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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
66/88

ポスト全力の兎は慢心した獅子を殺す


 人間の身でなぜ平然とゴーレムの前に立てるのですか。


「平然、なわけないでしょ。相手は銃弾喰らっても死なない相手ですよ?対してこっちはパンチ一発かすっただけで致命傷。だけどそこが勝機でもあるわ」


 勝機?身体強度の差が、ですか?


「ええ。だってこちとらずっと死と隣合わせでやってきたんですもの。不死身に近い奴とは……」


 その昔、梓さんが言っていた言葉を頭に浮かべ、九朗は病院の階段を駆け上がっていた。

 途中、ついて来た部下が不安そうに懸念を漏らす。


「大丈夫っすかね。刃波木さんって俺らと同じ、普通の人間なんでしょ?」

「彼女が普通の人間?馬鹿を言え」


 ――不死身に近い奴とは覚悟が違う。


 そう答えた梓さんの、刀その物のような鋭い表情。

 思い出すだけでゾクリと背中に何かが這うのを感じながら、九朗は言う。


「刃波木梓は異常な人間だ」




 飛んできた槍を梓さんは迷わず斬る。N粒子で精製された物を斬る為に造られた刀である。槍はたちどころに光の粒へと分解された。


(さすがだねぇ)


 ランスギフターは矢継ぎ早に槍を投げ、それらが全て迎撃される現実に感心する。


(個人の持つ戦力で言えば国相部隊の比じゃないか。だが……)


 だが所詮は一人の人間。ただ一人の人間を倒すのに、ゴーレムの特殊能力はいらない。


「……!!」


 槍を分解した剣閃の向こうに、振り上げた拳が現れた。


(パンチ一発で終わりだ)


 偶然、いや、必然。この瞬間、梓さんは同じことを思う。


(パンチ一発で終わりね)


 攻撃が交わる前に、それぞれの思いが交錯する。


(私の前に立ったゴーレムは皆、同じ目で私を見た。一般人と比べて少し武に長けた人間など、蟻と大きな蟻くらいの違いしかない。だからこそ)


(お前の一撃では俺は死なない。そして俺の一撃を喰らえばお前は確実に消し飛ぶ)


 ゴーレムと人間には如何ともし難い力の差がある。梓さんの一族は、闘う地球の人間は、長い歴史の中で研究、模索し、差を埋めようと技を磨いてきた。今、放たれようとしている奥義はその結晶であり、そして何より重要なことは、ランスギフターは奥義の性質を知らないということだ。


(思いもよらないでしょう?こちらも一撃で狩ろうとしているなんて)


 最初の一手。パンチに刀を持たない方の手が這う。


(これは、何をしようとして?)


 ランスギフターの目の前で、少しづつ梓さんの身体の向きが変わっていく。腕と腕の接する部分をパンチの威力を逃がすように回転しながら伝い、ついには完全に背中を見せる態勢となる。


(まるで回転扉……!回転扉はゆっくり通り過ぎれば問題なく通行出来るが、勢いよく回してその場に留まれば……)


 更に回転しながら梓さんが視界から後方へ消えた次の瞬間、ランスギフターの意識は空中にあった。




 結界内に病院職員の姿はないため、対象のいる五階は静まり返っている。

 偵察してきた部下、数名が九朗の下へ帰ると、状況を報告した。


「防衛対象及び関係者は結界の効果で眠っていると思われます」

「思われます?」

「はぁ、廊下にいる者達は直接確認出来たのですが、病室には更に何らかの結界が張ってありまして。入り口から様子を見るしかなく……」

「ふむ、刃波木さんが念のため張ったんだろうな。どちらにしても破られていないということは全員無事だろう。よし、ではこれから屋上に向かうとする。各員、気を引き締めろ」


