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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
呵禍大笑、桜吹雪く
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十九の話

 夜半過ぎだろうか。山の闇はより深く、静かで冷たい空気の中で梟が一匹鳴いていた。


 ユリは、立ち並ぶ天幕の中で眠るシメグリの一族の寝息を感じ取りながら、焚火をじっと見詰めていた。見ていて飽きることがない。炎は一度として同じ舞を踊ることはない。


 ふと、天幕を抜け出して近付いて来る者がいた。音を立てず皆を起こさないように気遣っているようだが、気配を殺すつもりはないらしい。敵意はない。ユリに用があるようだ。


「ゴウ、眠れないのかい?」


 視線を向けなくても分かった。彼の氣の特徴はもう掴んだ。ゴウの表情は見なかったが、少し驚いたのだろう。歩調が変わった。


「ユリさんに教えてもらいたいんだ」


 ゴウはユリの隣に腰を下ろした。


「なんだい? 乙女の秘事に触れなきゃ答えてあげるさ」


「乙女の秘事って?」


「う~ん、そのうち分かるさ」


「そっか、牛頭法士さんは起きないかな?」


 ゴウは側に寝転がっている牛頭法士を見遣った。黒毛の巨体は岩そのものに見えた。ゴウは意外に他人を気遣う。根は優しいのだ。


「牛頭法士なら大丈夫。周囲の氣が乱れない限り起きないさ。さすがに、ぶっ叩けば起きるけどね」


 ユリは小さく嘘をついた。しかし、ゴウの気遣いを無駄にしない為の嘘だ。


「・・・・魔術のことなんだけど」


「一族じゃ教えてもらえないのかい?」


「俺は力が強いからサンキの鍛錬ばかりしてたんだ。クレハ婆も得意なことをやった方が良いって言ってたし。でも、それだけじゃダメなんだ」


「うん。間違っちゃいないね。これから先、術士とやり合うんだ。魔術は使えなくても良いけど、魔術三段くらいは覚えておいた方が良いね」


「魔術三段?」


「魔術を放つまでには段階があるのさ。三段階のね。まず、その一、想魔。頭の中でカムナをはっきりと想い浮かべる」


「カムナってさっきの魔物寄せの札に書いてあった、おかしな図形?」


「そう。カムナってのは森羅万象と対話する為の言葉なんだ。なんでも、あれは文字でちゃんとした読み方があったらしい。本当かどうかは分かんないけど、確かにカムナには力がある。強力な魔術ほどカムナも複雑で想像するのに難儀するんだけどね」


「そのカムナを想い浮かべるとどうなるの?」


「その魔術に必要な属性の元素が集まり出すんだ。そこで、その二、練魔さ。集まって来た元素を一点に集めて練り上げる」


「そう言えば、ヒナノやミズキさんが魔術を放つ前に、手の平や空中に光みたいなものが集まっていく」


「へぇ、大したもんだ。あれが見えるのかい。そう。それが練魔さ。魔術の修行はこの練魔の修行とも言って良い。いくら想魔が出来ても、ちゃんと元素を一点に集めて、魔術の形に出来なきゃ意味がないからね」


「うん。聞いてるだけでも、難しそうだ」


「実際難しいさ。強力な魔術になるほど練魔に時間がかかる。使う元素の量も多いからね。でも、練魔が出来ちまえば後は放つだけさ。最後、その三、放魔さ」


「魔術を放つのか。どうやって?」


「まあ、対象に向かって押し出す感覚かねぇ。放つだけなら簡単さ。ちゃんと当てて効果を及ぼすには、これもまた鍛錬が必要になるよ」


「想魔、練魔、放魔。それが魔術三段か」


「さて、ゴウ。ここまで聞いて、術士相手にどう戦うかい?」


「想魔をさせなきゃ良い。いや、違うか・・・・」


「そうだね。確かに想魔を出来なくすれば魔術三段は始まらない。でもね、熟達した魔術士相手には通用しないことが多い。どんな状況下でもカムナを想起出来るように鍛錬してるからねぇ。現に、今アタシは喋りながらカムナを想起してる」


「え? 全然そうは見えないけど」


 ユリは短く笑うと、人差し指を立てゴウに上を見るよう促した。ゴウはユリの指先を追うように見上げた。


 高さ一丈ばかりの空中に、光る塵のようなものが集まり出していた。ゴウはそれを見て目を見開いていた。


「もう練魔は始まってるよ。これでも分かりやすいよう、ゆっくりにしてる方さ。本当ならとっくに放魔に至ってるところさ」


 ユリが言い終わると光の塵は一抱えもあるような火球に変わった。


「じゃあ、ユリさんが敵だったら、俺は気付かずに焼かれてたってことか。凄い・・・・」


「まあ、自分で言うのもなんだけど、ここまで相手に気付かれずに想魔も練魔も行える術士も滅多にいないんだけどね。だから、普通は氣法士や武術を使える者に守られて、後ろへ控えていることが多い」


 ユリは手の平を広げると、魔術の火球はそれに呼応して霧散した。


「難しいな・・・・。魔術士と対峙した時にはもう想魔が終わっているかもしれない。じゃあ、練魔の段階で止めなくちゃいけない。でも・・・・」


 ゴウは小声でぶつぶつと呟いた。


「魔術を止めるには練魔の段階で潰すのが常道だね。止めようが、止められまいが、その挙動はしっかり見なくちゃいけない」


「だけど、術士は守られているんでしょ? だったらその守りから叩くしかない」


「相手方も考えてることは同じさ。だから、ゴウ、人と戦う時にはあんたに攻撃が集中することが多くなるよ。魔術も刃もね」


「そうか、じゃあ、もっと鍛えないと」


 ゴウは意を結したように、拳を強く握り締めた。


 今の話を聞いて怯えるのではなく、高揚している。面白い子だ。


「意気込みは良いけど、強くなる為には眠ることも大事だよ」


「そうだね。もう寝ないと」


 ゴウは立ち上がった。


「そうだ。ユリさん、堕龍人って何?」


 ユリは一瞬迷った。自分が話してしまうのも面白いかもしれない。だが、一族の者達の反応を見た限りでは、それはあまりにも悪戯が過ぎる。


「それもまた、そのうち分かるよ」


「乙女の秘事ってこと?」


 ユリは思わず吹き出して、声を上げて笑った。


「ゴウ、あんた本当に面白い子だねぇ」


「そうかな? ヒナノにはよく何考えてるか分からないって言われるけど」


「それが面白いんじゃないのさ。まあ、今日はもう寝て脳ミソ休めなよ。一度に色々知り過ぎるのも毒だよ」


「うん。今日は色々知れたよ。ありがとう」


「ああ、おやすみ」


 ゴウは天幕の中へ戻っていった。様々な可能性を感じる子だ。ユリはその胸に湧き立つものを感じていた。


 森は再び静かになった。いつの間にか梟の鳴き声も聴こえなくなっていた。何処かへ飛び立ってしまったのだろうか。


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