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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
呵禍大笑、桜吹雪く
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十七の話

 魔物の屍の山が灰の山へと変わるまで一刻と時間がかからなかった。放った馬を連れ戻しに行った者達が戻るまでの時間の方が長くかかったほどだ。


 後始末も終わり、シメグリの一族はいくつか焚火を起こしてそれぞれを囲み、魔物の襲撃で中断された夕食を再びとることが出来た。


 牛頭法士とユリもその輪の一つに混ざりくつろいでいた。


「いや~、働いたね。疲れた、疲れたっと」


 灰の山を築いた炎の使い手ユリは、言葉とは裏腹にその様子はまるでなかった。


 同じ焚火の輪を囲むクレハとミズキは驚きとも恐れともつかない表情をしていた。あれだけの魔術を行使してまるで疲労を見せない。それに対する正常な反応だろう。


 マサクニはいつものようにただ呆けた顔をしていたし、ゴウは枝に串刺され焚火に炙られた餅を見ていた。こちらの二人の方が特殊なのだ。


「なんだ、ゴウ。豆餅は珍しいか?」


 餅を炙っていたのは牛頭法士であった。ウダツの町で大量に買ったらしい。牛頭法士の好物だという。


「豆がごろごろ入ってる。うまそうだね」


「疲れた体を癒し、強じんな肉体を作る。それには豆餅が一番なのだ。ほら、焼けたぞ。食ってみろ」


 牛頭法士は豆餅を刺した枝ごとゴウに渡した。ゴウは受け取ると豆餅にかぶりついた。うまいようだ。一瞬大きく眼を見開いた。


「なんだい牛頭法士。また、それ言ってんのかい? あんたが豆餅に目がないだけだろ」


「良いではないか、ユリ。豆餅がうまいのは確かなことなのだからな。どうだ。ヒナノも食べるか?」


 言いながら牛頭法士は、もう一つの枝で串刺して炙られた豆餅を指差した。


「え? うん。食べてみたい。一族では餅もめったに食べられないから」


 突然、クレハが咳払いをした。ヒナノは豆餅を欲しがったのがいけなかったのかと、おかしな自戒をした。


「くつろいでるところ、悪いね。牛頭法士さんに、ユリさん。あんたらに確かめておきたいことがある」


「何でも訊いておくれ。あと、さん付けはよしておくれよ。あんた達が雇い主なんだ。気軽に呼び捨てておくれよ」


「うむ。ではそうさせてもらおう。あんたら、何者だ? その強さなら相当名が通っていてもおかしくない」


「名は、まあ、ちっとは通っているかね。あちこちで魔物退治して金稼ぎの旅してるからね」


「ふむ、ただの退治屋には見えんが」


「察しの通り、俺達はただの退治屋ではない」


「ちょっと、牛頭法士。ものには順序ってもんがあるだろ。まあ、どうせ見透かされちまうから良いか」


「金を求めて用心棒を買って出たわけではなかろう」


「おっ、やっぱり見透かしてるね」


「用心棒はただの成り行きだ」


「ヒナノとゴウに聞いた感じだとその様だ」


「俺達はシメグリの一族が持つと言われる、ある秘術を求めて来た」


「秘術だと?」


「死者蘇生さ」


 一族の者達はクレハと牛頭法士達のやりとりに耳を立てていたのだろう。ユリに一斉に視線が集まった。驚きなのだろうか? 警戒なのだろうか? とにかく強い視線だ。一気に空気が張り詰めた。


 大人達は何か知っているみたいだ。死者蘇生は魔術なのだろうけど、ヒナノは聞いたこともなかった。


「あらら」


 ユリは注がれた強い視線に対し笑みを浮かべた。


「ユリ、あんたそれをどこで訊いた?」


「旅の氣法士のジジイさ。陣笠被った変わったジジイでね。ちょいと手強い魔物退治を手伝ったら教えてくれたのさ。金がないって言うんでね」


「そのジジイの名は訊いたか?」


「エンダイって言ってたねぇ」


「・・・・ふむ、そうか。知らぬ存ぜぬとシラを切りたいところだが、あんた達には命を助けてもらったしね。良いだろう」


「よろしいのですか、婆様!」


 ムロが別の焚火の輪から立ち上がり叫んだ。今にも飛びかかって来そうな勢いだ。クレハは軽く右手を上げてそれを制した。


「良いも何も教えようがない」


「それはどういう意味だ?」


牛頭法士の炙る豆餅がほんのり焦げ出して食べごろになっていた。ヒナノはそれを伝えたかったが、言い出せる空気ではなかった。


「死者蘇生は確かに存在する。シメグリの一族の秘中の秘だ。それを使えるのは代々一族の長だけだ。ワタシも伝えられたから使えるだろうが、使ったことはないし、どういう原理なのかも分からないから教えようもない」


