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新生月器ポスリア  作者: TOBE
激闘編
86/88

ポスト  尾行と変態紳士

 桜山フェリーターミナル。県外から来た客などは、ここから見える海と活火山のパノラマに感動するものである。

 ましてや屋根の上からは言うまでもなく、壮大な景色を背景に、二人は相まみえていた。


「初めまして、忍者マンくん」

「あなたがスマッシャーさんですか、よろしくお願いします」

「それじゃあ」

「いざ尋常に」


 拳が交差し、頬に食い込む!




 スマッシャーは大の字に倒れ、空に向かって鼻の下を擦る。


「へへっ、おめー、つえーなー」

「ワン」


 誰だお前。隣でダックスフンドが吠えている。「さすがですね」ラーメンも同じく仰向けになり、スマッシャーを讃える。


「サイレントさん言ってましたよ。組織のゴーレムで一番攻撃力が高いって」

「サイレント先輩が!?他にはなんと」


 ガバ、と勢いよく起き上がったところを見るに、後輩が先輩に向ける尊敬以上のものを抱いていそうだ。


「正直に言ってもいいんですか」

「ええー、それ悪く言われてるって確定ですよね……でも聞かせて下さい」

「国相部隊の足は引っ張るわ、三剣京子は見失うわ、雷鳴エレコの術が解けていることには気付かないわ。そういうの結果的に全部、俺の残業に繋がるんだよねープンプン」

「聞くんじゃなかった!」


 何よもー、一生懸命やったのにっ。ゴロゴロのたうち回る。一頻りのたうち回ったあと「というわけで」あまりにも唐突に素の顔を見せられて、ラーメンは少しビクッとなった。


「これ以上エレコが何かしでかしたら私がヤバイから。大学に行ってるあいだ、見張っててね」

「今日土曜日ですよ。講義あるんですか」

「わたし、単位もヤバイのよ」


 補講だった。




 メガネは以前ラーメンに、額の文字の力、つまり透明化は乱用するなと言っていた。何がまずいのか聞けば「それが分からないうちはやめとけ」と、秘密主義の彼らしい発言にうんざりするばかりであったが、今回は頭文字のEまでは使用を許可されている。なんでもあまり危険性のない今回の任務で、力をコントロールする術を身に着けろ、とのことだった。

 スマッシャーと雷鳴エレコの同居するマンションはフェリーターミナルからすぐの場所にあり、ラーメンはさっそく額にEの文字を灯し、植え込みの陰に隠れる。

 しばらくの間はエレコにも自分の体にも変化はなかったが、やがて彼の超聴力が部屋の中で呟かれたエレコの独り言を拾う。


 ――夕飯シチューにしよっかな。たしかスマ子さんはビーフよりクリームだったよね。材料買ってこなきゃ。


 紗亜(シャア)スマ子とはスマッシャーの人間としての名前である。凄いセンスはともかく。


(降りてくる!)


 ラーメンは玄関正面に移動し、尾行するべく彼女を待つ。しかしこのとき彼は客観的に自分がどうなっているか、透明化の弊害にまったく考えが及んでいなかった。

 正面玄関の自動ドアが開く。ラーメンは植え込みの角に片膝をついて隠れている。靴音がまっすぐ近付いてきて……。


(えっ)


 ラーメンの腹部をエレコの靴裏が押す。ブギュル、そのまま踏み倒すと今度は顔。けっきょく彼女は下に一瞥もくれることなく、道をスタスタと歩いていく。


(踏んだ感触さえ分からないもんなの……)


 残されたラーメンはカエルのように道にへばりついている。そこへ何とも間が悪くつっこがやってくる。

 私はエレコちゃんを監視するあんたを監視する。それでは自分の透明化能力が無意味じゃないかと言っても頑として聞かないので、ここに来る前に連絡を一本、入れていたのだ。


「あんた何やってんの」

「か、かもめ」


 下から震える手が差し出される。つっこはラーメンの腹部と顔に靴の跡を発見し、その瞬間、ハッとした表情になる。


    Q「透明人間になれたら何をしますか」


 初心者A「そりゃあもちろん女風呂覗くっしょ」


 上級者A「え、地面と一体化してスカート覗き放題以外あるんすか?」


「ついに本性現したわね、このムッツリが」

「え、かもめ……?」


 幼馴染は起こしてくれなかった。



 つっこが一人で喋っていると不自然なので、ラーメンは透明化をオフにした。

 エレコの後をつけながらもつっこは「さすが忍者、エロい」とまだ言っている。

 もう何度目になろうかという「事故だってば」がげんなりと吐かれ、もうこれ以上はごめんとばかりに話題が変わった。

 内容は、透明化している間つっこにはどう見えていたか、である。


「どうって、さっきも今も変わらないよ。額にEの文字があるかないかくらい」

「そっか、さすが神様の友達だな」


 例の現象の時なにがあったのか、ラーメンは大まかに聞いていた。それによれば彼女の立ち位置はゴーレムとも月の民とも、もはや何も知らない一般人とも違う、特殊なものとなっており、ラーメンの透明化能力も彼女には全く効果がないようだ。

