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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
呵禍大笑、桜吹雪く
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二十三の話

「すまん、クレハ殿」


 牛頭法士はクレハへ頭を下げた。


「何を謝る必要がある。牛頭がいなかったら、一族は皆殺しにされる運命だっただろう」


「うむ・・・・」


「それより、牛頭。あれに勝てるのか? テイワ五大将軍か。その噂はこの山奥にも届いていたさ。それらは全て堕龍人なのだろう?」


「ああ、そうだ。タヂカはその能力に加えて、優れた氣法士だ。力のぶつかり合いの戦闘ならばテイワでも一、二位を争うだろう。絶対に勝てると断言は出来ん」


「なるほど。更にあの性質か。あれはかなり厄介だ。考えていないようで考えている。そうかと思えば、自分の欲するままに突き進もうとする」


「タヂカは己の欲求に恐ろしく素直なのだ。その為ならば、言動も目論見も翻し、自分の面子はおろか、王の勅令でさえも簡単に捨て去る」


「ちょっと待ってください。あれと戦うのですか? 秘術を教えれば一族の皆は生かしてもらえるのではないんですか?」


 ミズキが二人に割って入った。


「それは、まず、ないだろう」


 クレハはため息交じりで答えた。


「あいつは当初秘術を求めてやって来た。気の乗らない、王の命令でな。だが、牛頭法士がワタシ達の用心棒をすることになって、その目的が変わった。牛頭法士と戦うってことにな」


「タヂカの欲求は闘争にある。秘術のことなど、土産程度に持ち帰れば良いと思っているだろう。俺が奴と戦わなければ一族は皆殺しだろうな。そして、俺が勝たねば、タヂカは何をするか分からん。一族の運命は奴の欲するがままだ」


「それにミズキよ。その秘術だがね。無い、のさ」


「無い? だって、ゴウは・・・・」


 言いかけて、ミズキは口を押さえた。


「いや、無いと言うと正確ではないかもしれん。それらしいものは長のみに伝承として伝えられている。しかし、テイワがどこでその秘術のことを聞きつけて来たのか知らんが、ワタシにはそれの型として、はっきりとしたものは伝えられていない」


「では・・・・」


 ミズキの顔は青ざめていた。一族の者達も同様であった。ヒナノも自分の体が震えるのを感じて母と同じ顔をしていると分かった。


「勝算はある」


 牛頭法士が低く言った。


「牛頭法士、アレを使うつもりかい? こいつは楽しみだねぇ」


 ユリが弾ませる様に言葉を挟む。


「・・・・アレだと? それは昨日お前達が語っていた氣法と魔術の統合の、緒とやらか?」


「クレハさんは勘が良いねぇ」


「ああ。だが、それには、俺が『悪鬼牛頭』へ戻る必要がある」


「悪鬼牛頭。それは昔の戦場での通り名かい?」


「そうだ。殺戮に明け暮れていたころのな。今の未熟な俺では、破壊と支配の力に頼らねばあいつには勝てん」


「物騒だな。氣の質を変えるか」


「うむ。それには多少の時間を要する。だが、その前に・・・・」


 牛頭法士はゴウを見遣った。


「ゴウに氣法を教える。俺がもし間に合わぬ時、この一族を守る強き者は多くいた方が良い」


 ゴウの喉仏が上下した。


「ゴウはすでに己の力で氣法の緒を掴んでいる。一の輪まで自在に使いこなすのに、そう時間はかからない」


「仕方あるまい。本来ワタシが教えるべきだろうが、あんたの方が適任だ。よろしく頼む」


 クレハは牛頭法士に向かって頭を下げた。


「ゴウ。氣法に目覚めた後、お前は自分の底知れぬ力に否応なく向き合うだろう。その時はワタシの元へ来るんだ」


「分かったよ、クレハ婆」


 ゴウは真っ直ぐクレハへ応えた後、牛頭法士へ向かって頭を深く下げた。


「牛頭法士さん。よろしくお願いします」


 ヒナノは驚いた。ゴウがこんな風に人に頭を下げる姿は初めて見た。ただ、一族の大人達は皆家族のような存在だから、こんな機会がなかっただけなのかもしれない。そうであったとしても、ゴウが礼を重んじることが出来るようになっていたとは。


「うむ。時間がない。早速取りかからせてもらおう。クレハ殿、良いな?」


「ああ、お願いするよ」


「では。行くぞ」


 牛頭法士の後をゴウが従う。桜の森は、歩み行く二人をすぐさま覆い隠してしまった。


「これは面白くなったね」


 ユリだった。


「本気の牛頭法士と堕龍人のぶつかり合いか。こりゃ、山が一つ二つ吹き飛んでもおかしくないね」


「面白くないよ。みんな死んじゃうかもしれないんだよ」


 ヒナノは反射的に口に出してしまった。でも、本心だ。抗議の眼も合わせてユリへ向けた。


「いや、これはすまない。アタシの悪いクセがでちまったね。でも、ヒナノちゃん。気休めで言うんじゃないけどね、アタシにはあの牛頭法士が負ける姿が想像出来ないのさ。例え堕龍人が相手であったとしてもね」


「でも、でも・・・・あ、堕龍人って何?」


ユリはそれに優しげな笑顔で返したが、苦笑いを巧妙に隠していることがヒナノには分かった。


「天より龍の堕ちし者、その身に宿るは天意なり」


 クレハが遠い目をしながら言った。


「ヒナノよ。お前にもその時が来たら教えよう」


「え?」


 クレハはそう言うとヒナノの答えも聞かずに歩き出した。今日はもうここで祈りは止めるらしい。クレハが天幕を張るよう一族の者達へ指示を飛ばした。


「それじゃ、アタシはその時が来るまで、暇潰しさせてもらおうかねぇ。ミズキさん、ヒナノちゃんをちっと借りるよ」


「え? 何をするんです?」


 ミズキがユリへあからさまな猜疑の眼を向けた。


「なぁに、心配いらないさ。戦場での生き残り方を少し教えるだけさ。あれ相手に守られてばかりじゃ、死ぬからね」


「生き残り方・・・・」


 ユリは軽い口調で言ったが、ヒナノはその言葉に全身を流れる血が冷たくなるのを覚えた。これから待ち受けているであろうことは、命の取り合いなのだ。


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