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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
55/88

ポスト冒険の終わり

 静止する世界。見知ったキャラクターも、それ以外も、時が止まったように身じろぎもしない。

 本屋の身体も動かず、しかし目がジーナの口の動きを捉え、耳が声を拾う。


「コンソールモード」


 すると、ヴン、という機械的な音と共にブルーノ隊長がその場に現れ、「お呼びかな?」と、いつも通りの軽い口調を出した。


「主器所持者の権限にて、眷属器の管理域に干渉します」

「了解。全ロックを解除するよ」


 ブルーノ隊長の掌に半透明のウィンドウが出現し、大量の文字列が上から下に流れていく。やがて画面にUnlockedの文字が浮かびあがった。


「完了。それで、どうするんだい」

「キャプチャー『魔王の復活』を呼び出して」

「そのキャプチャーは予定より早すぎる。割り込む形になるから、運命神のシナリオを破壊する可能性が高いけど」

「構わないわ。破壊が目的だもの」


 本気なのか、と。一瞬ジーナの顔を見たのは、そんな意図が含まれたかもしれない。だがすぐにブルーノ隊長は、彼の役割り通り、命令遂行に戻る。


「キャプチャー『魔王の復活』起動。以降、イレギュラーに対処する為、創造神の権限譲渡をお勧めする」

「譲渡をお願いするわ。後のことは私に任せて頂戴」

「了解」


 機械的な返事を返したあと、ブルーノ隊長は今まで見せたことのない、寂しげな表情を本屋に向けた。


「ライナス役の君。君は今までこの世界にやってきたどんな人間よりもいいやつだった。君と過ごした日々を忘れないよ」


 システムにしては長い台詞を残し、創造神は消えた。

 同時に、物語は再起動する。唐突な、強引な終わりへと向かって。




 パキ。

 鎖が砕け散り、「きゃ」とヴェレタの悲鳴があがる。

 赤い玉石は一度高く浮かび上がると、何かを見つけたかのように群衆の中に飛び込んだ。

 玉石の見つけた何か。本来の持主は、巻き起こった爆風の只中に、一人平然と笑みを浮かべていた。

 うわあああっ。

 みんな、下がれっ!

 一体何が。

 悲鳴をあげて距離をとる人々の中で、フィンだけが爆風の中心に手を伸ばし、向かおうとする。


「パ、パドっ!そこから離れるんだ」

「馬鹿を言うな。やっと見つけたのだぞ、我が半身を」

「駄目だ、その宝玉に近付いては」

「もう手遅れだ、勇者よ」


 パドの手が玉石に触れると、爆風は急速に収まっていった。

 圧力から解放された人々は、残る砂塵の向こうに目を凝らす。しばしの静寂はむしろ不安の元となり。そしてそれは、黒き一対の翼という形で、煙の幕をバサリと突き破った。

 大鎌の一閃、煙が晴れると、かの者は唯唯絶望を喰らうべく、人々の前に姿を顕す。


「我が名は不死の魔王アパドーゼル。普く生の天敵なり」




「は、はは。よせよ、パド。ただ羽が生えて鎌持っただけだろ」

「本当にそう見えるか?だとしたら我はお前を買い被っていたようだな、英雄ライナス!」


 翼の巻き起こした突風は、空気の奔流と言うよりは。


「波動です。とてつもなく強い魔力の!」


 フィンの固有魔法、「ブレイブウォール」に守られて尚、本屋の肌を、冷たく鋭利な感触が走り抜ける。

 魔法の範囲外にいる人々などは、瞬く間に体力を奪われて膝をつく者も出ていた。


「感じたであろう。我が身から湧き出る破壊の力を。死の予感を」

「パド、どうしてだ。俺達はもう少しで分かり合えたじゃないか。今からだって遅くない」

「いや遅い」


 パドの指差す上空を、何人が見上げただろうか。そのうち一人が「なんだあれ……」とうわ言のように呟いた。 

 かなり高い所に黒い塊がある。

 ちょっと待て、こっからあそこまで相当な距離だよな。

 それであの大きさに見えるってヤバくないか。

 お、おい、だんだん大きくなってるぞ。


「馬鹿、ありゃ落ちてきてんだよ!!」


 誰かの叫びで広場は騒然となった。

 右往左往の果てに衝突したり、ぶつかった者同士で喧嘩が勃発したりと、悲鳴に悲鳴が重なる大恐慌。しかし、魔王を前にしての人類の醜態を、人の王は許さなかった。


「静まれ、トゥリアンダの民よ!」


 いつもの少し子供っぽい、好奇心を表す色は失せ、ヴェレタの瞳は凜と一人一人の顔を見据えている。


「英雄ライナスの言葉をもう忘れたのですか。汝、隣人の英雄たれ。まずは女性や子供、お年寄りを優先して地下に避難させます。力に覚えのある者は兵の指示に従って手を貸すように。ゴリンスキー!」

