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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
呵禍大笑、桜吹雪く
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二十二の話

「止まれ!」


 最前のクレハが声を上げた。それに従い、隊が止まる。突然の号令にマサクニはつんのめるように脚を止めた。


「なんだ、花見するのか?」


マサクニと同じことを、一瞬ヒナノも考えた。だが、クレハの声の調子と、ユリと牛頭法士の表情が一気に張り詰めたのを見ると、そうではないと分かった。


「今度のは、隠れて仕掛るつもりはないらしいね」


「ああ、それどころか、顕示している」


 ユリと牛頭法士は隊列の最前へ走った。ミズキも、ただ事ではないのを察してか、駆け出しす。ゴウはそれを見て後を追った。


「ちょっと、ゴウ!」


 ヒナノも後を追う。体が勝手に動いた。


 隊の先頭に辿り着く。クレハの睨みつける先を見る。


 人だ。見えるのは三人。桜の木々が吹きつける花びらを浴びていた。


 まず目が行くのは中央の人物だった。椅子にどしりと座り杯を仰いでいた。朱色の着物に金色の鎧を身につけていた。三白眼、鎧を突き上げんばかりの隆々とした筋肉。外見で、その男に対して恐れを感じるのはごく自然だと思われた。


 その左に立つのは、体に貼りつくような黒の着衣の女だった。その出立が見せる体の線で女だとすぐに分かった。整った顔立ちをしているが、こちらを見据える眼があまりにも落ち着き払っていて、それが返って酷く冷たく感じた。


右に立つのは藍色のゆるりとした着物の男だった。こちらは一瞬、女と見紛うほどに美しい顔立ちをしていたが、長身の背格好から辛うじて男だと判別出来た。臆病な性質なのか、それともこちらを観察しているのか、絶えず視線を動かしていた。


「婆様、これは?」


 ミズキの声は張り詰めていた。


「突然目の前に湧いて出た」


 クレハは三人を見据えたまま言った。


「へえ、やっぱ、遊んでるね」


「ああ。酷く厄介な遊びだ」


「あの真ん中の偉そうな男。あれは厄介どころじゃないね」


 牛頭法士とユリの表情が強張って、引きつっているようにも見える。この二人に余裕がない。


「見事な桜だ!」


 金色の鎧の男は叫ぶように言い放った。杯を藍色の着物の男に差し出し酒を注がせる。


「酒も旨い」


 男は注がれた酒をあおった。


「ワタシはシメグリの一族が長、クレハだ。さっさと用件を言え」


 クレハは矢を放つような鋭い口調で言った。


「まあ、そう急くな。まずは皆でこの見事な桜を楽しもうではないか。なあ、牛頭よ、お前もそう思うだろ?」


一同の視線が牛頭法士へ集まった。


 ヒナノは思った。どういうことだろう? あの男と牛頭法士は知り合いなのだろうか? 一族の者達も同じ疑問をその眼に込めていた。


「そう来たかい。クレハさん」


 ユリがクレハに視線を飛ばした。


「ああ。分かっている」


 クレハの三人を見据える眼は揺らぐことはなかった。


「さっさと名乗ってやれ」


 牛頭法士が言った。


「つれないな。本来は名乗るつもりも、その必要性もなかったのだがな。昔の馴染みがいると聞いてそうも行かなくなった。名乗ってやろう。我は、テイワ五大将軍が一人、タヂカ」


「副将、オボロ」


 黒衣の女が呼応するように言った。


「同じく、イビ」


 藍の着物の男が目礼をするように顎を下げながら言った。


 一族の大人達からどよめきが起こった。


「ねえ、ミズキさん。テイワ五大将軍って?」


 ゴウが小声でミズキに尋ねた。


「五大将軍・・・・テイワ国軍の頂点五人のことよ。そんな大物が・・・・何故?」


「強いの?」


 ゴウのその質問は的外れで、無邪気でさえあるとヒナノにも分かった。


「強い、なんてもんじゃない」


 ミズキは眉間に深い皺を作った。


「お前の性質から考えて、自らが好んでやって来たのではないだろう? 王の命か? テイワの王は物好きが過ぎる」


 牛頭法士の問いかけに、タヂカは大声を上げて笑った。


「そうだ、そうなのだ! テイワの王は物好きが過ぎて、気が狂ったのだ! 牛頭よ、お前が出奔している間にあの国はより狂った。王は今何と名乗っているか知っているか? 神の帝。神帝だぞ! 笑えるだろ?」


