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新生月器ポスリア  作者: TOBE
日常編
7/88

ポスト課外授業②

「糸男と糸子な」

「えっマジで?」

「おお~、生まれて初めてのあだ名だ。感慨深いな」


 京子のつける残念なあだ名に嬉しそうなリアクションをとる糸子に、糸男は再び「え、マジで?」と言った。


「んで、黒淵はメガネ、もしくは博士だな」

「博士は俺としては違和感あるからメガネにしろ」

「なぁ、俺も眼鏡かけてるよな。何で選択肢になかったんだ?」

「お前は本屋か、中身だけチャラオくん以外に認めない」


 というように、恒例のあだ名タイムでそれぞれの呼び名が決まっていく。


「ねぇ私は?できればみっちゃんて…」

「ビッチ」

 

 ぼそりと言ったのは京子ではなくメガネである。


「はぁっ?それ渾名じゃないし。悪口だし!」

「自分がやったことを考えてみろ。戒めは必要だろ」

「まぁまぁ、ビッチはあんまりじゃないか。ミニスカートっていうのはどうだ」


 珍しく京子が間に入ったが、渾名センスは相変わらずである。


「それも絶妙に嫌…」


 それはワンクッション置いてビッチと変わらない。それに大人気収集型RPGのキャラクターを彷彿とさせる。

 例のネズミ関連に抵触すると日本では生きていけないので、本屋が折衷案を切り出した。


「メガネの論にもわずかながら理があるとして、間をとってビッちゃんとかどうだ。元がビッチとは分からないだろ?」

「うう~、もうそれでいいわよ」

「あとは足して割ってビッチスカートっていうのもあるが」

「それは死んでもやだ」


 どんなイヤらしいスカートなのよと、ビッちゃんは憤るのであった。




「っつ~わけで何をやる?」

「アンケートとかどうだ」


 珍しくラーメンが真っ先に意見を出す。


「俺んちは知っての通りラーメン屋だ。前に親父が各年齢層の味の好みを知りたいと言ってたんだ」

「成程。いい意見だね。だけどちょっと遅かったかも」


 つっこが指さした先には、黒板に書かれた「天野町アーケードファッションアンケート」の文字があった。


「崎原の班か。けっ、しゃらくさくて嫌だねぇ」


 猿が唾を吐きそうな顔で扱き下ろしている。


「まぁ、似た内容が駄目だとは言われてないけど、どうする雪尾」

「二番煎じだと思われるのは嫌だな。他のにするか」


 他の班と被らないようにすること。新たな条件を踏まえ、皆で心当たりを探す。


「ゲーセンに入れて欲しいプリクラ機種の署名活動」

「いらなくなった旧式PCの回収」

「ビッちゃんもメガネも自分の欲望盛り込みすぎでしょ」


 聞けば社会貢献になる理由をあれこれ言うんだろうけれど、すごく嘘くさくなるに決まっている。


「あ~、俺からいいかな」


 ここで糸男が手を挙げる。案外こういった意見にはその人物の性格が表れることが分かったので、少しだけ楽しみにしながら皆注目している。


「俺の家ってっ結構田舎にあって、庭が森の中に続いてるんだけどさ、そこに小さな社があるんだ。年に一回自治会が掃除することになってて……ちょうど来週なんだよね」

「なるほど、そこで若い力が欲しいと。確かに田舎じゃ高齢化が進んでるらしいからな」


 京子が訳知り顔で頷く。


「そうなんだよ。草むしりで腰を曲げるのさえ辛そうな人もいてさ。助けてもらえないかな」

「でもそれってボランティアと変わらなくね?」

「先生は『単なるボランティア』が駄目って言ったんだぞ、猿。本当に求められていることをしろってことだ」

「本屋の言う通りだな。大体無償でやる時点で全部ボランティアなわけだし」


 ラーメンの指摘に納得の雰囲気が流れる。つまり相応しいのは値段が釣り合えば金銭を出してでも人が依頼するであろう業務。これを考えれば社の清掃活動はうってつけであるように思われた。


