたいだね」


「え、うん。ちょっと苦手かも」


 ちょっとではない。酷く苦手だ。ユリは色々見抜くのが得意らしい。


「でも、この魔術だけは覚えてもらうよ。命に関わるからね」


「どういうこと?」


「戦ではね、ヒナノちゃんみたいに癒しの術を使える者は真っ先に狙われるのさ。傷だらけで動けなくなった兵も、傷を癒されちまったら元通りさ。だったら癒し手から潰しちまえば良い。戦の常道さ」


 ヒナノは背中を冷たいものが這い上っていくのを感じた。


「まあ、味方もそれを分かっているから、必死にヒナノちゃんを守ろうとするだろうさ。でも、いつでも守り切れる訳じゃない。だから、癒し手は障壁なんか覚えて自分の身を守るのさ。熟達した癒し手なんか、障壁に加えて武術で己の肉体を鍛え上げている者も多い」


「ワタシも武術の自信は多少あるよ。毎日サンキの鍛錬はしてるからね。大人の男一人、二人だったら負ける気はしない」


 ヒナノは強がって見せた。もっとも、この強がりはユリには見透かされてしまいそうだが。


「うん。その年頃で大したもんさ。鍛えてくれた一族のみんなに感謝するんだよ」


「え、うん・・・・」


 武術の鍛錬は苦しい思い出がほとんどだ。心の底から感謝するにはまだ時間がかかりそうだ。 


「じゃあ、早速やってみよ。ゆっくりで良いから、この地面に描いたカムナを頭の中に映し取るんだ」


 ヒナノは頷いて、描かれたカムナをジッと見つめた。


 頭の中に映し取る。新しく魔術を覚える時に言われることだ。だが、ヒナノはそれがすこぶる苦手だった。この魔術もどれくらいで覚えられるだろうか? そもそも覚えられるだろうか? 覚えられなかったらどうしよう。不安が募った。


「待った」


 ユリが鋭い口調で言った。ヒナノの体は、その声にびくりと小さく跳ね上がった。


「どうもヒナノちゃんは雑念が多いね。術士に雑念は大敵さ。癒しの術はスイスイ出来るのは何故なんだい?」


「何故って言われてもなぁ」


「術を使う時に何か想い浮かぶこととか、ないのかい?」


 ヒナノは術を使っている自分を思い出してみた。


「うん。なんか、ポワポワした水がスーって体の中へ染み込んでピカーってなる感じかな。ちっちゃい頃からそんな風に想ってた」


 ヒナノは言っていて恥ずかしさを覚えたので、愛想笑いで誤魔化した。しかし、ユリはそれにつられることなく、真顔のままだった。


「・・・・それだ」


「え?」


「その感覚だよ。障壁の魔術は特定の属性元素を必要としないんだ。使われる元素は各々の好む属性、好属性なのさ。ヒナノちゃんの好属性は間違いなく水だ。そのポワポワした水って想像は障壁の魔術にも使えるはずさ。やってごらんよ」


「え、うん・・・・」


 ヒナノは半信半疑だった。そんなことでこの魔術が出来るようになったら世話がない。でも、ユリがそう言うのならやってみても良いのかもしれない。


 そんな軽い心持ちで、ヒナノは地面に描かれた障壁のカムナをジッと見た。見ると同時に柔らかな水が自分の周りを覆っていることを想像した。


「ポワポワした水・・・・」


 ヒナノの頭の中に障壁のカムナが水のように流れ込んで来る感覚があった。そして、周囲に水の気配が濃くなった。想魔が終わったのだ。


「・・・・想魔さえ出来れば」


 集まって来た水の元素を練り上げる、練魔。形にする放魔へと繋ぐ。


 するとヒナノの周囲二丈余り、その地面から鈍い光が頭上へ立ち上り、半球状にヒナノを覆った。


「よくやった。それが障壁さ。どんな感じだい?」


「不思議な感じ。水の中にいるみたい。でも、ちっとも苦しくなくて、心地良い感じ」


「うん。その感じ、感覚を忘れるんじゃないよ」


「でも、こんなので身を守れるの?」


「じゃあ、ちょっと試して見ようかねぇ」


 ユリの眼が一瞬ギラリと光ったような気がした。悪い予感がする。そんなヒナノの予感は、一瞬先に予感ではなくなっていた。


「火鞠」


 ヒナノの頭の大きさはありそうな炎の塊が、既にユリの手の上にあった。


「えっ! ちょ、ちょっと、待って!」


「ヒナノちゃん、絶対に集中を切らせちゃダメだよ」


 そう言い終わるのが先か、ユリはヒナノに向かって腕を振り下ろしその炎の塊を放った。


「わっ!」


 思わず、短い悲鳴を上げてしまったヒナノであった。が、炎の塊はその身に届く前にかき消えた。ヒナノにはそれが、自分を覆う水がフワリと炎を包み込んで消してくれたように見えた。


