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新生月器ポスリア  作者: TOBE
激闘編
87/88

ポスト 雷っ子と本の虫は恋をするか

 日曜を跨いで月曜の昼休み。つっこは皆より早めに弁当箱を閉じ、御馳走様の手を合わせる。


「あら、早いのね。何か用事?」

「うん、ちょっとね」


 すぐに戻るから。蜜柑ちゃんに軽く手を振り、つっこが教室から出ていくと、猿はメガネにこっそりときく。


「なぁ、いいのかよ」

「なにがだ」

「つっこがお前の業界に関わることがだよ。危ないんじゃねーか」

「分かっちゃいるが、仕方ないだろう。何故ならあいつは巻き込まれているんじゃなく」


 メガネは自分も本意じゃないことを言葉に滲ませ、こう、答える。


「あいつが中心なんだから」




 あの子さあ、いっつも一人だよね。

 そうそう、愛想が悪いってわけじゃないんだけど、むしろあの明るさがバリア張ってるかんじ?

 二年の廊下を歩くつっこの横を、噂話がすれ違ってゆく。


(周りには薄々気付かれてるのね)


 友達なんか、作れるわけない。あの時エレコが言った言葉が、心に引っ掛かっている。

 彼女の性格では確かにそうだろう。だがあの時一人でも心に浮かぶ人物がいれば、彼女は自ら力を収めたかもしれない。

 廊下側の窓から見えるエレコは、今日も自分の席で、教科書をただ眺めている。

 おや。つっこが少し首を動かしたのは、エレコに近付く人物があったからだ。少なくともつっこが見た中で、初めてエレコに会話を試みたクラスメイトは、つっこにとって見覚えのある人物だった。

 グルグル渦巻きの瓶底眼鏡、文芸部部長は何やらエレコに話しかけ、机の上に一冊の本を置いて教室を出る。


「部長さん!」

「ん?ああ、君はいつぞや部活見学に来た」

「海原ですよ。部長さんはこのクラスなんですか」

「そうだよ。2―1の、日陰者さ」


 あはは、またまたそんなこと言ってぇ。つっこが部長の自虐を笑うと、社交辞令的な響きを感じ取ったのか、部長は苦笑いを浮かべ「それで、一年生がうちのクラスに何か用かい?」と話題を変えた。


「いえ、用という程のことでは……あの、雷鳴先輩と何か話してましたよね」

「ああ雷鳴さんと、と言うよりは僕が一方的に話していたんだけど」

「ふむふむ、エレコちゃんは他の生徒には明るく接して、部長さんの前では無口だと」

「はは、僕、嫌われてるのかなぁ」

「そうかもしれませんねぇ」


 コラそこは否定するとこだぞ。部長は冗談ぽく言うと「用って雷鳴さんにかい?」とたずねる。


「違いますよ。私は部長さんに会いに来たんです」

「えっ」

「ちょっと話せませんか。その……校庭の、体育倉庫の裏とかで」


 ここでモジモジと上目遣い発動。


「い、い、いや、いいけど」

「じゃあ私、他に寄るとこあるんで先に行ってて下さい」


 いや~女ってズルイですね。

 さて、お手軽な罠にかかった部長がソワソワしながら校庭に向かうと、つっこは廊下側の窓から校庭側の窓を見る。

 そこには窓枠にしがみついた忍者が教室内を凝視しており、つっこがひきつった笑いを浮かべて手招きすると、窓枠に足をかけて侵入してきた。

 周りの生徒が談笑する真っ只中を、忍び装束の男がズンズン進んでくる。


(うっわ何これ怖っ)


 あまりに異様な光景にドン引きしているとは露知らず、ラーメンはつっこに「どうした?」と小声で聞いた。


「聞こえてたでしょ、あんたも体育倉庫裏に行くわよ。透明化は忘れず切っといてね」


 というわけで二人は部長を追い、校庭へ。体育倉庫裏に着くと、如何にも逢引き相手を待つ男、といった感じで倉庫の壁にもたれかかり、ポケットに手を突っ込む少々気取ったポーズの部長がいた。


「あ、部長」

「えっ、雪尾君もいるの!?」


 慌ててポケットから手を引っこ抜いた部長を、つっこはニヤニヤと下から覗きこむ。


「あっれ~部長さ~ん。なんか勘違いしました~?」

「な、なんのことかな」

「いやー童貞の心を弄んでホーントすみません」


 ねぇ、雪尾君の幼馴染ってSなの?

 ドSです。 

 文芸部員同士の哀愁漂うやり取りのあと、「さて冗談はこれくらいにして」と仕切り直したのは部長の方であった。


「雷鳴さんのことでしょ?僕に聞きたいのは」

「おおう、気付いてたんですか」

「前から雷鳴さんの性格改善を宝蔵先生に頼まれていてね。困ったら海原さん率いるつっこ軍団を頼るよう言われていたんだよ」

「なるほど。でもどうして宝蔵先生は部長さんに?」


 つっこの疑問にラーメンが答える。


「あー、宝蔵先生は文芸部の顧問なんだよ。幽霊顧問だけど」


 他の生徒より近しい間柄なのかと、つっこは納得する。あとはもしかしたら同じクラスの日陰者同士なら、という思惑もあったかもしれない。

 部長はラーメンの説明に頷き、話を続ける。


「そういうことだよ。だから海原さんを見た時、そちらも宝蔵先生から頼まれたんだろうなって。違うかい?」

「そうです。その通りです。ですから是非お話を伺おうと。あの、さっき本を渡してましたよね」

「ああ、あれは、僕と雷鳴さんの唯一のコミュニケーションなんだ。彼女、一言も喋ってくれないけど本を貸せばちゃんと読んでくれて、何日か後には僕の机に戻ってる。感想を書いた紙さえ挟んじゃいないけど、借りてる期間が長いほど面白かったってことらしい」


