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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
魔、氣、さんざめく
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十六の話

火鞠(ひまり)!」


 その声と共に大百足は燃え上がった。あの大百足の硬い外皮を瞬時に焼いてしまった。相当な火の魔術の使い手だ。


 ミズキか? いや、ミズキは風の使い手だ。火はそれほど得意ではなかったはず。


「いや~、いきなり見せ場かい? 腕が鳴るねぇ」


 緋色の髪の女だった。ゆっくりと、まるで品定めをするかのようにぐるりと見回しながら歩いて来る。胸まで肌けた随分とふしだらな格好だ。


 だが、クレハは瞬時に分かった。只者ではない。大百足を焼いたのはこの女だろう。


「速く片付けてしまおう。皆疲れている」


 その後ろから歩いて来たのは大牛の魔物、いや、牛の獣人か。黒毛の岩のような巨躯だ。


 突如、緋色の髪の女に大蛇が飛びついた。


 しかし、牛の獣人はそれをこともなげに片手で掴み取ると、前腕の筋肉を膨らませて握り締めた。潰れると砕ける。その音が同時に鳴ると、大蛇は巻き付いて抵抗する暇もなく、だらりと力が失せて動かなくなった。


 牛の獣人が大蛇を投げ捨てると、それを見ていた一族の者達から悲鳴とも驚嘆ともつかない声が漏れた。凄まじい剛力だ。


 この二人、何者だ? 彼女達から立ち上る氣に、魔物すら恐れをなして足を震わせているように見える。


「婆様!」


 マサクニだった。そのすぐ後ろにゴウとヒナノの姿も見えた。


「お前達。無事だったか」


 三人はクレハの元へ駆け寄った。


「遅くなってすみません」


「謝る必要などない。テンユウ兄弟はどうした?」


「いや、それが、その・・・・」


 マサクニは言い淀んだ。


「テンユウ兄弟は来ないよ。あの二人の方が強い」


「なに? どういうことだ?」


 ゴウは言葉が足りない。さしものクレハもそれでは理解出来なかった。


「あの二人がテンユウ兄弟よりもすっごく強くて、用心棒してくれることになったの。帰って来る途中に襲われた魔物だって簡単に倒してくれたんだよ」


 ヒナノは興奮しているのか息が切れているのか、言葉が上ずっていた。だが、大方飲み込めた。


「皆、陣は崩して良い! まだ戦える者はその二人を援護せよ! そうでない者はワタシの後ろへ下がれ!」


 一族に困惑の色が広がったが、皆その指示に従って動き始めた。


「へえ、聡いね。やり易くしてくれたかい。牛頭法士、数が少し多い。あれ、出しておくれ」


「うむ。だが、やり過ぎるなよ。ユリなら山一つ焼きかねん」


 牛頭法士と呼ばれた獣人は背の荷物から、長さ二尺に達しそうな板のような物を取り出した。


「そうならないように、火消しは頼むよ」


女は差し出されたそれを受け取ると、軽く振った。するとそれは鳥の羽のような音を立て広がった。扇だ。しかも炎の光を受けて鈍く輝いている様を見ると、鉄扇か。


「火消しを頼む相手を間違っている。ユリが山を焼くなら、俺は山を崩してしまおう」


「詩歌としちゃ、ちょいと下手くそだね」


 ユリと言う女は魔物の群れに向かって駆けた。あの女、魔術士ではないのか? 自ら切り込んでいく。


「そうか。詩歌の書を読んで学ぶとしよう」


 牛頭法士の周りの空気が震え出した。氣法だ。しかも、伝わって来るこの力。禍々しくも神々しくもないが、強い。只々強い。純粋なまでの力強さだ。


 血が冷たく、肌が震えた。畏怖か。クレハは数十年と感じていなかった感情を認めた。


 次の瞬間、いくつかの魔物の首が空中へ跳ね上がっていた。崩れ落ちていく魔物達の体の下に牛頭法士は立っていた。


刃風(じんぷう)


 牛頭法士が低く唸る様にその技の名を言った。


「疾い! あやつ、あの巨体で・・・・」


牛頭法士はその肉体のみで魔物を駆逐していく。拳で砕き、手刀で裂く。一見力任せに見えるが、その動きに無駄はなく、その身に浴びる返り血も少ない。恐ろしいまでに磨かれた武を感じる。


炎月(えんげつ)!」


 今度は巨大な炎が弧を描いた。


 ユリだ。鉄扇で炎を操り、魔物を焼いていく。魔物の牙や爪も難なく流れるような動きでかわす。それは舞を踊るようだった。


「ヒナノ、あの人達は何者なの?」


 ミズキが娘の元へ駆け寄って来た。


「何者って、あの物凄い力持ちが牛頭法士さんで、えっと、あの炎使いの美人さんがユリさんだけど・・・・」


「名前をじゃないの。素性を聞いてるの!」


「あはは、そうだよね・・・・分かんない」


「分かんないって、よく分からない人達を連れて来たの?」


「・・・・ごめん」


「まあ、良い、ミズキ。戦いは終わっていないんだ。今は叱るより、備えだ。あの二人が討ち漏らした魔物が襲って来るやもしれん」


 クレハが諫めると、ミズキは怒りを抑えた。


「そうですね、婆様。しかし、あの二人の強さは尋常じゃありません。牛頭法士という男は素手で魔物を引き裂いていますし、ユリという女、あんな魔術の使い方見たことがありません」


