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塔を砕く魔王と、輪を繋ぐ龍。  作者: 十輪 かむ
魔、氣、さんざめく
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十一の話

思いもよらぬ言葉だった。ゴウはそう言うと構えを解いて直立不動になった。


 その場にいた誰もが呆気に取られていた。


「うむ、何故ここで負けを認める?」


 牛頭法士は振り上げた腕をゆっくり下ろした。彼から放たれていた空気の膨張も治まった。


「空気を握って投げる。物凄い技だ。やってみて分かった。今の俺にはそれを真似するので精一杯だ。だけど、牛頭法士さんはまだまだ力を出し切っていない」


「己の力量を知ったか。お前ははなからそれが目的で俺と闘ったな? 何故己の強さを知りたい?」


 ゴウはすぐには答えなかった。直立不動でじっと牛頭法士を見据えたまま押し黙っていた。どんな言葉を口に出そうか考えているのだろう。ヒナノには分かった。話すのはそれほど得意ではないのだ。


「俺は小さな頃から何もしなくても強かった。普通じゃなかった。俺みたいな奴は誰もいなかった。俺は俺を分からなかった。だから、みんなと違う俺の強さと向き合えば、俺は俺を分かることが出来るかもしれない」


「そうか。では、俺と戦って何か分かったか?」


「まだまだ何も分からないよ。ただ、俺は大して強くない。それが分かっただけでも良かった」


それを聞いてヒナノは恥ずかしさも覚えていた。ゴウのことはある程度分かっていたつもりだったが、何も分かっていなかった。ずっと傍にいたのに、そんなことゴウは話してもくれなかったし、気付けなかった。


「・・・・ふむ。では、案内してもらおう。シメグリの一族の元へ」


「え? どういうこと?」


 思わずヒナノは頓狂な声を上げてしまった。上擦った声と尻上がりな語尾に一同の目が集中した。


 ヒナノは気恥ずかしさを覚えたが、ユリが笑みを浮かべてくれたのを見て何故か救われた気がした。


「アタシらは元々シメグリの一族に用があって、その為の案内役を探してたのさ。初めはそこのテンユウ兄弟に頼もうと思ってたんだけど、丁度都合良くあんたらが現れてくれてね。あんたらの方が適任だろ?」


「報酬は、そうだな、銀一枚ではあまりにも少ないだろうから、用心棒を請け負うということにしよう」


「そ、そいつはいけない」


 マサクニは慌てて懐から金を出そうとした。ユリはその手をゆっくりと押さえた。


「そんな金の大粒なんかより価値のあるものを後から頂くとするよ」


「え?」


そのやり取りを横で見ていたヒナノは喉の奥が詰まるような不吉な予感を覚えた。


 牛頭法士の実力は確かだし、このユリも只者ではないだろう。悪者という印象も受けない。


 だが、自分達はこの二人のことを何も知らない。このままこの二人を一族に招き入れて良いものだろうか? 


