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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
74/88

ポスト裏切り

「メモリアルバレット?眼鏡が月器じゃないのかよ」


 マス・マンの大振りのパンチに、ラーメンの拳はカウンター気味に顔面を殴り付け、仰け反ったところを「送りの爪」が刺し貫く。


「まとめてワンセットよ。本来は隔離された異空間内にターゲットを閉じ込め、殲滅させるための月器だから。外で使えてるのはまぁ、裏技みたいなものね」


 糸子が答える間にも、三体のマス・マンが拳銃によって撃ち抜かれている。


「対価とか言ってたよな」


 有線式ロケットパンチがマス・マンの腹部をとらえるも、突き抜けたところで一瞬のうちに穴が塞がり、ラーメンの方が逆に引っ張られる。

 うおっ。慌てるラーメンの肩に、トンと手をつくと、糸子は空中に身を翻し、マス・マンの背後に着地する。

 ゴリ、と後頭部に銃口を突きつけ、糸子はいった。


「未来になれば分かるわ」


 ドンっ。灰色の顔が弾けとび、拳が勢いよくラーメンの手首に戻る。


(すげぇな、糸子のやつ。未来で何があったのか知らないけど、かなり戦い慣れてるかんじだ。ところであの栞とかいう女は……)


 ラーメンが見ると、栞は苦々しい表情でこちらを睨んでいる。目的だという京子の竹刀に手を出す様子はなく、その理由を、ラーメンはゴーレムの直感で理解していた。


(あいつの身体はきっと、月光溜りでしか実体化できない。竹刀を外に持ち出すには京子にとりつく必要があるってことか。ならば)


 ラーメンはつっこを探す。彼女は京子の傍らで、なにか必死に語りかけていた。


(よし、いいぞ。二人かかえてここから出れば、栞はもう追ってこれないはずだ)


 糸子、掩護射撃を頼む。アイコンタクトを送ると、頷きが返ってくる。しかしラーメンはこの時、重要なことを失念していた。

「未来からやってきた」という言葉が意味する、絶対的な事実を。




 あの出逢い物語の世界に初めて入ったとき、つっこは不思議と混乱しなかった。自分に起こった現象を、最初から知っていたかのように理解できたし、ライナスやジーナが誰であるか、果てはあの世界がどうやって成り立っているかも、まるで答えが頭の中に湧いてくるように自ずと分かった。

 いや、これは何かが自分に語り掛けているのだ。豹変した京子の前でつっこは拳を握る。見えない何かは言葉ではなく、揺らぐような波動をもって頭に直接つたえてくる。

 京子の心を埋めつつあるのは恐怖。失ったものを思い出す、恐怖であると。


「くそっ、なんなんだよこれっ。善三は私とお母さんを守って……ああ、だめだ。この先を思い出したら私はっ」


 京子は自分の体を抱きしめ、小刻みに震えている。先程つっこがマス・マンに見えたのはもちろん幻影である。栞のブランクメーカーの影響で月光溜まりにトラウマが投影されたに過ぎないのだが、もはや京子の目は傍にいる者など関係ないように、何も見てはいなかった。


「嫌なことばかりに目を向けてはだめよ、京子。ほら、周りを見て。あんたの横にいる人を見て」


 それでもつっこは諦めない。必死に声をかけ続けていると、ようやく京子は顔を上げ、言われた方向へ恐る恐る首を動かした。


「ね、あんたのお母さん、すごく幸せそうに笑ってる。きっとあんたのこと、心から愛してたんだね」

「……」

「ねぇ京子。いなくなった人のことを思い出すのは辛いかもしれないけれど、忘れたら幸せなのかな。愛されていたことも忘れちゃうんなら、何も感じなくなるのなら、その人のことを思って時々涙を流すより、よっぽど不幸じゃないかな」


