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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
80/88

ポスト ルナの本心

 発電所の管理人室で、二人は怒られている。


「発電中のエレコに近付くなんて、なに考えてるんですか!」


 キャリアウーマン風のお姉さんはカンカンだが、つっこ達にも言い分はある。


「だってこの子がとんでもない掛け声出すもんだから」

「エレコのせいじゃないもん!」

「あんたねぇ、登場した時わざとらしく語尾につけてた『ビビビビ!』はどうしたのよ。掛け声それでいいでしょうよ。キャラ立てようとした挙げ句とちくるってんじゃないわよ」

「キャラ立てようとしてないもんビビビビ!」


 まぁまぁまぁまぁ。どうどうどうどう。つっことエレコはそれぞれのセコンドに抑えられ、引き離される。

 アルテミスは「気持ちは分かるが」と言った。


「私も日本で京子の中にいた時間が長いからな。あの国には恐ろしい権力を持つネズミが二匹いるのは知っている。だがこいつらは月の住民でしかも幻影、いくら言っても通じないだろう。ここは表面上だけでも謝っておくんだ」


 どうもすみませんでしたっ。


「そうね。ぜったい私達の方が正しいけど、頭を下げるのが大人の対応というものね」


 どうもすみませんでしたっ。


「おいクソガキども」


 お姉さんのゲンコツが炸裂しました。


「まったくもう、アルテミス様ともあろう方がはしたないですよ」


 数分後、テーブルについたお姉さんは眉を下げながら優しく微笑んでおり、「一番怒らせちゃ駄目なタイプだ」とつっこを戦慄させた。


「あ、あの、アルテミスって有名なんですか」

「え?ええ、それはもう。ルナ様から無辜の剣を賜った方ですから、私達にとっては神様みたいな存在ですよ」


 いや神様の頭からタンコブ生えてますけど。心の中でツッコんでいると、お盆を持ったエレコがやってくる。


「紅茶とクッキーお待たせしましたー」

「あんたねぇ、語尾つけないなら最初から……」


 エレコは椅子に座ると、ティーポットにお湯を注ぎ、クッキーをポリポリ食べ始める。


「えっ」

「えっ」


 何やってんのこいつという視線と、何ジロジロ見てるんですかという視線が交錯した。


「もう、エレコったら。お客様にお出しするんでしょう」

「あーっ、いけなーい。エレコ、ドジっちゃった」


 コツン、テヘペロ。


「駄目だわアルテミス。私やっぱこいつ……手が出そう」


 プルプル震えるつっこを「がまんがまん」とアルテミスが宥めていると、お姉さんが「ごめんなさいね」と謝ってくる。


「こう見えてエレコは私以外の上弦民にあまり懐かなくて」

「だってお客さん達もこう思ってるんでしょ?私がゴーレムじゃなければマスターはもっと大きな仕事を貰えるって」


ゴーレムじゃなければ?つっこには意味が分からず、首を傾げる。「あの、上弦の方なのよね?」不思議そうに見るお姉さんに、アルテミスは慌ててフォローを入れた。


「こいつ、凄い箱入りなんだ。今まで一度も屋敷から出たことなくて」

「まぁ、一度も?」


 驚く顔がつっこを見る。

 は、箱入り……。


「はい……わたくし、そうなんですわよ」

「無理しないで。ちゃんと信じるから」


 お姉さんはやっぱり大人である。




「月の民が創れるのはゴーレムと月器の二種類ってことは知ってるわよね」

「はぁ、それはまぁ、なんとなく、感覚的に」

「感覚的にってどういう意味かしら」

「い、いやっ。夢のお告げで聞きました!」

「ああ、『月の記憶』は覗いたことあるのね」


 どうしよう、またワケわからん単語が出てきた。つっこは折れそうになる心を奮い立たせ、お姉さんの話をちゃんと聞く。


「ゴーレムと月器は本質的には同じものなの。どちらも月の民の血液で出来た核を持っていて、ゴーレムは基本的に人型。魂を持ち、自律して行動出来る代わりに、原初の波動の受容体としては月器に劣るのよ」


 つまり、都市部や複数の地域を同時にまかなう発電所には、月器持ちの月の民が入ることが多いのだという。


(それで、ゴーレムじゃなかったら、か)


