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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
58/88

ポスト敵襲間近

 はぁはぁ。

 まだ一往復目だというのに、少し息が上がっている。本屋は登ってきた長い階段に思いを馳せ、「これを百回繰り返すのか」と、気の遠くなるのを感じた。

 拝殿につくと、糸男が静かに座禅を組んでいた。右手は掌を開き、その上に白い羽根が浮かんでいる。


「うわっ、何だよそれ!?」

「何って大烏天狗の羽根だよ。糸子の思いが籠っているし、依り代には充分だろう」

「そうじゃなくてその現象が何かって……ああ、もういいよ。それで、二礼二拍手一礼だっけ?」

「した方がいいが今回は省略だ」

「いいのかよ」

「時間ないだろ。ほら、俺の左手に触れて」


 言われるままに本屋が触れると、糸男の左手にぼんやりと光が宿る。光はやがて吸い込まれるように消え、今度は右腕に文字が浮かび上がった。癒、頼、願、まさに本屋の思いを表した文字列は糸男の腕を伝い、羽根のもとへと流れ込む。羽根を中心に囲うように回り始めた文字は、武、強、戦、などの文字に変換されていた。


「この文字が器を作る。ここの神様を降ろす器だ」

「神様を?今更疑ったりはしないが、神様を降ろしてどうするんだ」

「俺があの本を見つけた時、お前、言ってたじゃないか。出逢い物語には対になる一冊があるって」

「まさか、そこにいるのか!?水無月の魂はもう一つの世界に」

「ああ。だから神様に門を開けてもらう。通れるのは選ばれた一人、もう一つの本を持つ者だけだ」

「……俺に、出来るのか?ほら、俺ってお前達みたいに力がある訳じゃないし……それに臆病だ。入り口を通った先には、相当な危険が待っているんだろ?」

「そうだな。生きて出られるか保証は無い。だから勿論、やめる権利もある。お前がどちらを選ぼうと、俺は責めたりしないよ」

「糸男はいつも誠実で優しいことを言うな。だけど本心はどうなんだ」

「……ごちゃごちゃ言ってないでさっさと助けに行けよ、馬鹿」


 本屋は百度石目指して元来た道を行く。階段を下りながら、後ろの友人に向けて大笑いが飛んだ。


「会った時より分かってきたな、お互いのこと!」




 ラーメンの手が、放られた缶ジュースを掴む。


「ありがとう」

「戦の前の一杯ってやつだ。酒じゃねーけど」


 猿は自分の分をプシ、と開けながら言った。

 いま二人は巨大な鳥居の前にいる。糸男の知合いだという神主、彼が張った結界の境界線は、ここから少し離れた交差点付近に存在する。人や車を近寄らせない為の、認識阻害結界。その範囲内である交差点から鳥居を繋ぐ一本道が、予測される主戦場だった。