「承知しております、我が姫よ!おうお前ら、聞いたな!?まずは怪我人の応急処置だ。トゥルヴレイ、出番だぞ」

「了解。って国王に命令するな!」


 場はたちどころに秩序を取り戻していった。




 一方、本屋の説得はまだ続いていた。


「おい、パド。あれをさっさと消すんだ。そして俺達の下に帰ってこい」

「無理だ、あれは」


 パドは上空を見上げる。戻ってきた時に、その顔には寂寥とした笑いが浮かんでいた。


「あれは消えんのだ。誰かが我を討つまでは」

「コンロール出来ないのか。お前の魔力だろう!?」

「そういう仕組みなのだ」


 笑みの裏に、本屋は自嘲を感じた。行動の理由に感情も目的も無いのであれば、それは生物とすら……。

「そんな顔をするな。仕組み故に悲しみはない。成り行きに身を任せ、成り行きを見守るだけ。お前達が抵抗しようと諦めようと、我は何も感じない」


 おお、そうだ。我はあの時計台で大地が死ぬのを見届けるとしよう。魔王の宿星を止める気でいるなら、急いだ方が良いぞ。

 まるで他人事のような言い種を残し、パドは暗黒の迫る空に舞い上がった。

 茫然と眺める後ろから。


「魔王は魔王故に人を害する」


  父親の予想もしない言葉が、息子の口から出る。


「お父さん、あそこにいるのはもうパドじゃない。人類にとっての厄災、そのものです」

「お前までどうしてそんなことを」

「分かるんですよ僕には。だって勇者の剣が」


 その時が来たら抜けるさ。

 いつかの台詞を証明すべく、大剣が青白く光り、教えている。討つべきは勇者の宿敵、今がその時。フィンは命ぜられるままに柄を握り……。


「抜くなっ!!」


 聞いたことのない父親の怒号だった。ビクリと小さな手が止まる。

 本屋はフィンの肩を抱いて、そのまま抱き締める。


「勇者の剣は希望なんだ。友達を斬る為にあるんじゃない」

「お父さん……でも」

「俺がやる。お前にこんなこと、背負わせてたまるか」


 そうだ、これは罰なんだ。物語を終わらせなかった主人公に対するペナルティ。だから。

 いつしかスースーと穏やかな息が聞こえ、見るとフィンは瞼を閉じていた。


「ジーナ、お前の魔法か?」

「ええ、ここから先は、この子には酷だもの」

「そうだな。俺の役目だ。俺が物語の幕を引こう」

「あなたと、私でね」


 ザッ。魔王アパドーゼルのいる時計台に向けて、二人は重い足並みを揃えた。




 時計台。この街を一望するに最適な場所を、魔王は闘いの場所に選んだ。魔王もまた終わりを感じているのかもしれない。だからこそパドが好きになりかけたこの景色を、目に焼き付けたかったのかもしれない。

 闘いの結果がどうあれ、魔王の人間的な部分はもうすぐ消える。街を赤黒く照らす宿星、その邪気が大地を殺した瞬間、かの者は無作為に生を飲み込む「現象」へと存在を変えるのだ。


「なぁ、お前の中には不死竜もいるんだよな。だったらあの時言ってた『意義ある一生』って、これのことなのか?」

「分からぬ。パドなら何か見つけられたやも知れぬがな。最早詮無きことよ」


 ところで。と、面白そうな顔が、空中から時計台を見下ろす本屋とジーナに向けられた。


「お前達は空も飛べるのだな。流石は英雄、他の人間とは一味違うといったところか」

「ああ、それを、これからお前は嫌と言う程味わうだろう」


 世界が静止する間、本屋はジーナの所業を見ていた。そして理解してしまったのだ。彼女からすれば、重力の概念を解除するなど造作もないということを。

 何も知らない魔王はこて調べとばかりに得意の黒炎球を本屋に向けて放つ。直撃は、逆に意外であった。


「魔法吸収のスキルがあっただろ。何故使わない」

「必要ないからだ」


 炎の中から現れた本屋の身体には火傷一つなく、同じ姿勢でただそこに浮いていた。

 残された感情の欠片がざわめき、今度は同時に八つの黒炎球が殺到する。

 結果は同じ、であった。

 ギリ、と歯噛みの音がして、魔王の姿が消える。一瞬のうちに間合いを詰め、大鎌の一閃が本屋の首筋に。

 ガンッ。おおよそ人体から発するとは思えない音がして、大鎌ごと弾かれ強制的に距離をとらされる。


「我は……魔王ぞ」


 ガンッガンッガンッガンッ。

 何度も何度も大鎌を振るい、その度に消えかけた心が蘇ってくる。それは焦燥、そして恐怖。


「お前は何だ。何が起こっている」

「魔王には勇者の攻撃以外通用しない。そうだな?」

「知っていたか。だがそれと何の関係がある!」


 この問いに、ジーナは無慈悲にこう、答えた。


「そのスキルは今、ライナスの物よ」


 は………。停止した思考はまともな言葉を紡げず、喘ぎ声となって赤黒い空に消えた。

 そんなの、嫌だ。


「ハッタリを言うな!」


 怖いものから逃げ出す子供のように、魔王は愚直に大鎌を振るう。渾身の一撃はやはり弾かれ、その際に本屋の腰の辺りがキラリと光った。逆袈裟に切り裂かれた傷口から、青い魔族の血飛沫があがる。