 ……ちがう。


「え?」

「私が恐れているのは、お母さんがいなくなった記憶だけじゃない」


 再び京子が震えだし、つぎの瞬間、つっこの頭に映像が流れ込んでくる。


「うそ……」


 血と裏切りの記憶に、つっこは茫然となった。




 京子にとって、マス・マンがトラウマなのは分かる。夏休みに起こった映画館での一件だろう。だが複数いたマス・マンはさらに変形し、てんでバラバラの姿をとった。

 巨大なサソリが毒針を振り上げて威嚇している。しかもただ巨大であるだけでなく、背中にはびっしりと牙が生えている。

 腹に刀の刺さった軍人は奇妙な形に身体を折り曲げ、まるでゾンビのように徘徊する。

 他にも全身の三分の一を眼球で覆われた球状の物体や、地面に広がる血の色をした染みから生える、無数の手。

 まるで悪夢だとラーメンは思った。


「いいよ、いいよ。これなら勝てるっ」


 一方で栞はみなぎる力に酔いしれていた。キャハハハハと笑いがあふれてくるが、その途中でボトリと音がして、地面を見る。


「は――」


手が落ちている。栞が「えっ」と間抜けな声をだすとまたもボトリ。今度は肘から先がなくなっていた。


「な、なにが――うおえっ」


 口から光の粒をぶちまける。明らかに、胃の内容物ではなく、エネルギーの吐しゃだった。突然おそってきた激しい苦痛に栞はうずくまる。

 同時に、ラーメンと対峙していたサソリの毒針が崩れ去る。見回せば他の化け物も同様に、ボロボロと身体を崩壊させ、月光の一部へと戻っていく。何が何やらだが相手のアクシデントは自軍の好機。ラーメンは大声で糸子に呼びかける。


「今だ糸子。二人を連れて脱出を――糸子?」


 スタスタと歩く糸子の様子をラーメンは不審に思った。なぜなら彼女の足は真っすぐ栞のもとへ向かっていたからだ。

 やがて糸子はもだえ苦しむ栞のそばに辿り着くと、声が届くようにしゃがみ込んだ。


「もうやめるのよ、栞ちゃん。ブランクメーカーを停止させなさい。このままじゃ大きすぎる穴の力に、あなたの魂がもたないわ」

「あ、あんた……だれじゃん?」

「未来の、友達よ」


 虚ろな瞳に微笑みが返る。糸子の手がそっと、栞の肩に伸びる。

 駄目だ糸子。ラーメンはその行為の引き起こす事態を悟り、止めようと走るも、間に合わなかった。糸子の手が栞に触れた途端、強烈なスパークと共にエネルギーが荒れ狂い、ラーメンの身体を押しとどめる。ゴーレムの膂力(りょりょく)をもってしても歯が立たぬ膨大な力の奔流は、栞の周辺では刃物のように鋭く、糸子の身体を切り裂く。

 栞は自身の苦しみも忘れ、困惑した。


「あんた、何やってんの。死ぬよ?」

「ぐっ……栞ちゃんがこのまま嘘を続ければ、どっちみち未来で死ぬわ」

「あたしが嘘を?未来の友達とか言い出したり、意味わかんないんだけど。つーか友達って……私に友達なんか」


 出来るわよ。と、糸子は言わなかった。その代わり肩に置いていた手を背中に回し、強く、強く抱きしめた。

 

「あああああっ」

「糸子!」

 

 血しぶきがあがり、つっこの悲鳴が糸子の名を呼ぶ。「つっこちゃん」痛みに掠れる声で、糸子は嘆願する。


「私はここまで、みたい。こんなところであとを任せるのはひどい……よね。巻き込んどいて、無責任……だよね」


 そ、そうか。ラーメンもつっこもこの時になって初めて気づいた。未来からやってきたということは、全てを知っているということ。糸子は目の前の危機も京子のトラウマも承知の上で、月光溜まりへと三人を導いたのだ。

 一学期から夏休みを通して深めた絆に対する、真っ向からの裏切り。それでも彼女には守りたいものが、救いたいものがあった。栞の命、ではない。むしろここへ京子を連れて来なければ、今の状況は起こり得なかったのだから、別の何かである。

 それは心だと、つっこには分かった。


「栞ちゃんを救ってだなんて、ムシのいいことは言えない。だけどただ、知って欲しいの。そしてあなたのやりたいようにやって欲しい。全てを理解できるあなたの力と、あなたの選択を、私は信じているから」

「力?私に力なんて」

「つっこちゃん。みんなが、つっこ軍団があなたのもとへ集まったのは、偶然じゃないわ。運命の声は月光の中にある」


 糸子の指さす空には、ぽっかりと月が浮かんでいる。月光溜まりから見える満月は、生命を思わせる緑の輝きを、つっこの瞳に注いでいる。

 ねぇ、つっこちゃん、ラーメンくん。糸子は仰向けに倒れてゆく。眼鏡が宙をとび、束の間、素顔の糸目が晒される。


「私たちまだ、友達かな」


 くずおれる糸子。ラーメンは大声で彼女の名を呼び、同時に草を踏む足音を聞く。


「未来から来たのなら、分かるでしょ」


 月に何かを託されたのか。彼の視界に現れたつっこの目は、決意に満ち満ちていた。


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