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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
52/88

ポスト必殺の一撃

 不死鳥は火より甦る。不死竜と対峙したライナス達が、火がそのまま形をとったようだと感じたのは、不死という言葉に共通するイメージを抱いたからかもしれない。

 ただしそいつの場合は、暗く、粘着質な炎。火口より復活し、小さな人間達を見下ろす爬虫類の目には、嫉妬深さや臆病といった負の性質が、爛々と燃え盛っていた。

 臆病。不死竜アパトーガの性格を、ライナスは仲間たちに予言していた。


「永くを生きたものってのは、両極端になるんじゃないかな。その、死への考え方ってのが」

「ふむ。死を受け入れ、望みさえする者と、極度に恐れ、遠ざけようとする者か。長命のエルフ族がいい例だな。大体が達観して感情が薄れるというが、生に執着しすぎた者はダークエルフとなって凶暴な性格になるらしい」


 予言を受けてブルーノ隊長が自分の考察を加えると、ライナスは頷いて続けた。


「そう、ジーナに見せて貰った本を読んで分かったのは、奴にとっては生き残るのが第一ってことだ。だから臆病で疑り深い。もし、少しでも不自然な動きがあれば、こちらの計画を見抜いてくるかもしれない」

「だからって教えてくれないのかよ。その、完全に不死竜を滅する方法ってやつをよ。こっちは命かけてんだぞ?」

「勿論レイブンの言うことも分かる。だからあらかじめ、奴の行動を予告しておこうと思う。奴が今から言う通りの行動をしているうちは、俺の計画は正常に進行しているってことだ」


 戦闘が始まると、書物にあったように不死竜は眷属モンスターを呼び出した。溶岩の身体を持つ者や、全身が炎そのもので出来た者。どれも小型版ドラゴンといった形をしており、強敵である。

 流石の一行も無傷とはいかず、ダメージを受けるが、回復のエキスパートであるトゥルヴレイの魔法で傷を癒しつつ、着々とヴェレタが本命に斬り込む隙を作り出していた。

 ザンッ。

 また一つ不死竜の巨体に斬撃が入り、200のHPが削れる。


(どういうことかしら。不死竜アパトーガは選ばれし姫君の私より、あちらの戦闘が気になっている?)


 どうも先程から易々と攻撃が入っている気がして、ヴェレタは不思議に思った。時おり振られる爪の攻撃も、彼女からすれば鋭さに欠け、大した脅威とはならない。


(でもこれもライナスさんの言ってた通りの展開。私の役目は隙あらば斬るのみ!)


 彼女は剣を構え、再度、突撃する。

 ライナスのダーツが何体かの眷属モンスターを葬ったあたりで、仲間達はその変化に気付きつつあった。


(徐々にライナスに攻撃が集中しつつある。理由は分からないが、あいつの予告通りになってる。俺はいつでも回復してやれるよう、気を配っておこう)

(ったく、ライナスの野郎。なんだかんだ言って自分が一番キツいとこ背負っちまうんだからな。悪いが俺もラーブル団の名を上げてーんだ。肉壁でもなんでもやってやるよ!)


 不死竜が黒炎をライナスに向けて吐き。


「エレメントシール」


 ウルポックが魔法障壁でそれを遮る。

 溶岩竜と炎竜の体当たりをレイブンとブルーノ隊長がライナスの前に出て、盾で防ぐ。


「ふん!」

「っしゃあ!」


 ブン、と機械的な音をたてて出現したダーツボードは二つ。発動した同時投げのスキルは、以前とは違う能力を見せる。二本のダーツがそれぞれ別方向へ飛び、一方は20のトリプル、片方はbull。一度に二体のモンスターを貫いたのだ。


「ふ、複数攻撃……」

「お前なんでもありだな」


 レイブンとトゥルヴレイが呆れる端で、ヴェレタは一人、不死竜の身体にダメージを重ねていく。確実に押している戦況だが、不死竜のHPはまだまだ底が知れない。戦闘は長期戦の様相を呈してきた。