「うむ。術士は守られて、後方から魔術を放つのが基本だからね」


「魔術三段、想魔も練魔も放魔も、その全てが速過ぎるんです。しかも魔物を一撃で焼くほどに強力。あり得ません」


 クレハはユリが空気の揺らめきを纏っているのを認めた。


「しかも、あやつ、氣法を使って己の肉体を強化しながら魔術を放っている」


「あれは、まるで・・・・堕龍人」


 ミズキのその呟きはクレハが辛うじて耳で拾うことが出来た。思わず鋭い視線をミズキへ向けてしまう。


「ユリさんがやっていることって、そんなにすごいの?」


 その目で牛頭法士とユリの動きを捉えたままゴウは口を開いた。ゴウにはミズキの呟きが耳に入らなかったようだ。


「凄いって言うより、異常だね。魔術と氣法を両方使える奴はいるが、ああして二つを同時に使いこなす奴は初めて見た。天賦の才を持つか、狂ったように鍛錬を積んだか。あれはその両方かもしれんが」


クレハは、ユリが魔物を焼くたびにその表情が上気していくのを見て、その内面に何か歪んだものが巣食っているのを感じ取った。


「ミズキ、水の魔術の準備をしておけ。あれは本当に山一つ焼きかねん」


 そう言っていると数本の木が燃え出した。あれほど強力な炎だ。いつ飛び火してもおかしくなかった。慌てた様子で魔術士達が水の魔術を使って消火に当たった。


「ヒナノ、あなたは怪我人の治癒をお願いね」


「う、うん」


 ミズキは火の消火へ、ヒナノは倒れている怪我人の元へ向かった。


「なあ、クレハ婆。俺はあの二人みたいに強くなれるかな?」


 ゴウはずっと牛頭法士とユリの闘う姿から目を離していなかった。


「お前は強くなりたいのかい?」


「なりたいかどうかじゃない。強くならなきゃいけないって思うんだ。理由は分からないけど」


 ゴウは気付き始めているのか? 自らの運命を。


「・・・・そうか。お前、自分の力の無さを思い知ったみたいだな」


「分かるのか? クレハ婆はすごいな」


「大分長く生きてしまっているからな。ゴウが強くならなきゃいけないと思ったなら、その瞬間からお前は強くなり始めているさ」


「思った瞬間から・・・・」


「そうだ。だから、今から忠告しておく。強さを求めるあまり、強さに飲まれてはいけないよ。強さはすぐに人を酔わせる。手に入れた者を変えて、時には破滅へ導く」


「テンユウ兄弟もそうだったの?」


「そう。あいつらは氣法を覚えて変わった。だけど、牛頭法士とユリを見な」


 牛頭法士もユリも魔物を討つたびにその眼の光が濃くなっていく。興奮で瞳孔が広がっているのだ。


 しかし、その技に散漫さが現れる気配はない。ユリはむしろその精度が高まっているようで、炎の術の飛び火も僅かな火の粉しかない。


「あの強さには凄まじい錬磨を感じる。それこそ、強さだけを追い求めて、強さに飲まれた人間なら狂ってしまうほどにね。だけど、あの二人はその狂気すら味方に付けて更に技を高めている。それは強さの先を見なきゃ出来ない」


「強さの先?」


「目的さ。強さを得て何を成し遂げたいか、それを見つけるんだ」


「成し遂げるか・・・・見つかるかな?」


「見つかる。だってお前は既に何かを感じて、考えているじゃないか」


 ゴウはクレハの顔に視線を向けた。


「そうか。感じて、考える。これも強さなんだ」


「うむ。そうだ。強さは何も肉体の力だけじゃないからね」


 クレハはゴウの体が一回り大きくなったように見えた。成長していく者によく見られる。


 ゴウは再び牛頭法士とユリに目を向けた。


「なあ、クレハ婆。あの二人の成し遂げたいことってなんだろう?」


「さあ、今度二人に訊いてみると良い。きっと今のお前じゃ、いや、このワタシも及びもつかないことだろう。でなきゃ、あの強さは手に入らん」


「楽しみだな」


 ゴウは口元に笑みを浮かべた。


 クレハは生まれた時からゴウを見続けているが、こうして彼が自分の感情を表情に出すことは珍しい。楽しみと言ったのは嘘偽りのないことなのだろう。高揚し胸踊らせているのだ。


 未知のものに恐れず、そこに触れようとしている。それは見守る者にとって喜ぶべきことであり頼もしくも感じる。だが、同時に大きな不安も感じさせる。


 クレハはいつもの悪いクセが出ていると自分を諫めた。可能性だ。あまりに大きく様々な可能性がゴウにあるのだ。それが大きな不安も呼び込むのだ。


「話す時が来たか・・・・」


 その独り言はその場にいる誰の耳にも入らなかっただろう。だが、それはクレハにとって堅く重い言葉であった。


 最早、魔物は数体を残すのみであった。牛頭法士とユリならば間も無く全て駆逐するだろう。


 これだけ大量の魔物の屍だ。焼くか埋めるか。とにかく放置する訳にはいかない。魔物の腐った肉は場を穢し氣を歪め、獣達を魔物へと変えるかもしれない。


「さあ、皆後始末だ。ほら、マサクニも」


 呆けた様子で用心棒の戦いぶりを見ていたマサクニも、慌てたように動き出した。聡い一族の者は既に魔物の屍を集めていた。あのユリの炎なら、造作もなく全て灰にしてくれるだろう。


「これは、高くつくな」


 クレハは用心棒達への報酬をどう捻り出そうか、頭の中で苦い算術を始めていた。



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