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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
67/88

ポスト出逢い物語

 そうか、病院も。こっちは大丈夫だ、お疲れ様。

 耳からスマートフォンを離し、糸男が通話を切ると、侍の姿をした神が話しかけてくる。


「あの面妖なカラクリ小僧か」

「カラクリ……ああ、そうだよ。メガネからの連絡で、どこも粗方片付いたって」

「しかしそれにしては街を多くの気配が囲んでおるようだが」


 神の疑問に対し、それは当然だと糸男は言った。


「考えたくないけど蜜柑ちゃんがいなくなれば器の持ち主に空きが出来るからね。あの種とかいう物はヴェノム弾で何とかなるらしいから、そうなれば争奪戦だ。待機している連中にとってはそこからが本番なのさ」

 もしも現実となれば、この街は今までにない規模の戦乱に巻き込まれ、もしかしたら一般市民にも被害が及ぶかもしれない。


「必ず救えよ、本屋」


 全ての命運は、いまだ眠る彼の双肩に託されていた。




 暗闇の中に、フィンはいた。いや、暗闇というのは少し違うのかもしれない。彼には自分の身体がはっきりと見えていたからだ。そして少し離れた場所に種の権化の姿も浮かび上がっている。

 種の権化はいきなり質問を投げかけてきた。


「最初にトゥリアンダ軍を攻撃したとき、私の行動が見えたか?」

「……」


 質問に対して答えを望んでいるわけではないようだ。フィンが黙っていると、淡々とした口調が続く。


「私の攻撃は過程を必要としない。血を流せと念じれば兵士は傷つき、あるべき姿に戻れと命じればこのように」


 フィンの傍を一行の文字列が通り過ぎる。それを見てもフィンはまだ黙っている。


「数多の所持者たちはお前たち文字列を改変し、動かし、自分の物語をつくってきた。お前たちも辟易しているだろう?創造神の慕情に付き合わされ、本という檻の中でグルグルと停滞しているのは」


 停滞?この時初めてフィンの口が開く。文字列は数を増し、次々と通り過ぎる。


「ああ、あなたは何も分かっていないのですね」


 言い終わると同時に、空間に新たな人物が現れた。ブルーノ隊長は文字列を指さし、いつもの軽い口調で話し始める。


「種の権化よ。あれはアーカイブだ」

「アーカイブだと」

「そう、今まで訪れた所持者たちの思い出。それはこの世界の礎であり、大切だが、過去のものだ」


 ブルーノ隊長の言い草に妙なひっかかりでも覚えたのか、種の権化は眉根を寄せる。そこへ今度はトゥルヴレイが現れた。


「俺たちの居所は最早この世界だけではなくなった」


 ヴェレタ、レイブンも実体を取り戻す。


「所持者から所持者へと渡るうち、世界は少しづつ変化していった。そして今回で変化は決定的なものとなった」

「ガハハ、ライナスの野郎。さすがは初めて俺を仲間にした所持者ってわけだ」


 つっこと蜜柑ちゃんは成程と頷く。


「そういうことか」

「考えてみればフィンは終わりのあとで生まれたんだしね」


 種の権化には彼らが何を言っているのか分からなかった。だが事実、彼らは文字列ではなく実体を持って存在している。動揺する種の権化の耳にやがてカリカリと何かを擦る音が聞こえ始めた。


「な、何の音だ」

「進んでいる音ですよ」


 フィンが言うと、暗闇から本屋が現れた。彼の手には白紙の本があり、ページの上を群青色の万年筆がカリカリと走っている。一行書き終えた彼は種の権化を見て、ニヤリと笑った。


「ライナスは言った。『未来なら今、書いている』」

 

 


 なんだ、何が起こっている。

 元に戻った世界で、種の権化は混乱していた。無理もないことである。起こった現象は言うなれば、コンピューターウィルスの攻撃をワクチンソフトでもない、ただキャラクターを構成するだけのデータが防いだようなもの。