 これは敵の組織に目をつけられるのでは。一瞬よぎった不安をかき消すように、ラーメンは憎まれ口を叩いてみる。


「でもま、今日はもう透明人間は店仕舞いだな。誰かさんのせいで」

「ちょっと、私が任務の邪魔してるって言いたいの?じゃあこうすればいいでしょ」


 出し抜けに腕を絡めてくるつっこ。シャイなラーメンはもちろん真っ赤になって立ち止まる。


「何するんだよ」

「恋人を装えば二人でいることも利点になるじゃない」


 たしかに商店街には結構な人通りがあるので、デートを楽しむカップルは、群集に紛れるのにうってつけの設定ではある。


「でもこんなとこ誰かに見られたらますますお前、誰とも付き合えな……」

「はいはい、それはもういいってこの前言ったでしょ」


 辟易とした声色で、ラーメンのセリフは遮られる。それからつっこは悪戯っぽい表情になり、「あ、そっか」と言った。


「好きな人いるんだっけ。それは確かに見られたら大変よね」


 パッと腕を放し、意味深な笑顔をラーメンに向けてから、つっこは軽やかに歩き始める。


「馬鹿、先に行くなって」


 咎めながらラーメンは腕にあたっていた感触を意識している。

 あいつ、成長してたんだな。ムッツリと言われても仕方ないことを考え、歩き始めると、少し離れた場所でエレコが肉屋の前に立った。

 二人が声の聞こえる場所まで近付くと、肉屋のおばさんとエレコの間で、こんなやり取りが交わされる。


「はい、それじゃあ鶏肉50グラムね」

「……」

「それからこれ、おまけのコロッケ。いつもありがとうね」

「……」


 やり取りというか、おばさんが一方的に喋っているように見える。結局エレコはコロッケの礼も言わずに肉屋の前を離れた。


「ねぇ雪尾。今のどう思う?」

「そうだな。俺の描いている雷鳴先輩のイメージとはちょっと違ったな。子供っぽくてもっと明るい人だと思ってた」

「私も同じ。外だと人見知りするタイプなのかな」

「あのオバサンが苦手なだけかもしれないぞ。いい人そうに見えたけど」


 そもそも苦手な人がいる店の常連になどなるものだろうか。二人は首をひねりながら尾行を続ける。

 しばらく行くと今度はエレコが急に駆け出し、向かった先はティッシュ配りのお兄さん。


「ティッシュくださ~い!」


 お兄さんは視界に飛び込んできた金髪に目を丸くした。


「こりゃまた気合の入った髪型だね」

「エヘヘ、お兄さん美容師さん?エレコの髪型キープ出来るかな」

「そう言われちゃ来てもらうしかないね。ティッシュにクーポン入ってるから髪が伸びたら是非おいでよ」

「はーい、そうしまーす」


 エレコは元気に手を振り去っていく。近くにある定食屋のショーケースを眺めるふりをして聞いていた二人は、ますます不思議そうな顔になった。


「今のはイメージ通りのエレコちゃんだったね」

「そうだな。いつも行く店では無口で初対面だと明るい?」

「ふつー逆だよね」


 旅の恥はかき捨てというやつだろうか。なくはないかもしれないが、知らない人の前では素を出せるくせに顔見知りだと物怖じしてしまうのは、どうにも腑に落ちないというか歪んでいる気がする。

 エレコの性格に疑問を抱きながら、二人の尾行は続いた。エレコはその後、八百屋さんに立ち寄り、野菜を購入して店から出たところで、県外から来たらしきサラリーマンに道を教えていた。

 その時の彼女の挙動は同じパターン、つまり、通っているであろう八百屋さんでは無言、初対面のサラリーマンには明るく振舞って見せたのである。

 二人の内心でエレコの性格が「内弁慶」ならぬ「外弁慶」に確定しつつあるなか、エレコは次の目的地に向かう。やがて視界に入った見慣れた店構えに、二人は「あ」と小さく声をあげた。

 貝望書店、本屋の実家である。エレコはスタスタと入っていくが、狭い店内では流石に顔を見られてしまうので、二人は外で待つことにする。

 待つこと10分ほど。エレコが店先から現れ、その後ろから貝望書店店主、本屋の父である貝柱作が出てくると、「ありがとう、また来てね」と見送る。

 二人はエレコの意識が書店から離れたことを確認すると、情報を得るべく貝柱作に歩み寄った。


「こんにちは、おじさん」

「やあ、かもめちゃん、それに雪尾君も。生憎だけど、保は本の配達に出ていてね」


 いえ、今日はちょっと通りかかっただけなので。ラーメンはさり気ない様子を装い、エレコの去っていった方角にチラリと視線をやると、「今の、変わった髪型の子でしたね」


「ああ、気になるかい?たまに来る子なんだけど、意外と無口で大人しい子だよ」

「へえ、あんな目立つ髪なのに。それは確かに意外ですね」

「そうそう。でも単に気弱なだけじゃなくて、来るたびに私のことを『キモイ』って罵倒してくるんだ。私はいつもそれが楽しみでねえ」


 その発言が他人からどう思われるかなどお構いなしに、貝柱作は親指を立てる。

 あ、これは「外弁慶」がどうのとかじゃなくて、マジの「キモイ」だ。貝柱作の情報が何の参考にもならないことを悟ると、二人は疲れた顔で「はあ、それは良かったですね」「それじゃ私たち先を急ぎますんで」

 そそくさと去ろうとすると、つっこの背中に余計な一言が掛かる。


「かもめちゃん、どんな花が好きかい?今度プレゼントさせてくれよ」

「キモイからいいです」


 変態紳士は、とても嬉しそうな顔をした。


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