ポスト ルナの本心
発電所の管理人室で、二人は怒られている。
「発電中のエレコに近付くなんて、なに考えてるんですか!」
キャリアウーマン風のお姉さんはカンカンだが、つっこ達にも言い分はある。
「だってこの子がとんでもない掛け声出すもんだから」
「エレコのせいじゃないもん!」
「あんたねぇ、登場した時わざとらしく語尾につけてた『ビビビビ!』はどうしたのよ。掛け声それでいいでしょうよ。キャラ立てようとした挙げ句とちくるってんじゃないわよ」
「キャラ立てようとしてないもんビビビビ!」
まぁまぁまぁまぁ。どうどうどうどう。つっことエレコはそれぞれのセコンドに抑えられ、引き離される。
アルテミスは「気持ちは分かるが」と言った。
「私も日本で京子の中にいた時間が長いからな。あの国には恐ろしい権力を持つネズミが二匹いるのは知っている。だがこいつらは月の住民でしかも幻影、いくら言っても通じないだろう。ここは表面上だけでも謝っておくんだ」
どうもすみませんでしたっ。
「そうね。ぜったい私達の方が正しいけど、頭を下げるのが大人の対応というものね」
どうもすみませんでしたっ。
「おいクソガキども」
お姉さんのゲンコツが炸裂しました。
「まったくもう、アルテミス様ともあろう方がはしたないですよ」
数分後、テーブルについたお姉さんは眉を下げながら優しく微笑んでおり、「一番怒らせちゃ駄目なタイプだ」とつっこを戦慄させた。
「あ、あの、アルテミスって有名なんですか」
「え?ええ、それはもう。ルナ様から無辜の剣を賜った方ですから、私達にとっては神様みたいな存在ですよ」
いや神様の頭からタンコブ生えてますけど。心の中でツッコんでいると、お盆を持ったエレコがやってくる。
「紅茶とクッキーお待たせしましたー」
「あんたねぇ、語尾つけないなら最初から……」
エレコは椅子に座ると、ティーポットにお湯を注ぎ、クッキーをポリポリ食べ始める。
「えっ」
「えっ」
何やってんのこいつという視線と、何ジロジロ見てるんですかという視線が交錯した。
「もう、エレコったら。お客様にお出しするんでしょう」
「あーっ、いけなーい。エレコ、ドジっちゃった」
コツン、テヘペロ。
「駄目だわアルテミス。私やっぱこいつ……手が出そう」
プルプル震えるつっこを「がまんがまん」とアルテミスが宥めていると、お姉さんが「ごめんなさいね」と謝ってくる。
「こう見えてエレコは私以外の上弦民にあまり懐かなくて」
「だってお客さん達もこう思ってるんでしょ?私がゴーレムじゃなければマスターはもっと大きな仕事を貰えるって」
ゴーレムじゃなければ?つっこには意味が分からず、首を傾げる。「あの、上弦の方なのよね?」不思議そうに見るお姉さんに、アルテミスは慌ててフォローを入れた。
「こいつ、凄い箱入りなんだ。今まで一度も屋敷から出たことなくて」
「まぁ、一度も?」
驚く顔がつっこを見る。
は、箱入り……。
「はい……わたくし、そうなんですわよ」
「無理しないで。ちゃんと信じるから」
お姉さんはやっぱり大人である。
「月の民が創れるのはゴーレムと月器の二種類ってことは知ってるわよね」
「はぁ、それはまぁ、なんとなく、感覚的に」
「感覚的にってどういう意味かしら」
「い、いやっ。夢のお告げで聞きました!」
「ああ、『月の記憶』は覗いたことあるのね」
どうしよう、またワケわからん単語が出てきた。つっこは折れそうになる心を奮い立たせ、お姉さんの話をちゃんと聞く。
「ゴーレムと月器は本質的には同じものなの。どちらも月の民の血液で出来た核を持っていて、ゴーレムは基本的に人型。魂を持ち、自律して行動出来る代わりに、原初の波動の受容体としては月器に劣るのよ」
つまり、都市部や複数の地域を同時にまかなう発電所には、月器持ちの月の民が入ることが多いのだという。
(それで、ゴーレムじゃなかったら、か)
つっこは「ふーん」と呟いてエレコを見る。
「な、なんですか」
「でも喋れんじゃん」
「へ?」
「もしもあんたが月器だったらあんたっていう人格もないんだから、こうしてイライラ面白おかしく話すことも出来なかった」
「イライラ面白おかしく!?」
どういう表現ですかそれ。ツッコむ声は消え入りそうなほど小さく、エレコは赤い顔を俯かせる。