 更には今もなお勇者と名乗るデータに集まるこの力は何なのか。

 眷属器所持者の手元からは今もなおカリカリと音が続いている。されど彼の肩書きには「元」がつくはずである。それが何故。

 種の権化の理解は追い付かぬまま、勇者から発せられる力は万年筆が動く度に強まっていく。


「嘗て父であり、運命神である男は言った」


……勇者の剣は希望の為に振るわれるべきだと……。


「そして俺は今一度言う。フィン、今が」


 息子は父の言葉を継ぎ、手に力を込める。


「今がその時」


 シャラリと軽やかな音を奏で、大剣はついにその曇りなき刃を衆目に晒す。

 あ、ああ。何故なのだ。

 種の権化は勇者の剣から天へと伸びる光の柱に後退りした。


「只の文字列、人形、データの断片。かように脆弱で曖昧な存在に何故これほどの力が」


 そう思った頃にはもう、フィンは剣の届くところまで来ていた。




「アンチトラクト・エクステンション!」


 重力の楔を魔法が解き放ち、フィンと種の権化の闘いは空中へと場所を移す。

 一方、地上ではわざわざ人の姿に戻ったつっこが、どや顔でポーズを決めていた。うしろでカリカリ万年筆が動く。


「なぜ魔法を使うのに横ピースを額にあてる必要があったのか、片足を上げる必要があったのか。それはその方が格好いいと思っているからだ。現実世界では常識人を気取るつっこだが、実は隠れ中二病であり、異世界に来てだいぶはしゃいでいるのである」

「……速やかに訂正しなさい。団長命令よ」

「おっと、ここにきて強権を濫用しはじめたな」


 さぁて、それはともかく。


「ねぇ、お願いだから訂正してよぉ!」


 騒ぐつっこを無視して、本屋は本来書くべき文章に戻る。

 ……勇者の剣は運命神にとっても勇者の象徴であり、そこには彼が与えるべき力の全てが込められている。それは剣を通して感覚的に、本能的に、少しずつ勇者の身体へと伝わっていき……。

 刃を交わすこと何度目か。衝撃を相殺しそこねた種の権化は、空中にて大きく弾き飛ばされた。


「ぐっ、まただ。また奴は強くなって」


 睨み付けるは眷属の男、手元に開かれている魔本。あれはもはや何も出来ない等と、とんだ検討違いであった。あいつの役目は、現在も進行中なのだ。

 自ずと標的を変えて振り上げられた黒刀だが、しかしフィンの斬撃がそれを許さず防御にまわる。


「させるもんですか」

「ちっ、ならば。ユニットシリーズ!」


 数の減ったトゥリアンダ軍を囲うように、創られしモンスターが出現する。


「性懲りもなく……」


 ダーツを構えようとした本屋をヴェレタが手で制した。


「ライナスさんは勇者様に集中して下さい。皆のもの、奴らは未知の存在ではなく、我々の刃の届く敵である。臆せず奮戦せよ!」


 おう!と揃えられた声と共に、本屋を中心に刃の壁がつくられる。勇猛なる守りがあれば、長時間ユニットシリーズの攻勢を凌ぐことが出来るだろう。だが時間の経過は、けっして彼らの味方ではなかった。

