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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
56/88

ポスト遅れて来たクラスメイト

 かもめさんはこんな私のことをちょくちょく尋ねてくれる。

 学校のことや、友人のことを話してくれる。

 話の最後には必ず、いつかあんたもその中に入れるよと、励ましが加えられる。

 私が傷付かないように気を遣っているのだ。

 なのに私の方から話すことなんて殆ど無いし、世間知らずだから相談にも乗ってあげられない。

 対等じゃない、だから、私とかもめさんは本当の友達とは言えない。

 ……そんなことはちっともないのに、あの子はそんな風に思っている気がする。そんな風な顔をする時がある。

 それも、明日で終わりにする。

 つっこは決意と共にスマホを開いた。




 猿の眼球スレスレの場所を真剣が通る。梓さんは家伝の刀を毒鞘に収めると。


「ふむ、避けたか。これなら京子さんを任せても大丈夫そうね」

「大丈夫じゃなかったら俺死んでたぞ!」


 目を三角にしているところへ、制服姿の京子が玄関から出てきた。


「おはよう猿。遠回りになるのに態々出迎えすまんな」

「それはいいから身内の凶行を謝ってくれよ」

「凶行?梓さん、何かしたのか」

「私はねぇ、心配なのよ。あんなことがあったのだもの。今でも外出は反対なんだけれど」


 何者かの結界にとじ込められた事件の後、梓さんは多くを説明はしなかった。京子の日常を壊したくないという親心が、危険に対する温度差も生み出している。


「大丈夫、大丈夫。いざとなったら猿の予知能力で逃げられるって」


 京子は手を振って気軽く笑う。


「っつーことで、行こうか、猿。んじゃ行ってくるよ梓さん」

「あ、ちょっと待ちなさいって」


 止めようとした頃にはもう、スカートの端は門から見切れており、タッタッタッと、軽妙な靴音が遠ざかっていった。


「んもぉ、相変わらず鉄砲玉みたいな子ね。なんかあの子の行動理念に危険とか関係ない気がしてきたわ」

「まぁ、性格もありますよね」

「も?」


 怪訝な顔をする梓さんに、猿はふ、と笑う。


「団長命令は絶対っすから」


 団長ねぇ。

 猿の去った門前を、梓さんは腕を組んで睨んだ。


「某剛田氏みたいな子かしら」

「いやいや、海原かもめさんはもっと可憐な女子ですよ」


 国相部隊の傭兵斡旋任務担当、以前梓さんに依頼を持ってきたスーツ姿の男が後ろから声をかける。


「ま、歌唱力は似てるかもしれませんが」


 夏休み前、音楽の授業にて。


「ふぁ~るのぉぉうるぁるぁ~ぬわぁぁぁ」

「どうしてそれで熱唱出来るんだつっこ!」

「最後あたり、序盤でやられる主人公のお父さんみたいになってるよ!」


 何の話かと言えばⅤの話である。それはともかく。


「嗅ぎ回ったの?京子さんのクラスメイトを」

「彼女達の為ですよ。どういうわけか、海原さんの周りからは強い原初の波動が検知されている」

「そうね、猿君も、黒渕君も、それから雪尾さんの息子さんも。例の軍団には普通とは言えない面子が集まっている。敵も気付いているのかしら」

「今は動きは無いですね。大学病院にいる対象も昨晩より原初の波動を安定化させています。ですが」

「……嵐の前の」

「ええ、我々もそのように」




(あれは結構切羽詰まった文面だった)


 本屋には分かっていた。つっこはみんなが何かしようとして方向性が纏まらない時、鶴の一声で背中を押すタイプのリーダーであって、自分から権力を行使する性格ではない。

 そんな彼女からあのメッセージである。これから向かう教室で待ち構える案件は相応にシリアスだろうと予想された。

 なのに、無気力感を拭えない自分を、彼は責めている。真剣な悩みを前にボンヤリとしていたら失礼だろう。それは分かっているのだが、丸まった背中をどうしても正せぬまま、遂に教室のドアへと辿り着いてしまった。

