表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
62/88

ポスト元凶、あらわる

 眷属器は所持者の想像力を元に逸話を作り、そこで生まれた力を主器へと運ぶ。それはまるで物語を通しての作家と読者の関係であり、ある意味、絆とも言えた。

 絆は力。だからこそ、その身が危ぶまれた時、蜜柑ちゃんは喘ぎながら本屋に懇願する。


「か、貝柱くん、お願い……」

「お、おい水無月、大丈夫か。お願いってな……」


 何かはすぐに分かった。彼を包んだ甘い香りと、重ねられた唇の感触にて。




「は、はぁ……。助かったわ」

「へ?な、なんだよ。キスしたら助かったのか?」


 恥ずかしさと困惑でテンヤワンヤの本屋に、ブルーノ隊長が説明する。


「絆の力を取りこんだのさ。眷属器が白紙になる前もそうしていただろう?ジーナとライナスの間にあった物だよ」

「でもあの時はそのせいで俺は世界に取り込まれそうになった。い、いや、それ自体は今更どうも思わないけど、今のはどういう仕組みって言うか。何がどうなったんだ?」

「以前、君が恋していたのはジーナという登場人物だ。偽物とまでは言わないが、それは規定路線であり、物語に沿った絆を深めれば深める程、君の方もライナスになっていった。だが今、君の前にいるのは誰で、君は誰だ?直接的かつ、情熱的な力の奔流……つまりこれは新たに生まれた、真のあいじょ……」

「そこまでにして頂戴!」


 真っ赤になって、蜜柑ちゃんが叫ぶ。彼女はブルーノ隊長を睨み付けて黙らせると、今度は本屋に詰め寄った。


「いいこと、貝柱くん。今のは世界を守る為にやむを得ずやった、そう、補給よ。補給」

「補給か。補給ね」


 ヘラヘラ笑いながら何かを考える本屋だったが、突然ビシっと親指を立てる。


「君の為ならいつでも愛の電池になるぜ」


 ……乾いた音が防壁の上に木霊した。

 肩を怒らせて離れていく蜜柑ちゃんを見ながら、頬っぺたに真っ赤な手形をつけた男は、涙目になって精霊に相談する。


「今のそんなにまずかったかなぁ。俺、本気だったのに」

「本気だったからじゃない?」


 馬鹿はともかく。

 ブルーノ隊長が深い溜息と共に深刻な状況を告げる。


「あまり時間がないな。結界に限界が来ている」

「結界?どこのですか」


 結界という言葉に本屋が反応したのは、ここに来る前に糸男からその存在を聞かされていたからだ。

 神社を囲うように巡らされた認識疎外結界。にわかには信じられなかったが、お百度参りをする間、確かに人も車も気配を感じなかった。


「この世界そのものだよ。出逢い物語はN次界に隔離された空間を作り上げる、強力な結界生成能力を持った月器だ。創造者である私は肉体が滅ぶ時、自らを物語の住人とすることで結界を維持してきた。だが月器というのは本来、ゴーレムと同じで独立した存在だ。主を無くしたそれが種という脅威に取り憑かれた時、助けを求めたのが水無月神無だった」

「それで水無月は闘ってきたのか。結界を守って種とかいう化け物を外に出さない為に。命まで掛けて」

「そうだ。俺はいっそのこと、種が成長する前に月器ごと破壊するよう頼んだ。でも彼女はしなかった。物語の住人を見捨てられなかったんだ」


 ブルーノ隊長の話を聞いた本屋が、皆と離れたところにポツリと立つ蜜柑ちゃんを見ると、つっこの憤然とした言葉が聞こえる。


「何でもかんでも一人で背負い過ぎよ」

「だな」


 頷くと、彼は防壁の上を歩き出した。




 防壁の上に広く描かれた魔方陣。振り上げた杖が中心に下ろされると、吹き上がった魔力が天へと上る。


「ゴッドバインド」


 魔力はたちこめた雲の上を伝い、遥か向こうの大樹に落ちた。

 今まさに少しづつ枝葉を伸ばす大樹の成長を、ゴッドバインドが縛り、阻害する。やがて鎖は吸い込まれるように消え、蜜柑ちゃんの身体がフラリとよろめいた。


「水無月!」


 駆け寄った本屋が抱き止めると、荒い息を吐く蜜柑ちゃんは無理な笑いを浮かべる。


「これで少し……持つわ」


 本屋は黙って唇を重ねた。

 ん……。

 顔が離れると、ポォっと蕩けるような視線が本屋を見る。今日、二回目のキスは、痺れるような浮かぶような、何とも形容しがたい感覚であり……あえて言葉で言うならば、蜜柑ちゃんの言った単純な一言が相応しいであろう。


