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新生月器ポスリア  作者: TOBE
激闘編
82/88

ポスト アングリーモンキー

 朝、HR前。京子はとある絵を蜜柑ちゃんに描いてもらっている。


「目は切れ長で……そうそう、そんなかんじ」


 数分後。


「いちおう完成よ。どうかしら、京子さん?」

「すげぇ、お母さんにそっくりだ。会ったこともないのにすげぇよ蜜柑ちゃん!」


 ちょうどその時、猿が教室に入ってくる。


「おい猿、見ろよ。蜜柑ちゃんってすっげー絵が上手いんだぜ」

「……」


 ぷいっ。


「?」


 そっぽを向かれ、京子は首を傾げる。



 キーンコーンカーン。二時限目終了のチャイムが鳴り、生徒達は各々雑談に興じている。今度こそと、京子も猿に話しかける。


「昨日のプロレス見たか?まさか我南無(がなむ)のやつがベルトとるなんて」


 話の途中で猿は机に突っ伏し、寝息をかきはじめる。一体全体何なんだよ。京子はモヤモヤを抱いたまま、昼休みを迎える。猿を含めたつっこ軍団が昼食をとっている教室に、買い物袋片手に元気よく飛び込む。


「おい猿、コンビニでバナナオレ買ってきたぞ。私が奢るなんて凄いレアだぜぇ?」

「校外に出るの校則違反だろ。いらねーよ」

「……」


そして、放課後がやってきた。


「猿、一緒に帰ろう?なんか怒ってんのは分かったから、話を聞かせてくれよ」

「うるせー近寄んな」




「ってなかんじなんだ。みんな、なんか分かるか」


 ここは前回打ち上げに使ったカラオケの一室。今回は京子がつっこ軍団の女子陣営に相談する場となっている。


「うーん、猿くんが怒ってる理由ねー」

「頼むよビッちゃん。この中じゃ一番男を知ってるだろ?」

「言い方に気を付けて」


 ビッチ先輩が低い声を出したところで、今度は糸子が口を開く。それは純粋な疑問だった。


「なぁ、男子が怒る理由ってどんなのがあるんだろう」


 いわゆる男子特有の地雷というやつ。一同は自分が知ってるパターンを一つずつ発表することにした。



 つっこの場合。


「ご馳走さまっ。やっぱあんたって料理うまいねぇ」

「おい、ピーマン残ってるぞ」

「そんなー。ちょーっとくらい、いいじゃん」

「食え」

「で、でも」

「いいから食え。少しずつでいいから」


 これ小学校の時ね。つっこが言うと、みな頷く。


「ラーメンくんはそうだろうねぇ」

「なっ、雪尾って一言も……」

「ふだん見ない迫力にときめいた。そういうことでよろしいかしら?」

「蜜柑ちゃんまで!」




 ビッちゃんの場合。


 ワーワー言っている。とにかくワーワー言っている。ワーワー言ったまま、デートは終盤を迎える。


「そんなに一生懸命喋らなくてもいいんじゃないか。俺はじゅうぶん楽しいぞ?」


 …………は?

 ええと、今のは。

 まさかドストレートでノロケてくるとは……。

 今のメガネか?メガネらしいよな。


「ノロケてないもーん」


 一同は舌打ちした。




 糸子の場合。


「姉ちゃん、すっ裸で歩き回らないでよ!」


 ああ、悟くん……。


「ちょっと待って。弟なんてズルくない?糸男くんの話をしなさいよ!」

「そうは言ってもな、ビッちゃん。糸男ってあんまり怒らないし。イジワルは言ってくるけど」


 あの糸男がイジワル?