 ガラガラガラ。


「お、本屋。来たな」

「おはよー本屋君」


 先に着いていた仲間がいつもと変わらぬ挨拶をくれるが、自分の口から出たのは何とも覇気のない返事。

「おはよう……」


 ドサリと席に腰を下ろすと、後ろからラーメンが心配そうに肩を叩いてくる。


「顔色悪いぞ。体調悪いんじゃねぇか」

「夏休みで鈍ってるだけさ。それよりつっこはもう来てんのか」

「いや、まだ姿は見てないな。みんな揃ったんだし、直に来るとは思うけど」


 調度その時、教室のドアが音をたて、みんなの視線が一斉にそちらを向く。だが、入って来たのはつっこだけではなかった。


「おはよう諸君。夏休みは楽しんでいるかな?」

「宝蔵先生?」

「うむ。今日諸君に集まって貰ったのは、私の希望でもあるんだ。どういうことかと言うと、ほら、海原」

宝蔵槍子の促しに、つっこは一つ頷くと皆の前に立つ。そして、深々と頭を下げた。


「みんな、お願い。今日一日、私の友達と授業を受けて下さいっ!」


 つっこ軍団、特に女子達は「あっ」と言う顔つきになる。思い当たる節を確かめようと、ビッちゃんはオズオズ、口を開いた。


「もしかして友達って、大学病院の」

「うん、一時退院だって。だからその……夏休みに授業なんて嫌かもしんないけど」


 今にも泣き出しそうな顔でまたも頭を下げるつっこ。そこへ、宝蔵槍子が補足する。


「今日来ているのは本来、我が一年二組の一員だった女子だ。スタートは大分遅れてしまったがな」


 本当はこのクラスにもう一人仲間がいた。新事実に驚く軍団だったが、そのうち猿が頭の後ろに手を組んで言った。


「じゃー別に確認するまでもねーだろ。始めようぜ」


 何を当然なことを。そんな言い種に、ビッちゃんが追従する。


「そーそー。私達もいつ紹介してくれるんだろって。ねー、糸子」

「ああ、勿論だ。つっこの友達なら私の友達でもある」


 みんながワイワイと賛成を唱える最後を、メガネがフ、と笑って締め括る。


「俺を受け入れた軍団だぞ。反対する奴なんている訳ない」

「みんな」


 つっこの口許がへの字に曲がる。不安の分だけ込み上げた熱さが、キツく閉じられた瞳の端から、床にポタポタと零れていった。


「ありがとうっ……!」




「さて。海原の珍しい姿を拝めたところで」


 宝蔵槍子のからかいに、つっこは目許をゴシゴシと拭う。赤い顔が口を尖らせて睨むのを受け流しつつ、悪い担任は台詞を続けた。


「今日の主役のご登場だ。水無月、入ってこい」

「はい、失礼します」


 少し堅い声が聞こえ、ドアが静かに開かれる。

 白い。入ってきた女子に、一同が抱いた印象はそれであった。

 肌は勿論のこと、あるべき世俗の色が抜け落ちている。透明感はもはや儚いという領域で全体的な輪郭をぼかしていたが、その中で瞳に灯る光だけが、確固たる意思の強さを示していた。


