十二の話
ゴウ達五人が走り去り、テンユウ兄弟はウダツの町へフラフラと戻って行った。
川原には一つの影が残されていた。影は陽の光を避けるように、川原の草木と岩の間に紛れ込んでいたが、歩くような速度でそこから這い出るとじわりじわりと人の形を成していった。
不揃いの短髪。身体の曲線を顕にする装束の女。オボロであった。
「あの牛男・・・・間違いない。『悪鬼、牛頭』だ。テイワの大罪人が何故ここに?」
オボロは自分の手の平に視線を落とした。ぶるぶると震えている。
「あの氣の飛ばし方・・・・氣取られていたな。とにかく、タヂカ将軍に報せねば」
オボロは再び影となって消えた。
§ § §
ゴウ達一行はコト川沿いの道を走っていた。マサクニが先導しその後ろをヒナノとゴウが、その後ろをユリと牛頭法士が行った。
「あんたら、結構ヤバイ奴らを相手にしてるみたいだね」
突然ユリが言った。かなりの速度で走っているのにも関わらず、ユリは息一つ乱さずゆるりと言葉を発した。
「ああ、まあ、シメグリの長が用心棒を頼むくらいだからヤバそうだけど、何故分かるんだい?」
マサクニが息を弾ませながら言った。
「お前達がやって来た時、俺は始め、四人来たと思った」
「え? どゆこと?」
牛頭法士の言葉に、ヒナノは反射的に言ってしまった。
「ヒナノちゃんがそんな反応するのも無理ないさ。でもねぇ、あそこにはもう一人いたのさ。どこに潜んでいたかまでは分からなかったけどね、確かに氣がそこにあった」
「氣がそこに?」
またもや反射的に疑問を出してしまう。
「氣法の技で『氣取り』って言うのさ。鍛錬すれば、常時周囲の氣の流れを読み、感じることが出来るよ」
「はあ・・・・」
氣法のことなど何も知らないヒナノは、それを聞いてもよく理解出来なかった。
「俺には全然分からなかった」
ゴウのその独り言は、隣を走るヒナノがようやく耳で拾えるほどだった。
「ああ。俺は大袈裟に氣を放ってみたのだが、それでも居所を掴ませなかった。まるで空気に溶け込んでいるか、岩や草木の一部になっているかのようだった」
「そんな奴が俺達を付けてたってことか。いつからだ? どこからだ? 俺は、氣取りはさっぱりなんだよ」
マサクニの弾む息に混じって発する声は小さく震えていた。動揺している。ヒナノにもそれが感染ったかのか、背筋が冷たくなって肩が小さく震えた。
「それは分からないねぇ。あんたらがウダツにやって来る途中か、或いは一族を離れてからずっとか。ただ、それが返って良かったかもしれないねぇ。潜んでる奴が、アタシらに容易に氣取らせる距離まで近寄って来てくれたんだからさ」
「その賊は今も付けて来てるの?」
「いや、突然消えた。今は氣を感じない」
「おそらく、瞬転移の類の魔術だろうね。厄介だね。相当な使い手だよ」
「その使い手と牛頭法士さんとではどっちが強い?」
ゴウが口を開いた。
「無論、俺だ」
牛頭法士は間髪入れず答えた。相当な自信だ。だが、あの闘い方を見せられた後ではそれは慢心とは思えない。
「やだやだ。男どもはすぐに強さ比べをしたがる。まあ、この大陸の普通の人間で、牛頭法士に勝てる奴はいないだろうけどね」
そんなに強いのと口に出しそうになるのを、ヒナノは息を呑み込んで止めた。
それが本当なのだとしたらこの人達は只者ではない。いや、実際そうなのだろうが、世に広く名が知られていると言う意味でだ。山暮らしはこれだから嫌だ。世の中のことを何も知れない。
「もっと急いだ方が良い。敵方にあのような者がいるとしたら、こちらの動向は筒抜けだろう」
「お、おう。分かった」
マサクニは走る速度を上げた。ヒナノもその後を懸命に走った。いくら毎日山で鍛えられているとはいえ、走るのは辛い。
これが終わったら何かご褒美を貰おう。ヒナノはそれを考えることで、走る辛さを忘れようとしていた。