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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
60/88

ポスト彼女の世界へ

 今は武器となっている愛犬よりも。獣の如くいきり立つスマッシャーは、九郎の怒声にキャンと鳴く。


「馬鹿者、結界を壊すんじゃない!」

「は、はいいい!?すみません!」


 ペコペコと始まった米搗きバッタを見て、上空のランスギフターはもう一度思った。


(なんだあいつ……)


 結界を壊さずに攻撃するにはどうしたら良いか。目をグルグル回して考え込む姿に九郎と部下は揃って溜息を吐く。


「とにかく強力なゴーレムを発注したんだが」

「強力には違いありませんがねぇ」


 戦闘になると周りが見えなくなる。犬鎚のゴーレム、スマッシャーの、大きすぎる欠点であった。




 上に放つから結界に穴が開く、ならば。


「こう!」

「あ、馬鹿」


 九郎が止めようとした時には既に遅く、スマッシャーは戦鎚をアスファルトに叩きつけていた。反動でクルクル回転しながらランスギフターのいる上空まで飛び、頭を狙って大きく振りかぶる。


「流石に軌道がバレバレだっつーの」


 空を自由に飛べる者と、跳躍のみに限られた者の格差。そこを考慮するにはまだまだ彼女は未熟だったらしく。ランスギフターがヒョイと背後に回ると、戦鎚は派手に空を切る。


「総員、近場の物に掴まれ!」


 九郎が叫んで間もなく、地面を激しい衝撃波が襲った。


「きゃあああ!?ごめんなさいぃぃ」


 足元を掬われ、またも態勢を崩した国相部隊。スマッシャーは謝罪しながら落下していき、その目の端に、自分に向けられた槍が映った。

 ビタン。

 着地も無様に背中から落ち、肺の空気が押し出される。むせそうになるのを噛み殺し、両腕で身体を庇って槍に備える。

 だが、攻撃は来ない。

 腕の隙間から覗き見れば、ランスギフターは槍を構えたまま、ニタリとこちらを笑っていた。


「あ、待て!」


 戦略的に無駄な攻撃はしない。表情でそう言い残し、ランスギフターは屋上へと消える。

 取り残されたスマッシャーは完全に敗者であった。

 どこか打ったのか、フラフラしながら九郎が寄ってくる。


「やられたな。と言うより自滅か」

「すみません……」

「済んだことはもういい。我々は体勢が整い次第、奴を追う」

「私は……」

「ここで待機だ。いくら結界内の破壊が外へ影響しないとは言え、病院ごと対象を潰されたらたまらんからな」

「私は役立たずですか」

「役に立つようになれ」


 九郎は項垂れるスマッシャーの頭にポン、と手を置き、自分の仕事へと向かう。強さとは何か。優しい感触の余韻は、彼女にそれを問いかけていた。




 見渡す限り白一色の空間に、一本の道が小川のように蛇行している。足場も、自分の存在も。何とも覚束無さを感じながら、本屋はしばらくの間、立ち尽くしていた。

 

 ――案内人を探せ。


 誰の声か、それは自分をこの世界へ導いた神とやらであろう。少しの逡巡を振り払い、声に従って一歩を踏み出す。


「まさか……」


 やがて見えてきたよく知る顔に、本屋は驚きの声をあげる。


「びっくりするよね。私がこんなところにいたら」


 苦笑のような表情を作る彼女の声に、混乱や戸惑いは感じられなかった。そのことを不思議に思いながらも、本屋は一緒に歩き始める。


「つっこは知ってたのか。この世界に関する、色々なこと」

「知ってるって言うか、分かるってかんじ。少しだけどね」

「じゃあ、この道の先も」

「ええ、蜜柑ちゃんのいる場所へ続いてる」

「水無月だけじゃない。彼女を脅かす何かもいるらしい」

「まさか引き返せなんて言わないわよね?私だって覚悟は出来てる」

「……ラーメンには申し訳ないな」

「なんで雪尾が出てくんのよ……」


 そんな会話を交わしながら、二人は歩き続ける。

 途中、本屋はこの空間が、全くの白ではないことに気付いた。道から少し外れた場所に、現れては消える陽炎のような揺らめき。その中に一瞬、着物の女性と、知らない景色が見えた。