 ユニットシリーズとの戦闘が始まってしばらくのこと。大樹から赤い稲光が迸り、蜜柑ちゃんが膝をつく。


「水無月!」

「だ、だめ。これ以上は」


 その時、接敵していた兵達の間に動揺が走った。


「お、おい。倒したはずのユニットシリーズが」

「復活して……?」


 砕かれた一体は破片が集まって。燃やされた一体は灰が固まって。ユニットシリーズは呼び出された時と同数まで陣容を戻す。

 フィンの前で、種の権化は安堵の笑みを浮かべた。


「ふ、ふふ。どうやら間に合ったようだな。本体の物理的侵食が次の段階に入った。いくら眷属が力を与えようと、受け止める器が弱まれば貴様らは弱体化し、私は強化される」

「やぁぁぁぁ!」


 理屈などお構いなしにフィンは斬りかかり、勇者の剣と黒刀がギン、と火花を散らす。……今度は弾き飛ばされなかった。


「弱体化して漸く互角か。最強であるルナが虚構ごときと互角なのは不満だが、今は誇りより実をとるとしよう」


 種の権化はフィンの攻撃をのらりくらりとかわし、防ぎ、けっして自ら手を出さなくなる。


「逃げるな、闘え!」

「断る。このまま時が過ぎれば私の勝ちだ」

「ならば」


 フィンは種の権化の脇を抜け、本体である大樹へ向かおうとした。しかし背後で発せられた台詞に、直ぐ様動きを止める。


「いいのか?お前がいなくなればあやつらは一瞬で……」

「くそっ」


 トゥリアンダ軍を襲った爆発を、フィンは完全に防いで見せた。にもかかわらず爆煙が晴れて現れた表情に明るさはない。


「ふははは。言ったであろう、何をやっても無駄であると。今も私の本体はこの世界の中枢、マザーコンピュータを侵食中だ。いくら表現するイメージで上回ろうと、狩るものと狩られるもの、この構図は変わらんよ」


 フィンと本屋は同時に歯噛みする。


(僕にもう少し力があれば)

(俺がもう少し力を与えてやれれば)


 物語の反撃は、あと一歩のところで手詰まり……誰しもがそう思った。


「お前の愛はその程度ではないはすだ、英雄ライナスよ」


 バサリ、漆黒の翼が開かれる。

 種の権化の背後から現れた人物は、ゆっくりと鎌を構えた。


「一つ問おう。我もこの世界に存在を許された一人なのか。お前の愛は我にも注がれているのか」

「ああ」


 本屋は目を閉じる。かつて自分は己の物語を終わらす為に、あいつを斬った。でも伝えたかったのは憎しみじゃない。望んでいたのは憎まれることじゃない。三人でマフィンを食べた、あの時間こそ。

 ちゃんと伝わっていたことを嬉しく思い、本屋は目を開ける。


「勿論だパド。魔王のいないファンタジーなんて、面白くないからな」

「……よかろう」


 視線を移したパドは頷き、フィンも頷き返す。


「ならば勇者よ、今一時!」

「ああ、魔王。今一時!」

「「我ら合力せん!!!」」


 な、なんてことだ。

 鎌と剣の交差をその身に受けつつも、種の権化はまだ信じられなかった。


「月の民でも眷属でもないだと?まやかし如きに私が、最強のゴーレムが」


 敗れ……る。

 ボロボロと端整だった顔が、身体が崩れていく。落下していく眼球が世界を映し、そこで初めて、種の権化は事実を知った。


(まやかしは私の方だったか。こいつらは、物語は既に本から出て……)


 静寂。しばらくしてトゥリアンダ軍の歓声。

 ……こうして物語は物語自身によって守られたのだった。




 ライナスとジーナは大樹の前に立っている。


「ま、消化試合ってところね。種は権化を造り出すのにかなり力を消耗してるから、しばらく反撃は出来ないでしょう」

「最後くらいは俺たちが締めないとな」


 ライナスはダーツボードを展開し、ジーナはホーリーバインドを唱えた。


「ダーツボードってライナスのシンボルよね」

「いやホーリーバインドに縛られてますけど。何を暗示してんの」


 気安い雰囲気だがあまり時間に余裕はない。会話も早々にライナスはダーツを構えた。


「こんな時に外さないでよ?」

「あのな、ダーツってのはそういうプレッシャーが一番よくないんだぞ。でもまぁ、外さないさ」


 腕が振るわれ、ボードの中心を捉えた矢は聖属性を帯びて赤い結晶へ飛ぶ。


「なんたって俺は主人公だからな」




 出逢い物語、中枢。本来は美しい庭園の形をとるこの空間も、種の禍禍しい根が縦横に蔓延り、今は見る陰もない。

 その中心にいるのは巨大な胡桃に似た種の本体と一人の女性。マザーコンピューター……マザーというだけあって、人格は母親である彼女の身体は、周囲と同じように種の根に拘束されていた。