 赤く巨大な門という分かりやすい防衛ラインに陣取り、二人は気楽な雰囲気で会話を交わすが、そこには緊張を紛らわそうという作為的な思惑も垣間見えた。


「本屋のやつ、案外すんなりと信じたよな。俺がゴーレムってサイボーグみたいな存在だってこと」

「俺の中に社畜星人が戻ってるって話もな。ま、さすが『本屋』の息子ってわけだ。頭が柔軟に出来てる」

「っつーかお前は俺のこと見抜いてたんだな。忍び装束で顔は見えなかったはずだろ?」

「社畜星人は周りの情報から一番実現しやすい未来を予測するんだ。情報の一つにお前の正体が含まれててもおかしくはない」

「なるほど。何しろ未来予知だもんなぁ。そのくらいは分かるか。だけどお前は俺の正体に気付いても態度を変えなかった」

「そりゃそうだろ。何か問題あるか?」

「いや、全然。つっこといい……ありがとうな」

「糸男だってそうだろ。あいつ、だいぶ前から気付いてたみたいだけど、そぶりも見せなかった」

「何で分かったんだって俺が聞いたら、『ラーメンは妖力がだだ漏れで見る人が見たら一発で分かる』だってさ。あいつ何者なんだよ」

「さぁな。そのうち下駄を飛ばして攻撃したりすんじゃねーか?」

「顔が目ん玉の家族がいるかもしんねーぞ」


 二人は笑った。お互いの秘密を知ってもなお、繋がっている絆を噛み締めながら。そういう仲間に恵まれたことを誇らしく思いながら。


「まぁ、とにかく」


 そして時が来て、猿は笑いを治めつつ言う。


「こんな面子だからこそ」


 ラーメンも同じ方向を見て、声を揃えた。


「ああ、蜜柑ちゃんを救える」


 二人の目には、鳥居に近付く一人の男が映っていた。

 金髪に鷲鼻の男は嬉しそうに、悲しそうな顔をする。


「へぇ、正体がバレてもまだそっちに立っていられるんだな、少年」




 田舎の街とは言え、夏の夜はそれなりに起きている。

 仕事あとの束の間の自由を漫喫するサラリーマンや、夏休みを謳歌する大学生、バイクで風を切って切符を切られるやんちゃな若者。

 少し高台に位置する大学病院には、それらの音が周りから競り上がるように届く。

 だからこそ、生活音の一切が排除された現状は、そこにいる者にかなりの違和感を抱かせた。


「いやぁ、何回経験しても慣れないっすね。結界ってもんは」


 国相部隊、傭兵斡旋任務担当の男は、部下の意見に頷く。


「そうだな。この光景を見るたびに、奴らとことを構えるのは得策じゃないと思い知らされるよ」

「でもどうなってんすかね。今回は対象と関係者を壁の中に放り込んではい、終わりじゃ済まないでしょう?病室から患者が消えたら騒ぎになる」

「覚えておくといい。高等な結界ってのは外に対して幻を見せることも可能だ。空のベッドも一般人の目には患者が寝ているように映る」

「さすが九朗さん。詳しいんっすね。けど対象は結界の外にいた方が良くないっすか。どうせ敵は結界を突破出来るんだし、それなら一般人に紛れてた方が」

「こっちが張らなくても敵が張る。ランスギフターみたいなのに対象を隔離されてみろ。こっちが手出し出来なくなるだろ」

「色々駆け引きがあるんすねぇ。俺は単純にドンパチの方が性にあってますわ」

「おい、その発言は国相部隊の品性を……」


 九朗の苦言をポケットの中の振動が止めた。彼は携帯を耳にあてると、通話相手から報告を受け取る。


「……了解だ。お前達はそのまま任務継続。敵の増援が入り次第、知らせてくれ。以上」


 携帯をしまうと、通話内容を察した部下が尋ねてくる。


「偵察チームからっすか。敵は、誰なんです」

「噂をすれば、だ。ランスギフターが来た」


 まぁ予想通りだな。と付け足しながら、九朗は次にトランシーバーを取り出す。


「国相部隊に告ぐ。目標はランスギフター。空を飛べる故やっかいな相手だがこちらも切札を用意してある。我々の任務は対象の防衛であるからして、奴の動きを封じれば充分に勝機は見込めるだろう。総員、ヴェノム弾、装填せよ」