「笑えんな。国の王が狂ったとなれば、その国の民が多く苦しむ」


「お前が、人の命の心配をするか? 悪鬼牛頭よ。テイワの大罪人よ」


 再び一族の者達はどよめいた。聞こえて来る声は牛頭法士へ対する不信であった。皆動揺の色を隠せない。


 ヒナノがキョロキョロと伺うと、全く様子が変わらないのは当の牛頭法士、ユリ、そしてクレハであった。


「大丈夫だよ、ヒナノ」


 もう一人いた。ゴウだ。ヒナノはそれにただ頷いて答えることしか出来なかった。


 動揺の広まる一族を見てか、タヂカは更に大声を上げて笑った。酒に酔っているのか、それともこの男の性質なのか。


 どちらにせよ、ヒナノは胸の内を虫が這いずり回るような感覚があった。この男から感じるこれは、嫌悪だ。


「さっさと要件を言え!」


 クレハの声は雷鳴のようであった。一族の者達が静まるのはもちろん、タヂカでさえも、笑うのを止めた。


「ワタシはあんたらの昔話には興味ない。大方、牛頭法士の過去の悪行をさらして、一族との分断を計ろうって腹だろうが、テイワはつい最近まで内乱に明け暮れてた国だ。そういった国じゃ、昨日までの英雄が今日大罪人に早変わりすることなんざ珍しくもない。無駄話は止めろ」


 タヂカは三度大声を上げて笑った。本当によく笑う男だ。何がおかしいのだろう。この男が狂っているんじゃないか。ヒナノは嫌悪を大きくさせた。


「婆よ。クレハとかいったな。お前気に入ったぞ。用件が済んだら、皆殺しにしてやろうかと思ったが、気が変わった」


 タヂカは杯の酒を一気にあおった。


「全員生かしてやる」


 タヂカの言葉に、今度はイビという男が色めき立った。


「将軍・・・・」


 タヂカは片手を上げてイビの言葉を制した。イビは頭を下げ、一歩退いた。


「わざわざ深い山を越え、お前ら一族の元へやって来たのは他でもない。貴様らが知るという秘術の為だ」


「秘術・・・・」


 では、ユリと牛頭法士と同じ死者蘇生が目的でやって来たのか。ヒナノは一瞬そう考えた。


「堕龍人を生み出すという秘術をな」


 誰の声もしなかった。代わりに、多くの大人の息を飲む音が聞こえた。


「堕龍人・・・・だと」


 クレハの辛うじて絞り出したその声は、タヂカへ届いただろうか? 傍に立つヒナノにもやっと聞き取れるほどだった。


「知らぬとは言わさんぞ。そこにいる眼つきの悪い餓鬼、そいつは堕龍人だろう?」


 タヂカは空になった杯でゴウを指し示した。


「俺が・・・・堕龍人?」


 ゴウは呟いた。疑問は感じているようだ。だが、その表情から動揺した様子はうかがえない。まっすぐタヂカを見ているだけだ。むしろ、動揺しているのは周りの大人達の方だった。長のクレハでさえも頬を痙攣らせていた。


「あらら、こいつは予想外だねぇ」


 ユリはどこか楽しげだった。


「どうした? 秘術を教えれば貴様ら全員生きられる。拒めば、死ぬ。考えるまでもなかろう?」


クレハはじっとタヂカを見据えたままだった。返答を考えているのだろうか? ヒナノには何も分からなかった。堕天者を生み出す秘術はもちろん、堕天者が何であるのかさえも、今どうすれば良いのかも。ただ、傍観するだけしか出来そうにない。


