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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
63/88

ポスト京子の顔を持つ者達

 竹刀と竹刀の鍔迫り合いは、少しの拮抗を見せた後、圧倒的な差で勝負がついた。


「ガハッ」


 壁に打ち付けられた京子が苦しげな息を吐く。


「なんで……」


 戸惑う視線にもう一人の京子……栞が肩を竹刀でトントンと叩き、答えた。


「なんで同じ見た目なのに、こうも力の差があるかって?そりゃ表の心と裏の心、どっちが強いのかって話っしょ」


 端的に言うと、それは嘘吐き呼ばわりと同義である。

 京子は逆上した。


「そんなわけ、あるかっ!」


 感情のままに振られた一閃を掻い潜り、栞はがら空きの腹部に突きを入れる。

 鳩尾に走る激痛。膝を折った京子は、意識が飛びそうになりながら、ゲホゲホと咳き込んだ。


「駄目だなぁ。そんなんじゃ簡単に……」


 こちらの顔を覆うように翳された手。京子はビクリと身体を震わせ、反射的に横薙ぎを放つ。

 おっと危ない。口ではそう言いつつも、かわした栞は余裕の表情を崩さない。対する京子は怯えていた。


(こいつ今、私に何をしようとした?)


 あれをやらせてはならない。恐怖に後押しされ、再び先手を取る。

 激しい乱れ斬りはされど当たらない。もはや普段の鍛練で培った型は影もなく、ただ棒を振り回すだけの様相。

 栞は身体を左右に揺らして回避しながら、「とっておきを教えてあげる」と言った。

 同時に、二回目の攻防で初めて刀身が合わされる。京子の眼前に、ニッと薄い三日月が引かれる。


「よく出来てるけど、この身体は実体というよりは可視体。他人を傷付ける力まで持たせるのは相当に難しくて、私には無理なんだよ。ルドヴィコ先輩のは流石の幹部ってかんじ」

「何を……言っている。何が、言いたい」

「つーまーりー」


 竹刀を押して出来た空間に、流れるように踏みこみ。焼けた鉄を当てたような熱さが走り、京子は脇腹を押さえた。これは肋骨をいかれたか。痛みに顔を顰める背後で、その予想は直ぐ様否定される。

 栞は胴を打った態勢のまま、結論を言った。


「その痛みは幻ってこと。負ける言い訳の為に、君自身が作りあげた、ね」


 京子の中で、肋骨とは別の何かが折れた。




 その能力の本質は、表裏の反転、光を喰らう闇、悪の反逆。

 まるで心の汚れを掻き出して表面に塗りたくるような所業であり、あいつの能力は最低だと、自分のことは棚に上げて放火男は言う。


「どういう仕組みか、君に分かるか」


 どういうって、今お前が説明しただろ。

 返って来た応えは問いへの答えとしては望んだ物ではなく、罠に嵌める相手の返答としては100点満点であった。


(尋ねたのはN粒子の性質をどれほど理解しているか、なんだけどな)


 忍者マンこと雪尾翼はまったく理解が足りていない。

 アーソンマンにとってそれは、かけがえのない福音であった。




 ……。

 どれほど経っただろうか。多分そんなに長い間、眠っていたわけではあるまい。

 目の前の靄が晴れていく。すると、京子の鼻先に自分の顔があった。


「ひっ」


 小さく悲鳴を上げて状況を見渡すと、おぞましい光景が目に飛び込んできた。

 横たわる自分に、もう一人の自分が、癒着しようとしている。栞の身体は液状化していたが、彼女の表情からしてそれは自らそうなっているのであり、目的の為の変化であった。

 目的。ここまで来れば、京子にも嫌でも理解出来た。先程から栞が語って聞かせる、 彼女の狙い、到達点を。


「やめろ、やめてくれ」

「だから説得力無いって。言ったっしょ、この状況は君が望んだことなんだって」


 ほらこの通りと見せつけるかのように、液状化した腕が腕を覆い、融合する。


「あああ……」


 完了の合図は接吻であった。栞の顔面が溶けて全てを覆いつくすと、新たな京子は膝をパンパンとはたき、立ち上がる。


「まーいいんじゃない」


 拳を握り、また開いて、慰めの皮を被った甘言を自分に放つ。


「君は頑張ったけど、月の民を相手に身体を乗っ取られたんじゃあ、しょうがないっしょ。対象が皆の前から姿を消すのは、君のせいじゃない。結果的につっこちゃん?の一番の親友の座を得たとしても、誰も責めたりしないって」