 カンッ。

 突如、ライナスの矢が溶岩竜の身体に弾かれる。見ればボードのナンバーのうち、3のエリアが点滅していた。


「危ねえっ」


 そのまま突進してこようとする溶岩竜を、レイブンのバトルアクスが両断し、彼は「ふぅっ」と額の汗を拭う。


「おい、疲れて来たんじゃないか。あんまりbullばっかズバズバ決まるから忘れてたけど、お前のダーツって当たったとこ次第だもんな」

「……」

「ライナス?」


 ライナスは不死竜を見ていた。不死竜もライナスをじっと見ている。

 失投したはずの者は薄く笑みを浮かべ、たかだか3のダメージを目撃した者は僅かに怯えを浮かべている。

 レイブンの目にはそう、映った。




「はぁっ」


 ヴェレタは尾の攻撃をジャンプで躱し、そのまま不死竜の背中に斬りつける。


「うぐ」


 不死竜の身体は既に血みどろで、流石に深刻なダメージとなっているようだ。その様子を見ていたライナスは大声で呼び掛ける。


「よし、ジーナ。魔力は溜まったか?そろそろいいぞ!」

「了解。私の新しい大技、見せてあげるわ!」


 そう言うと目の前に掲げていた杖を構え、詠唱する。


「汝は大勢であるが故に。増えよ、レギアスシャドウ」


 シュッと振られた杖の先から眩い光が放たれ、ライナスを包み込む。光はライナスに宿りしばらく明滅を繰り返していたが、明滅の激しさがピークに達すると、一気に効果を表した。

 合せ鏡のように、オリジナルを中心としてズア、と左右に並んで広がる人影。その人影一体一体が、全てライナスだった。

 あまりに異様な光景に仲間も口をあんぐり開ける。


「おいおい、こいつぁまさか」


 レイブンが引き気味に言った「まさか」が今、行われようとしている。

 100人のライナスが全く同じフォームでダーツを構えると、ブン、ブン、ブン、ブン……。100のボードが連鎖するように空中を埋めつくし。数秒後、並んだボードの先に、ダーツの嵐が吹き荒れた。

 カラカラと溶岩質の固い地面に転がるは、夥しい数のダーツ。分身が消え、嵐の去った跡に残るのはただ、それだけ。モンスターの群れは全滅したのだ。


「兵器だなこりゃ」


 騎士としてほっとけないよとブルーノ隊長が一人ごちたところで、ライナスは不死竜に近づいていく。

 ダーツボードが現れると、竜なのではっきりと分からないが、不死竜は笑みを浮かべたようだ。

 だがそれは何かを隠すための強がりの表情であると、ライナスは思った。


「ああ、恐ろしい。なんという火力なのだ、その力は。我は身体が震えてしまうよ」


 大げさな身ぶり、おどけた口調もまた然り。それを証拠に、ライナスが。


「惚けるなよ。お前が恐れているのは火力じゃないだろう?」


 と言うと、口許は笑ったまま、スッと目を細めた。


「……どこまで理解している」

「全部だよ。お前の不死の秘密、それは」


 ゼロワンだ。

 ライナスはダーツで定番のゲーム名を口にした。




「お前はゼロワンのようにHPをピッタリ0、ジャストキルでないと倒せない。たとえ1でもダメージが最大値を越えれば、バースト、つまり大爆発で国に深刻な被害を与え、自分は最後の一撃を受ける前のHPに戻る。流石にすぐには活動出来ずに約200年の眠りで傷を癒した後、再び復活。こんなところだろう」


「ほう。で、我の最大HPとは」

「ゼロワンにちなんだスキル、つーことで下一桁は1と予想した。で、5000ちょいって情報と合わせてズバリ、5001。この数字を選ばれし姫君の固定ダメージ、3パターンで割ると」


5001÷100=50余り1

5001÷150=33余り51

5001÷200=25余り1


「余りの部分が残るHP。一年間に25回復すると考えられるから、150の姫君の時だけ、2年分早い198年で復活できる。姫君以外の攻撃が入れば、この法則が崩れてランダムになるのもこれで辻褄が合う」

「だが逆は真なりを満たしていない。お前の予測が正しければ確かに辻褄は合うが、辻褄が合ったからと言って真実とは限らないだろう?」

「構わないさ。狙うのは絶対バーストしない数字だからな。さっきから余裕のふりをしてるがお前」


 そこで一度言葉を切り、ライナスはニッと笑う。


「残りHP1だろ」


 不死竜は余裕の表情を崩さない。しかしそれは、図星を突かれて固まってしまったようにも見えた。

 ライナスはダーツの切っ先をbullの斜め上、1のナンバーに向ける。彼の予測が正しければ、そこに一本、それで全ては終わる。


「どうやらこの状況が終着点のようだね」

「スゲェ、スゲェよライナス。あいつのスキルならマジでやれるって!」


 ブルーノ隊長とレイブンは固唾を飲み、ただただその瞬間を待っている。

 と。ふいに、そんな張り詰めた空間の一部が揺らいだ。

 揺らぎから現れた者を、ヴェレタは見たことがあった。幼い頃、何度も物語の挿し絵で見た神々しい姿は。


(白き聖竜!)