彼女はそんな風に、自分を肯定したことがなかった。
「エレコ」
「マスター?」
頭に乗せられた手の感触に見上げれば、優しい微笑みが見返している。
「私は大きな仕事は貰わなかったけれど、代わりに大切な家族を得たわ。それが一番よ」
いつも言ってるんですけど、頑固者で困ります。お姉さんはつっこ達に苦笑を見せる。
頭を撫でまわされたエレコは恥ずかしそうに、しかし幸せそうに目を細め。
「ピ、ピカ……」
「それはやめなさい」
ポカリ、ゲンコツの音。
(よし)
アルテミスの隣で黒いガッツポーズが目撃された。
月の夕暮れもやはり、美しい。防波堤の上に腰掛けて、二つのシルエットが煌めく波を眺めている。
「どう思った?」
「んー、思ったより上弦民って偉そうじゃなかったね。少なくとも発電所のお姉さんは下弦民やゴーレムを虐げてる様子はなかった」
「その通り。上弦、下弦の序列は、強者が弱者を支配するための制度ではない。目的は、共存だ」
「共存?」
「殆ど別の生き物と言っていいほど、月の民はそれぞれ違いを持って生まれてくるからな。ここまで明確に不平等だと、誰かの上に立とうという競争心もなくなる。だから上弦、下弦の違いは偉い、偉くないの隔たりじゃなくて、役割り分担みたいなものなんだ」
「争ったりしないで、それぞれ精一杯、自分に出来る形で社会貢献するってこと?それって凄く理想的じゃん」
「そうだ。そんな、地球の価値観からすれば理想的な社会システムが、私は心底嫌いだった」
競争心が無くなれば、向上心もなくなる。と、アルテミスは語り始める。
いくら努力したって、月の民の身体一つでは、月器やゴーレムの力に叶わないのだから、それも当然だろう。
――アルテミス様、それ以上、剣の腕を磨いてどうするんですか。え、月器やゴーレムに勝てるくらい?はは、冗談うまいですね。
生まれながらにして定められた限界。大切な人の為に強くなりたいと願った時、私はそれを痛感した。
悔しそうな顔を、夕焼けが照らしている。
「京子と融合したことで、初めて無辜の剣を正常に発動出来た。私一人じゃ、あまりに荷の重い月器だ」
「自分が造ったのに使えないってことあるの?」
「いや、無辜の剣はルナから直接渡されたものだ。月の民に自分の殆どを与えてしまったルナが、最後まで持っていた破壊と創造の力。その片方を、私は授かった」
だというのに。自分は期待に応えられなかったと、アルテミスは俯く。
「分からないんだ……どうしてルナは私なんかに、無辜の剣を渡したのか」
「あのそれは私が思うに……」
「頼むよ!!」
大声が、言いかけたつっこの言葉をかき消す。
「今度つくる世界では、努力が報われるようにしてくれよ。私みたいなやつが幸せになれるように……」
「いやそれは無理」
「へ」
ブンブンと顔の前で手を振る仕草に、アルテミスはショックの表情を浮かべる。それでもつっこには、こう言うしかなかった。
「だって私、ルナじゃないもん。そりゃあルナの因子は持ってるだろうけど、それは他の人も、あんただってそうでしょ?あんたの探してるルナの心は、私の中にはいない。だいたい私が神様とか、キャラに合ってなさすぎよ」
こちとら小市民代表だっつーの。あっけらかんと言ってのける前で、「そうか」と短く低い呟きが漏れた。
シルエットのうち片方から黒い直線が伸び、もう片方の首筋に添えられる。
「だったらもう、用はない」
さっきまでが嘘のように、アルテミスの瞳は昏く淀んでいる。「ねえ」自分のことを小市民代表などと呼ぶ少女は、肌に刃をあてられても、臆することなく見返していた。
「私みたいな子は嫌い?」
「は、何を言って」
「ルナ以外とは仲良くなれない?」
「誰が貴様なんかと」
――私はあんたのこと、好きだよ。
「なっ」
「一緒に過ごして、私はけっこう楽しかったけどな。あんたもそうなのかなって思ってたけど、中にルナが入ってないとやっぱり嫌?さっきと今とで、私自身は何も変わっていないんだけど」
「それは……」
「さっき言いかけたんだけど、なんか私、ルナの考えてたこと分かっちゃった気がするんだよねー」
どうしてルナは私なんかに無辜の剣を――。
「それはね」