 つっこは「ふーん」と呟いてエレコを見る。


「な、なんですか」

「でも喋れんじゃん」

「へ?」

「もしもあんたが月器だったらあんたっていう人格もないんだから、こうしてイライラ面白おかしく話すことも出来なかった」

「イライラ面白おかしく!?」


 どういう表現ですかそれ。ツッコむ声は消え入りそうなほど小さく、エレコは赤い顔を俯かせる。

 彼女はそんな風に、自分を肯定したことがなかった。


「エレコ」

「マスター?」


 頭に乗せられた手の感触に見上げれば、優しい微笑みが見返している。


「私は大きな仕事は貰わなかったけれど、代わりに大切な家族を得たわ。それが一番よ」


 いつも言ってるんですけど、頑固者で困ります。お姉さんはつっこ達に苦笑を見せる。

 頭を撫でまわされたエレコは恥ずかしそうに、しかし幸せそうに目を細め。


「ピ、ピカ……」

「それはやめなさい」


 ポカリ、ゲンコツの音。


(よし)


 アルテミスの隣で黒いガッツポーズが目撃された。




 月の夕暮れもやはり、美しい。防波堤の上に腰掛けて、二つのシルエットが煌めく波を眺めている。


「どう思った?」

「んー、思ったより上弦民って偉そうじゃなかったね。少なくとも発電所のお姉さんは下弦民やゴーレムを虐げてる様子はなかった」

「その通り。上弦、下弦の序列は、強者が弱者を支配するための制度ではない。目的は、共存だ」

「共存?」

「殆ど別の生き物と言っていいほど、月の民はそれぞれ違いを持って生まれてくるからな。ここまで明確に不平等だと、誰かの上に立とうという競争心もなくなる。だから上弦、下弦の違いは偉い、偉くないの隔たりじゃなくて、役割り分担みたいなものなんだ」

「争ったりしないで、それぞれ精一杯、自分に出来る形で社会貢献するってこと?それって凄く理想的じゃん」

「そうだ。そんな、地球の価値観からすれば理想的な社会システムが、私は心底嫌いだった」


 競争心が無くなれば、向上心もなくなる。と、アルテミスは語り始める。

 いくら努力したって、月の民の身体一つでは、月器やゴーレムの力に叶わないのだから、それも当然だろう。


――アルテミス様、それ以上、剣の腕を磨いてどうするんですか。え、月器やゴーレムに勝てるくらい?はは、冗談うまいですね。


 生まれながらにして定められた限界。大切な人の為に強くなりたいと願った時、私はそれを痛感した。

 悔しそうな顔を、夕焼けが照らしている。


「京子と融合したことで、初めて無辜の剣を正常に発動出来た。私一人じゃ、あまりに荷の重い月器だ」

「自分が造ったのに使えないってことあるの?」

「いや、無辜の剣はルナから直接渡されたものだ。月の民に自分の殆どを与えてしまったルナが、最後まで持っていた破壊と創造の力。その片方を、私は授かった」


 だというのに。自分は期待に応えられなかったと、アルテミスは俯く。


「分からないんだ……どうしてルナは私なんかに、無辜の剣を渡したのか」

「あのそれは私が思うに……」

「頼むよ!!」


 大声が、言いかけたつっこの言葉をかき消す。


「今度つくる世界では、努力が報われるようにしてくれよ。私みたいなやつが幸せになれるように……」

「いやそれは無理」

「へ」


 ブンブンと顔の前で手を振る仕草に、アルテミスはショックの表情を浮かべる。それでもつっこには、こう言うしかなかった。


「だって私、ルナじゃないもん。そりゃあルナの因子は持ってるだろうけど、それは他の人も、あんただってそうでしょ?あんたの探してるルナの心は、私の中にはいない。だいたい私が神様とか、キャラに合ってなさすぎよ」


 こちとら小市民代表だっつーの。あっけらかんと言ってのける前で、「そうか」と短く低い呟きが漏れた。

 シルエットのうち片方から黒い直線が伸び、もう片方の首筋に添えられる。


「だったらもう、用はない」


 さっきまでが嘘のように、アルテミスの瞳は昏く淀んでいる。「ねえ」自分のことを小市民代表などと呼ぶ少女は、肌に刃をあてられても、臆することなく見返していた。


「私みたいな子は嫌い?」

「は、何を言って」

「ルナ以外とは仲良くなれない?」

「誰が貴様なんかと」


――私はあんたのこと、好きだよ。


「なっ」

「一緒に過ごして、私はけっこう楽しかったけどな。あんたもそうなのかなって思ってたけど、中にルナが入ってないとやっぱり嫌?さっきと今とで、私自身は何も変わっていないんだけど」

「それは……」

「さっき言いかけたんだけど、なんか私、ルナの考えてたこと分かっちゃった気がするんだよねー」


 どうしてルナは私なんかに無辜の剣を――。


「それはね」


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