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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
64/88

ポスト不可視の真実

 熱を帯びた鉄爪はメタルマンキーの鎧に傷一つつけること叶わず、シェイパーもどきの頭部を如意棒が打ち砕く。胴体だけが少しの間、前進と後退を繰り返し、糸が切れたように崩れ落ちた。

 今のが最後の一体。如意棒をマッディ・マッドに突き付け、猿は鉄のマスクの中で笑う。


「良かったな、この距離なら死なずに眠れる」

 

 追い詰められたはずの者は、パチパチパチと拍手を鳴らす。


「いやはや大したものだ。分かってはいたが、疑似未来予知の真骨頂はその回避能力にあるな」

「ずいぶんと余裕の態度じゃないか」

「いやいや、本当に恐怖を感じているよ。さっきから震えが止まらない程だ」

 

 おどけた顔は次の瞬間、冷や汗を流しながらひきつった笑いを浮かべるという、複雑なものになった。

 こいつは恐怖に快感を覚えるスリルジャンキーだ。

 猿は悟ると同時に違和感も覚えた。恐怖の向く先が、どうも自分ではないような……。

 考える間にも、マッディ・マッドの目が恐怖と快感の狭間に爛々と燃え上がる。


「うふ。うふふふふふ。いやぁ怖いっ、本当にやっちまった!あれを呼び出した以上は、俺も安全とは限らないからなぁっ!」

 

 違和感の答えが、空から降ってきた。

 巨大な爪がシェイパーもどきの残骸をさらに真っ二つに貫き飛ばす。


「こ、こいつは。こいつがクワクロか!」

 

 大きく跳びすさって猿が叫び、マッディ・マッドも這々の体でその場から離れる。


「洋介さん、こいつの核もシェイパーもどきと同じ、月の民の血液を模した物質で出来ています」

「その通り。そして今、賢者の石のリミッターを外した。どうなるか分かるか?」

 

 マッディマッドの上ずった声に呼応するかのように。

 クワクロの四本爪に更に四本、脚が加わる。

 中心の球体がパクリと割れて、中にズラリ並んだ四角い歯。

 夜空に咆哮する姿を社畜星人の目で観察すると、猿の額に冷たい汗が流れた。


「コントロール不能の化け物になるわけね」

 



 球体の所々に穴が出現し、そこから光球が発射される。打ち上げ花火のように一度夜空を照らした光球は、そのまま破裂することなく地面に向かった。

 エネルギーの塊が、雨のように降り注ぐ。明らかに、シェイパーもどきの攻撃とは一線を画す、異質な兵器だ。

 ランサーシールドの傘の下で、猿が叫ぶ。


「コアのリミッターを外すとこんなにヤバイのかよ!」

「古代戦争で惑星制圧用に投入されていたワンダーという兵器に近い代物です。コントロール不能なので使用禁止になりましたが、火力だけなら大型ゴーレムのタイタンに匹敵します!」

「なんか突拍子もない単語が出てくるけど、お前とシンクロしてると嘘と思えない所がこえーな。それで、どう突破する?このままじっとしてる訳にもいかねーぞ」

「試すしかないでしょう」

 

 ……。

 右左右右左右左。はい、そこで滑り込んで!

 言われるまでもなく、脳内に直接送られた情報を元に、猿は低く跳躍する。目標地点はクワクロの真下。そこなら光球の雨に晒されることなく反撃出来ると見ての、スライディング敢行だ。セーフゾーンに膝間接くらいまで入ったところであろうか、視界の上部が明るくなる。

 思わず見上げた時には既に、光球は目と鼻の先にあった。

 ……。


「死んだ」

「死にましたね」

 

 これで何回目のシミュレーションだろう。未来予知を使っているだけあって確かに起こるであろう結果に、二つの溜め息が重なる。


「なんだまだ成功パターンが見つからないのか。精神生命体のエネルギーも有限だろうに」

「お前が言うなっつーの!」

 

 布の部分がビーム膜で出来た傘をさして、隣にしゃがみこむマッディ・マッドを猿が怒鳴りつける。


「分かってんのか、俺があれを何とかしないとお前もヤバイんだぞ。なんだってあんなもの呼び出したんだよ!」

「私はマッドサイエンティストじゃないからな。研究成果がいつまでも制御不能で笑ってられるほどイカレちゃいない。データを採る為ならたとえ自分の命でも差し出すさ」

「充分マッドでイカレてるよ!」

 

 はぁ、とマスク内に息が吐かれ、コメカミを抑えるポーズ。メタルマンキーの姿でやると、かなりシュールな光景になった。


「お前さ、任務とかあったんじゃないわけ?ゲートの奪取とかさぁ」

「それはちゃんと遂行してるよ。ゲートはアーソンマンがやる予定で俺は君を引き付ける役目だからな」

「ずいぶん相棒を信頼してるんだな」

「いや、ぶっちゃけ興味がないだけさ。君こそ慌てないんだな。相棒が負ける予定だと聞かされても」

「俺は信頼してるからな」

「フッ、ここで俺が『若いな…』とでも呟けば過去を探りたくなるんだろうが、そんな暇はないだろう。さっさとパターン検索を続けたまえ」

 

 そう言われれば尚更、このイカレ野郎の過去が知りたくなるものだが、本当にそんな余裕はないので猿はこう、宣言する。


「実はもう成功パターンは見つかってる。ただ……」

「ただ?」

 

 凄くやりたくない方法なんだと、無表情のマスクはそう言った。


 ――右左右右左右左。はい、そこで腹の底から!

