道化師達の宴
地獄のような熱量と痛みから解放されて十四年が経った。 長い時間の中で、痛みが和らぐ筈もなく、それどころか心の臓が焼け焦げるような憎しみと怒りは日増しに堆積されていた。
「準備は出来てるんだろうな」
前とは違う甲高い声を出す。
転生した肉体は顔立ちのクッキリした日本人離れした西洋風のもので、最初は違和感を覚えたけど、すぐに慣れた。
「勿論です。 貴方様の最上級の怨讐を無駄にはいたしません」
頭に響く声に相槌を打つと、薄暗い部屋を出た。
そして新しい家族と共に食事をする。
これが、今の日常。
どうでもいい日常だ。
あの日、焼け焦げて死んだ俺は女神アンテロスと言う超常の存在に魂を拾われて転生させてもらう事になった。
どうにも女神アンテロスは俺に心酔しているらしく、あれやこれやと世話を焼いてくれた。
なんでも、女神アンテロスの好きなものは人間の絶望、怒り、憎しみと言った負の感情らしい。
それらの感情全てが最高品質であった俺は、彼女に大層気に入られてしまい、と言うか惚れられてしまった。
彼女は女神としての禁忌を侵し、自らも俺と共にあるべく下界に降りようとしていたが、俺はそれを止めた。
何故かって? それは復讐の為だ。
今日この日、ようやく元の世界と同じ年齢に達した。 どうやらこちらの世界と元いた世界では時間の流れが違うらしく、こちらで十四年過ごしても元の世界では二ヶ月しか経過しないらしい。
だから、俺たち家族を殺した奴らは当時の姿のまま、のうのうと暮らしているのだ。
「長かった。 ようやく復讐できるよ、母さん、茉莉奈」
歓喜に震えて、熱のこもった言葉が口を出た。
心の臓も、喜ぶように燃え盛り、今か今かと復讐の炎を滾らせる。
○
「貴方達は選ばれし者、どうか世界をお救いください」
青紫の深みがかった髪を靡かせて、脳が蕩けるような綺麗な声音が響く。
その声の主、女神アンテロスはその整いすぎた容姿を惜しげもなく曝け出し、艶やかに笑みを溢した。
ここは下界とは隔絶された天裏宮と呼ばれる、転移転生を司る女神アンテロスの職場だ。
ほとんど何もないつまらない空間。あるとすれば、下界を監視する無数のモニターくらいだろう。
そんな空間に集められた、学生服を着た子供達と教師が複数。 彼ら彼女らは焔愛のクラスメイトであり縁がある者達だ。
「これは主命なのです。 下界の危機を救うのは貴方がたを於いて他にはおりません」
未だ動揺の坩堝にいる人間達に、女神アンテロスは再び語りかける。その麗しい声は魔性の響きであり、人間にとっては甘やかな毒である。
「あー、とりあえず、ここどこっすか? 拉致っすか?」
人間からの第一声がそれだった。
赤髪の男、暁月真道はおどけたような仕草で女神アンテロスを値踏みする。
常人の精神構造であれば女神の声に心を掌握される筈なのだがこの男はどうやら特別らしく、女神アンテロスは興味を抱いた。
「......。 不遜な態度ですが許しましょう。 ここは天裏宮。転生と転移を行う場所です」
女神アンテロスが答えると、真道は「へぇっ」と呟き考える仕草を取る。
「ててて転生! てて転移!? ほ、ほほ本当ですか女神様。 俺tueeeeとか、ぼぼ僕でもできちゃうやつですか!」
真道が沈黙するのを見計らって興奮を抑えきれずにいる小太りの男、北村匠が早口にそう問う。
女神アンテロスは北村匠の言葉に優しく頷くと、クラスの雰囲気が期待や興奮の熱を帯びる。
「つまり俺たちは選ばれし勇者で、異世界に転移して世界を救ってくれって解釈でいいんすか」
「はい、その通りです。勿論、見返りはあります。 世界を救ってくれたのなら、何でも願いを一つ、叶えましょう」
「はは、マジかよ。 みんな、どうするよ! こんな面白そうな事、やらない手はないよなぁ!」
真道の言葉に、歓声を上げる生徒達。その中にあって先生はあまり乗り気ではないように見えるが、この場で先生の意見など通る筈もない。
何なら普段の学園生活でも先生の意見は生徒に通らない。
「少し気になったのですが、私はクラス全員をここへ呼び寄せた筈なのですが、一人足りません。何かありましたか?」
女神の問いに、クラスの雰囲気がまた変わる。
「ああ、焔愛ならもう灰になったんじゃね? 家族全員で仲良く灰にでもなってるよ多分。 なぁ、北村ァ」
気味の悪い嘲笑のオーケストラが天裏宮に満ちる。
女神アンテロスは、耐えかねるように目を瞑ると、早々に転移の魔法陣を発動した。
「そうですか。 では貴方達42名が勇者です。 ご武運を、、、祈っております」
次の瞬間、魔法陣が激しく明滅して人間がこの場から消失した。
転移を見届けた女神アンテロスは、汚物でも見るような蔑みを込めた視線を先程まで人間達がいた場所に向けると、一つ、溜まっていた毒を吐いた。
「貴方達を待ち受けているのは、黒き炎。 せいぜいうたかたの夢を楽しみ、最高の苦しみを見せて下さい」
そう吐き捨てると、女神アンテロスも転移の魔法陣で姿を消した。
女神が下界に転移する事は、禁忌である。
禁忌を侵した女神は天界を追放され、二度と天に昇ることはできない。
しかし、女神アンテロスは主人と定めた里見焔愛の憎しみと怒りをより間近で味わう為に、容易く禁忌を破ったのだった。