「おい、凄い美少女が来たな」

「ああ……」


 後ろから話しかけてくるラーメンに殆どうわ言じみた返事をしながら、本屋は食い入るように白い少女を見つめていた。

 あまりにも、似ている。

 顔貌はむしろ正反対ながら、奥深くに絶対的な使命を据えた瞳の色は限りなく同一。

 そして唇。本屋はあの一度きりの接吻を思い浮かべ、目の前のものと重ね合わせた。それは慎ましげに動くと、彼女とは全く別の名を告げる。


水無月神無(みなづきかんな)です。よろしくお願いします」


 パチパチと拍手の後、宝蔵槍子の提案で机を円型に並べ、自己紹介の場が設けられた。




「ええっと、名前は雪尾翼。ラーメン屋の息子だから、みんなにはラーメンって呼ばれている。趣味は料理で、一番得意な料理はカルボナーラだ」

「か、カルボナーラなの?」

「ああ!」


「私の名前は香月花梨。糸目だから渾名は糸子だ。趣味は五歳の頃から習っているヴァイオリンだ」

「へぇ、凄いわね。一番得意な曲は何かしら」

「嘘だ」

「……一瞬そういう曲があるのかと思ったわよ。何故この場で嘘をつくの」

「見栄を張ったのだ」

「そ、そう。あまりしない方がいいわよ」


「俺は北野誠光。そ、その、糸目だから渾名は糸男、だ。と言っても糸子とは兄妹じゃないからな。趣味と言えるか分からないけど、古武術をやっている」

「必殺技とかあるのかしら」

「暗勁」

「口外無用でなければ、効果を聞かせてもらっても?」

「遠当ての、目潰しだ」

「爽やかな笑顔がなお怖い」


「私の名は宝蔵槍子。教師をやっている。趣味はそうだな……編み物とかベタだけどウケがいいと思わないか。得意料理は結局肉じゃがと答えるのが正解のようだ」

「何のですか」


「橘美咲ですっ。渾名はビッちゃん。ビッチからきてまーっす。趣味はビッチなことです☆」

「あまり自暴自棄にならないでね」


「俺は黒渕鉄。眼鏡をかけているからメガネと呼ばれている」

「あ、あの、趣味は」

「義務なのか?言うの」

「いえ、そういうわけじゃないけれど」


「え、ええっと、名前は御劔京子で、渾名はキョンキョンです。嘘です。渾名は…渾名は特にありません。趣味もありません。何にもありませんごめんなさい」

「あなたが京子さん?何だか聞いてたのと全然違うわね」

「つ、つっこは私のことなんと!?あ、いやいや言わなくていい。ほんとごめんなさい」


「どうしちまったんだ、京子。あ、俺は洋介・ブラウン。アメリカと日本のハーフで渾名は猿だ。趣味はそうだな、筋トレだな。この前なんか腕立て伏せ50回……」

「その手の自慢は男子にして頂戴。女子にとってはゴミみたいな話題よ」


一同は思った。流石はつっこの友達、なかなかのお笑いスキル(突っこみ)であると。病室で覚えたのなら、こんなやりとりからであろうか。


「あら、かもめさん、いらっしゃい。昼食が済むまで少し待っていてね」

「点滴をそんな風に呼ぶのはやめて!」


 ブラックジョークはともかく。

 自己紹介のとりは本屋と相成った。


「貝柱保だ。実家が本屋だから本屋で通っている。趣味はそのまま過ぎると思うけど、読書だ」

「本は私も好きよ。貝柱君は最近、何を読んだのかしら」

「出番が終わっても舞台を去らずにショーをメチャクチャにしてしまう、道化の話」