「気持ち……いい」


 途端に後でコホンと咳払いが聞こえる。飛び上がって距離をあけた二人は、半目を向けるつっこに大慌てで言い訳をした。


「つっこ、これはあれだ。補給だぞ」

「そうよ、かもめさん。補給以外の何でもないわ」


 半目はなおるどころか尚、細められるばかりで。つっこは呆れた口調で言う。


「はぁ、補給ね。それじゃお腹一杯ってことで、そろそろ来てくんない?みんなあんた達の指示を待ってるんだから」




「結局これかい!」

「前よりもエネルギーを節約できてます!黒渕さんがシステムにランサーシールドの形状を組み込んでくれたおかげです!」


 盾に弾丸が弾かれる甲高い音に負けじと、猿と社畜星人が叫び合う。

 シェイパーもどきに備えられた機銃によって、盾の外は弾丸の嵐だ。周囲の電信柱や、罰当りにも背後の鳥居にまで跳弾が穴を空けているが、修繕の方は誰がするのだろうか。

 まぁ、メガネの背後にいる組織の奴らがなんとかするだろう。

 先ずはここを生き残ってから。余計な思案は棄て、猿は社畜星人に状況を聞く。


「エネルギーはともかくお前の身体は大丈夫なのか。弾丸のダメージは」

「私の身体は一時的な物ですのでダメージは気にしないで下さい。それに鉄球に比べればどうということはありません」


 鉄球に比べればどうということはない。それは威力だけではないことが、直ぐに判明する。

 カチチチチチ。

 機銃の発射機構が空回りの音を立てる。弾切れの合図だ。


「やはりシェイパーには程遠い。武器は人間が使うものを取り付けただけのようです」

「よし、反撃だ」


 猿は一瞬だけ予知能力を使い、弾丸の飛んでくる未来の無いことを確認すると、ランサーシールドの形状を変えた。

 如意棒はただの洒落ではなく現状に適した武器であり、敵陣後方まで伸びると固まっていた6体を纏めて凪ぎ払う。勿論、猿の腕力では不足なので社畜星人がN粒子を推進として使い、シェイパー群はかなりの距離を飛んだ。

 グシャリと潰れて機能を停止した自分の発明にマッディマッドは驚く。だが驚くだけでまだ余裕がありそうだ。


「すごいな。是非、俺の研究に取り入れたい」


 むしろ嬉しそうな顔に、如意棒が向く。


「檻の中でどうやってやるんだ?折角、今いる組織に助け出されたってのに、研究はまたお預けだ」

「なんとなんと。過去のことまで見えるのか。いやまて成る程。お前のそれは『推測』だな。人間に不可能なくらいの情報収集能力で精度を上げているわけだ」


 どうだ、当たりだろ?という顔を、それがどうしたという顔が見返す。


「終わりだ」

「いや、無理だね。君はまだその力を制御出来てない。分かっているのか、俺はただの人間だぞ?」


 生身の人間を攻撃する。

 如意棒を握る猿の手に、ジトリと汗が滲んだ。


(おい、ここからあいつを気絶で済ませられるか)

(すみません。この距離で細かいコントロールは保障しかねます)


 結論は殺ってしまう可能性がある、であった。

 奴は真っ当な人間ではあるまい。されど人間であり、以前のマス・マンのように人の形をした何か、ではない。

 殺人など出来ようはずもない猿が一歩を踏み出すと、マッディマッドまでの動線をシェイパーが遮る。

 残りの4体、全て撃破する必要があった。




 兵士達との打ち合わせによれば敵の第二陣は必ず来るという。だから今この時は、おそらく最後の平穏だろう。

 街を囲む防壁の上に、更にぐるりと巡らされた大人の胸ほどまである壁……胸壁は、本来兵士を矢から守る戦略的建造物であるが、男女が肘を乗せて並び立てば語らいの場として役目を変える。