 結果、最大級のノロケが出ました。




 期待の新人、蜜柑ちゃんの場合。


「え、いや、期待のって言われても、私あんまり男の子のことは……」

「またまたぁ。なんでか知らないけど最初から本屋くんと仲良かったじゃない」

「はっ、何で私があんな軟弱ヤローと仲良くしなきゃなんないのよ。ま、たまーに根性みせる時あるけどちょっと誉めるとすーぐ調子に乗るんだから。大体なに!?自分のことイケメンと勘違いしてんじゃない?ちょいちょいちょいちょい色んな女に優しくしちゃってもーつぎ会ったらビンタビンタビンタビンタ」


 ああ、これは、怒れない関係だ。

 ……。

 と、いうわけで総決算。


「どいつもこいつもイチャコライチャコラ、ノロケてばっかで役に立たん!」




「つーわけなんだ。お母さんなら分かるか、猿が怒ってる理由」


 夜、京子は自宅の神棚に話しかけていた。神棚には梓さんの祖父であり、師匠である老人の遺影と、今朝がた蜜柑ちゃんに描いてもらった籠乃の肖像画が並べてある。グラサンに袖の破れたジャケットでVサインなどと、妙にパンクな爺さんは、隣に綺麗な姉ちゃんが来て喜んでいるようにも見える。

 だけど絵は、ただの絵だ。そう思い、京子は立ち上がろうとした。


「ふむ、思春期の少年が怒る理由……か」


 籠乃が神棚に胡坐をかいて座っている。京子はズザザザザと畳の上を後ずさった。


「うわぁぁあああああ!!」


 悲鳴を上げると、今度は縁側に面した障子がシャッと開く。


「む、出たのか、ゴキブリが!!」


 アルトが刀に手をかけてキョロキョロ見渡している。


「わああああああああ、なんでっ」


 ビックリしすぎて涙目になった京子が叫ぶ。


「なんであんたら普通に出てくんだよっ」




「この絵はよく出来ている。私の依り代にぴったりのようだ」

「私の依り代はもちろんお前だ。無意識に拘束を緩めてくれたおかげで出られるようになった」

「いや知らんけどな。同じような口調が三人も揃うと誰が誰やらだぞ」


 つーか前回のアレでコレってどうよ。京子がガミガミ言っていると、廊下側の戸に近づく足音が聞こえた。「京子さん。神棚の部屋で何を騒いで……」開いた戸から顔を出した梓さんは、似たような顔が並んでいる光景に固まる。


「女子会?」


 ……。

 かくかくしかじか。京子は改めて三人に悩みを相談する。


「ほら、お母さん達は大人だから、男のこともよく分かるんじゃないか?」

「あ、ああ。まあ、な」

「ええ……そりゃあもうアレよ。アレ。イケイケギャルだったわよ」

「おい京子、こいつら露骨に目ぇ逸らしたぞ」


 てかイケイケギャルってやべーな。汗を拭うアルトに籠乃と梓さんが詰め寄る。


「なんか外野ポジ決めてるけどあんたはどうなのよ」

「そうだぞ。実はこの中で一番の年長者だろ」

「私はルナ一筋だから関係ない」


 うっわー、ガチよガチ。

 ふむ、嫌いではないが……。


「もーう、脱線するなよー。ちゃんと私の話を聞いてくれよー」


 正座。


「あのさ京子、お母さん足痺れちゃって」

「集中してないと脱線するからだめだ」


 京子は腕を組んで三人を監視している。こ、これは……誰か突破口を……!