 かなり遠回しの例えだったが、水無月神無は一瞬だけピクリと反応した。本屋にはそう、見えた。


「へぇ、興味深いわね。今度、読ませて貰えるかしら」

「残念ながらショーはもう終わったんだ。漸く道化が舞台から降りたのでね」


 追い出されたとも言うけれど。

 本屋の言い回しの真意に気付いたのか、気付いてないのか。彼女は「面白い人ね」と唯クスクス笑うばかりであった。




「さーて、水無月神無さんの渾名だけど、今回は京子、変な渾名はつけさせないわよ!」


 つっこがビシと指を差すと、京子はオドオドっと目を泳がせる。


「し、しないぞ私は。そんなこと」

「何か今日の京子、妙に大人しいわね。まぁそれはさておき渾名なんだけど……」

「ジーナ」

「は?」


 ボソリと出された呟きが、教室に暫しの間を生み出す。その中で本屋はじっと水無月神無の目を見据えていた。

 何とも読めない色の視線が彼を見返し、二人は見つめ合う。

 変な空気を払拭するかのように、つっこは苦笑いで言った。


「何よ、ジーナって。この子には私がつけた『みかんちゃん』って可愛い渾名があるんだからね」


 おお、蜜柑ちゃん。

 つっこ軍団にざわめきが走り、口々にその可愛らしさを褒め称える。特にビッチ先輩などは「キーッ、羨ましいっ」とハンカチに噛みついていた。

 つっこは頷き一つ。


「じゃあ、蜜柑ちゃんでOKね。てか本屋のジーナってどっから来たのよ」

「いや、なんかあったろ。外国の蜜柑ジュースに。発想は同じさ」

「ひねり過ぎだっつーの。そんなんで呼ばれたら蜜柑ちゃんも困るわよねぇ?」

「別に好きに呼んでくれて構わないわよ。かもめさんの渾名は気に入っているけれど」


 お手本通りの答えの中に、本屋の探している動揺は見つからなかった。


「私のことはヤリッペ……いや、そうじゃなくて本日の時間割発表だ!」


 何でスイッチが入ったかハイテンションの宝蔵槍子は、既に黒板へ1から4までの数字を書き終えていた。


「まずは一時間目、国語!」


 カッカッと音をたて、チョークが数字の横にアグレッシブな文字を記す。


「次に二時間目、国語。三時間目、国語。そして四時間目はお待ちかね、くぉーくぐぉ!!」


 ズバァァァッと最後の線を引ききって満足げに額を拭う後で、「知ってた」と一同は同じ顔をしていた。




 蜜柑ちゃんはスラスラと漢文を訳す。


「燕や雀に大きな鳥の志を理解出来るでしょうか、いや、出来るはずがない。です」

「見事だ。独学でも真面目に取り組めばここまでやれる。なぁ、赤点三銃士よ」


 宝蔵槍子がジロリと睨むと、京子、ビッちゃん、猿はタハハと誤魔化し笑いを浮かべた。


「我々にとって成績など些末なこと。まさに燕雀安んぞ……」

「ピーチクパーチク言い返すんじゃねぇ。あと香月、三銃士と聞いてピンと来ないのかもしれんがな、主人公のダルタニャンはお前だぞ!」

「私が、主人公……」


 頬を染める糸子を前に、宝蔵槍子は駄目だこりゃと思った。




「娘が帰ると、食卓はまた、一人の物に戻った。ニュースの占いコーナーがやけにハッキリと聞こえ、ボンヤリ朝食の残りを食べる。いつからだろうか、涙無しにこの時間を過ごせるようになったのは」