 兆しを感じ、俯いていた顔が上がる。ボロリ、ボロリ。空間の端から、根が灰になってゆく。

 四季は種に向かって、あの時と同じように笑った。


「ね、言ったでしょう。偽物じゃ私は倒せない」


 ボロリボロリ。

 根を伝う滅びはついに種へと達し、消えゆく侵入者に最後の言葉が贈られる。


「偽物の偽物じゃ、なおさらね」




 脅威は去った。ローゼスシティには種の破壊の爪痕が深く残されていたが、それでも人々の顔は明るい。

 復興への願いと戦勝を祝して、今は街を上げて祭りが催されている。


「乾杯!」


 ライナスとその仲間達は、広場の至るところに貸し出された卓の一つに肩を並べ、杯を鳴らした。


「しっかし、ライナスもジーナも、酒飲めねぇなんて勿体ねぇなぁ」

「付き合えなくて悪いな、レイブン。俺達の世界では20歳未満は飲酒出来ない法律があるんだ。ここに来てまで守る必要があるかは分からないけど、一応な」

「厳粛な規則により秩序が保たれているのですね。国政を担う者として参考になります。酔いにまかせた喧嘩や騒乱など、我が国でもまだまだ改善すべき点はありますから。ねぇ、レイブン?」

「お、おう。ほどほどにしときやす……」

「ほどほどに、と言えばかもめさん。ちょっと食べ過ぎじゃない?」

「えっまだ20回しかおかわりしてないけど」

「その感覚で向こうに戻ったら大変なことになるわよ」

「むぅぅぅ。あの精霊、あんな小さな身体のどこに入っているのだ。ええい、負けんぞ。食い意地で我の右に出る者などありえん!」

「パド、変な対抗意識燃やさないで。というかそんなバクバク食べるとフード汚れるよ。脱いだらいいのに」

「しかし勇者よ」

「パド君、大丈夫だよ。ここにいる者は誰も怖がったりしない。創造神である俺が保証する」

「じゃ、じゃあ」

「……」

「……」

「……ほう、これは」

「ほほう、なかなか」

「やっぱり変に思うだろ。耳が尖ってるとか、肌が焼きすぎたパンみたいだとか、金色の目とか。我はお前達人間とはだいぶ違うからな」

「いや、そうじゃなくて」

「パド、君って女の子だったの?」

「なんだ勇者。我が女なら貴様に何か得があるのか?」

「い、いや、得なんてないよ、ぜ、全然。あは、あはははは」

「なぁ、トゥルヴレイ。俺の息子に春が来たみたいだ」

「よし、恋のアトバイスなら俺にまかせろ」

「逆にお前から何が聞けるのか興味すらあるよ」


 みんな思い思いに精一杯、楽しんでいる。その時が来るのを忘れる為に。いや、その時が来るのが分かっているから。


「あっ、貝柱君……」

「本屋、残念だけど……」

「そっか、こんなに急なのか」


 三人の身体が透明になっていく。夢の終わりだ。


「なんつーか、みんな」


 本屋は皆の顔を見渡し、言った。


「ありがとうな」


「こちらこそ感謝しきれないよ」と、ブルーノ隊長。


「ライナス、君は俺が守り続けた母の人格を救ってくれた。この世界に来たのが、英雄が君で、本当に良かった」


 いや、そんな。頭を掻く彼のもとへ、小さな足音が近付く。


「フィン……」

「お父さん。お母さん」


 フィンはジーナの半ば透き通った手に、おずおずと自分の手を重ねた。


「あ、あの。お身体に、気を付けて」

「え、ええ。ありがとう」


 フィンとジーナのやり取りに何か思うところがあったのか。

 本屋は皆があえて口にしなかった問いを、全てを知るであろう人物に向ける。


「なぁ、ブルーノ隊長。この世界がリセットされるっての、やっぱどうにかなりませんか。まだまだ息子に教えてやりたいことが沢山あるんですよ」

「残念だがそれは出来ない。この世界は俺が所持者だった頃に創られた世界だ。ジーナ君……水無月神無が月の民として完全に覚醒すれば、月器は新しい世界を綴り始めるだろう」