 だけど、それだけだ。部長はため息をつき、頭をふる。


「他の人とは、例えそれが作られたものだとしても、けっこう笑顔を見せているのに、僕に対してはそれもない。宝蔵先生の言う性格改善が彼女に友人が出来るということならば、僕は多分もっとも相応しくない人間だ」


 いえ、そんなことはないと思います。否定はつっこの本心であったが、部長はそれを優しさだと捉えた。


「いいんだ海原さん。慰めは……」

「部長、俺もかもめの意見に賛成です」

「雪尾君?」

「多分、部長なら雷鳴さんの友人になれる。というか」


 この学校で彼女と友人になれる可能性が一番高いのは、部長だと思います。ラーメンの言葉に頷くつっこ。確固たる根拠を持つことを、二人は表情に示していた。




「それで、何で文芸部の部長と雷鳴エレコをくっつけようって話になったんだ?」


 放課後を過ごす女子高生の憩いの場、アンジェロ。京子は如何にも和風好きの彼女らしい、きな粉餅セットを口許に運びながら、つっこに問う。


「保証が欲しいのよ。エレコちゃんの記憶が戻っても、人を襲わない、人間への憎しみより愛情が勝っているって保証がね。だっていつまでも雪尾が監視するわけにはいかないじゃない」

「なるほどな。ま、友達が出来たところであのサイレントとか言うやつが監視命令を解くかは甚だ疑問だが、要するにラーメンをとられっぱなしはゴメンだと」

「……みんなだって、あいつと遊べないのは辛いでしょ」


 頬っぺたを膨らませるつっこに苦笑して、京子は「ところで」と話を変えた。


「ビッちゃんには話すのか。ゴーレムや月の民について、つっこ軍団で知らないのはあいつだけだ」

「まさか!危険すぎ……」


 なにー、私の話?間が悪く、当のビッちゃんがトイレから戻ってくる。

「いや、これは」嘘が苦手な京子は言葉に詰るが、つっこはサラッと「あー、ちょうどビッちゃんに相談したいことがあって」


「相談?」

「ええ。多分、あんたの得意分野」


 かくかくしかじか。つっこはエレコの正体などは隠し、彼女を部長と親密な関係にしようという計画だけを話した。

 つっこ軍団で一番、今時の女子高生と言えるビッちゃんは、恋愛話となれば当然のように食いつく。


「本で繋がる絆か……いいじゃん、エモいじゃん!」

「で、何かいい方法ある?」

「じゃーん」


 取り出しましたるは二枚のチケット。


「メガネに貰ったんだけどさ。水族館のチケット」

「いいの?メガネはあんたをデートに誘ったんじゃない」

「だったら良かったんだけど……実はメガネも私も一枚ずつ持ってるの。で、あいつにあと二枚あるから誰か誘えって言われてて……」

「ああ、なるほど。女心の分からないあいつらしいわね。それで、つっこ軍団以外に渡す口実を探してたと」


 ビッちゃんが頷くと、京子は首をかしげて「それってどういうことだ」と聞いてくる。つっこは呆れて「今度行く映画に猿が他のやつも連れていくって言ったらあんた、どう思う?」


「どうって、大勢で見た方が楽しいだろ?」


 ダメだこりゃ。ビッちゃんとつっこは顔を見合わせ、肩をすくめた。




 数日後。マンションの屋上にいれば、ゴーレムの聴覚だけで監視は可能である。もちろん夜の生活行動、つまり風呂やトイレの音は、なるべく聞かないようにしていたが。

 翼を白衣に収め、缶ジュースをラーメンに放りながら、メガネは「様子は?」と聞く。


「30分前から風呂に入ってる。だから俺は休憩中だ」

「気を遣ってるんだな。俺なら無視するが」

「お前の場合、興奮も罪悪感もないんだろうからな」

「仕事だったら、当然だ」


 こりゃあビッちゃんも苦労するわけだ。ラーメンはクックと笑う。


「何がおかしい」

「ああ、ごめん、気にするな。ところで話は変わるんだが」

「なんだ」

「お前、雷鳴さんの記憶はどこまで封じられていると思う?自分がゴーレムってことは、気付いていると思うか」

「気付いていないだろうな。でないと今の生活に色々疑惑が出てくる。サイレントのマスターに記憶を封じられてから術が解けるまで、雷鳴エレコは事故で両親と記憶を失い、共存派の人間に引き取られ、最近になってスマッシャーが面倒を見るようになった。そういう風に思わされていたんだ」

「どっちの方が幸せなのかな。真実を知らされるのと、偽りでも人間として生きるのでは」

「お前はどうなんだ」

「俺には親父がいたし、かもめがいた。ちょっとの間だけど、母さんも。それに今はお前達もいる。今も昔も、俺は人としての人生を歩めてる。たとえ体が人間じゃないと知っても、それは変わらない」

「そっか……雷鳴エレコもお前みたいに、自分の正体を知っても前を向いて生きられたらいいな」


 その為の最初の一ページ、「世界の珍魚100選」の最後のページが今、開かれる。風呂上がりのエレコは長方形の紙片を手に取り、次に一緒に挟まれていた手紙を読む。

 

 日曜日の正午、桜山ターミナルに集合。やっぱり本物も見ないとね!  文学記(ぶんがくしるす)


「文学君……困るよ……」


 項垂れた仕草の本当の意味は、今はまだ彼女しか知らないのだった。


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