ポスト違和感だらけの新学期
2学期初日。朝のHRにて、宝蔵槍子が皆を見渡し喋っている。
「と、言うわけで人生で三回しかない高校夏休みのうち一回目が終了したわけだが、皆どのような経験をしただろうか。自覚はないかもしれないが、この時期の経験は君達の人間性に良くも悪くも多大な影響を及ぼす。夏休み前と後では世界が大きく変わって見える者もいるだろう」
世界が変わって見えるほどの経験ねぇ。私にはそんなもの……。
つっこは自分の夏休みを思い出してみる。真っ先に浮かんだのは異世界での冒険、モコモコになった自分の姿。
(世界観の変化ってレベルじゃねぇぇぇ!)
頭を抱えて心の中で絶叫していると、ふとラーメンの姿が目に留まる。彼は、ガタガタ震えていた。
(ごめん私、全然マシだったね……)
(俺、実はサイボーグでしたあぁぁぁぁ!)
このように、もう取り返しがつかないんじゃないかというくらい平凡な日常と離れてしまったつっこ軍団であったが、変化は何も不安要素だけではない。
「そして我が1-2も今日より生まれ変わる。新たな仲間を加えてな。水無月神無、入ってこい」
ガラガラガラ。
あの日と同じように引き戸が開き、現れた姿に教室じゅうがどよめく。緊張した……されどしっかりとした足取りが壇上までを歩き、蜜柑ちゃんは前を向いた。
「初めまして、水無月神無です。よろしくお願いします」
「よし、とりあえず水無月は後ろの空いてる席に座ってくれ。とは言ってもとりあえずは本当にとりあえずだ。なんつっても今からお待ちかね……」
ハイテンションの宝蔵槍子はパンドラの箱と書かれた専用の道具を掲げ、シャウトする。何の専用かと言えば、それは勿論。
「席替えターーイッム!!お前ら、気になるあの子の隣に座りたいか!」
「うぉぉおおおおお!」
後ろの席に座りながら、蜜柑ちゃんは異様な熱気に包まれた教室を眺め、思った。
(このクラス大丈夫かしら)
数分後。
(とは言え、流石に私もドキドキするわね)
くじに書いてあった番号と黒板に書いてある図を照らし合わせ、あてがわれた席へと向かう。その途中、つっこが話しかけてきた。
「蜜柑ちゃん何番?」
「かもめさん。私は……」
蜜柑ちゃんがクジを開いて見せると、覗きこんだつっこの顔が少し曇った。
「ざんねん……離れちゃったね。私はあっちだから」
「そ、そう」
「大丈夫?」
「当たり前じゃない。私は子供じゃないのよ?それに軍団は10人もいるんだから、全く隣にならない方が珍しいわ」
「うーん確かに、それもそうか。じゃあ本当に平気なのね?だったら私、自分の席を見に行くけど」
「ええ、行ってらっしゃい。私なら全然平気だから」
平気だから……。
………。
(どっ、どうしよう。もしも本当にレアパターンに嵌まってたら。周りが全部敵、四面楚歌だったら!?)
知らない人についていっちゃ駄目だが、知らない人はみんな敵と思うのは止めましょう。
それはともかく。蜜柑ちゃんがガクブルしながら歩いて行くと、くじに書かれた自分の席に着いた。同時に隣の席の椅子にも手が掛かる。
「貝柱君!?」
「お、水無月か」
「あなた、そこに座ろうとしてるってことはそこなのよね、ね!?」
「お、おう……そっかお前、隣なのか……ふふっ。運命の赤い糸ってやつかねぇ」
「……」
「あの、そこは黙ってないでツッコんでくれないと……どうかしたのか?」
「……気持ち悪すぎて気絶してただけよ」
「そんなに!?」
「あら雪尾、隣?」
「う、ウス」
「微妙な顔ね」
ウスって何よ、ウスって。
言いながら、つっこは席に着く。
「別に微妙な顔なんてしてねぇよ。席が隣なんて小学校からこれまで何回もあっただろ」
「まぁ、別に?私も特に感慨もないけど。むしろまたかって感じ」
いつもの痴話喧嘩が始まりそうな雰囲気に、ラーメンの前に座っていた押杉真理子が振り返る。
「ねぇ、あんたち。授業中に子作りとかしないでね」
「なっ」
「し、しないわよ!」
二人して狼狽していると、今度はつっこの前の男子が話に入ってきた。
「かと言って休み時間も駄目だぜ?」
「あんた誰っ」
「ひどいなぁ。クラスのお調子者、銚子紀夫じゃん」
「調子に乗って出てくんな」
とりあえず銚子紀夫を枠外に蹴り出すと、つっこはラーメンに向き直る。彼の視線は既にスマホを向いていた。