「今すぐ、ここでは見せられんし、教えられん。ここから東へ三日ばかり行った場所に、コト川の源流の泉がある。そこでお見せしよう」


 再び、一族達がどよめいた。


「三日か。まあ、良いだろう」


 タヂカの返答は酷く呆気なかった。そう感じたのはヒナノだけではなく、敵方のイビも同じようだった。眉根を動かし何かを言いたげだった。


「その代わり、お前の気が変わるようなことがあれば、ウダツの町にいる貴様ら一族の半分は皆殺しだ」


 ヒナノは思わず息を飲んだ。力の抜けたところに入り込んだ空気は、喉の奥で渦を巻くように堰を作った。


「お前、それをやったらどうなるか分かっているのか?」


「分かっている。町へ逃げ込んだお前ら一族のみを殺すなど器用なことは出来ないだろうからな。町ごと焼くことになるだろう。そのような大それたことをするのだ。当然テイワの旗を掲げ、名乗らねばならぬだろう。卑怯だからな。そうなれば、この国の朝廷も黙ってはおられまい。必ず兵を挙げる。テイワとアマツの大戦(おおいくさ)になるだろうな」


「大馬鹿者が! テイワの将軍ならば、『五の盟約』も知らぬわけがなかろう!」


 クレハが声を荒げる。


「当然だ。盟約を破ったテイワは、アマツだけでなく他の三国からも攻め込まれるだろうな。このジン大陸は戦乱に陥る。これは面白くなるぞ!」


 タヂカは笑い声を上げた。今までより更に大きい、山間の桜の花が全て散ってしまうような笑い声だった。それに反するようにその場にいる他の者達は絶句していた。


 タヂカの隣に立つオボロとイビも同じで、イビなどは空気を食らうように口をぱくぱくとさせるばかりだった。副将のこの二人ですら初めて聞かされたことのようだ。


「貴様は自分の国が滅んでも良いと言うのか?」


「婆よ。俺は面白ければ良いのだ。あの国王も気に入らんしな。そうだ。秘術よりも大戦の方が面白そうだな!」


 タヂカは突然立ちあがると、凄まじい息吹と共に両腕を広げた。それによって破裂したかの様に風が吹き荒れた。


 ヒナノは思い出していた。これは牛頭法士がゴウと戦った時に見せた、氣だ。だが、その強さはあの時以上だ。


 タヂカの氣は周囲の桜の木々を震わせて、その花びらを舞い上げ石竹色の嵐を起していた。それは風流などとはほど遠くただの暴威であり、身体を打ちつける花びらは小石の礫の様であった。


 呼吸がままならない。目がまともに開けない。母もゴウもクレハ婆も一族の皆もすぐ近くにいるだろうか? それすら分からなくなるほどの桜の嵐だった。ヒナノはその中で身を縮めることしか出来なかった。


「破っ!」


 胸の奥を震わせる大太鼓のような、牛頭法士の声だった。


 その声と共に桜の嵐はピタリと止み、石竹色の花びらは各々が思うままに舞い落ちた。大量の空に踊ったそれは桜の色に染まる雲か霧の様であり、ヒナノは先ほどまでの暴威を忘れてその光景に見惚れてしまった。


「すごい・・・・」


 ゴウの視線は桜の花びらにはなかった。


「流石、牛頭法士。見事な『氣合い』だねぇ」


 いつの間に取り出したのだろうか? ユリは大鉄扇で扇ぎ、桜の花びらを弄んでいた。


「三日だ。三日待て。貴様の望むもの、見せてやろう」


 ヒナノはまたタヂカが大笑いをあげると思った。だが、タヂカは口元をわずかばかり歪めただけだった。


「牛頭よ。お前は察しが良い。お前にはまだまだ二つ名があったな。俺が気に入っているのは、そう、『堕天者殺し』だ。俺を失望させるなよ」


 言うとタヂカはオボロへ目配せをした。するとその周囲がぼんやりと光り始めた。練魔だ。


「そうだ、婆。お前もせいぜい俺を楽しませる余興を用意しておくんだな」


 タヂカが言い終わると、テイワから来た三人は影となり、その影は何も残さず消え失せた。


 あんな魔術もあるのか。あんな使い手がいたら自分の命なんていつでも消されてしまう。ヒナノは自分の心臓が握り潰されて破裂しそうなのを意識した。


「すごいね、ヒナノ。あんなすごい人達がいっぱいいるんだ」


 ゴウが目を爛々とさせながら言った。ゴウは違った意味で心臓を高鳴らせているようだ。



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