ポスト光明
「それじゃ、気をつけて帰るんだよ」
「おつかれっしたー」
この日の勤務は昼まで。
本屋はブルーノ隊長に挨拶するとジーナが部屋を借りている宿へ向かう。その道すがら「だけど変な感じだよな」と、彼は隣を漂うウルポックに話しかけた。
「何が」
「真面目に警備の仕事をやってることがだよ。何せ結婚式は俺達の手で」
「しーっ、外で計画の話はするなってジーナに言われてたでしょ!実行の日まで極力目立たないように自然に振る舞えって」
ウルポックが目を三角にして言う通り、彼らは極秘の計画を立てていた。ジーナの部屋に向かっているのは、どこにも耳のない場所で話し合いをする為である。
「わーってるよ。なんだい、いつもグータラ寝てばかりの癖に。だいたいそうやってピリピリしてるウルポックより俺の方がよっぽど自然……」
主従のみっともない喧嘩はそこで打ち切られた。横路から何者かの影が飛び出して来たからだ。
二人はキョロキョロと辺りを伺う何者か……結論から言えばジーナだったのだが、彼女の格好にポカンと開いた口が塞がらなかった。
唐草模様の風呂敷かついでほっかむり。なんて実際に目撃したら、誰だって目が点になるだろう。
さっきまで喧嘩していた主従の心はこの時一つであった。
((不自然すぎる!!))
なんか放置しといた方が良い気がしながらも本屋が肩を叩くと、ギクッと擬音が聞こえてきそうな表情が振り向く。
「何やってんすかジーナさん」
「ハッ、ライナス!どうしてここに」
「てか何盗んだんすか」
「何故それが」
「いや由緒正し過ぎだろその格好は!」
ジーナ宅にて。
風呂敷からテーブルに取り出されたのは10冊ちょいの本。トゥリアンダ戦記とか王家側録とか、歴史に関係ありそうなタイトルが並ぶが、軒並みマル秘の文字が押印してある。
「言うまでもなく持ち出し禁止だろうな。よくその格好で盗んでこれたな」
「あら、エグズムにもこれで潜入したのよ?」
「あれ、エグズムって大したことない気がしてきた」
まぁ、あれは姿を消すマジックアイテムとかそんなんだろう。
やる気が削がれるので無理矢理納得し、本屋は目の前の一冊を手にとった。探すべき情報はそう。
「不死竜を完全に倒す為の手がかりが書かれているかもしれないわ」
「そうだな。エグズムの陰謀を暴いたとしても、あまり結果は変わらないもんな」
不意討ちを受けるよりは幾分粘れるかもしれないが、不死竜が封印される際の破壊を被ったトゥリアンダでは、結局エグズムに侵攻を許してしまうだろう。
英雄の盾無しで封印の破壊を防ぐには、不死竜を完全に倒すしかない。
「何より俺はヴェレタを救いたい」
「ええ、早速取り掛かりましょう」
端から本を読んでいき、めぼしい情報を羊皮紙にメモ書きしていく。
ある程度メモが埋まったところで二人は情報交換し、意見を言い合う。
「この『プレパー家随行記』に記述されている、不死竜討伐の際に出てくるモンスターなんだが」
「プレパー家っていうとブルーノ隊長の御実家ね。あそこは不死竜の棲む山の山道整備を受け負っているから、討伐の参加率も高い。確かに、プレパー家ほど不死竜に詳しい一族もいないでしょう」
「うん、書かれている内容もかなり詳細で、特に不死竜の眷属モンスターなんかそれぞれ弱点まで記載されてるんだけど、気になったのは一番最後に紹介されてる『白き聖竜』ってやつ。討伐の歴史に時折登場しては姫の手助けをしている、こいつは一体何者なんだ?」
「さぁ、何しろ200年に一度のことだから私も詳しくは知らないけど、怪我を負った姫に代わって不死竜に最後の一撃を加えたなんてエピソードもあるから、人間の味方なんじゃない?御伽噺では土地の神が遣わしたとか、精霊の化身とかにされてるし」
「正体ははっきりしてないのか。何かある気がするけど……まぁ、いいや。ジーナの方は何か見つかった?」
「ええ、解決の糸口になるかは分からないけど、新たな事実が判明したわ。不死竜が復活するまでの年月なんだけど、何年か早まることがあるらしいのよ」
「えっ、ピッタリ200年じゃないのか。それじゃどうやって王家は復活の年を把握してるんだ?」
「それは選ばれし姫君が生まれてから15年って法則は毎回同じだから。あ、法則っていえばこの誤差に関して私なりに法則をたててみたわ。これを見て頂戴」
100の姫君のみ攻撃……200年。
150の姫君のみ攻撃……198年。
200の姫君のみ攻撃……200年。
その他の者の攻撃があった時……197年~200年?