 命令を皮切りに、正面入り口の遮蔽物という遮蔽物に潜む隊員のライフルへ、N粒子の具現化を阻害する弾が込められる。

 やがて全員が準備を終えたことを確認すると、九朗は部下に頷いて見せた。


「さぁ、ドンパチだ」




 白い廊下に置かれた椅子に座り、彼女達は俯いている。

 その中でつっこがふと顔を上げ、周りを見渡した。


「なんか、静かになったね」

「夜も遅いからな」

「そうですね……」


 静けさは時に不安を運んでくる。つっこの感情に気付いた宝蔵槍子が、優しく頭に手を乗せる。


「長い夜に押し潰されては駄目だ。こんな時こそ楽しいことを考えないと。例えばほら、水無月が戻ったら何と言って出迎える?学校で一緒にやりたいことは?」

「それは色々ありますけど……」


 つっこが言い淀んでいるうちに、糸子がさっと手を上げた。


「つっこの歌をどうにかするってのはどうだ」

「あー、それは早急に取り組まなきゃいけない問題よね」


 ビッちゃんも同意して、つっこの顔を見た。あんまりマジマジと見るので、つっこの頬っぺたがぷくっと膨れる。


「ちょっと、私の歌ってそんなにひどい?」

「自覚が無いのが一番ヤバイよね」

「音楽の授業の時、気持ち良さそうに熱唱してたもんなぁ」


 糸子とビッちゃんがクスクス笑い、つっこはムキーっとする。つっこは腹を立てたかもしれないが、その場は少しだけ、明るさをとり戻したように見えた。

 そうだ、そうやっていればいい。

 満足そうに、宝蔵槍子は頷く。


「ところで、京子はまだ屋上なのか?」


 近くの友人との繋りは、ここにいない存在を強く意識させたのだろう。糸子が心配そうに京子の話題を出す。

 あの子も辛いのよ。と、ビッちゃんが答えた。


「京子が辛い?」

「あの子は前の私と似ているから。誰かに依存しないと生きられない、以前の私に」




 つっこと出会い、輪が広がり、今の楽しい高校生活がある。中学時代には得られなかった居場所。蜜柑ちゃんを初めて見た時、京子は自分の席を獲られるのでは、と思った。自分以上につっこを知る彼女に危機を覚えたのだ。

 実際、後になって考えれば子供じみた考えだと自分でも分かる。席は単純に増えるだけ……いや、もともと用意されていた空席に、然るべき人物が収まるだけなのだろう。

 自分の卑屈さが恥ずかしかった。だから梓さんに式神を貰った時、これで挽回出来ると喜んだ。蜜柑ちゃんに害意を持って近付く敵を倒せば、蜜柑ちゃんにも、つっこにも胸を張ってまた会える。

 その計画は、一本の電話の後、梓さんの口からもたらされた言葉で雲行きが怪しくなった。


「さぁ、もうすぐ敵が来るわ。京子さんは下で友達を守って頂戴」

「ちょっと待ってくれ。一緒に闘うんじゃないのか?」

「来るのはゴーレム、あの忍者君と同類なのよ?」


 そんな危険に娘を晒せないと、梓さんは言う。

 親の優しさだとは京子にも分かった。されど汚いとも思ってしまった。


「つまりこういうことか。梓さんは私に、安全に罪の意識から逃れさせようと」

「そういう言い方をしないで。京子さんの役割だってちゃんと意味はあるわ。この闘いは一定時間この場を守れば私達の勝ち。時間稼ぎが重要なのよ」

「一定時間?だとすると……終わりは何なんだ」

「それは……水無月さんの意識が戻るか……」

「おい、まさか」


 言い淀む梓さんの態度は、京子に残酷な勝利条件を伝えるに十分なものであった。そしてちょうどその頃、彼女が憚った先を、彼の超人は叫んでいた。


「つ、ま、り、女が逝っちまう前に俺の槍をぶちこめばいいってことだろ!?」


 雲の上に吹きすさぶ風の中に、ランスギフターのカラカラと笑う声が混じる。彼は赤毛をそよがせ、今度は八重歯を見せる攻撃的な笑顔を作った。


「ああ~、生き残るってパターンもあったか。だったら下品な物言いは控えなきゃなぁ~。嫌われて言うこと聞かなくなったら困るもんなぁ」


 あんまり調子に乗るな。ルドヴィコをやった奴が紛れているかもしれないんだぞ。

 身体そのものに備わる通信機能から、諌める声を聞くまでもなく。彼の眼光は既に鋭い物へと変わっている。


「分かっているさ。あいつの仇は絶対にとる」


 なぁ、アーソンマン。

 推進ジェットが火を吹いて。結界槍のゴーレムは戦場へと急降下していった。


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