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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
呵禍大笑、桜吹雪く
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二十の話


 朝日が昇り、木々の隙間をかい潜るようにその光が地面に届く頃。既にシメグリの一族は列を成し山道を歩き出していた。


 春とはいえ、朝の山の空気はまだ冷たい。人々の地を踏みしめる音と馬の短い嘶きが現れては、山の空気に溶け込んでいった。


「シメグリの皆さんは勤勉だねぇ」


 ユリはあくび混じりで言った。


「ごめんね、ユリさん。そんなに寝てないんでしょ?」


 ヒナノは謝りながらも一族のこの行動を責めていた。昨日あんなことがあったのだからもっと休めば良いのに。こんな時まで祈りを大事にするんだ。今は普通じゃないのに。


「良いのさ。朝は一族にとって大事な時間なんだろ?」


「うん。朝は祈りが届きやすい時間なんだって。なんでかは知らないけど」


「朝にしろ夕にしろ、陰陽が入れ替わる時間帯は氣が激しく動くからね。氣の元素が強まるのさ。それとも関係してるのかもしれないね」


「へぇ~」


「ところで、シメグリの一族はどうして山の中を歩き回っているんだい? 確か、ジン大陸四大大河の源流を巡っているんだろ?」


 ジン大陸四大大河とは、東へ流れるコト川、南東のナンヨウ国へ流れるタツミ川、南のテイワ国へ流れるミマ川、都オウキョウを抜け、西のサラサ国へ流れるイヌイ川の四つの川のことである。ジン大陸を潤し恵を与えている「命の大河」とも言われている。シヨウ山地にはその四つの源流全てがあり、その語源ともなっている。


「四つの源流へ祈りを捧げる為なんだって。それもなんでかは知らないけど」


「教えてくれないのかい? それとも興味がないのかい?」


「シメグリでは、子供にはあえて教えないんです」


 ミズキが割って入るように答えた。


「あえて? なんでだい?」


「疑問を持ち、自ら考えてもらう為です」


「ほう。それは良い教えだね。でも、考えた結果、一族に反感を持ち離れていく者もいるんじゃないのかい?」


「それでも良いのです。それを本人が選んで行動したのなら、成長したと見なすのです」


「へぇ。随分と寛容だね。だってさ、ヒナノちゃん」


「え? うん。それは知ってるよ」


 自ら考える。ヒナノはずっと幼い頃から言われて来た。正直、辛いし分からない。だから、考えるのを止めて、考えるのを強いる一族から離れたい。でも、それで本当に良いのかとも思う。


「なるほどな。この一族の者達は統率が取れているが、不思議と抑圧されたものや偏執的なものを感じない。皆自ら歩を進め、それに喜びや楽しみさえ覚えるも者もいる」


 牛頭法士の野太い声が頭上から降って来た。


外の人から見たらそう見えるんだ。毎日山道を歩かされたり、武術や魔術の鍛錬をさせられたり、充分抑圧されている。


 でも、自分が外の世界を知らないだけで、都なんかに住んだらもっと色々なことをさせられて、毎日嫌な想いをしているのかもしれない。


「ねえ、母さん。都と比べて一族の暮らしってどう?」


 いつもはこんなことをあまり訊くことは出来ないが、ユリと牛頭法士がいるからだろうか。ヒナノはいつもと違う空気に乗じて訊いてしまった。


「どうって言われてもねぇ・・・・。でも、一族の暮らしの方が好きだよ。自由だし」


「自由? 一族の暮らしが!」


 ヒナノの声が思わず大きくなってしまった。前を歩くゴウが何事かと振り返り、一族の視線が集まる。


「こら、ヒナノ。声が大きい。そうよ。一族は都と違って変な競争はないからね」


 一族の暮らしが自由に感じるだなんて、都はどれだけ不自由なんだろう? ヒナノは都を御伽話に出て来る地獄か魔界かのように想像してしまった。


「ミズキさん都にいたのかい。どうりでねぇ」


「ええ。十八の頃まで都に・・・・」


「ミズキさんなら、都でも上位の魔術士だっただろ? この国だったら、大三位ってところかい?」


 ミズキは一瞬驚いた顔をして、黙って頷いた。


「だいさんい?」


 またヒナノが初めて聞く言葉だ。


「人を積み上げる塔の制度だな・・・・」


 牛頭法士の溜息混じりの言葉に、ユリは軽く肩をすくめた。


「このアマツ国は魔術士を実力ごとに位分けしてるのさ。上から大、中、小で、更に各位の中にも三段階の位がある。一位、二位、三位ってね。全部で九位。大三位は上から三番目だね」


「母さんって、そんなに凄かったんだ・・・・」


「アタシの見たところ、今のミズキさんなら大二位ぐらいの実力はありそうだね。都じゃ一生安泰どころか、人々の尊敬を集めて贅沢三昧だったはずさ。なんでまた、この山奥へ?」


 何故母はそんな都でのきらびやかな暮らしを捨ててまで、シメグリの一族へやって来たのか? 都の競争が余程嫌だったのか、或いは・・・・。


「ははーん、これはアタシの勘だと恋だね」


 ユリの眼が良い獲物を見つけたかのようにギラリと光った。


 ミズキはその加虐的な光から逃れるように引きつった愛想笑いを浮かべて、うつむいた。図星のようだ。


 確かに父と出会ってこの一族へやって来たと昔聞いたことがあったが、どのように出会ったまでは話してもらえていない。父に話を聞こうにも、ヒナノが幼い頃に父は死んでしまった。


「ユリよ。またお前の悪いクセが出ているぞ」


 牛頭法士がたしなめる。これはいつもの型なのだろうか? この二人はこうして均衡を取っていそうだ。


「おっと、こいつはいけない。ごめんね、ミズキさん」


「いえ。少し話し過ぎました。祈りに戻ります」


 ヒナノは、もう少しユリに母の過去を聞き出してもらいたかったが、母が祈りに戻ると言う以上それも叶いそうにもなかった。


 そうして、人が発するのは歩き土を踏みしめる音だけとなった。

 


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