「完全に無償ってのがあれなら、家でなってるビワでもご馳走するよ」


 田舎ならではの報酬が決め手となり、つっこは活動内容を黒板に書きに行く。その途中でネトリとした視線にぶつかった。押杉と、その取り巻き達だ。


「海原ってさ、変わってるよね」


 押杉の発するこのイヤーな感じからして、良い意味じゃないんだろうなと、つっこは察する。

 続いて起こった取り巻き達のクスクス笑いも、陰湿な響きを含んでいた。


「もしかして美咲を仲間に入れてあげること自体ボランティアだったりして」

「あー確かに『強く求められてる』よねー」


 なんでそれで爆笑できるのかつっこには分からない。冷めた視線が押杉とその取り巻きを眺め、それに気づいた押杉の顔から笑顔が抜け落ちた。


「あんたがどういうつもりか知らないけど、あの女はどうしようもないやつよ。美咲は私に利用されたみたいなこと言ってたけど、私からすれば逆だっつーの」


 既に睨みつけるという域にまで鋭い視線が、つっこに向けられている。

 応酬することもなく、つっこは肩を竦めて見せた。


――あんたらの付き合いなんてそんなもんなんでしょ。


 言われた押杉の表情が珍しく傷ついて見えたのは、果たして気のせいだったろうか。

 少なくとも「感じ悪~い」と騒ぐ取り巻き達がそれに気付くことはなさそうであった。




 課外授業当日。


「こちらも出来る限りの監視をするが、それでも目の届かない場合がある。訪問先への移動は申請したルート以外は使わないこと。それから当然、訪問先に迷惑を掛けないように。今日の成績評価は三年後の大学推薦等にも関わってくるので心してかかれよ。以上」


 というわけで、つっこ達は電車を使って県を北上。糸男の実家に向けて移動中だ。


「ほへ~。この車窓から眺める桜山は圧巻だね」


 海岸線をなぞるように電車は走り、湾を隔ててすぐ向こうに活火山が雄大な姿を見せている。見慣れた桜山の知らない一面は、つっこに驚嘆の声を上げさせた。


「なぁ、駅弁とかないのか?」

「ああ、こういう普通列車ではあんまりそういうのはない」

「あんたら風情がないわねぇ」


 即物的な会話を繰り広げる猿とメガネに、つっこは溜息をつく。


「おい、かもめ」

「なに、雪尾」

「あの二人やりそうじゃないか?」


 言われて見ると、京子と糸子がキラキラした目で吊革を見つめている。

 今にも席から立ち上がってやらかしそうだ。


「あんたらやめなさいよ……オリンピック的な行為は」

「何故分かった!」


 目的の町には、約20分で着いた。


「案外近いんだね」


 言いながら無人の改札口を通り、駅の外へ踏み出す。


「わあ、でも結構、別世界だねぇ~」


 一言で言えば、海、田んぼ、山。


「ま、田舎だよな」


 糸男が苦笑いで頭を掻いている。

 ビッちゃんは伸びをして。


「私、こういうところ嫌いじゃないんだよね。意外かもしんないけど」


 と、微妙に都会派アピールな発言をした。


「お前みたいなやつはいざこういう所に住むと、一人じゃ何にも出来ないで文句ばっか垂れるんだよな」

「はぁっ?何それ、私はちょっと自然ていいなーってゆっただけじゃん!」

「はいはい、メガネもビッちゃんもこんな所でケンカしてないでさっさと行くよ」


 この長閑な風景に争いは似合わない。青空の下、潮の匂いを含んだ初夏の風を感じつつ、つっこ達は歩き出した。


「うひょぉ橋だぜぇ!」

「橋くらいではしゃぐなよ、猿」


 ラーメンが呆れた顔を、何気なく橋の欄干から下へ向ける。するとそこに、人がいた。


「あ、女の人がいる」

「うひょぉ綺麗なお姉さんだぜぇ!」


 今度は本屋がはしゃいでいるが、男子にとってそのリアクションは大正義なのでツッコむ者はない。代わりに女性陣の冷ややかな視線が飛んでいた。


「でもあの人なんか様子が変じゃない?キョロキョロしてるし」

「本当だ。探し物かな」

「どうする、つっこ。約束の時間までまだ大分あるし、話を聞いてみるか?」

「うん、何か手助けできるかも」

「超賛成!」

「あんたはナンパするんじゃないよ!」


 つっこが本屋に釘を刺したところで、とりあえず女の人のもとへ降りてみることにした。

 …あとから考えると、ここが選択の分岐点であった。




「何もない所でこけた上に鞄の中身をぶちまけたと」


 その大学生くらいのお姉さんは、買い物に出かける際、いつも川沿いを散歩がてら歩くのだという。若干、草の生い茂っている部分もあるが、それ以外の石畳は濡れているわけでもなく、こける要素など見当たらないのだが。


「ドジっ子なんですね」

「かわいいんですね」


 本屋と猿がニヤニヤとした視線を飛ばして、お姉さんを軽く怯えさせている。そんな不埒もの達に拳骨をかましながら、つっこはお姉さんに質問した。


「それで、何を失くされたんですか?」

「カードケースです。これくらいの」


 ごく標準的な定期券入れくらいの四角を手で作りつつ、お姉さんは困ったような、申し訳ないような顔をした。


「ふむ、見えている部分にないということは、草の中にでも飛んでいったか」


 京子が顎に指をあてながら呟いたこの予測。実に嫌なパターンである。草むらをかき分けるとなると、その労力は倍必要だ。


「とは言えそんなに奥までは飛んでないんじゃない?転がるような物でもないし」

「メガネ、背中のアームで草を刈れないか?その方が効率がいい」

「火炎放射で焼き払ってもいいんだが」

「なぜそんな物騒なオプションを……そんなことしたらカードケースも無事じゃ済まないだろ」


 という訳でメガネが草を刈り、見えやすくなった所で皆で探すことになった。草で手を切らないように、またマムシ等への対策にと、みな社の清掃のために持ってきた軍手を装着し、短くなった草をかき分ける。


