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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
シメグリ急襲せり [一の巻 始]
2/67

二の話

何かあったのか? 一族にそれが伝わると同時に、クレハは空中に飛び上がり腕を斜めに振り下ろした。


 折れた矢が地面に跳ねた時、ヒナノ は、それがクレハ婆が手刀でもってはたき落としたのだとようやく理解した。


「ミズキ! 風で払え!」


クレハは地に足を付けるや否やそう叫んだ。


ヒナノの母ミズキは、すぐさまそれに応えて僅かな時間目を閉じたかと思うと腕を振り上げた。


ヒナノとゴウ、一族の者もその腕に引かれるかのように上を見上げた。そこには矢の雨が迫っていた。


危機を察知した馬達は嗎き、それに吊られるようにヒナノも短い悲鳴を上げた。


風鎚(ふうつい)!」


 ミズキが叫ぶとの頭上を一陣の風が走り抜けた。それは風と呼ぶより、巨大な見えない鉄槌だった。


 矢の雨はその鉄鎚に薙ぎ払われ、折れてひしゃげたであろうそれがどこかへぱらぱらと落下する音だけが聴こえた。


「・・・・すごい」


 ヒナノの口から思わず感嘆の言葉が漏れた。


 母の魔術はいつ見てもすごい。これだけ短時間で、且つこれだけ強力な魔術を行使出来る者は、一族では母のミズキ以外にいない。


「もう一つ! 風鎚!」


 吹いた風を呼び戻すかの様に、ミズキは再び風の魔術を放った。今度のそれは、矢の飛んで来た周囲の木々の上へ向けてだ。


風に打たれて木々が激しく揺れる。

 

 周りからくぐもった声や甲高い悲鳴など、いくつもの人が発したと思われる声が上がった。それは木々の上から聴こえて、地に落ちた。

 

 やはり人だ。数は百かそこらか。皆頭巾から靴まで黒い装束だった。地面に叩きつけられて動かない者も少数いたが、大半は上手く着地してこちらに向けて殺気を放っていた。


 この者達が矢を放ったであろうことは、つまり、一族へ害を与えようとする者達であることはヒナノにも一瞬で分かった。


「全員ウメガイを抜け!」

 

 クレハに従い、一族皆腰に納めた刃を抜いた。それの分厚い刀身が木製の鞘を擦る音が数百と一斉に鳴る様は、まるで巨大な生物の唸りだった。


 シメグリの一族は、女子供にでも皆ウメガイと呼ぶ剣鉈を携帯している。両刃の尖った切先を持つ刀身で、長さは五寸から一尺と、持つ者の筋力、好みにより変わる。

 

 ウメガイは手足の一部として扱えるように幼い頃から肌身離さず持つように教育される。


 その目的は大きく分けて二つある。一つは生活に密接したものだ。草木を薙ぎ道を切り拓くと言う力任せのものから、狩りで仕留めた獣の皮を剥ぐと言う繊細さを要するものまで、日常様々な使い方をする。 