 不死竜討伐の歴史に何度か姿を見せ、選ばれし姫君を助けたという神竜。トゥリアンダ城内にはその勇姿が絵画として飾られ、ヴェレタも討伐成功を願って幾度も祈りを捧げたものだ。そんな、希望の象徴とも言うべき存在が牙を突き立てんと不死竜に迫る。

 しかし。まさに絵画をそのまま現実としたような勇壮な光景は、三本の異物によって台無しとなった。

 ダーツはあろうことか白き聖竜に直撃し、頼もしき協力者は霧散、目的を果たせずに散る。

 ヴェレタは堪らずライナスに駆け寄った。


「どうして聖竜を!」

「あいつは唯一固定ダメージを持っている、不死竜の眷属だ」

「なんですって?でも不死竜を攻撃しようとしてましたけど」

「自らバーストを引き起こす為さ。選ばれし姫君のダメージのみなら絶対にジャストキルは起きないが、討伐隊に俺のようなイラギュラーが居た場合、その可能性が出てくる。対策として一回だけ使える切り札、それが白き聖竜の正体……だ」


 そこでライナスはガクリと膝を折る。


「ライナスさん!」


 ヴェレタが見ると、肩に一本のトゲが刺さっていた。恐らく麻痺毒か何かが仕込まれていて、ライナスは苦しそうに顔を歪ませている。不死竜は同じ物の生えた腕をニンマリとひけらかし、勝ち誇った。


「さっきお前は我が眷属に3のダメージを与えて我を脅しただろう。いつでも好きなダメージを与えられると知れば、自ずと白き聖竜の使い所は最後に限定される。そう読んだのだろうが」


 あの脅しは諸刃の剣だよ。と、不死竜は侮蔑のこもった声で言う。


「お前は我の行動を縛ったつもりで、同時に自分の行動も限定していたのだ。自爆を防ぎにくるタイミングさえ分かっていれば、いくらでも対応は出来るのだよ。全部分かっているなどと言ってはいけない。バレているかもしれないし、バレていないかもしれない。我のような相手には疑心暗鬼を植え付けるくらいが丁度良いのだ」

「臆病故に、か」

「そう、臆病故に。長生きの秘訣だな」


 フ、フフ。フハーッハッハ!

 自分の言ったジョークに、不死竜は一人、高笑う。それもそのはず。


「これで我を滅する者はいなくなった。お前達に残された選択肢は二つ。我に嬲り殺されるか、反撃して爆破に巻き込まれるか。さぁ、選ぶのだ!」


 最も、国を巻き込むことを考えれば答えは決まっているか。

 爬虫類の視線が、嫌らしく、サディスティックにライナス達を嘗める。


「こりゃどうにもならんな」


 ブルーノ隊長が彼らしい平坦な口調で諦めを口にすると。


「失敗……マジかよ」


 レイブンのバトルアクスがガランと地面に落とされる。

 それでもライナスは、震える足に精一杯力を込めた。


「ぐぐ……」

「ライナスさん、しっかり」


 ヴェレタの手を借りて何とか立ち上がると、苦痛を堪えて腕を上げ、ダーツボードを展開する。


「ほう。まだ折れないとは素晴らしい精神力だ。だがその身体でどうするのだ。そもそもボードに届くのか。仮に届いたとして、果たして1に当てられるか。分かっていると思うが他のナンバーは即アウトだぞ。自らの手で仲間と国を滅ぼしたくはあるまい」

「そうだな。お前以上に臆病な俺に、そんな勇気はない」


 腕が力なく下ろされる。ダーツボードが消え、俯いた顔の下から、自嘲めいた笑いがクツクツと湧いた。


「つーか、1ってなんだよ。最悪じゃねぇか」

「フフ。そうだな、もしもリスクを考えるなら、もっと大きな数字から削っていくべきだっ……」


 自分で言った台詞の中に、不死竜は強烈な違和感を覚える。既に勝負は決したはずなのに、それを解明せねば不味いと、臆病な第六感が告げている。


(奴は何故もっと早い段階で姫と交代しなかった?眷属との闘いで判明した奴のスキルを考えれば、32辺りに調整するのが最善のはず。それを1になるまでほっといたのは何故)


