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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
65/88

ポスト因みに残業代は……

 雪尾白羽。アーソンマンが敵対する組織の重要人物にして、雪尾翼の母。

 彼女が月の民なのか、只の人間なのかは実はよく知られていないが、月器の気配無き場所においてゴーレムと対峙すれば、それらは等しく無力な存在である。

 だから彼女の言は言い逃れ、最後の抵抗に聞こえた。


「世界にとっては敵も味方もない」

「意味が分からないな。俺達と人類は互いに憎しみ合い、排斥し合ってきた。そういう歴史だろ」

「憎んでるんじゃない。愛そうとしないだけ」


 ……こいつは死にたがっているのか。

 己の弱い部分を真っ直ぐ刺すが如き発言に、心は彼女をハッキリ敵と認め、右腕が上がる。

 燃え盛る炎だけがあった。建物内を見渡しても、同じく彼の所業による爪痕のみ。


「ど、どこだ!?」


 ゴーレムが人間の居場所を探知出来ないはずはない。混乱していると、どこからともなく声が聞こえる。


「世界と一体になると、私は透明になる」


 声の方向から居場所を特定することは、やはり出来なかった。




 周囲の空間から見えない攻撃がアーソンマンの身体を打ち鳴らす。

 懸命に攻撃の出所を注視するも、木、葉、土、闇、空気など、電子頭脳に送られるデータはありふれた物ばかりだ。


(どんなに優秀な探知能力でも、対象にとりまく環境との差異が無ければ機能しない)


 攻撃と攻撃の間隔は徐々に短くなり、アーソンマンは思考を放棄した。


(くそっ……教えてくれるなら……もっと分かりやすい言葉で言え……よ)


 システムダウンの間際に沸いたのは、そんな甘えともとれる愚痴であった。

 ……森の中で、虫の声がやけに耳につく。半壊したアーソンマンを見下ろし、先程からラーメンが考えているのは数日前に燃えたアパート、焼け出された家族のことであった。


(生かしておけば、こいつはまた繰り返す)


 暗がりに五本の光が灯る。コードネーム「送りの爪」の発動を確認し、次いで再び下を見る。

 剥出しになった鉄の肋骨、胸骨、ひしゃげた顔面。大丈夫だ、ちゃんと「物体」に見える。

 動きだした肩はしかし、何者かによってガシ、と掴まれる。

 サイレントは振り返った忍び装束の中にある、感情の抜け落ちた瞳にこう言った。


「君にはまだ早い」

「なら何故……なぜ俺の腕をもいでこちらの世界に呼びこんだんです」

「……君が君の友人を救えるように」


 鳥居のある方向から爆発音が聞こえた。




 球体を支えている爪のミシミシと軋む音は、光球が炸裂する度に大きくなる。


「天井が落ちてきて潰されるか、天井の爆発に巻き込まれるか、どっちなんだろうな!」

「まぁ、ここに居座ればどっちかだろうねぇ」


 相も変わらず他人事じみた態度のマッディマッドを放り出すべきか否か。猿が真剣に考え始めた時、予想外のことが起こった。

 ギィィィィィ。

 金属の軋む音が一層強くなり、うつ伏せの二人に月光が射す。


「こ、こういうパターンもあるのね……」


 二体目のクワクロが爪で球体を持ち上げ、人間じみた口がまるで笑うかのように開く。口の中に光球と同じ色が収束していき……。

 雷の拳を受けたクワクロは、粒子砲を夜空に吐きつつ、アスファルトとの摩擦で火花を散らした。


「無事か、猿」


 雷撃の機兵を繰るメガネが気遣うと、マスクの中からは不機嫌そうな声。


「……遅いぞ大将」

「悪い、ゲートの固定に手間取った。ところでさっき、相当に恥ずかしい心の吐露が聞こえたんだが」


 何かと言えば。

 愛してるぞ京子ぉぉぉ!

 この前のデート、やり直させてくれぇぇぇ!

 の二本でお送りしたあれである。


「あれはクワクロを破壊する為にやったことで、本心じゃない」

「これがツンデレか」


 誰かが聞いていれば「お前が言うな」と突っ込んでいただろうが、それはともかく。


「やれるのか」


 猿の問いに「俺を誰だと思っている」と返し、メガネは敵に向き直る。

 クワクロは態勢を立て直すと、先程の粒子砲を撃った。

 光線は真っ直ぐに雷撃の機兵を捉えるも、雷の鎧に触れるやいなや、バチッと甲高い音と共に霧散する。その後も何発かの粒子砲が撃たれ、全て同じ結果となった。


「すげぇ」


 一体目のクワクロの影から感嘆する猿の足元には、ちゃっかりマッディ・マッドも顔を覗かせている。


「ふぅぅむ。電磁フィールド膜か」

「それよりリミッターを外しても暴走しないことの方が凄いですよ」


 ふむふむなるほど、そんな方法が。

 緊箍児から聞こえる社畜星人の一人納得する声に対し、「もっとシンクロしないと俺にはさっぱり分かんねぇ」と、猿は次元の違う話に半ば呆れ、「当然俺には教えてくんないよね」と、マッディ・マッドはブー垂れている。