 そっか。

 分かってはいたが、辛い。みんなは。と見れば誰もかれも少し悲しそうで、それでも笑顔でこちらを見ていた。

 そうだな。

 本屋も少しだけ堪えて、口もとに「ふっ」と笑みを浮かべる。 

 最後までちゃんと、ライナスをやろう。


「じゃあ今教えるしかないよな。なぁ、フィン。お前はいい子過ぎるよ。それは俺が勇者という役目を与えたせいかもしれないが、お前は勇者である前に俺達の息子だ。こんな時くらい甘えたっていい。わがまま言ってもいいんだ」


 父親らしい力強さで、フィンの頭がクシャクシャと撫でられる。


「フィンっ!」


 ジーナが強く強く抱き締め、母の温もりの中で、抑えていたものがついに決壊した。


「離れたくない。ぼ、僕は、ずっと。お父さんとお母さんの……子供で……」

「当たり前だろ。俺達はお前のことを」


 彼は何度も言ってきた。そして、何度だって言う。


「愛し続けるから」




 最果てという概念すら無い白一色の空間に、小さな赤い光がポツリと浮かんでいる。


「ふふ、ふふふ」


 全ての事象が混沌する空間である。漏れ出る怨嗟の笑いも、声とも思念ともつかぬものであった。


「私は消滅を免れたぞ。忌まわしいまやかし共め。月器と同化する間に、私はこの空間で魂を維持する術を学んだのだ。幸いここは我々のエネルギー源で満ちている。暫く力を蓄えて、必ずや復讐を果たしてやろうぞ」


 最強のゴーレム、ルナとしてな。

 種の最終目的を、誰かが笑った。


「ルナですって?ちゃんちゃらおかしいわね」


 いつの間にか見下ろしていた巨大な白い女の顔。その幽鬼のような相貌に、種は見覚えがあった。


「き、貴様は。確かに私が喰らったはずじゃ」

「本気で思ったの?」


 白い女はパカリと大口を開ける。


「偽物が月の民に勝てるなんて」

「や、やめ」


 バクン。

 閉じた唇を、舌がベロリと舐める。お菓子を食べた無邪気な少女のように、ルドヴィコはニンマリと笑った。


「これが新しい力の味」




 件の書籍、出逢い物語には多くの謎が残された。例えば極少数この世に出回っているという他の出逢い物語はどのような物であるとか、今まであの世界に行った人々はどうなったのか、とか。もしも問いかける機会があれば、かの喰えない創造神は飄々とした口振りで、


「冴えない男子が素敵な女の子に出逢えたのだから、まぁいいじゃないか」


 と言うだろう。なんとも府におちない話であるが、話を物語の目的だけに集約させるならば、それは、確かにその通り、それだけのことなのかもしれない。夏休みの終わり、登校日の朝。蜜柑ちゃんの部屋でこうして二人、立っている風景こそ、出逢い物語がその名を冠する所以ではないだろうか。

 そう。確かに一組の男女は出逢い、物語は役目を終えたのだ。

 ペラリ、蜜柑ちゃんが真っ白になったページをめくる。


「あの世界は本当に消えてしまったのかしら。もうフィンには会えないのかな」


 本屋は紙の上を指でなぞり、笑いかける。


「会えるさ。彼らの未来は俺が書く。なんたって将来の夢は」


 まるで長年連れ添った夫婦のように。互いが互いを指でさし、声が揃った。


「「小説家!」」


 行って来るわね、お母さん。

 行ってきます、おばさん。

 いってらっしゃい、神無。貝柱君、娘のこと、お願いするわね。

 はっ、身命に賭して!

 そういうの恥ずかしいから止めてくれない?

 玄関の戸が閉まり、蜜柑ちゃんの部屋には本だけが残された。

 窓から机に優しい風が吹き、真っ白なページをパラパラめくっていく。パラパラ…パラパラ…おや?

 まるでパラパラ漫画のように、一つの絵が浮かび上がってきた。やがてページは止まり、白い紙の中からひょっこり顔を出したのは、小さな小さな少年だ。

 少年は少し身の丈に合わない剣でなぞるように、紙の上を縦横無尽に走る。そして一頻り駆け回ると、「ふぅ」と可愛らしく額を拭い、紙の中に戻っていった。

 再び誰もいなくなった部屋。ページの上に、ひと綴りの言葉だけが残される。

 Happy End。


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