 さて。

 宝蔵槍子は教科書から目を上げると皆を見渡す。


「親権を持たない母親の心情を綴ったこの作品だが、いま読み上げた部分にはどのような思いが込められているだろうか。雪尾、分かるか」

「えーっと、なんすかね。娘がいなくなるのは悲しいけど、泣かなくなったんだから立ち直りつつある……とか」

「ふむ、悲しいって感情はまずあるだろうな。しかし残りの部分をそう解釈したか。水無月、どう思う?」

「そうですね、悲しすぎて涙も出ないってことでは。もしくは以前は泣いていた時期があったというのだから、涙が枯れるくらい泣きつくした、とか」

「人は本当に心を痛めた時、涙を流さないというが、その表現であると。なるほど、なるほど、それじゃあ貝柱、最後にお前の意見を聞こう」

「はい。俺は泣かなくなったという表現は、慣れたということだと思います。悲しい状況に慣れてしまった自分をまた、嘆いている。そんな心境かと」

「うむ、人間は慣れる生き物だ。そしてその慣れは時に我々を打ちのめす。罪悪感、自己嫌悪という形でな。ふふふ」


 突如ぷるぷる震えながら含み笑う宝蔵槍子だったが、途中で「あぁーはっはっ」と時の権力者みたいな高笑いに変わった。


「これだ、これこれぇ!この如何にも国語教師ってやりとり。この充実感。水無月が入っただけで、ここまで授業のレベルが上がるとは。私は猛烈に感動しているぞ!」


 ちょっとサイコなかんじに皆が引いていると、スッと一本の手が上がる。

 その主に、つっこは凄くイヤーな予感がした。


「ちょっと猿。せっかく先生が気持ちよくなってんだから余計なこと言わないでよね」

「余計なことってなんだよ。疑問に思ったことを聞くだけだっつーの」

「おう、洋介・ブラウン。お前も意見を言いたいのだな。遠慮なく発表するがいい」

「じゃあ、言うけど。俺はニュースで占いやってたらそっちが気になるんじゃねーかって。多分金運MAXでやったじゃーんとか、だから泣かなかったんじゃねぇの?」


 つっこは後悔した。何故上がった手を強引にでも引っ込めさせて、廊下に放り出さなかったのかと。そしてそのまま釣り船に乗せて、海に沈めなかったのかと。


「そんなわけないでしょ!こんな重いテーマの小説で……」

「いや、そうでもない」


 意外にも宝蔵槍子は面白そうな顔で猿を見ており、「むしろ」と続けた。


「良い着眼点だ。小説を国語の問題として取り上げる際の課題だな。つまり、小説の一文をどのように捉えるかは、読者の自由ということだ」

「でも先生、それじゃあ答えなんて無いようなものじゃ」

「勿論、答えはある。だがそれを導く為に必要なのは、筆者の思いを汲み取る能力ではなく、問題を作成するプロ読者に感性を合わせること。はっきり言って筆者が何をもってその一文を書いたのかは本人に聞かなきゃ分からないし、本人すら分かっていないこともある。試されるのは世の多くの人間がこう解釈するだろうという常識力で、そう考えれば筆者の思いや読者の感想など、あまり意味を為さないことが分かるはずだ。テストで点を取るという目的にはな」


 それじゃあ先生、と、今度は本屋が手を上げる。


「娯楽として小説を読む場合、読者に制約は無いと」

「それは本来そういうものだろう。確かにテストの解答としては恐らくお前のが正解だろうが、雪尾や水無月、洋介・ブラウンの解釈でも、要は楽しめれば小説は本来の役目を果たしたことになる。そこには常識的な解釈は勿論、筆者の考えを正しく受け止める必要もない。変に思うかもしれないが、私は一つの物語を通して筆者と読者という関係があった時、力を持つのは読者側だと思っているんだ」

「そりゃあ読者が買わなきゃ作家は生きていけませんよね」

「商業的な話ではない。作家の書いた世界観は読者に委ねられている、という意味だ。物語は一つでも、それを読んだ者が頭に思い浮かべる世界は、人それぞれ。作家の役割りは想像の枠組みを作って、切っ掛けを与えるに過ぎないということだな」


 物語の世界は読者の物。

 作家は切っ掛けを与えている……?