 不死竜の考える通り、ゼロワンをあがるには32がベストとされている。何故なら16と8が隣り合わせである故、16のトリプルを除く広い範囲で、失投しても次のあがり目が近くに出やすいからだ。このような考え方はゼロワンの定石であるからして、ライナスの行動はあまりにも不可解であった。

 見つからぬ答えに困惑する不死竜の前で、ライナスは俯いていた顔を上げる。その目は勝負を諦めた者とは、正反対の光を放っていた。


「ダーツってのは必ずしも思い通りにならない所が面白いよな。だがまぁ、命をかける勝負にそんなスリルはゴメンだ」

「なんだ、何を言っている」

「最初から俺でもヴェレタでもなかったんだよ。不死竜に最後の一撃を下し、この国に永遠の平和をもたらす英雄は」

 

 ヴェレタの中に、英雄という言葉が響いた。諸国を訪ね歩いて、ついぞ見つからなかった、運命の相手。非力ながら、彼女を守ろうといつも一生懸命な、幼馴染の姿で。

 英雄は、剣を振り上げていた。


「私は奪われていなかった。私は与えられていた。運命神から授かったスキル、それは固定ダメージの」


 不死竜の喉から「まさか」と掠れた声が迸り、ライナスは「そのまさかだ」と口角を上げる。

 トゥルヴレイは不死竜の鼻先目掛けて跳び上がり。

 そして、三者三様に、その数字は叫ばれた。


 ……1……。


 ガンッ。

 剣は食い込むことなく弾かれ、トゥルヴレイはそのまま地面に落下。背中をしこたま打ち付け「げはっ」と肺から空気が漏れる。

 痛みに歯を食いしばりながら見上げれば、不死竜が静かに見下ろしていた。


「無様だな」


 まさか効かなかったのか?