 大丈夫、君はいい奴のままだよ。

 侮蔑と嘲笑の塊を吐き、栞は蜜柑ちゃんの病室に向かおうとした。


「…………なんで?」


 身体が、動かない。

 それどころか手が勝手に竹刀を抜き、自分の顔に向けている。


 ――適当なことを言うなよ、闇のなんたるかも知らぬ、小娘風情が。


 憤怒や憎悪、負の感情に満ち満ちた低い声が内側より沸き上がる。


「何で出てこれるのかなー?今の君は裏側でしょー。裏の心ってのは静かにしとくもんでしょー。静かにさせられるもんでしょー?」


 軽い口調で必死に平静を演じる栞は知らなかった。

 先程の甘言はまさしく甘い言葉。その温さは本当の怪物を目覚めさせる、引鉄(ひきがね)だったことに。


「水無月神無が消えれば三剣京子が一番になれる?違うね。そうなれば海原かもめの中で、一番は永遠に奴に固定され、三剣京子はその機会を失うだろう」

「うわっ、流石の私でもそこまでネガティブな発想は引くよー」

「人の執着心とは本来、蜘蛛の糸のように粘っこく、心の穴は夜の底のように根深い」


 お前は本当の闇を知らない。そこで生まれた存在のことも。

 竹刀が、禍禍しい気を放つ黒刀に変わった。


「な、何よ、これ」

「ふむ、完全体ではないが反って都合がいいな」


 完全体とは何を言っているのか。同じ口で自分と交互に喋っているこいつは、本当にあの三剣京子なのか。

 疑問は尽きないがそれよりも恐怖が先んじている栞に構いなく。京子の心の底の底に居た何かは黒刀の柄に力を込めた。


「完全体なら全てを無に帰すが、今は励起したN粒子だけを断ち切れる」


 まだこの身体は捨てたくないのでな。その意味を栞が理解した時には既に遅く。

 ……目に黒刀が突き入れられた。


「ぎゃああああっ」


 駅前広場で、栞は右目を押さえてのたうち回る。

 幸か不幸か終電を過ぎた今、その場には人っ子一人いなかった。

 激痛との孤独な闘いのうちに膨らむ怨みつらみを、彼女は組織への報告にぶちこむ。


「任務は失敗、あんな化け物がいるなんて聞いてないっしょ。はぁ?失敗っつってんだから大丈夫じゃないことぐらい空気読ん……ああっ、痛い痛い。私の目が、私の月器に皹が!はやくヒーラー寄越してよ!はやく、はやくはやく早くぅ!」




 この世界でブルーノと呼ばれる俺は、生きていたころは古乃という名前で、一族の長子として力の発現を待たれていた。

 頭の中にイメージした自然現象を、一時的に顕現する。それが、俺の一族が作る月器やゴーレムに宿る能力で、月にいた頃はかなりの家格を誇っていたという。

 俺の母親である四季も、大いなる力を持っていた。一族が持つ能力だけでなく、強靭で不老な肉体も。

 母、四季はゴーレムだった。

 豪傑にして高潔な一族の守護者。

 今思えば、裏切り者アルテミスが危険視したのは、彼女の高い戦闘力ではなく、何者にも屈しない精神力だったのかもしれない。


「偽物では無理よ」


 黒刀に貫かれて尚、四季はそう言った。


「禁忌を犯してあなたは無辜の剣を失った。そんな紛い物では、私は倒せないわ」

「意味が分からないな」


 アルテミスは長い黒髪と一揃えのように整った顔を、発言通りの表情に変える。彼女、或いは彼には、目の前の光景が全てであり、覆しようのない事実であった。


「核を破壊されたんだぞ?お前はもうじき消える。負け惜しみを言うんじゃないよ」


 アルテミスの言葉に対して四季は何も言わなかった。

 分かっていないわね。そんな光を宿した瞳が静かに閉じられると、二人の間に一つ、二つと、泡が浮かび始める。

 最後の力を使って、彼女は周囲の空間を水中に沈めた。水はあらゆるものの動作を疎外する。反って速く動けるのは、魚か、長年この屋敷の警護を勤める半人半鮫のゴーレム、シャークくらいだ。


「お任せを」


 彼は俺を腕に抱くと、鮫の泳ぎでその場から離れる。水は屋敷全体を覆っており、いくらアルテミスでも追い付くことは不可能だろう。

 ああ、母の背中がどんどん小さくなる。

 後は頼んだわよ、古乃。

 最後に頭の中に響いた、自分の名を呼ぶ声。


 ――この時の約束を果す為、俺は出逢い物語を作った。


 ブルーノ隊長に過去の出来事を思い出させた人物に、本屋は目を見張った。


「きょう、こ?」

「京子はこんなことしない」


 つっこの目には傷付き、倒れ伏したトゥリアンダ軍の兵士達が映っている。呻き声と、「大丈夫か、しっかりしろ!」というトゥルヴレイの声がさっきから鳴り止まない。


「そう、持ち得る姿も、肩書きも。あれは色々な物のコピーが混ざりあった、種の権化だ」


 創造神の権限による鑑定を使い、ブルーノ隊長がステータスウィンドウを開いている。

 そこにあった肩書きが、本屋の目に止まった。


「最強のゴーレム、ルナ?」

「いや、あれはかつてルナに心酔していたゴーレム、アルテミスの姿に近い。どこでどんなデータをとってきたのか知らないが、かなりバグってるようだな」


 言ってからブルーノ隊長は、「何にしても俺の前にあの姿は趣味の悪い」と付け加えた。


「知っているんですか?」

「ああ、昔、会ったことがある」


 剣を握る手に力が籠もり、彼にしては珍しい憎々しげな言葉が吐かれる。


「親の仇だよ」




長い黒髪と端正な、されど女とも男ともつかぬ顔立の人物は、本屋達から少し離れた場所に立つと、いきなり問うた。


「従属する者よ、何をしに来たのだ」

「?」


 ここでこうやって戦っているのだ。本屋には質問の意味が分からなかった。

 怪訝な顔を心底馬鹿にするように、種の権化が言い直す。


「主器に力を与えるのがお前の役目であろう?そして結界が多少強化されたところで……」


 散々たる陣容のトゥリアンダ軍が顎で示され、「ご覧の有り様だ」と台詞が続く。


「もはやお前に出来ることなどありはしない。それとも何か?本当に人形どもの為に犬死にする気なのか?」

「彼らは人形じゃないし、犬死にもしない」


 本屋はダーツを構える。同時に、仲間達も戦闘態勢に入った。

 種の権化はヤレヤレと言いたげに額に手をやると、その下で、確かに京子はやらないような邪悪な笑みを浮かべる。


「無駄だと言っているだろう。お前達が決して越えられぬこれが……」


 黒刀が振り上げられ、


「現実の力だ」


 振り下ろされた。


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