悪意の証明
「あいつムカつくよな。 澄ました顔しやがって」
「確かに。 余所者の癖に調子乗ってるんだよな」
「前にまち針であいつの手をカラフルにした時は笑えたよなぁ」
ここに燻る火種の群れが一塊。
それらは醜悪にて結束し、排他し、排除する偏執的思想の持ち主達の集い。
それら悪鬼を取り纏めるクラスのリーダー格である赤毛の男、暁月 真道が常識の埒外の発想を実行しようとしていた。
「なあおい、北村よぉ。 お前、虐められたくないよなぁ」
「ひ、ひぃ」
小太りの男、北村 匠が脂汗を滲ませて怯える。その様を見た真道は、無邪気な子供が蟻を踏み潰すような無慈悲な笑顔で北村に告げる。
「ならさぁ、俺のお願い聞いてくれよ。 俺たち、友達、、、だろ?」
「な、なんだい真道君。 ぼぼぼくに何をしろってい、言うんだい」
「なぁに、簡単な事さ」
真道は目をしならせて口角を上げると、一つの鍵を取り出した。
「これ、なんだか分かるか? 焔愛の家の合鍵だよ、この前盗んだんだ」
楽しげに語る真道はその眼に宿す狂気で北村を呑み込む。まるで、蛇が捕食するように。
「うゥ、はぁ、はぁ、はぁ」
「おいおいなんだよ北村。 まだ何も言ってないぜ俺は。随分と息切れしてるじゃないか」
学校と言うものは不思議なものでスクールカーストなるものが存在している。そしてその頂点に君臨する者と最下層に這いつくばる者、両者が交わる時があるとすれば、それは一方的に利用する時だ。
北村は最下層のカーストの中では上の方だと自負している。今まで事を荒げて目立つ事はしてこなかったし、特段語ることもないつまらない学園生活を過ごして手に入れた地位、それが下の上と言うスクールカースト。
しかし今、目の前にいるスクールカーストの頂点に君臨する真道の頼みを断ってしまえば、北村は本当の最底辺となってしまう。彼はそれだけは嫌だった。
「お、おおお願いって、な、なんだい」
「なあに、簡単な事だよ。 けど、しくじれば、次の標的は誰だか分かってるよなぁ」
北村の耳元で、何かを囁いた真道は友人達を引き連れて教室を後にした。
「ふーッ、ふーッ、、、やっ、、やってやる、、、ぼ、僕はやる、やるときはやる男なんだ! みるみるタン、僕に力をッ!」
一人言の葉を荒立たせる北村 匠は好きなキャラの名を口にすると濁った眼で焔愛の席を睨みつけた。
○
大炎が、家を包む。
その様を見て北村匠は笑っていた。
「あ、、ははははははははは。 ぼぼ僕は悪くない、わ悪いのは余所者のお前なんだ。 やらなきゃ、ぼ僕がやられるんだ!」
北村匠は家が燃え盛り、辺りが騒がしくなった頃に闇へと姿を消した。
その姿を監視していた暁月 真道は不敵な笑みを浮かべると、燃え盛る家を動画に収めてその場から立ち去った。
○
異臭に気づき目を覚ました時には既に手遅れだった。
「な、なんだよ、これ」
燃え盛る炎が家を呑み込み焦がしている。
その様はまるで地獄そのもの。
焔愛は急いで脱出を試みるがあまりの炎の激しさに、それは叶わない事を悟った。
「なんで、タンクが」
視界の端にチラつく赤いタンク。
それは灯油を貯蔵し補完するものであれば、この部屋にあるのは些か不自然である。
床に落ちる何かを見つけた焔愛は、炎を避けながらソレを手に取る。
「、、、、、っくそォ! そんなに、そんなに僕が憎いのかよ。 僕が何をしたって言うんだよォ!!」
ソレはレシートだった。灯油の購入記録が記された印字媒体、その下部に綴られた購入者のサインは、焔愛と同じクラスの北村匠であり、それを知った焔愛は憎しみと怒りに心が侵食された。
薪である家を贄に燃え盛る大炎の起源は悪意だった。 禍々しくもとぐろ巻く人間の悪性。
それが暴走した結果が、今の状況。
イジメの枠を越えたそれは、犯罪である。
「くそ、くそ、くそ。 はっ、そうだ、母さんと茉莉奈!」
ふと思い至り、叫ぶ。最愛の二人の名を。
けれど、聞こえてきたのは心を締め付けざわめかせるような悲鳴だった。
「あつい、こわいよおかあさん。 いや、あついよぉ」
「大丈夫、大丈夫だから。母さんが守るから」
燃え盛る音に紛れて聞こえてきたその声に、二人もまた逃げ道がない事を悟った焔愛はやがて力なく倒れた。 ままならない呼吸に朦朧とする頭。
喉の皮膚は焼け爛れ、眼球の水分が蒸発する中で、焔愛の心の臓もまた燃え盛る。圧倒的な憎しみを糧に。
もはや声を出す事、その行為に激痛が伴うであろう。けれど焔愛はこの理不尽な世界に、憎むべきクラスメイト達にこの世のものとは思えない声で呪詛を吐いた。
「ぜっだい、、ゆるざない"、ごろじで、、、やる」
一つの家が焼け落ち崩れた。
後に、この日の出来事は報道されて、死者三名という数字を出すも、やがては時の奔流に掻き消された。