 かと言って、明らかに悪人であるテンユウ兄弟を連れて行くのもどうかと思う。母のミズキやクレハ婆みたいな大人がいてくれたら、適切な判断をしてくれただろうに。


 はっきり言ってこのマサクニじゃ頼りない。ユリに触れられて鼻の下を伸ばしている。


 ヒナノはこそこそとゴウに近付いて耳打ちをした。


「本当に良いの? この二人連れてって」


「心配しなくていいよ。絶対にいい人達だから。それより、傷治して」


 そう言うゴウは体中傷だらけだったが、痛そうな顔一つしていなかった。


「もう。本当に大丈夫なの? 知らないからね」


 ヒナノは竹筒に入った水を頭からゴウに振りかけた。


 ここは水の元素が濃い川原だ。この程度の傷なら水をかける必要はない。だが、イライラの衝動に乗じてついやってしまった。


「水癒!」


ぼんやりとした光がゴウを包み込む。


 ゴウの肌にかかった水がその内に吸い込まれるように消えると共に流れる血が止まり、見る間に傷が塞がって行く。流石にこれだけの水の元素に晒されれば回復は速い。


「ほら、治ったでしょ」


「ありがと、ヒナノ」


 ゴウは腰を捻り、肩を回した。痛みはもうないようだ。さっきから表情は変わらないが、幼い頃から知るヒナノには分かる。


「へぇ。癒しの魔術が使えるのかい。嬢ちゃんもやるね」


 興味を持ったのかユリが近付いて来た。


「これくらい、一族の魔術士なら当然だよ」


「ヒナノは治癒の天才なんだ」


「そんなゴウ、大袈裟だよ。それにワタシは落ちこぼれだから、これくらいしか魔術は使えないし」


 否定しつつも、言われて悪い気はしなかった。


「大袈裟じゃないし、落ちこぼれでもないと思うけどねぇ。アタシも魔術士の端くれだけど、治癒術は使えないしね」


「そうなんですか?」


 そんなことは初めて言われた。


「この世の理として、魔術に限らず、破壊するよりも再生する方が難しいんだ。治癒術が使えること自体才の有る証なんだよ。それに加えてヒナノちゃんは・・・・」


「すまないが、速く戻らないといけない。いつまた襲撃されるか分からないんだ」


 マサクニが思い出したかのように焦り出した。


 ユリが言いかけた言葉を止めてしまった。それが酷く気になったが、マサクニが言うように急がなければならないかもしれない。ゴウと牛頭法士の対決で時間を取り過ぎている。


「どうやらかなり切羽詰まった状況のようだな。すぐ出立しよう。詳しい話は道中で聞く」


 牛頭法士は既に黒い外套を纏い、荷を背負っていた。


「ああ、よろしく頼む。それから、テンとユウ・・・・」


 マサクニは去りかけていたテンユウ兄弟を呼び止めた。振り向いた兄弟は力の無い虚な表情をしていた。


「なんだよ?」


「多分、今日中に一族の子供と大人達の半分がこの町へ避難して来る。その時は守ってやって欲しいんだ」


 兄弟は顔を見合わせた。虚な顔に当惑が混ざり込んで、酷く間の抜けた顔になった。


「ああ、いいぜ。俺達でいいならな」


 テンが虚な表情のまま答えた。


「じゃあ、手間賃を払わないとな」


 マサクニは懐に手を入れた。


「金はいらねぇよ。当分、荒事で金を貰う気にはなれねぇ。それに、嫌われ者で追放者でも同族だからな、俺達は」


テンの言葉にヒナノは驚いた。過去に母から聞いていた印象からは想像もつかないことを言った。もっと悪辣で冷酷な像が出来上がっていたのに、それを打ち崩されたようだった。


「ふむ、あのマサクニと言う男と、お前達二人を使いに出したのは一族の長か?」


 牛頭法士がヒナノに尋ねた。


「ああ、うん。そうですけど」


「それは、是非とも会わなくてはな」


 牛頭は微笑んだ。ヒナノにはその微笑みから少年のような無邪気さを感じ取っていた。不思議だった。


「じゃあ、出発しよう。えっと、ユリさんだっけ? これから走って山道を行くけど、付いてこられるかい?」


 マサクニがユリに聞いた。優しさの中に下心が混ざっている。ヒナノの女の勘が働いた。


「気遣ってくれるのかい? 大丈夫。こう見えてもアタシは鍛えてるからね」


 ユリは袖をまくり二の腕を顕にして力こぶを作って見せた。確かに筋肉が盛り上がって鍛えていそうに見えるが、そのきめ細やかな肌に見惚れてしまう。同性のヒナノでさえそうなのだから、他の男達は余計だろう。


「ユリさんも強そうだね」


 ゴウは違った意味で見惚れたらしい。


「やだよぉ。アタシはあんたと殴り合いはしないからね。それより、急ぐんだろ?」


 ユリがマサクニに視線を投げた。


「あ、ああ。行こう」


 一行は虚なままのテンユウ兄弟の顔を残してウダツの町を後にした。ヒナノは久しぶりの町の喧騒を楽しめなかったことを惜しみつつ、不安が徐々に大きくなっていくのも意識していた。




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