十八の話
タヂカ将軍は笑っていた。仰け反らせた肩で、自らが座る椅子の背もたれを砕く勢いである。篝火がその笑い声で揺らいでいる。寝静まっていた鳥が驚いたのか、急いて飛び立つ羽音がいくつか聴こえた。
イビは長年このタヂカの側に使えて来た。だから分かる。こうして笑うのは自らを満足させそうな好敵手を見つけた時であると。嬉しくてしょうがないのだ。しかし、イビにとってそれは恐怖だ。
「いやぁ、こいつは愉快だ。あの、悪鬼牛頭だけではないのか。なんだ、その炎使いの女魔術士は?」
「緋色の髪に大鉄扇を振るう魔術士。ナンヨウの国に、その様な名の通った退治屋がいると聞いたことがあります」
「なるほど、かなりの強者の様だ。しかし、イビよ。お前の魔物寄せの札も形なしだな」
「はい。申し訳ございません。もっと陰陽の滞った土地ならば、より強力な魔物を大量に引き寄せられたのですが」
「良い。どうせ、ほんの戯れだ」
戯れか。タヂカ将軍にとって、全ては戯れだ。
「一族の長の統率力に加え、恐ろしく強い用心棒二人。逆に士気が上がってしまったかと」
オボロは直線的にものを言う。タヂカ将軍の目論見が裏目に出てしまったと言っている様だ。イビにはこの様なもの言いは出来ない。その胆力が羨ましい。
「うむ、面白い奴らだ」
タヂカは腕を横に伸ばした。少なくともイビにはただそう見えた。
だが、その瞬間、森が割れた。タヂカの振るった拳の圧で木々が倒壊したのだ。
「これは俺も昼寝ばかりしていられぬ。猛るな。イビ、オボロよ」
タヂカは立ち上がった。それだけでも周囲の空気が震えるようだった。
イビとオボロは、タヂカの巨躯の前に片膝をつき首を垂れた。体がそうせざるを得ないと反応したのだ。
タヂカ将軍が自ら動かれるか。イビは自分の皮膚がぞわぞわと波打ち、血が冷たくなっていくのを感じていた。
イビは、隣のオボロの横顔をチラリと見遣った。彼女は何を想うのだろう? 表情はいつもと変わらない。
タヂカ将軍がいつになく猛っている。今宵の嗜みは、きっとこのオボロの美しい顔が卑猥に歪むのを見せ付けられるだろう。そして自分の恥辱もまたこの女に見られてしまう。
怒り、嫉妬、羨望、それらを踏み躙る恐怖。いっそのこと自分の心など散々に砕け散ってくれたら良いのに。だが、この女の存在がそれをさせてくれない。せめてこの女と自分の想いが同じであれば良いのに。
イビは、タヂカの嗜みの前に繰り返してきた願いを、ただ儀式の様に行うのであった。