(な~んかつれないって言うか。この態度、何か引っ掛かるのよね。確かに今さら席くらいで大騒ぎする関係でもないけどさ)
おーいお前ら、自分の席が見つかったらさっさと座れよ。
この時つっこの抱いた小さな違和感は、宝蔵槍子の声にかき消された。
そしてHRが終わり、生徒たちは始業式会場、体育館へと移動を始める。そんな中、京子はポツンと座っていた。
「おっす、京子」
「あ、ああ。つっこか」
「あんた、運が悪かったわねぇ。誰とも近くになれないなんて」
まぁな、と。京子は少し視線を反らす。
「何かあった?いつもの調子ならもっと騒ぐと思ったけど。『断乎やり直しを要求する!』とか言ってさ」
「あのさ。私、もうちょっといい奴になろうと思うんだ」
突然向けられた真剣な顔に、つっこは咄嗟に言葉が浮かばなかった。
「まぁ、人に迷惑かけないようにするって心掛けは、偉いと思うけど…」
暫く間を開けたあと、漸くそれだけ応えたところへ、他の女子陣営がやって来る。
「やっほー、京子、つっこ。始業式終わったら蜜柑ちゃんの歓迎会やるんだよね」
「体調はどうなんだ?」
ビッちゃんが言うと糸子は心配そうな顔をし、蜜柑ちゃんはそれにガッツポーズで応えて見せた。
「平気よ。お医者様もビックリするくらいの回復ぶりなんだから」
聞いていたつっこは「よし」と頷くと、人差指をたてる。
「ここは満を持してカラオケに行こうと思うのよ」
ええーっ!我らつっこ軍団、遂にカラオケデビューすんのか!
つーかなんでつっこは歌に目覚めてんのよ、あの歌唱力で。
みんながヤイノヤイノ言ってる中で、ボソリと小さな声がした。
「……ない」
「え、何か言った?京子」
「私、ちょっと具合悪いから行かない」
夏休みに起こった変化が、露になろうとしていた。
やるならみんな揃ってる時がいい。当の蜜柑ちゃんがそう言って、歓迎会は中止となった。代わりに集まって遊ぼうかという話も出たが、それだとやはり歓迎会になってしまう。京子ぬきだとなんとなく……というわけで、みんな後ろ髪引かれる思いで家路につくこととなった。
つっこは学校を出る前に本屋を探した。彼に相談すれば、軍団に起きている問題になんらかの方針を示してくれるかもしれない。
そう期待して出入口まで行くと、頼れる参謀は靴箱の前で財布を覗き込んでいた。
「よっす本屋。何してんの?なんか哀愁漂ってんだけど」
「つっこか、聞いてくれよ。水無月のやつさ、俺は歓迎会やる義務があるって言うんだ」
「ああ、今からめちゃくちゃ奢らされるわけね」
現実世界に戻っても尻に敷かれてますなぁ。つっこの額にタラリと汗が浮かぶ。
「あいつああ見えてスゲー楽しみにしてたっぽいからな。期待の反動が全火力をもって俺の財布に直撃さ」
溜息をつく本屋に「ご愁傷様」と手を合わせつつも、つっこは内心ほっとしていた。これできっと蜜柑ちゃんは落ち込まずに済む。それは本屋も分かってるようで、「それはともかく」と仕切り直し、真面目な顔をつっこに向ける。
「なんか相談があるんだろ」
うおっ、こういう所に惚れたんスかね、ジーナさん。
相変わらずの鋭さにドキっとしつつ、「京子のことなんだけど……」とつっこは切り出す。
「やっぱ何か悩んでると思うのよ。今から家に乗り込んででも吐かせるべきかしら」
「いやお前……お前さ、テレビを殴って直すタイプだろ」
「ええ。まどろっこしいのは嫌いだもの」
シュッシュッと鋭いジャブが繰り広げられる。「それはますます壊れます」とツッコんでから、本屋はこう言った。
「行動力があるのはつっこの魅力でもあるけどさ、京子はあれで繊細なとこあるから……今はそっとしといてやるべきじゃないか?」
「うーん、そうかなぁ……でも確かに。今の京子は迂闊に触れると悪化しそうな気もする」
「だから今は少しずつ話しかけて様子を見てさ。そうこうしてるうちに案外ケロっと元通りってのも京子らしいじゃん」
「あはは、確かに。うん、やっぱあんたに相談して良かった。だいぶ楽になったよ。ありがとう本屋」
つっこを礼を言って、ついでとばかりに「あ、そうそう」と付け足す。
「これはオマケみたいな相談なんだけど」
「ラーメンだろ」
「やっぱあんたにも変に見えた!?つーか理由もだいたい分かってんだけど、下らない理由だと思うのよね、あいつの場合。ねえ、どうしたらいいと思う?」
「ああ、あいつはな」
本屋はニカッと歯を見せ親指を立てた。
「殴れ」