「次はあそこの草むらだな」


 シャキーンとばかりにメガネがアームを構えると、その先端、鉄の指からブオンと発生したのは青白い光刃。


「はいはい、それもカードケース真っ二つになるからやめような。つーか日本はこんな危険人物を何故ほっとくんだ」

「ちっ…」


 本屋が嗜めると、メガネは渋々アームの先端を大きな剪定鋏に切り替えて、ザクザクと刈り始めた。みるみるうちに高かった草の背丈は短くなり、見通しが良くなる。刈った草はアームの掌部分に空いた穴からバキュームのように吸われ、誰も知らないいずこかへ収納された。メガネ曰くエネルギーに還元できるらしいが、なぜ世の中に出さないのか問い詰めたくなるハイテクぶりだ。


「どう、京子。見つかった?」


 最後に残った草むらを探していた京子につっこが声をかけると、京子は立ち上がって首を振った。


「目ぼしいところは粗方探したんだがな。まさかとは思うが水の中に……」

「あの、転んだ時に何か音がしませんでした?水に物が飛び込むような」


 違ってくれと思いながらもつっこが確認をとると、お姉さんはますます表情を申し訳なさそうにする。


「実はポチャンと音がしたんです。その時は石か何かだと思ったんですが……」

「うーん」


 思わず唸ってしまうつっこ。もしもカードケースが川の中なら捜索は絶望的である。


「どうする。もうあまり時間もないぞ?」


 ラーメンの言う通り、社の清掃時間が迫っていた。


「あの、ここまで探してくれて有難うございました。これ以上は無理なさらないで下さい」


 深々と頭を下げるお姉さん。皆の間にやるせない空気が流れる。


「ちなみに中身はなんだ?大切な物じゃないのか」


 諦めるか、と皆の脳裏によぎった瞬間に発せられた質問。相変わらずレンズの奥の瞳は心情を露わにしないが、人の心を見透かそうとするような彼特有の雰囲気を放っている。

 知っている。

 端で見ているビッちゃんが感じたのは、強い既視感であった。

 こういう時の彼は頑固なまでに自分の価値観に拘り、時として相手を強く咎めたてるのだ。


「いえ、たいしたものは無いから大丈夫です。スーパーのポイントカードとか、あと写真とか」

「写真?」

「あ、写真と言っても犬のですよ。昔飼ってた」

「ふーん、で、それはあんたにとって大事じゃないのか」

「まぁ、思い出の品は他にもありますし、写真もあれだけじゃ……」

「でも失くした写真はその一枚だけなんだろ?今あんたはこれからさき一生、その写真を見ることなく過ごすかどうかの分岐点にいるんだ。よく考えないと後悔するぞ」

「でも……」

「気に入ってたから持ち歩いてたんだろ?あんたこの場だけの楽観的な考え方してるんじゃないか?俺は結構違うと思うけどな。これから先、辛い時なんかにその写真を眺められるのと、そうでないのとでは」

「……」


 ハッとした表情のあと、お姉さんは俯いてしまう。泣きそうな、いや実際泣いていたらしく、手を目元にあてる仕草を見せた。

 そして手を下ろし、顔を上げた時、真剣な眼差しがつっこ達に向けられていた。


「皆さんお願いです。一緒に写真を探して下さい」


 人は時として自分の大切なものを忘れがちである。

 ま、いいか。といういい加減さをあとになって嘆くなど誰にでもある。

 それを殊更に咎めるメガネは厳しい性格に見えるが、同時に優しさでもあった。

 少なくとも、ビッちゃんにはそう感じられたのだ。


「んじゃ、野郎どもは水に入る準備を。女子は陸を再度徹底的に探索。あ、糸男はこのまま社に向かって自治会の人達に事情説明と謝罪を頼む。こんな感じでいいか、つっこ?」

「うん、みんな。こうなったら絶対見つけてやろうじゃない」


 本屋が指示を出し、つっこが喝を入れたところで、みな持ち場に向かって動き出す。

 同じく水辺へ歩き出したメガネの肩がポンと叩かれた。


「頑張って」


 それだけ言って女子達の方へ走っていくビッちゃんの後ろ姿を、メガネは不思議そうな顔つきで見送るのだった。




 


 


 


 


 



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