「京子さん自身に何か思い当たることはないの?」

「おお、梓の言う通りだ。お前自身、身に覚えはないのか。何か少年を怒らすようなことは」

「う~ん、私、何かしたかな」


 弁当のバナナから中身を抜き、巧妙に元の形に戻して鞄に入れておく。

 弁当のバナナを股に挟み、「男になっちゃった!」というギャグをやる。

 弁当のバナナを股に挟んだ状態で皮を剥き、糸子に喰わせる。

 弁当のバナナを糸子の乳の上に乗せ、「とれるもんならとってみろ」と猿を挑発する。


「弁当のバナナで色々やりすぎよ!」


 ちなみにラーメンにも「食い物で遊ぶな」と怒られてました。




 門の前。梓さんに見送られ、京子は自転車に跨がる。アルトは京子の中に収納済み、籠乃は神棚の部屋で待機中である。

 もう、こうなったら直接きくしかないんじゃない?梓さんの助言により、猿を呼び出した公園へ、今から向かうのである。

 じゃあ、行ってくるよ。走り出した自転車が道路の角に消えると、残された梓さんは神棚の部屋に戻り、ワクワクした顔の籠乃が迎える。


「どうだった?」

「めっちゃ緊張してた」


 どうなるかな、どうなるかなっ。手を取り合ってキャッキャと興奮気味の二人。止まっていた親友同士の時間が、再び流れ始めていた。

 いっぽう自転車は夜の道路を走り、やがて公園へ。入り口付近に駐輪して中に入ると、まだ猿は来ていない。京子はソワソワ落ち着かないそぶりでベンチに座って待つ。

 実は呼び出したと言っても、梓さんにメールを打って貰ったのみで、返事も待たずに家を出たものだから、猿が本当に来るかも定かではない。

 それでも京子はどうせ自分が悪いんだからと、覚悟を決めて待ち続ける。するとたいして時間もかからずに、公園の土が踏まれる音がした。

 顔を上げると、二本の缶ジュースを携えた猿が立っている。京子の方も家から持ってきた缶ジュースを二本、掲げると、「なんだよ」と少しだけ笑って猿は隣に座った。

 プシッ。せっかくだから交換した缶ジュースが開けられる。各々ひとくち飲み、その後は静寂だった。お互いどうやって切り出そうか迷っている。

 「あ、あのさ……」京子が言いかけると被さるように、「スマン!」猿はいきなり謝った。


「イジケルような態度は男らしくなかったよな」

「いや、そんな……なぁ私、なんかしたんだろ。ちょっと自分じゃ分からなくて……」

「なんかしたっつーか、相談して欲しかったんだよ。お前、大変だったんだろ」

「……?」


 僅かな思考の末、猿の言ってる意味を悟り、京子は慌てる。


「ちょっと待て、なんで知ってるんだよ。あの場にはいなかっただろ」


 誰かに聞いたのか?そこまで言って、すぐに答えが見つかり、すっと肩が落ちる。


「そっか、社畜星人……」

「そうだ。街が元に戻った時、俺はなんだか違和感を感じて、何があったのか社畜星人の力で探った。正直ショックだったよ。お前が悩みを抱えていて、そのせいで大変なことが起こって、俺が知った時にはもう、何もかも終わったあとだったなんてな」

「社畜星人……なんで猿に伝えちまうんだよ……」


 京子が膝の上で固めた拳に呟くと、猿の肩にポン、ピンクのサルが現れる。社畜星人は前に見た時と違い、真剣な顔つきで言った。


「なんでって、私も怒ってるからですよ。洋介さんがどれほど京子さんのこと心配しているか分かっ」

「ああ、もう、いいから。お前は引っ込んでろ」


 ギュウギュウ押し込まれ、社畜星人は猿の肩に消える。「本当にごめん」京子は俯いている。社畜星人もまた、彼女のことを心配してくれたに違いなかった。


「私、怖くて……醜い自分を知られるのが……」

「まぁ、その」


 猿は少し顔を赤くして頬を掻く。


「あんまり怖がるなよ。俺はお前から何が出てこようが、受け止めるからよ」


 これはなんなんだろう。初めて友達が出来て、夏休みを越えたばかりの京子に、その感情の正体は分からなかった。だけど委ねるままに動けば、彼女の身体は自然と……。


「うおっ」


 黒髪から漂う甘い香りが、猿の鼻腔をくすぐる。華奢な腕が、背中にまわされている。頬から伝う雫が首筋を濡らし、猿は身体から力をぬく。

 「お前、気ぃ強い割によく泣くよな」冗談ぽく言って京子の頭に手を乗せると、頷きの感触が返ってくる。


「ほんとの私は……泣き虫でっ……」

「ああ、それに、甘えん坊だよな」

「ばかっ」


 そこから先は、ただただ嗚咽が続いた。そしてようやく収まった頃、京子は猿の首筋から顔を離す。

 お互いの顔を見て、二人とも真っ赤になった。


「あっ、その……マジでごめん」

「い、いや……」

「……」

「……」


 戻ってきた理性は気まずい沈黙を呼ぶ。そんな桃色恥ずかし空間に、実はもう一人の人物がいた。

 じ~っ。アルトはしゃがみ込み、抱き合う二人を見つめている。


「チューするのか?」


 二人は沸騰した。


「ア、アルト」

「誰だお前はぁぁ!」

「京子から出てきた者だがさっき言ってたよな。なんでも受け止めると」


 いや、こんなのが出てくるとは聞いてない。猿の主張はパクパクと声にならなかった。


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