「魔術のようなカムナはあるのかい?」


「ない」


「じゃあ、魔術ではないってことだね」


「氣法の技でもないのだな?」


「氣法に近い気もするが、氣法ではない」


「・・・・そうか」


「期待外れで、すまない。用心棒代は多くは出せないが、きっちり払わせてもらう」


「いや・・・・」


 牛頭法士は焼けた豆餅をヒナノに手渡した。


「牛頭法士、これは当たりかもねぇ」


 ユリの眼がギラリと光った。


「その秘術見たいね。マサクニ、ちょっとそこへ死んでみてくれるかい?」


「え? いや、俺が、どうやって?」


「馬鹿だね。冗談に決まってるだろ」


 ユリは声を上げて笑った。マサクニとのやりとりが面白かったのか、それにつられて笑う者もいた。


ヒナノも思わず吹き出してしまった。


 張り詰めた空気も緩んでいった。ヒナノはそれに乗じて豆餅にかじりついた。「おいしい」と声を出しそうになったが、ふと視線に気付いてその言葉は豆餅より先に飲み込んだ。母のミズキだった。普段から大口を開けて食べるのはよしなさいと言われていた。さすが母だ。見逃してくれない。


「あんたら、生き返らせたい者がいるってわけじゃなさそうだね。なぜ秘術を求めて来た? 良かったら教えてくれるかい?」


「氣法と魔術の統合」


 牛頭法士は即座に答えた。


「・・・・ほう、それでか」


「クレハさんは優しいね。無茶だって一笑に伏してもおかしくないのにさ」


「どういうことですか? ユリさん、あなたはさっき氣法を使って肉体を強化しながら魔術を放っていました。それは氣法と魔術の統合ではないのですか?」


 ミズキが口を開いた。堪らず発したのだろう。普段よりも早く言葉を繰り出していた。


「あれは統合ではないし、簡単に言うと切り替えだね。氣法って流れの隙間に魔術を差し込んでるって想像してもらえば良いさ」


「そんな簡単そうに・・・・それこそ無茶です」


「うむ。あんな芸当はユリにしか出来ないだろうな」


「あの、俺馬鹿だしさ、魔術のこと何も分からないから訊くんだけど、氣法と魔術って同時に使えないもんなのか?」


 マサクニが尋ねたのはヒナノも知りたいことだった。


「想起することが全く逆なのさ。氣法は己を森羅万象と結び拡大する。魔術は己の元へ神羅万象を集約させる。口で言うには出来そうな気もするけど、やってみるとこれが無茶なんてもんじゃなくて、無理なのさ」


「例えるなら、昇る朝日と沈む夕日を同時に拝むようなものだな」


「そうか。でも、それならその統合ってやつも土台無理だってことにならないか」


「マサクニ、あんたもはっきり言ってくれるね」


「ああ、いや、すまない」


「そう思うのが通常だろう。だが、この世には存在するのだ。魔術でも氣法でもない、それを超えたものがな」


「死者蘇生に魔物か。確かにそれらは氣法と魔術の理の外だ」


「それと堕龍人もね」


 ユリがその言葉を発した時、再び空気が張り詰めた。今度はさっきよりも強い。もっとも、ユリはそれを見越して言ったのか、口元に笑みをたたえていた。


ヒナノはその堕龍人という言葉を聞くのは初めてであった。だが、これも一族の大人達は知っているようである。しかも、この様子だと気軽に触れてはいけないことのようだ。


「ねえ、それがどうして氣法と魔術の理の外なの?」


 ゴウだった。ヒナノは大人達の空気が更に張り詰めるのを感じた。


「この世に存在するもの全ては、魔術の始動で使う風火地水の四属性と、氣法の始動で使う氣の一属性の元素と、それらの陰陽で構成されている。だが、命そのものは何の属性か分かっていない。いや、属性などそもそもないのかもしれない」