「うん。中々だね。アタシの火鞠を受けてもまだ障壁が残ってる。これなら大人十人が刃で斬りつけたり矢を放っても大丈夫なはずさ」


「すごい。そんなに耐えられるの?」


「ああ。ヒナノちゃんは練魔の才があるからね。その速度、元素を練り上げる精度は一級品さ。だから障壁も強固になる」


「ワタシに練魔の才が・・・・」


 ヒナノは力が抜けた。障壁も解除される。


 自分に練魔の才があるだなんて初めて言われたし、そんなこと考えたこともなかった。一族の同じ年頃の子に比べるとカムナも覚えられないし、まともに使えるのは癒しの魔術だけで、勝手に自分のことを落ちこぼれだと思っていた。


「あとは、カムナを頭に叩き込むだけだね。いつでも想魔出来るようにするんだ。ヒナノちゃんの障壁なら、自分の身だけじゃなく、誰かも守れるようになるさ」


「誰かを守る」


 それを聞いて浮かんだのは母とゴウ、クレハと一族の皆の顔だった。誰かを守るということも、今まで考えたこともなかった。どちらかというと守られてばかりだし、それがどこかで当たり前だと思っていた。


「障壁を覚えたのね」


 母のミズキだった。魔術の発動を察してやって来たのだろう。


「うん。カムナはまだまだ覚え切れていないけど」


「大丈夫。一度放魔まで至った魔術のカムナは、何故か覚えやすいのよ」


「へぇ、そうなんだ。不思議」


「ユリさん、凄いですね。こんなに短い時間で、ヒナノに障壁を覚えさせるなんて。ワタシには無理です」


「うーん。多分、ミズキさん自身も障壁を扱うのが苦手なんじゃないかい?」


「え、ええ」


「それに見たところ、この一族には攻戦型が多くて、ヒナノちゃんみたいな守護型の魔術士は少ないみたいだしね」


「確かに少ないです。ユリさんは『活眼(かつがん)』の魔術も使えるのですか?」


「活眼?」


「その人や物の特性を見抜く魔術よ。ワタシは多少使えるけど、自在に使える術士は少ないわ」


「あれを使いこなすのは、覗き見大好きのアタシみたいな曲がった性格の奴が多いからねぇ。でも、活眼を使わなくても特性は読めるのさ。氣の流れにはそれぞれ固有の型があって、氣法士はそれが読める。それに加えて、アタシには魔術士の知識と経験があるからね。それを組み合わせて洞察しているのさ。活眼より精度は落ちるが、そっちの方が楽だからね」


「なるほど・・・・」


「あと、ミズキさんは理論で魔術を扱う類の術士なんだね。対して、アタシやヒナノちゃんは感覚を重視する類の術士なのさ。攻戦型で理論派が、守護型で感覚派に教えるのは難儀するもんさ」


 自分はもしかして、落ちこぼれじゃなかったのか。ヒナノの中の霞が晴れていくような気がした。


「守護型に感覚派か。ヒナノは父さんの方に似たのね」


「え? 父さんに?」


 ヒナノは思わず声が大きくなった。普段、母は死んだ父のことをほとんど話そうとしないのだ。もっと父のことを聞きたかったが、喉の奥に何か詰まったように言葉が出てこなかった。


「こちらも、何やら順調のようだな」


 牛頭法士がやって来た。野太く力強い声と、雄々しい姿に気を引かれる。


「ああ。ちょっとヒナノちゃんに障壁の魔術を覚えてもらったのさ。そっちも思った以上みたいだね。さっきゴウの氣が膨らむのを感じたよ」


「うむ。ゴウならば、次の段階に移っても良いようだ。ヒナノ、マサクニは何処にいる?」


「マサクニさん? さあ、狩りにいったかな? でも、どうして?」


「ゴウの試し合いの相手にと思ってな」


「へぇ、またそいつは・・・・」


 ユリは嬉しそうに笑みを漏らした。


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