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新生月器ポスリア  作者: TOBE
激闘編
84/88

ポスト やまぬ雷鳴

 開いたノートに「貝柱くんの飼い方」と書かれている。


「やっぱり1日10回罵倒して、1回は誉める。このくらいのバランスじゃないかしら」


 蜜柑ちゃんが大真面目に意見すると、つっこもシリアスな顔で見解を述べる。


「でもその1回で調子にのるようなら罵倒を増やすことも考えないと。躾は大事よ」


 ガラガラ。

 教室のドアが開きつっこと蜜柑ちゃんの会話が止まる。ラーメンは後方の壁に張り付き、そろそろと自分の席へ向かっている。

 見ていた猿は心の中で呟いた。


(忍べてないぞ、忍者マン)




 ガタン。ようやく席に辿り着く。「雪尾、大丈夫?」つっこが話しかけるとビクッと跳ねあがるどころか立ち上がり、「なななななにが?」ますます顔を青くさせる。


「だって凄い汗じゃない。顔色も悪いし」

「トイレだ!」

「は」

「来る途中ずっと大を我慢してたんだ。今から行ってくる!」


 逃げるように教室からラーメンが去ると、つっこは「重症ね」と言った。


「お腹が?」

「違うわよ蜜柑ちゃん。私にとはいえ、シャイなあいつがトイレ宣言なんて」


 何を隠しているのかしら。そんな台詞が続きそうなところで、後ろの本屋が何やら呟く。彼は司令ポーズ(目の上あたりで指を組み、眼鏡を光らす)でこう言った。


「間違いない、ラブレターだ」


 教室の、主に男子の間にざわめきが走る。


「ど、どういうことだよ本屋」

「猿よ。童貞アンテナをONにするんだ」

「……なるほど。抜け駆けの気配がビンビンくるぜ」


 お前ら今、最高にカッコ悪いぞ。糸男のツッコミはもっともである。しかしつっこの方は呆れている場合ではなかった。


「あはは何いってんの馬鹿なの雪尾にラブレターなんて超ウケルんですけど爆笑」

「かもめさん、目が全然爆笑じゃないわよ病んでるわよ」

「いやだってなんの根拠があって」


 その時またも教室に新たな人物あらわる。糸子はバーンとドアを開けてババーンとつっこの前に立った。


「本屋の童貞アンテナは本物だぞ!」

「あ、糸子さん、女子に童貞とか言われるとキツイんで慎んでもらえませんか」


 本屋の切実な懇願はもちろん無視である。


「どういうことよ糸子」


 つっこが切羽詰まった疑問を投げかけると、糸子のあとから来た京子が代わりにこたえる。


「ふむ、こいつな、現場を見てたらしいんだよ。ついでに差出人も」


 ええっ!?教室はまたも騒然となった。


「差出人を見たって、その子も靴箱ルームにいたってこと?雪尾がラブレター受け取るか確認するために」

「多分そうだろうな。ラーメンが立ち去ったあと物陰から出てきたから」

「あんたはどこにいたのよ」

「掃除用具入れだ。ラーメンが靴箱から封筒を取り出したところで慌てて隠れたんだよ『ひいいいっ、ラブレター貰ってるぅぅぅ』ってな」


 そうか、空気読んだんだな、偉いぞ糸子。京子に頭を撫でられ、「よーしその調子だ」と頷く糸子。


「褒めて私を伸ばせよ」

「変なこと言ってないで、どんな子だったか教えてちょうだい、糸子ちゃん」


 蜜柑ちゃんの質問は教室じゅうの総意であり、みな固唾を飲んで聞いている。


「そうだな、けっこう可愛い子だったぞ。髪型はちょっと変わってたけど。こう、カクカクッと稲妻みたいに跳ねてて」


 えっ……。


「どうしたのかもめさん。もしかして知ってる子?」

「いや、知ってる人に似てるってゆーか、でもそんなわけないし」


 つっこには信じられるはずもなかった。いくらゴーレムとはいえ、月が生きていた時代から現在まで、あり続ける者の存在など……。




「雷鳴先輩のことかな」 


 一限目の休み時間、つっこは情報を得ようとビっちゃんの席までやってきた。もとはクラスのトップグループにいただけあり、彼女は生徒情報に明るいのだ。


「そんな変わった髪型してるの雷鳴先輩以外ないっしょ。たしか2-1だったと思うけど」


 教えられた教室は上階にある。さっそく京子を連れて階段を上る間、つっこの疑念は期待へと変わっていった。


(エレコちゃんが生き残ってるなんてとても信じられないけど、もしそうだったら……嬉しいな)