「だから、風火地水を練り上げ放つ魔術だろうが、氣を結んで流し込む氣法だろうが、命を生み出す、あるいは命を蘇らせることは出来ないのさ」


 それではこの世に生きているもの全て理の外じゃないか、とヒナノは思った。


 豆餅を含んでいた口では言えそうにもなかったので、ユリの顔をじっと見ながら心で声を上げた。ユリは覚ってくれたのか、ニコリと笑って返してくれた。


「じゃあ、魔物はどうなの?」


 ゴウが続けて訊く。


「この世に存在し続けるには、どんなものも陰陽の均衡が取れてなくちゃいけない」


「陰陽?」


「ややこしいんだけどね、まあ、裏表って思ってりゃ良いさ。どんなものでも、表が出来た途端裏も出来るだろ?」


「うん。そうだね・・・・」


 ゴウは自分の手の平と甲とを交互に見比べた。


「魔物はその陰陽の均衡が全く取れていないのさ」


「均衡か・・・・陰と陽の大きさが違う、とか?」


「当たっているようで、外れだね。陰陽が均衡を取るには、渦の様に常に動き続けなきゃいけない」


「渦? 渦を巻いているのか・・・・」


 ゴウは手の平をじっと見た。


「魔物はその陰陽がずっと停滞して、漂っているのさ。理からすりゃ、形も保てず一瞬で消え去ってもおかしくない。でも、あいつらは存在し続けている。一説には命の存在が形を繋ぎ止めているって話だけど、魔物は死んでも消え去ることなく、肉は残る。均衡を欠いたままでね」


「それじゃ、俺達も魔物も同じだ。死んだら肉が残る」


 ゴウの言葉にユリは声を上げて笑った。


「面白い子だねぇ。そうだねぇ。高いとこから見れば同じかもね」


 ヒナノは何故だか少し悔しい気持ちが沸いて出た。


「魔術と氣法では、全ては五属性の元素で構成されていることを、絶対的な理としている。魔術と氣法は万能だと言う者もいる。だが、その実、その理で測れないことが神羅万象のほとんどをしめている」


「それが『理の境界』ってやつだね。その境界の外側は神の領域だってことで済ましちまっているのさ」


「そうか、じゃあ・・・・」


「とにかく、その理の境界ってのは、魔術と氣法の統合によって超えることが出来るものだと、あんたらは考えているってことか?」


 ゴウが何かを言いかけたが、突然クレハが口を挟んだ。


 ユリは一瞬肩をすくめた。


「まあ、可能性の一つだね。氣法でも、難儀はするが風火地水を操れないこともない。逆に、魔術で氣を操れないこともないが、それもまた難儀だ。でも、お互いの要素を持ち合ってるってことでもある。だったら、二つのものを一つに統合しちまえば良い」


「氣法と魔術の起こりは、神々の振るった力を人間が用いる為に、様々な面から探った結果生まれたものだと聞く」


「つまりは神の力を手に入れるか。うむ・・・・」


 クレハは口を一文字に結んで眉間に力を込めた。聞く限りではヒナノにも分かる。それは無理というものだ。


「無理に思えそうだが、あんたらほどの力量の持ち主が本気でそれを探っている。つまりは、それの緒は既に掴んでいるってことかい?」


 その言葉に、ユリは一瞬ニヤリと笑いを浮かべた。何か言いた気だったが、口を開いたのは牛頭法士だった。


「うむ。緒らしきものはな」


「ええっ」


 ヒナノは思わず声を上げてしまった。一瞬皆の視線がヒナノに集まる。場違いな驚きだったのだろうか? 


「しかし、それが直接理の向こう側への道と繋がっているかどうかは分からん。はっきり言うと、俺達はまだ何も掴めていないも同然だ。だから、多く魔物を狩り、理の外にある秘術を求めて各地を旅している」