 本屋が考え込んでいると、夏休みでも休まず働くチャイムが授業の終わりを告げる。


「おっと、もうこんな時間か。充実した授業というのはあっという間だな。お前ら、次も期待してるからな!」


 指を差しながら宝蔵槍子が教室から去っても、本屋はまだブツブツと自問していた。


「似ているんじゃないか?作家と読者の関係性は俺達の……」


 いやぁ、宝蔵先生ハイテンションだったなぁ。などと、つっこ軍団が雑談に入る中で、蜜柑ちゃんは静かに本屋を眺めていた。




「よーし、みんな、書けたかー?字はその者の内面を現すと言うからな。あんまり酷いと恥ずかしいぞー」


 歩き回っていた宝蔵槍子の足がピタリと止り、糸子の机に広げられていた習字をピラリ、持ち上げる。

 そして、弁当の二文字を険しい顔で見つめた。

 キンコーンカンコーン。


「腹一杯食えよ」


 さて、糸子は勿論のこと、みんなお楽しみの昼食タイムである。

 今日は新しい仲間も加わるのでなおのこと。


「嬉しそうね、蜜柑ちゃん」

「それはそうよ、かもめさん。こうやって教室でお昼を食べるの、憧れだったもの」


 二人の会話を聞いたビッチちゃんはすかさず身を乗り出した。


「ねぇ、オカズ、取り替えっこしようか」

「ごめんなさい。私は病院が指定したものしか食べられないのよ」

「そ、そっか。でも元気になったら、ね?」

「ええ、その時は」


 女子同士で微笑みあっているところへ、珍しくラーメンが入ってきた。


「その時は俺の手料理、たらふく食わせてやるよ」

「あら、ラーメン君はお弁当も自分で作るの?」

「ああ、美味いぞ。だから早く元気になれよ」


 微かに赤くなりながら言うのを、つっこがジト目で見やる。


「やけに積極的じゃない、雪尾。蜜柑ちゃん気を付けてね、こいつムッツリだから」

「そう言えば病室でそんな話を聞いたわね」

「なっ……かもめ!」

「べーだ。別に間違ってないでしょ~」


 二人のやりとりに、まーたいつものが始まったと周囲は失笑気味だが、蜜柑ちゃんは目を丸くして言った。


「こんな夫婦喧嘩、本当にあるのね。漫画だけかと思っていたわ」

「ち、ちがっ」

「蜜柑ちゃんてば変なこと言わないでよっ。こいつは唯の幼馴染で……」

「はいはい。でもかもめさんはラーメン君に甘えてばかりじゃ駄目よ?彼が私に話し掛けてくれたのは、かもめさんへの気遣いもあるのだから」

「それは……分かっているけど」

「別に俺はそんな」


 熟れたトマトみたいになって互いにそっぽを向く。「よしてくれよ。弁当が甘ったるくなっちまわぁ」と、欧米か!のつっこみが入りそうな茶々を入れたのは半分欧米だった。


「虫歯になる前に話題を変えようぜ。なぁ、蜜柑ちゃん、つっことは病室でどんな話をしてたんだ。俺のことは言ってたか?」

「ええ、猿君の話も聞いたわよ。色々言っていたけど……」

「けど?」

「纏めると『馬鹿』」

「おい、つっこぉぉぉ!」


 ムキーっとなっているところを糸子が「ははは、ばーか」と指差している。そんなのはほっといて、今度は糸男が質問した。


「俺のことはどうだ?俺は普通だろ?」

「オッパイ星人」


 確かにオッパイは好きだよ。好きだけどさ……。

 撃沈した糸男に皆は悟る。

 動くとやられるっ!


「ホラホラどうしたの。もっと質問してもいいのよ」

「そうよ、もっと来なさいよあんた達」


 サディスティックに目を光らせる女王と姉御に、みんながタジタジっとしていると、教室のドアがガラガラ開いた。


「いやぁ、自販機って夏休みでも稼働してんだな。牛乳は売ってなかったけど」


 ドアを閉め振り返ると、全員の顔が自分に向いていおり、本屋の片眉が怪訝そうに上がる。


「ん?みんなどうした」

「蜜柑ちゃん、こいつは。こいつは何と言われてたんだ!?」


 指を差して凄い剣幕の猿に、蜜柑ちゃんは一度目を瞑り、開くと同時に平たい口調で言った。


「貝柱君のことはあまり聞いてないわ」

「ええ~、つまんねーな。でも話題に上らないってのも寂しいか。つっこは何で本屋のことは話さなかったんだ?」

「だって悪い影響を与えそうだったから」

「俺は有害図書かっつーの」


 会話の大筋を察した本屋は椅子に座ると、口を尖らせて学生鞄を開く。中のレジ袋を掴んだところで、蜜柑ちゃんが目を細めて自分の手元を見ているのに気が付いた。


「何も面白いもんなんてないぞ。中身は唯のコンビニパンだ」

「そうね、面白いものなんてなさそうね」


 レジ袋が引っ張り出されると、その後ろにはある物が覗いていた。

 それは白紙の本などという、本当につまらない代物だった。


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