十四の話
山は日が沈むと夜の闇がすぐにやって来る。そして、それは瞬く間に濃く深くなる。
その闇の中でいくつかの焚火の灯りが、それを囲んで腰を下ろすシメグリの一族の人々と、森の闇に紛れてしまいそうな灰色の天幕をゆらゆらと照らしていた。
夕食であった。木を削り出して作った皿に焼いた肉の切り身と茹でた山菜が添えられ、椀に粥がよそわれる。
自然と会話が交わされて、夜闇の静寂の中で密かな喧騒になっていた。季節が進めば虫の音が主役になるのだが、春のシヨウ山地では地の下でその主役達は出番を待ちわびているようだった。
「今日は米と肉が食える。ありがたいな」
一族の男が言った。
山地を巡るシメグリの一族は当然田畑を持たない。その為主に山菜を摘み、獣を狩って糧としている。だが、時折里へ下り獣の毛皮や山の珍しい石などと米や雑穀を交換することもある。
この日は皆疲れていた。命を狙われたのだ。そして、またいつ襲われるか分からない。それだけで神経が参ってしまっても当然である。
狩りには出たが、一族の腹を満たすことさえ出来ない収穫であった。だが、つい先日立ち寄った小さな山里で貴重な熊胆と米を交換したばかりであった。その米さえあれば、数日は狩りと山菜摘みは手を抜いても良さそうだった。
「マサクニ達は大丈夫ですかね?」
夕食も進んだ頃だった。屈強そうな男が口を開いた。
着物の袖は肩口で切り取られ、その腕のゴツゴツとした筋肉で強さを誇示しているようだった。実際この男は一族の中でも指折りの猛者だった。
「うむ。少し遅いが、ムロ、お前も心配性だね」
クレハは肉を摘む箸を止めて答えた。
「テンユウ兄弟と揉めていなければ良いですが」
「まあ、十中八九揉めただろう。だが、マサクニがどうにかしただろ。マサクニはテンユウ兄弟とは幼い頃より仲が良い。それにあいつは色々足りないが、強い」
「でも、色々足りない分身軽と言うか、フワフワしてると言うか・・・・」
「間抜けって言うんだろ」
別の男が頓狂な声を上げた。
いつもならそこで笑いも起きようが、皆にそのつもりはなかったようだ。火が薪を燃やす音と馬の低い嘶きが辛うじて聴こえた。
男は発した言葉を、身を以て知ることになった。
「ヒナノはああ見えて、しっかり者だから大丈夫だとして・・・・」
ムロ言いながらはミズキをちらりと見遣った。
「ゴウのやつが・・・・」
「あいつも年頃か、己と他人との違いを随分と意識するようになったね」
ムロは揺れる焚火にゆっくりと目を移してから口を開いた。
「婆様、そろそろゴウにあのことを話してはどうかと?」
それを聞いた一族の者達は皆食事の手を止めた。中には箸で掴んだ山菜を取り溢す者もいた。
「それはワタシが決める」
クレハは思いもせず自分の口調が鋭くなっているのを意識した。
「・・・・申し訳ありません」
ムロは頭を下げた。しかし、クレハがそう言うのをどこか予想していたのか、動揺した様子はなかった。
「いや、良い。今は飯だ。皆で糧を分け合うことを喜び、食べることを楽しむのも大切だ。良い祈りに繋がるからね」
クレハの言葉に皆頷いた。今ここに残っている者達は、シメグリの一族の中でも中核を担う者達だ。クレハの言葉の意味も重みも十分理解しているのだろう。