「これまで全部空振りだったんだけどさ、やっと巡り会えたってね」


「だが、さっきも言った通り、死者蘇生は教えようもないぞ」


「それでも良いさ。使うところを見るだけでも何か掴めるかもしれないからね」


「それも無理だな。ワタシは一族の者を誰一人として死なすつもりはない」


「俺達が用心棒を引き受けたのだ。誰一人として死ぬ者はいないだろう」


「だから、このゴタゴタが済んだ暁には、その秘術の由来や、型だけでも見せて欲しいんだ。何をどう想起するかとか、道具を使うとかぐらいはあるんだろ?」


「うむ、あるにはあるが・・・・。良いだろう。本来なら一族でも限られた者にしか見せられないが、今は一族の存亡がかかっている。そんなことは言ってられない」


「よし、決まり!」


 ユリは一つ手拍子を打った。


 ヒナノは母のミズキの様子を伺った。酷くうかない顔をしていた。


 ヒナノは牛頭法士とユリは最高の用心棒だと思うのだが、母は余程この条件が気に入らないらしい。


「じゃ、まず敵を知らないとね。こいつを見て欲しいんだけどさ・・・・」


 ユリは懐に手を入れて何やら取り出した。長方形の紙数枚だった。そこには円と直線が組み合わされたいくつかの図形のようなものが描かれ、それが渦を巻くように配列されていた。ヒナノにはそれが何であるか分かった。カムナだ。


「その札に描いてあるのはカムナだな。あいにく、ワタシは魔術に疎い。ミズキ、頼むよ」


「そのカムナは魔物寄せ、ですね。先ほどの魔物の襲撃はこれが原因なのですね? しかし、一族の者はそれに誰も気付けなかった。札に気付けないよう隠遁の魔術も組まれています」


「おっ、あんた中々の術士だね。そうさ。こいつがここいらの木々に貼り付けてあったのさ。しかもこれはただの魔物寄せじゃない」


 どういうことだろう? ヒナノはその札をじっと見た。


「おっと、ヒナノちゃん。この類の札はじっと見ちゃいけないよ。見た者の頭に入り込んで、勝手に魔術を発動させるものがあるからね」


「え、ごめんなさい」


「まあ、これはアタシが無力化しといたから大丈夫なんだけどね。でも、これは強力さ。ここいら一帯の魔物を簡単に引き寄せることも出来る。しかも隠遁の魔術も絶妙に不完全でね。隠遁ってのは命の宿らないものを、周囲の者に気付けなくさせる魔術さ。家一軒ならともかく、札を完全に隠すことぐらい訳ない。逆に不完全にする方が難しい」


「不完全・・・・そうか」


「眼に氣を配って、気付ける者にしか気付けない。こちらの実力を推し測るか、遊んでいるか。アタシの勘だと後者だね」


「うむ、いづれにせよ、ワタシらをつけ狙っているのはかなりの手練れだ。そう推量させるように仕組んでいる感さえある」


「そうだね。厄介さ。あんた達そんな厄介な相手に恨まれるような心当たりはあるのかい?」


「ない」


「じゃあ、このシメグリの一族が持つ何かを狙ってるってことだろうね」


「それは分からん」


「うーん、アタシらと同じように死者蘇生の秘術を狙って来てるかもしれないし、他の何かかもしれない。金目の線はないとして・・・・」


「ユリ、その辺にしておけ」


 牛頭法士の言葉には鋭さはなかった。しかし、ユリは大袈裟に肩をすくめて見せた。


「そうだね。すまなかった」


「他に敵方には氣を周囲に融け込ませてつかませない者もいる。しかも、瞬転移の類まで使えるらしい」


「それはさっき魔物が襲って来る前に感じた。魔物寄せの札もそいつが貼り付けて発動させたんだろう」


「うむ。気を付けた方が良いのはその術士だけではないな。強力な魔術士と強力な氣法士は組になっていることが多い」


「術士と法士は同じ格の者同士組んで、お互いを補い合う。常道だからねぇ」


 ヒナノは牛頭法士とユリを交互に見遣った。常道か。


「まあ、今分かっていることが敵方の全てだったら、アタシら二人だけで余裕で対処出来るさ。でも、そうじゃないんだろうね」


 ユリの手の平の上で、魔物寄せの札が燃えて一瞬で灰になった。


「だからって、アタシらは負けないさ」


 牛頭法士はそれを確信するように頷いた。この二人は慢心しているように見えない。あの戦いぶりが何よりもの証明になっている。


「敵方に瞬転移の使い手がいる以上、広目を使って周囲を探るのはあまり効果的ではない。疲れるだけだ。今夜は俺とユリが交代で見張りをする。一族の者は、もう眠って休め」


「そうさせてもらおう。皆、さっきの戦いでくたくただ」


 言うと、クレハは立ち上がった。


「腹を満たしたら、天幕を整えて体を休めるんだ。まだ戦いは続く。生きるんだ」


 クレハの言葉にシメグリの一族の者達は力強く頷いた。


 ヒナノはその姿を見て何か心の中に湧き立つものを感じた。この一族は体も強い。そして、心も強い。負ける訳がない。


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