「今更だけど水無月、やっぱお前、ジーナだったんだな」

「私は会った時から気付いてたわよ。あんたがライナスだって」


 何よあんた。現実でもライナスとそう変わらないじゃない。

 蜜柑ちゃんは可笑しそうに言う。


「お前は喋り方とか結構ちがうよな。ジーナの方が子供っぽい」

「し、仕方ないでしょ。現実で素を出すのは怖くて……やっぱり気持ち悪いかしら」

「いや。俺からすれば中身は同じに見える。いくら大人っぽくふるまっていてもな」

「そういうとこ……敵わないわね」


 ふ、とジーナが笑ったところで彼らの立つ中間地点からコホンと咳払いがする。

 一生懸命背伸びをして顔だけ出したフィンの頭に乗り、藁束のような精霊が何か言いたげな顔をしていた。

 別に二人の世界に入ってたつもりはないけどな。

 本屋は照れ臭そうに頬をかき、今度はつっこに問いかける。


「お前は俺の正体気付いてたのか?」

「そりゃねぇ。ホンとライナスって中身まんま本屋だし。髪はモジャモジャじゃないけど」

「ジーナのことは?」

「なんとなくはね。こっちの世界でこんなことに巻き込まれてるとは、知らなかったけれど」

「なんだよ二人とも。気付いてたんなら教室で会った時に教えてくれよ」


 あれ以上あなたを関わらせたくなかったのよ。ブツブツ言う本屋に蜜柑ちゃんはそう答える。つっこがジーナという渾名に惚けてみせたのも、同じ理由だった。


「そっか……俺が物語に居続けたせいで、パドを斬ることになったんだもんな。ゴメンなフィン……怒ってるよな?」

「あ、あれは私がそうさせたのであって貝柱くんは悪く……」


 慌てて擁護する蜜柑ちゃんにフィンは首を振り、「二人とも悪くないですよ」と言った。


「僕たちの為に辛い役目を負ってくれたのだと、分かっていますから。それに……」


 フィンは本屋に向き直り、ニコリと笑う。


「あいつはきっと、どこかにいますよ」

「えっ、まさか」

「あいつの肩書きは元々ただの『魔王』だった。忘れたんですか?新たな肩書きを与えたのはお父さん、あなたなんですよ」


 不死の、魔王。

 本屋が心の中でその名を呟いた時、背後から兵士の声がした。


「ライナス殿、御準備ください。敵の第二陣が確認されました」




 放物線を描いて、小さな光の矢が飛んで行く。 

 防壁からは、大地に浮かび上がった巨大なダーツボードが確認でき、光の矢は中心の赤い部分に吸い込まれる。そして大地から空へと返される時、光の矢は幾何百にも分身していた。

 立ち上る夥しい魔力の線が、ユニットシリーズと名付けられたモンスターの悉くを貫き、残骸に変えていく。 ポッカリと空いた敵前衛の穴に、味方の先陣が雪崩こんだ。

 魔術師部隊はあんぐりと開いた口が塞がらず、辛うじてリーダーが興奮気味に問う。


「ゴ、ゴリンスキー殿!あの魔法は、あの魔法はなんですか!」


 己の認める男が他国の精鋭を驚嘆せしめたことに満足しつつ、ゴリンスキーは応える。


「想像の力とブルーノは言っていたな。さしずめこの世界を守りたいという、奴の思いの顕れであろう。そして勿論、守りたいものの中にはお前達も含まれている」

「敵国の兵であった我々までも……」


 変り者集団ゆえ、結束の固い彼らは互いに視線を交わすだけで意思の疎通を完了する。

 表情を引き締めた新たな仲間に、ゴリンスキーの鼓舞が飛んだ。


「さぁ、我々も前に出るぞ。今日は守るだけでなく、勝ち取る日だ」


 了解。五つの力強い声が重なった。




 右手のダーツで一体を葬ると、左手のワイヤーダーツで敵を絡め、反対方向にいた詠唱中の一体にぶつける。

 闘う本屋の雄姿を見た一人の騎士が、うっすら口角を上げる。


「お前のような者を親衛隊に入れられるか」


 彼は自分の言葉を思い出して、可笑しくなった。


(姫の剣となったのだな。いや、それ以上か)


 英雄。いつぞやの少年が冠するとは思わなかった肩書きを呟き、負けじと剣が振るわれた。

 彼らのような騎士達と肩を並べ、本屋とその仲間達は、現在、最前線にて交戦中である。

 作られた者共とだけあって、ユニットシリーズの数は半端ではなかった。長期戦は不利とみたつっこは蜜柑ちゃんに流し目をやる。


「蜜柑ちゃん、あれを使うわ」

「ええ、よくってよ」


 つっこの姿が人間に変わると、二人は共に一つの杖を振り上げる。


「ダブルウゥゥ!!」

「ホゥリィィイイ!!」

「「バインドォォォオ!!」」


 だからお前ら羽目外しすぎだろ。本屋がつっこむ間にも、突き立てられた杖から蜘蛛の巣のように鎖が伸び、範囲内にいるユニットシリーズの動きを封じる。


「好機!者共、かかれかかれ!」


 大声を上げるのは家臣が止めるも自ら剣を振るうお転婆姫であり、傍らでトゥルヴレイが徹底したサポートを勤めている。

 レイブンは剛力のグレートアクスで両断、ブルーノ隊長は流れるような剣捌きで敵を翻弄する。

 大群であったユニットシリーズはザクリザクリと、確実にその数を減らしており。戦況は人類側に傾きつつあった。

 だが。


 ――お前達の奮闘など、何の意味もない。


 戦場に正体不明の言葉が駆け巡る。同時に遠方の大樹で、赤い稲光が発光した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