 到着し、廊下側の窓から中を覗く。――いた。カクカクと稲妻のような金髪を持つ少女、エレコは以前と同じ姿で席に着き、一人で教科書を眺めている。


「エレ……」

「行くぞ」


 思わず声をかけようとしたところで、腕を引かれる。京子はそのままつっこを屋上に続く階段まで引っ張っていった。


「ちょっと京子、どうしたのよ」

「まずいぞ、かもめよ」

「……アルテミス?」


 見た目は京子のままだが、纏う雰囲気が少し違う。今の自分は京子と完全には融合していないから、「アルト」という名がふさわしい。「まあ、そんなことはどうでもいいんだが」アルトは自分の説明を横に置き、本題に戻った。


「あいつは、あのエレコは、私達の知るエレコじゃないかもしれない」

「えっ、ど、どういう」

「かもめよ、月はどうして滅んだか分かるか」

「どうしてって……自然現象じゃないの。地球だっていつか寿命がくるって、テレビで見たことあるけど」

「実は私の記憶には空白の部分がある。月から地球に渡り、籠乃の中で目覚めるまでの間、何が起こったのか知らないのだ」

「気付いたら月が滅んでたってこと?」

「そうだ。そして意識が途絶える直前の記憶では、月と地球は互いの引力で衝突しようとしていた。本来なら共に滅ぶ運命だったんだ」


 つっこは息を飲む。アルトは見ていないのだから、実際なにが起きたのかは分からないけれど。事実、月の滅びによって地球は救われたのだ。


「今は月の質量も減って、互いの位置関係は安定状態にある。私にはこれが自然現象だとは……おい、かもめ!」


 アルトの話が終わる前に、つっこは駆け出していた。




 雪尾!自分の教室に駆け込み、つっこは下を向いて荒い息をつく。よく見れば目の前のラーメンはさっきと違って落ち着いているのが分かっただろうが、彼女にそんな余裕はなかった。


「あの、放課後、屋上に行くのは」

「よく知ってるな。ちょうど相談しようと思ってたんだ」

「は」


 いま何て言った?驚きのあまり、つっこは顔を上げる。


「なんで私に」

「ダメか?いや俺、とりあえずは断ろうと思うんだよ。やっぱよく知らない人と付き合うのは無理っていうか、ああでも友達から始めましょうってのも付き合う前提に聞こえちまうよな……」

「だからなんで私に言うの」


 ラーメンは搔きむしっていた頭から手を放し、斜め下へ視線を外す。


「お前に黙ってるのは違うかなって。女の目線で意見も欲しかったし」

「そっか、じゃあ一つ言うけど、傷つけないフリかたなんてないよ。中途半端に気遣うんじゃなくて、あんたが思っていることをはっきり伝えるしかないんじゃない」

「……そうか、中途半端はかえって良くない、か……」


 分かった、やっぱ俺、ちゃんと「好きな人がいる」って伝えるわ。ラーメンは礼を言って背を向ける。


「え?」


 呆気にとられるつっこ。二時限目開始のチャイムが鳴り、教室に教師が入ってきた。




「で、ラーメンに伝えられないまま放課後になったと」

「えっと、京子?アルト?」

「京子だよ。ただ話は分かっている。それで、どうするんだ?」

「雪尾はちゃんと向き合おうとしているみたい。だから私もそうする。もしもエレコちゃんが地球人を憎んでいたとしても、一度はなしてみようと思う」

「堂々としてるのかコソコソしてるのか分からんな」


 現在二人は屋上の塔屋の陰に隠れ、その時が来るのを待っている。しばらくするとドアが開き、エレコはそのまま屋上を仕切る手すりまで歩いた。

 街を眺める背中は、なんとなく孤独で物悲しい。


「なんか前の彼女とぜんぜん雰囲気が違う。やっぱり月が滅んだ時、何かあったのかな」

「本当にラーメンに一目惚れしただけかもしれんぞ」

「だったら……その方がいいよ」

「強がり言って……おっと、ラーメンが来たぞ」


 ドアが閉まる。ラーメンはエレコに向かって真っすぐ行き、少し距離を開けて立ち止まった。


「雷鳴エレコさん、ですよね」


 エレコは振り返り、ニコリと笑った。


「ええ、待ってたわよ。雪尾翼くん」


 街の向こうで、告白の場にはまったく不似合いな、遠雷が鳴った。


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