そして、もう一つ。それは自分達を害する獣や人や魔物から身を守る為だ。


 今クレハが指示したのは明らかに後者の理由だ。


「術士、障壁を張れ!」


 再びクレハの指示が飛ぶ。今度はミズキも含めた数十名の腕が上がり、各々術名を叫んだ。たちまち一族の隊列の足元から透明な膜の様なものがせり上がり覆い尽くした。


 障壁は外敵と自分とを隔てて身を守る術だ。これで矢の類は通らない。


連環(れんかん)!」


 クレハの号令で一列だった一族の隊は、いくつかの楕円を成した鎖状の塊になった。楕円の外を主に男が固め、内の女と子供を守る形の陣だ。


 その連環の陣を敷いている間に、黒装束の男達は腰元の剣を抜き放ち一族へ向けて突進して来た。だが、障壁に隔てられてその刃は届かなかった。


「あいつら、一体なんなの?」


 ヒナノは隣に立つ母に、恐怖と疑問が混じり合った感情をぶつけた。尋ねても分からないであろうことは分かっていたが、そうでもしないといられなかった。


「野盗の類にしては身綺麗だわ。どっちにしても大した奴らじゃないよ。大丈夫」


 大丈夫。それは単なる気休めの言葉ではない。


 一族には母のミズキ以外にも魔術の達人は何人もいる。大人の男達だって、女達だって武術の心得がある。それに、この一族にはゴウがいる。


 賊の刃が何度も振り下ろされ、魔術の障壁が見る間に破れていった。破れ始めると障壁はもう意味を為さない。賊が次々と障壁の内へと侵入する。


「来る!」


 ヒナノがそう叫ぶ間に黒装束達の刃は振り下ろされていた。


「任せろ!」


 一族の男の誰かが叫んだ。シメグリの一族の男達も屈強だ。あちこちで擦れ合う金属音が上がる。


 賊の刃を分厚いウメガイで向かい入れたかと思うと、間髪を容れず刃を滑らす様に受け流し、体軸を回転させながら肘や膝を敵の体に叩き入れる。


「サンキ、水の型、刃流(はながれ)


 ヒナノは呟いた。目の前でいくつもその技が繰り出されるのは壮観であった。


 サンキ。シメグリの一族が独自に編み出した武術とされている。


 ウメガイの刃と、自らの手足も武器とする。一族の生活環境である山の自然の力を模しているとされている。


 山間を吹き抜ける風の如く素早い動きで放つ「風の型」。


 全てを支える地の如く力強く技を放つ「地の型」。


 全てに染み入り流れる水の如くしなやかに放つ「水の型」。


 その三つの型から成る武術である。


 一族の強さはこの磨かれたサンキにあった。その技の前に黒装束の賊達は圧倒されていた。


 特に一族の長であるクレハの強さは別格だった。攻撃を軽くいなしただけに見えたのに、賊の体を葉のように吹き飛ばしている。


 数の違いも相まって、賊の中には旗色が悪いと判断したのか逃げ出す者もいた。


 母の言う通り大した奴らじゃない。ヒナノが胸を撫で下ろそうとした時だった。


 後方で悲鳴と馬の嘶きが上がった。鈍く何かが砕けるような不快な音がそれに混じっていたのも聞いてしまった。


反射的に目をやると、そこには大男が立っていた。


 身の丈六尺五寸は優にある。黒装束に身を包んではいるが、それでも肥大したはち切れんばかりの筋肉であるのが分かる。


 手には男の身の丈と同じ長さはあろうかと思える金棒が握られていた。その巨大な金棒で薙ぎ払ったのか、大男の足下には一族の者達が横たわっていた。


 ミズキが腕を振り上げた。怒りの形相だった。娘のヒナノでもこんな母の顔を見た記憶はそうない。大きな魔術を使うつもりだ。


「待って、ミズキさん」


 突然ゴウがミズキの前を遮った。


「何してるの、ゴウ。どきなさい!」


「俺がやるよ」


 ゴウは大男へ向かって歩き出した。


「そんな。いくらゴウでも無理だよ」


「大丈夫、ヒナノ 。多分、一撃だ」


 ゴウの言葉は何故かずしりと重くヒナノの不安を抑え込んだ。自惚れでも気休めでもない。ただ本当のことを言っているように思えた。


 ゴウがゆっくり近付いて行くと、大男もそれに気付いた。


「なんだ、餓鬼。潰されに来たか?」


 大男が凄んで見せてもゴウは怯んだ様子はなかった。男もゴウから何かを感じ取ったのか金棒を頭上に掲げて構えを取った。


一瞬、ゴウが消えたかに見えた。

 

 ゴウの腰を捻り右の拳を突き出した姿。それがはっきりと捉えられると同時に、男の巨体は何丈も吹き飛んでいた。


「地の型、正突(せいとつ)


 ゴウは放ったばかりのその技の名を口にした。


 正突。地を重く踏み込み、足裏で得た力を膝から腰、更に背中から腕そして拳へと、それぞれの部位を捻転させることにより力を統合して正拳に込めて放つ技である。


 サンキ地の型の最も基本的な技であるが、個々人の力量によりその破壊力は全く別物になる。それが故に、極まった正突は地の型最強へ至るとも言われる技である。


 吹き飛んだ大男は木の根本に打ち付けられ、ピクリとも動かなかった。ゴウは言葉の通り一撃で倒してしまった。


 それを見て残った黒装束の賊達も一斉に逃げ出した。森はしばらく賊達の足音で騒がしかった。


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