 不思議と怖くはない。それが何なのか、本屋には何となく分かったからだ。


「誰かの、記憶か?」

「多分ね。ここは魂が無に返る場所だから、その欠片だと思う」

「マジかよ……じゃあ俺達も道から外れたら」

「ねぇ、本屋。『絶対押すなよ』って言ってみて」

「おい、コラ」


 恐怖をおふざけで紛らせながら更に行くと、ようやく道の突き当たる場所が見えてきた。遠目からでもはっきり分かる巨大な扉。どうやら到着のようだ。

 扉の前に人が立っているのを見つけ、つっこが走り出す。


「蜜柑ちゃん!」

「あ、おい、つっこ!」


 本屋も慌てて追いかけるが、悲鳴のような声が、二人の足を止めた。


「来ないで!」


 数歩の距離を空け、蜜柑ちゃんは俯いている。

 そして、もう一度言った。


「ありがとう。でも来ては駄目よ」


 意味は分かる。彼女の立場なら自分達もそう言っただろう、だが。


「私達、覚悟は出来てるよ」


 つっこの返答に、俯いていた顔が上がり、険しく歪んだ。


「覚悟って何!?普通の高校生に覚悟なんて出来るはずないでしょう。ずっと死と隣り合わせだった私でさえ、怖いというのに」


 殆ど叫び声のような言葉を受け止める表情は変わらず、真っ直ぐに蜜柑ちゃんを見る。


「生きる覚悟よ」

「……楽天的だわ」


 聞いて頂戴、と。蜜柑ちゃんの声が諭すような響きを宿す。


「私、今日みたいな学校生活をずっと夢見てた。友達がいて、いい先生がいて、一緒に勉強する。たったそれだけのことが私にとっては大きな夢。だから、信じられないかもしれないけど、夢が叶って私、思い残すことは無いの。私は最後の力で私の世界に取り憑いた災を排除する。私のこと忘れないってみんなが言ってくれたら、きっとやり遂げられるから」

「……蜜柑ちゃんはみんなの心の中で生き続けるって?」

「そうよ。分かってくれたかし……」

「ざけんな」


 うしろで見ていた本屋は感じていた。つっこの背中から伝わる怒りに。そして悟った。団長が団長である所以、その強さを。


「ベタなJ-POPかっつーの」

「で、でも本当に私は……」

「そう。じゃあ、別にいいけど。でもそれはあんたの都合よね。私の方は思い残すことありまくりだから引き下がらない」

「そんな、勝手な」

「勝手で何が悪いの。こっちはあんたとやりたい事とか、一緒に行きたいとことか、あれやこれや妄想して、計画たてて、一人でニヤニヤしたりして。諦めたら私、馬鹿みたいじゃん!」


 本当に勝手な言い分に、蜜柑ちゃんは唖然とする。

 何となく、対等じゃない気がしていた。彼女は、友達をやってくれてるんだと思ってた。

 けど。彼女はずっと本気だった。本気で自分の描かなかった未来を勝手に目指していた。

 そう、ずっと前から。


(かもめさんは、本当の友達だった)


 ボヤけた視界。そこへ一本、指が突き付けられる。


「つっこ軍団、掟その一。団員は決して諦めてはならない!」


 指が二本に増える。


「掟その二。団員は諦めぬ者がいる限り、共に闘う。そしてその三、本屋!」


 後ろ手を組み、本屋は白い空に向かって高らかに言い放つ。


「団長の命令は絶対っ!」


 ……少しの空白を置いて。

 涙と笑いの混じった声がする。蜜柑ちゃんは目尻の涙を拭き、「いつの間に私、入団してたのよ」と言った。


「教室に入った瞬間から」

「ブラックねぇ」


 今度こそクスクスと可笑しそうに笑い。


「でも団長の命令は絶対だから仕方ないわね」


 次いで、口許がスッと引き締まる。


「貝柱君も。覚悟は出来てるのね」


 本屋はただ短く、「おう」と応える。蜜柑ちゃんは小さく頷き、言った。


「それじゃあ行きましょう。これが、私の世界。もう一つの出逢い物語よ」


 扉が、ゆっくりと開き始めた。


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