 その間にも幾度となく粒子砲が撃たれ、その度に鎧に弾かれる。しかし弾くといっても100%鎧に辿り着く訳ではなく、何発かに一回、狙いを反れて雷撃の機兵の背後に着弾。こちらの方が問題となりつつあった。


「おいメガネ、喰らわないのはいいけど周りが滅茶苦茶になるぞ!」

「心配するな、もうすぐ終わる。役者も揃ったようだしな」


 役者が揃うとは……。辺りを探せば奇跡的に無傷の電信柱に忍び装束が見え隠れしている。

 ラーメンはキョドキョドと辺りを伺いながら道の端をコソコソ歩き、猿の下へ辿り着いた。


「猿、怪我はないか?」

「普通の人か!」

「えっ」


 球体の上に月をバックに腕を組み。踵は勿論そろえている。


「忍者の登場つったらこうだろ!」

「知らねぇよ!」

「余裕だなお前ら」


 マスクの一部となっている緊箍児が剣呑な声を出したので、猿は少し驚いた。


「お、社畜星人。反抗期か?」

「私じゃありませんよ。この変身装置は黒渕さんの装備とリンクしているようです」


 その台詞を待ったかのように、緊箍児は再びメガネの声を出す。


「その通りだ。だから猿、お前は未来予知で粒子砲の軌道を予測してこっちにデータを送ってくれ。それからラーメン」

「おう」

「お前は……出力を間違えるなよ」

「大丈夫だ、多分。この前みたいに衛星をやっちまうことは」

「ならよし。始めるぞ」


 衛星をやるとは一体。

 改めて自分がとんでもない世界に足を踏み入れたことを猿が実感していると、緊箍児が作戦開始を告げる。


「オペレーション『瞬殺』。スタートだ」


 あまり中身のない作戦名であった。




 目覚めたアーソンマンは身体を起こそうとして出来ず、その原因を腹部に認めた。正確には核のある心臓部の少し下。そこに一本、杭が打たれている。


「銀の杭か。この名前ってどうなんだろうね。ヴェノム弾と同じ仕組なんだから毒杭とかでいいと思うんだが」


 ゴーレムは吸血鬼とも狼男とも関係ないしな。サイレントが相槌をうつ。


「ま、俺の上司はちょっとばかりそういう癖がある人物ってことだ。でも雪尾さんの中2病のおかげでお前は生かされたんだぞ」

「敵だったやつが改心して仲間になるって展開かい?馬鹿馬鹿しい。俺を放っておけば息子が危険だと分からないのか。確かに個人的には翼君はいい子だが、まさかそれで俺の心が変わると本気で思っているわけじゃあるまい」

「息子が危険だとは思ってないのさ」

「は?」

「分かるだろ。俺達とあの子じゃ……」


 次元が違う。そう言いかけた時、赤い光が視界の上から差し込む。何事かと木々の間に目を凝らせば、夜空に一条の赤い線が、黒い幕を切り裂くように天へと伸びていた。


「なんだあれは」


 驚くアーソンマン。

 明らかに結界の外まで達したあれを、何人の一般人が目撃したであろうか。

 サイレントは額を手で覆い、うんざりと言った。


「残業の、光だ」




 敵を放り上げた姿勢でしばし様子を伺う雷撃の機兵であったが、結果を確認するや高速でその場を離れる。そこへクワクロだった物が二つ、アスファルトに落下。激突して轟音を鳴らした。 

 赤く熱を帯びた球体の断面は鋭利かつ滑らか。正に真っ二つに切断されたなれの果てに猿は戦慄する。


「……」

「もうちょっと威力を抑えられないか」

「無理だって。『暁の矢』はまだコントロールが……」


 一方、これが通常運転とばかりに反省会へ突入する残りの二人であったが、しばらくすると自分達をじっと見る視線に気付いた。


「ん、どうした猿」

「いや。お前らと喧嘩する時はちょっと考えないとな」


 喧嘩する気あんのかよ!

 マッディ・マッドは何がツボだったか、ウヒャヒャヒャと奇妙に笑い、スタコラ走って逃げ去っていった。




 ジェットの駆動音が下がっていき、コンクリートにトンと足を下ろしたところで、背中に格納された。

 刃波木梓と対峙したランスギフターの顔には侮りが浮かんでいる。


「なんだ、こんな重要ポイントに只の人間かよ」

「好きなだけ嘗めてくれていいわよ。おかげで今まで生き抜いて来られた」

「それは他のゴーレムがアホだったのさ」

「次に私と闘うゴーレムもあなたのことをそう呼ぶでしょうね」

「……」


 ニヤリと笑い合い、屋上にしばし静けさが訪れる。夏の空気は温さの中に悪寒のような冷たさを潜め、それを黄色い一閃が穿った。

 刃波木梓に槍が迫る。


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