 だとすれば彼らには本当に手段が残されていない。トゥルヴレイは何も出来ず、ただジッと見返した。


「だが」


 やがて不死竜はふぅ、と深い息を吐いた。その瞬間、腕の先がピシリと石化する。


「その無様な一撃に、我が、永遠なる我の命が」


 ピシリピシリ。容赦なく石化が進行していくにつれ、不死竜の顔つきは何故か、かえって穏やかになっていった。


「生まれ変わったら、短くとも意義ある一生を……」


 それが最後の言葉だった。完全に石像と化した身体はガラガラと崩れ落ち、不死竜アパトーガは今度こそ、永遠の眠りについたのだ。


「どういう意味だったのでしょう。不死竜にとって意義ある一生とは」


 しばらく残骸を見つめていたヴェレタがライナスに顔を向けると、肩をすくめるジェスチャーが返ってくる。


「さぁな。自由に恋も出来ない人生なんてつまらない、って意味じゃないか?」

「自由な恋、ですか」


 ハッと何かに気付いたヴェレタは少しだけ頬を染め、未だ座り込んで放心している幼馴染の下へ、一歩踏み出した。




 人々と共に祝うように。白い鳥の群れが飛んで行く。今度こそ結婚パレード用の馬車がブルーノ隊長に引かれ、沸き立つローゼスシティのメインストリートを進む。

 乗っているのは勿論、この二人だ。


「ヴェレタさーん!」

「おーいトゥルヴレイ、肩の力抜けってば」


 ライナスとジーナは建物の二階にあるジーナの部屋から、今、この国で一番幸せであろうカップルに手を振った。

 気付いたヴェレタは純白のドレスを揺らして手を振り返してくる。緊張のせいで油断するとすぐ石像になるトゥルヴレイをヴェレタが叱り、彼も慌ててブンブン手を振った。


「あはは、あの人、相変わらずねぇ」


 馬車の後姿を窓から眺めるジーナは、微笑ましい光景を思い出してクスクス笑っている。


「二人は結婚しても変わらないんだろうな。お互いの愛を知っている以外は」

「ライナス、それは」


 ライナスは真面目な顔をしていた。ジーナは少し躊躇うようなそぶりを見せたが、やがて頷くと。


「そうだね。やっぱり、伝えないままは、辛いよね」


 もう一度、白い鳥が飛ぶ。

 二人は身体を寄せ合うと「愛してる」の言葉を重ねる。次いで重ねるのは、震える唇。彼らは運命を重ね合い、そして、世界は暗転した。




 ……さん……いんさん。


「店員さん」

「は、店員?俺のことですか」

「そうだよ。だってここは貝望書店で、君はカウンターの中にいる」

「そうか、俺、親父から店番頼まれて……」


 本屋は唇を触り、ふっ、と切なげな息を吐いた。


「大丈夫かい?」

「あ、はい、すみません。それで、どんな本をお探しですか」

「あー、なんつーかあれだ。甘美で背徳的?」

「それは……店では売ってないですね。俺の部屋にはありますけど。何冊かあげましょうか」

「いや流石に10代の子にエロ本貰う大人ってどうよ」

「はは」


 そりゃ確かに引きますね。という意思を曖昧な笑いで示し、本屋は「というか」と言った。


「お客さん本当は何をしに来たんです。失礼ですが本を買いに来たようには見えませんけど」

「ほう。どうしてそう思うんだい?」

「いやだって黒いジャケットにサングラスって」

「そんなに厳ついかな。自分ではカッコいいと思ってるんだけど」

「お客さん外国の方でしょ。そっちじゃありかもしれないけど、日本の、しかも田舎の商店街じゃ目立ちますよ。俺はてっきり地上げの人かと思いましたもん」

「地上げって。傷付くなぁ。これが悪いやつの目に見えるかい?」


 男はサングラスを外して見せる。赤っぽい色の瞳が見つめてくるので、本屋は困ったように頬を掻いた。


「えーと、まぁ、確かに。悪い人じゃないのかな。男と見つめ合う趣味は無いですけど」

「それだけかい?他に感じたことは」

「げ、お客さん。本当にその手の人なんですか」


 今度こそ露骨に身を引いた本屋に構いなく、男は「ハァァァ」と深い溜息を吐いた。


「眷属器とは言え月器に選ばれた子だ。効かないってのは分かっていた。分かってはいたけどさ……」


 顔を覆った手の間からチラ、と本屋を見ると、ズイと顔を近付ける。


「一体君達は何なんだい。誰も俺の術が通用しないし……本当に最強の軍団でも創る気じゃないだろうな」

「な、何を言って」

「まぁ、いい。兎に角、記憶が消せない以上、自分で対処して貰うしかない。君、友達は大事か。お父さんは?今の日常は幸せかい?」

「え、ええ。そりゃ、まぁ」

「だったらそう思っている自分を忘れないことだな」


 大切な物はすぐ側にある。そういう類いの話だろうか。

 まぁ悪いこと言ってるわけじゃないけど、唐突だし、変わった人だよな。

 本屋が思っていると、丁度そこへ、新たに人が入ってきた。癖毛のロマンスグレーにベスト。少々気障ったらしい店主、貝柱作である。


「保、店番ありがとう。お客さんかい」

「お帰り、親父」

「お客さん、何かお探しの本でも?」


 父親が接客を始めたところで、本屋は変り者の目の前から自然にフェードアウトするべく、二階への階段へと向かう。


「あ、ちょっと、貝柱君」


 尚もいい募ろうとする男から逃れるように「親父、その人エロ本探してるんだって」と残すと、さっさと上階に引き上げた。

 さっきのやり取りだけが原因ではなく、何だか妙に疲れを感じている。


「エロ本ですか。私の部屋にはありますけどね。これがまたなかなかの物でして」

「いや俺は本を探しに来たわけじゃ……なかなかの物とは」


 食い付いたのを片耳で聞きながら、彼は自室のドアを閉めた。

 そのままゴロリとベッドに横になると、鼻からまた、溜息が抜ける。

 疲労感の正体はわだかまり。どうしようもなく心に淀む喪失感を、本屋は天井に向けた。


「……ちくしょう」




 ざわざわと話し声がする。

 気付けばなかなかの賑わいを見せる、石畳の往来だった。


「ここは?」


 本屋は慌てて見回すと、自分が店っぽい建物の入り口に立っていることに気付く。上部に設置された看板には、貝望書店ではなく。


「ライナスのダンジョンショップ?」


 刻まれた自分の名に首を捻っていると、店の中から小学校中学年くらいの男の子が出て来た。男の子は本屋の姿を見るやパッと顔を輝かせ、トテトテと駆け寄ってくる。

 そして目の前までやって来ると、ニッコリ笑ってとんでもない発言をした。


「お帰りなさい、お父さんっ」

「ええっ!?」


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