「ガフッ。け、剣だと!?英雄ライナスは剣も魔法も使えないという話じゃ……」

「たとえ木の枝でも何でも。関係ないのさ」


 上段に構え直すその瞬間にも、ライナスというキャラクターは別人へと変えられていく。おそらくはこの世界の根源に近しいであろう、彼の妻によって。


「スキル『剣豪』の正常作動を確認。次は力を最大値255に設定」


 こんなの、間違ってる。これでは我は消される為に……。

 魔王は小さな身体で本屋の剣を見上げる。あれが振り下ろされた時、間違いなく自分は消滅する。

 己は仕組みであると言っていたのは何だったのか、あるいは仕組みであるからこその合理的な判断か。何にしろ魔王は消えたくないと望み、本屋に背中を見せた。


「無理なんだよなぁ」

「あ……」


 少し飛んだ先で、行く手を遮られた。周囲に浮かぶ100人のライナス達に、生を狩る魔王は、今や完全に狩られる側だ。


「俺達も仕組みみたいなもんさ。この世界のな」


 仕組みだから、構えた得物にも大した意味はない。別に拳でもいいし、それどころか「消えろ」の一言で葬り去ることも出来るだろう。ただ終わりには形というものがある。たとえそれが、辛い物でも、取り繕われた物であっても。区切りは必要なのだ。


「これ程までに何もないのか?世界にとって我は。我の存在は」


 人類を蹂躙することも、勇者との死闘の果てに散ることも……人として、トゥリアンダの民と生きる未来も。

 魔王には何一つ訪れなかった。


「すまない」


 目の前の敵は何故か苦しげな顔をしている。思えば自分の生きたちっぽけな証は、英雄ライナスとその息子、フィンに纏わるものであった。

 何も持たない者は最後に縋る。空っぽな人生の端っこに、少しだけ輝く思い出をかき抱き。

 魔王は己の存在を懸命に主張した。


「マ、マフィン。うまかった……ぞ」

「……っっっ!!!!」


 本屋は結末の為の、贄を斬った。


「さようなら」

 

 別れの言葉はジーナだろうか。あるいは世界が言ったものか。暗闇に落ちた本屋には分かりようもないが、ただ一つ確かなのは。

 物語は今度こそ終わったのだ。




 ……。

 起きてからしばらく放心していた。

 枕元に目を移すと、やはりそこには出逢い物語が。本屋はパラパラとページを捲る。そこには今までの冒険が余すことなく綴られていた。


(まぁ、流石に最後の部分は俺の妄想だろうけど)


 確かめる、という程もなく。何気なく最後を開いた本屋は、目を見張った。

 夢と全く同じ内容が書かれている。


「ちょっと待て、SFっぽい描写もあったんだぞ。これって近代に書かれた純ファンタジーじゃないのか」


 少しページを遡るとあった。あってしまった。ジーナが物語を操作するシーンが。


「そんな」


 混乱は不気味さに代わり、背中を冷たい汗が流れる。

 さっさと本を閉じて寝てしまえ。さっきから脳が警鐘を鳴らしているが、怖いもの見たさというか、性格故というか、彼は思考を止められず、そして遂に気付いてしまった。


「何で俺は、夢の内容を本で確認しているんだ?」


 そう、本で読んだことを夢に見るのが通常である。夢で見たことが本に書いてあるかなんて、既に知っていないとおかしいのだ。

 思い返せば彼は夢の中で既視感を感じたことがなかった。全てが新鮮な、初めての冒険だった。これが何を意味するのか。


「まさか俺は、物語を読んでいたのではなく」


 本屋は、震える声でその先を口にする。


「書いていたのか」


 月明りが射し込んでいる。いつから開いていたのか、全開の窓からビュウと強風が吹き込んだ。風は勢いよくページを捲る。

 ……不可思議な現象が起こった。捲られた紙から文字が剥がれ、部屋に舞い上がると、窓から外へ。


「あっ、あっ」


 彼の冒険が、消えていく。

 本屋は必死にかき集めようとした。されど腕からすり抜け、文字は次々と月光に溶けていく。


「ジーナ!」


 愛する者の名前を見つけ、必死で飛び付き、胸に抱きしめる。されど、されど恐る恐る開いた掌には。

 誰も残っていなかった。


「会いたい。会いたいよ、ジーナ。もう一度だけ……」


 真っ白になってしまった本の横で。

 うつむき、すすり泣く姿を、月明りが照らしていた。




 そぐわない、コミカルな音がする。スマホのSNSにメッセージが送られた音だ。本屋は力なく手を伸ばすと、画面をタッチしてアプリを開く。メッセージはつっこからであった。

 お願いみんな、明日の朝8時、教室に集合して!


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