「愛してるぞ、きょうこぉぉぉお!!!」

 

 叫びながらのスライディング。セーフゾーンに爪先が入り、膝間接が入り、胴がはいり、そして。

 頭が入った。猿は球体の底面を前に愚痴る。


「なんであれを叫ぶと上手くいくんだよ!」

「世の中の大抵のことは愛でなんとかなるんです。さぁ、このままの勢いで、はい、腹の底から!」

「ちくしょう、こうなりゃヤケだ。いくぞ!」

 

 構えた如意棒に、社畜星人から螺旋状のエネルギーが送られる。


「京子、この前のデート……」

 

 如意棒の伸長に合わせ、猿の叫びが再び轟く。


「もっかいやり直させてくれぇぇぇ!!!」

 

 ズン、と。重い音をたてて球体が串刺しになると、頭上からの駆動音が急速に静まっていく。光球の雨が止み、クワクロの機能は完全に停止した。

 と、爪の間接が力を失ったことにより支えていた球体が落ちてくる。


「う、うわわわ」

 

 あわや圧殺、というところで球体底面はメタルマンキーのマスクまで10数㎝のところで止まり、猿はほっと胸を撫で下ろした。


「いやぁ、本当に倒すとはね」

「てめぇ……」

 

 地面に手をついて覗きこんでくるマッディマッドに対して、隙間からメタルマンキーの黄色い眼光が睨み返す。それでもイカレ野郎は平然とよく分からないことを言った。


「ああ、愚痴は中できくから、そこちょっと空けてくんないかな」

「はぁ?」

 

 中とは自分のいるクワクロの下を指すのだろうか。だとしたら何の為に。猿が答えを出すまでもなく、空からヒュウと落下音、次いで地面を大きな震動が伝う。

 おいまさか、と目を凝らせば、覗きこむマッディ・マッドの背後に、巨大な爪が見てとれた。

 猿は、腹の底から叫んだ。


「馬鹿か、お前っ!!!」




 N粒子には空間の概念が存在しない。何故なら空間そのものも、最小単位はN粒子で構成されているからだ。

 物体を構成、絶対励起点を越え、安定化したN粒子を分解、他の物体に再構築するには強力な原初の波動を照射する必要があり、それは月の民の中でも神々が用いる伝説上の力である。

 されど再構築という手段を取らなくても、先に説明した理由により、物体の上に物体を置き換えることは出来る。

 つまり上書きが可能、ということだ。


(残念なことにエアバリアは原初の波動までは防いじゃくれないんだなぁ)

 

 駆け出したラーメンに向けて、アーソンマンは静かに右腕を構えた。

 数秒後。目の前に転がる火達磨を寂寥とした視線が見下ろしていた。


「聞こえているかい?」

 

 別にどちらでもいい。無情感を響かせて、アーソンマンは語る。


「俺は炎を出すんじゃない。物体を発火物質に上書きするんだ。液状のな」

 

 返事はない。炎を映していた瞳が街の方角に向けられ、「かわいそうに」と言った。


「ちゃんとした情報も与えずにルーキーを前線に送り出すなんて、敵さんもよほど余裕がないらしい」

 

 この子はいい子だった。少なくとも自分が遥か昔に捨て去った心を、いまだ持ち続けていた。

 そんなことを考えつつ、されど、やるべきことはやるのだと、アーソンマンは燃え続けるラーメンの側にしゃがみこんだ。

 コードネーム「送りの爪」。ゴーレムの魂が生まれるという月の光の中にこれを還す。核を貫く為の彼らの標準装備である光の爪が、アーソンマンの指先に展開される。

 さようなら、雪尾翼くん。言おうとした時、炎の揺らめきの中に燃え残りが見えた。アーソンマンの力はそれほど広範囲に作用するものではなく、発火物質に上書きされるのは一部、この場合はダメージを考えて核まわりに限定される。それ故、上書きされた部分以外は普通に炎に炙られるので、発火直後は多少の燃え残りがあってもおかしくはなかった。

 だが、これは。


「木の……枝?」

 

 アーソンマンの側頭部に強烈な衝撃が加わった。

 客観的に物事を見るとは聞こえは良いが、彼の場合、主観から目を反らしているとも言えた。

 今も地面を滑る自分に対し、どこか冷めた感想が浮かぶ。曰く、勝てると本気で思ったか?……本気で勝ちたいと、思っていたか。


「分かっていただろ」

 

 ヨロヨロと立ち上がると、前を見る。忍者マンを見ようとしない目を、ただ向ける。

 アーソンマンの頭の中に、一人の女性の言葉が浮かぶ。世界にとっては敵も味方もない。彼女は更に、こうも言った。

 ……世界と一体となった者は、透明になる……。


「そういうことかよ」

 

 人は足の下に地面を感じているか。頭上に広がる空を理解しているか。吸っている空気の匂いを知っているか。

 あまりに大きい存在を、知力あるものは感知出来ない。


「俺が相手にしているのは」

 

 どこかでEMEと文字が耀き、アーソンマンの耳元に声が届いた。

 世界だ、と。


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