 屋上に続く階段の踊り場で、彼らは一人の少女が倒れている場面に出くわす。


「君っ、大丈夫か!?」


 九朗に抱き起こされると、京子は「ううっ」と呻いて目を覚ます。


「あいつは。あの栞とかいう女は?」

「ここに誰か来たのか!?」


 九朗の顔色が変わる。彼の手元に栞の情報はなく、ブランクメーカーの能力が遠隔による洗脳だとは知るよしもない。それ故、誤った答へと辿り着いてしまった。


「だとすれば外の波刃木さんはっ!」

「梓に何かあったのか!?」


 彼らはまるで争うかのように屋上入り口へと殺到し、そして、アルミ製のドアを開けると。彼らの目の前でランスギフターの首が宙を舞った。




「ずるいぞ……それは……」


 ランスギフターの眼下で梓さんはギュルギュルとフィギュアスケートのように回転し、コンクリートを滑ってゆく。

 ようやく止まり、キン、と納刀が成されたのと、生首が地面に落ちたのは同時であった。


「今のは俺の力だろ!」


 首を切り離されてもゴーレムは死なない。されど人間との上下関係は、物理的に逆転した。

 カッカッカッ。近付く靴音に上を見れば、その姿は山のようにそびえ。


(これが人間の……いや心ある生物のする目か?)


 不死身の身体をもって生まれてから、幾年月。歴戦のゴーレムが初めて感じた恐怖は、只の人間の見下ろす視線だった。

 粗大ゴミを見るような目は、本当にそう見えているかのように。次の彼女の言葉も、どこか一人言じみていた。


「力も守りもスピードも。何一つゴーレムに敵わない人間がここに居る時点で変だと思わないのかしら」

「ま、まぐれ」

「まぐれ?ふふっ、あんたみたいな平和ボケがいてくれる限り、食いっぱぐれはなさそうねぇ」


 その後に続いた言葉をランスギフターは生涯忘れないだろう。人間がゴーレムを評するに、決してあってはならないそれは。


「感謝するわ、雑魚くん」


 頭部を失った胴体が崩れ落ち、ドサリと音をたてた。




 病院の正面入り口前にて、九朗が部下に指示を出している。


「銀の杭は適切な場所に打ち込んだか?今は刀の毒が効いてるが、首と胴体がN粒子流で繋がれば動き出すぞ」

「く、くそぉ、刃波木梓。てめぇは絶対許さねーぞ!」

パンッ。

「………」


 運ばれるランスギフターの生首がわめき散らし、ヴェノム弾を撃ち込まれて静かになった。


「本当に、人間がゴーレムを……」


 ただただ周囲の様子を眺めていたスマッシャーは、信じられないといった顔を梓さんに向ける。


「相手が雑魚で助かったわ」

「雑魚って刃波木さん……」


 梓さんの発言に一種の狂気を感じ、スマッシャーは震える手で指をさす。


「腕、グシャグシャじゃないですか!」


 ガクガクと色々な所が折れ曲がり、かろうじて肩にぶら下がっている有様を、しかしその持主は大したことではないかのように苦笑いで済ます。


「ま、さすがにゴーレムのパンチを腕一本で殺しきるのは無理よね。でもこれだけで済んだんだからまだマシな方よ?」

「こんなことを毎回やっているんですか」

「まぁね。ゴーレム相手だから手に余って当然なのよ。むしろこれ程優位に立ちながら実力出せない奴はやっぱ雑魚だと思うわけ」


 スマッシャーにとって、それは他人事ではなかった。

 綱渡りの生き方だから、刃波木梓は常に自らのポテンシャルをフルに出す必要があり、だからこそ彼女は強い。


(自分の力に振り回されている私とは大違いだ)


 彼女は必要な存在だ。組織にとっても、自分の成長にとっても。

 そう思い、スマッシャーは懇願するような声で言う。


「あの、治りますよね」

「ああ、あんた新人さんなんだっけ?あんたの組織がヒーラーに頼んで治療してくれるから大丈夫よ。とは言っても月の民やゴーレムほど逆鵺の力が強いわけじゃないから、1ヶ月くらいは仕事出来ないけど」


 つーわけで。

 梓さんは入り口の自動ドアを振り返る。そこには京子が青い顔で立ち尽くしていた。


「ちょっと行ってくるけど、後を頼んだわよ、京子」

「あ、わ、私、私は」


 普段勝ち気な彼女からは想像出来ない程、京子は怯え、震えていた。その対象が誰なのかを悟り、九朗が若干つよい口調で諭す。


「人間の形をした者を自分の親が斬ったのは確かにショックな光景だっただろう。だけど京子ちゃん、刃波木さんが闘うのは君の為でも」

「いいんですよ、九朗さん」


 梓さんは手で制し、背中を向けて歩き出す。


「ごめんね京子。あんなところ見せちゃって」


 梓さんが自分を屋上から退避させた理由は、本当は……。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 分かってはいても、京子はただそこにいて謝り続けることしか出来なかった。




 駅前の路上。大変お下品な方向を向く親指が引っ込められると、黒塗りの車は走り出す。


「なっ、礼を言うどころか」


 金髪につり目がちの女は、道の真ん中から遠ざかる車体に向かって拳を振り上げた。


「てめぇ、栞、コノヤロウ。二度と治してやんねーからな!」


 しっかりサムズダウンを返し。舌打ちしながら愛車である原付の場所まで戻る。


「なんて下品な女なんだ」の台詞が明らかにブーメランな彼女の名は回生穂積といった。


 穂積は原付のシートに軽く体重を預け、革ジャンのポケットから半きれの紙を取り出す。


「えーと、夜乃目栞の後はアーソンマン、ランスギフター、刃波木梓……って、あの人また?……っち、しゃあないなぁ、一人だけ人間だから優先して診てやるか」

「お使いですか」

「誰がお使いか!メモ書きしてるからってカレーの具材買う感覚で人を診んわ!昔からの習性なの、しゅーせー!」


 一頻り突っ込むと、穂積は声の主の正体に気付く。


「なんだ、お前か」


 その反応はお世辞にも歓迎しているようには見えなかった。


「つれないなぁ。ヒーラーさんは中立派なんだから僕とも敵対してないはずでしょ」

「そうは言ってもお前は全員の敵……つーかみんなして『ヒーラー』って呼ぶの止めてくんない?ヒーラーは私の月器の名前でしょうが。私はオマケじゃねぇっつーの、本体は回生穂積だっつーの!」

「それだけあなたの能力が唯一無二ということですよ。たしかN粒子の声を聞く、でしたっけ」

「なんかそれだと私が凄い不思議ちゃんみたいだな。正確にはN粒子に刻まれた記憶の断片を読み取って負傷者を元の状態に復元する、だ。あれ、これでもまだ不思議ちゃんだな」

「はは、やっぱりあなたは面白い人だ」


 クスクス笑う姿に穂積はそっぽを向き、「で、何の用だ。例の件なら答は変わらんよ」と、話題を変えた。


「面白い人であり、頑固でもある、と。あなたも本当は現状に嫌気が差しているでしょう?反人類派だ、共存派だ等と、当の人類の知らないところで無為に闘う者共のなんと愚かしいことか。僕の提案に乗ればそれに終止符を打てるんですよ?」

「私には関係ないね。お前のやろうとしていることも私からすれば第三の勢力にしか見えない。私はただ金を稼いで気ままに暮らしたいだけなんだから」

「何言ってるんです。ゴーレムを量産出来れば金などどうとでもなります。もう家賃に胃を痛める心配もなくなりますよ」

「う……それは大変魅力的だがそれでも駄目だ。私はやらない」

「種に憑かれた者の言うことは信用できませんか」

「……」


 沈黙は自問ゆえ、であった。穂積は月の民である。月の民の多くは自分達の領分を侵す種という存在を憎んでいるが、彼女もまた例に漏れずということであろうか。いや……。


「クラスメイトを裏切ってるような奴をどう信用しろってんだ」


 話は終わり、というように。穂積は原付に跨がり、ヘルメットを被る。


「気が変わったらいつでも連絡下さいね」


 ニコニコ笑う崎原快人にフンと鼻を鳴らし、彼女はエンジンに火を入れる。

 夜の街を原付で走れば肌には心地よいが穂積の心は不快感で満たされていた。

 誰に向けたでもない呟きが、明かりの中を走り抜ける。


「私にも治せないよ。馬鹿は死ななきゃ治らない」


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