「色々さっぱりだな。まずこの100の姫君とかいうのは何だ」
「選ばれし姫君の力は固定ダメージのスキルなのよ。数字はそのダメージ量で、各代、3種のうちどれかになる。不死竜には固定ダメージのスキルでしか傷を与えられないの」
「じゃあ俺でもダメージは与えられるのか」
「でしょうけど、姫の与えるダメージは最低でも100。これは他に類を見ない火力だわ。だから殆どの場合、随行者は周囲の眷属モンスターを担当するみたい」
「なるほど、200の姫君に至ってはほぼチートだもんな。だから不死竜にダメージを与えるのは姫君のみのことが多いのか。で、姫君のみの場合は例外なく復活の年月はこうなるのか?」
「ええ、そこは漏れなく。だけど問題はそれ以外のケースよね。随行者で固定ダメージスキル持ちとか、白き聖竜の攻撃が入ったレアケースでは、197年から200年でばらつきがあるのよ。だから法則って言うにはちょっと弱いかなとも思うんだけど」
「そうだな、姫君のみのケースも偶然かもしれないし……だけど本当に法則とか傾向があるのなら、そこには必ず理由があるはずだ。しばらく各代の姫君の戦闘内容と、不死竜が復活するまでに掛かった年月に着目して調べてみよう」
数時間後、ジーナは「ぐあー」とよく分からない声をあげてテーブルに突っ伏した。それを見た本屋は「そっちも駄目か」と苦笑する。
「分かったのは不死竜の最大HPが5000前後ってことくらいよ」
「へぇ、その説の根拠は?」
「5代前の姫君が200の姫君だったんだけど、自分が切り込んだ回数をカウントしてたみたい。26回目で封印出来たとあるわ」
「なるほどなぁ。でもそれだけじゃジーナの言った法則には繋がらないな」
「ええ、結局のところ不死竜復活のメカニズムは分からずじまい。と言うか本当に不死竜を完全に倒す方法なんてあるのかしら」
「まだ時間はあるんだ、最後まで諦めずにやろう。そうだ、気分転換に飯でも食いに行くか」
「賛成!もうお腹ペコペコよ」
ジーナの賛同に「ほんとほんと!」と、もう一つ声が重なる。見ればいつの間にか目を覚ましていたウルポックが、ピョンピョン跳び跳ねて自己主張していた。
「精霊って太んねーのかな」
「はずせ、はずしてくれ」
「32は外しませんよっ、と」
予告通り、本屋の投げたダーツは16のダブルに刺さる。
「だあああっ3連敗かよ!」
頭を抱えて叫ぶレイブンに「ライナスにダーツで勝負なんて無謀ですって」と、子分が呆れている。
ここは例の女主人の酒場。本屋とジーナ、ウルポックが夕食をとり、食後の談笑をしているところでレイブンが勝負に誘ったのだ。
ダーツはこのファンタジー世界では現実世界以上に一般的な遊戯のようで、大抵の酒場の壁にはダーツボードが掛けられており、勝負事の好きな冒険者達が酒代を賭けて矢を投げる姿はお馴染みである。
まぁ、百中のライナスこと本屋に勝負を挑んで来るのは、今日のレイブンのように他の人間に勝って調子に乗った奴か、噂の腕前を拝見しようという興味本位の者だけであったが。
「あら、多く得点をとった方が勝ちじゃないの?」
まだまだだな、レイブン。と、余裕の表情で矢を抜き、戻って来た本屋をジーナが不思議そうに見る。彼女はbullとは程遠い16のダブルで勝負が決まったことに、疑問を持ったようだ。
「いや、これは01(ゼロワン)って言って、ヒットした数字が差し引かれて、最後にピッタリ0を目指すゲームだ。今回は501からスタートだから、先にピッタリ501点分ヒットさせた方が勝ちってわけ」
「なるほど、面白そうね。私もやってみようかしら」
ジーナが言うと、本屋が答える前にレイブンが「やめとけやめとけ」と口を挟む。
「女がダーツなんて、ライナスも手加減に困るだろ?」
それはボロボロにやられた八つ当りから出た、ちょっとした軽口だったかもしれない。だが言う相手を考えるべきであった。女の身でありながら他の冒険者と同等以上に渡り合い、それを誇りに思っている彼女にレイブンの発言はまさしく禁句。
怒りに身体を震わせるジーナはレイブンではなく、何故か本屋の顔に指を突き付けた。
「見てなさい、私はダーツだって男に負けたりしないんだから。勝負よ、ライナス!」
「ええっ!?」
あ、あのう。俺は別に女だからどうとか思ってないし。実際、超上手い女性のダーツプレイヤーだっているし……。
なんとか宥めようとする本屋であったが、頭に血の上った彼女が聞いてくれるわけもなく。のっしのっしと大股でダーツボードの前に移動すると「早くしなさいよ!」と怒鳴るので、仕方なく付き合うことになった。
「ハンデ!」
本屋が隣に来るやいなや節操の無い要求を飛ばすジーナに本屋は呆れ返る。
「お前あんだけ大見得切って」
「あんたその道のプロでしょ!?素人にハンデ無しで勝って嬉しいの!?」
なんとも矛盾しまくりであるが、むきになる姿を微笑ましく思った本屋は苦笑しつつ「じゃあお前は301、俺は501な」と、200点のハンデを提案した。するとそこへレイブンを代表する野次馬達が「じゃあ何を賭けるんだい、お二人さん」と、やんややんや口を挟んで来る。
「はぁ!?賭けなんてやるわけないだろ」
「ヘタレライナスは黙ってろ!ジーナだって納得いかないよな。せっかく勝っても何も無しってんじゃなぁ?」
「勿論よ。私が勝ったらライナス、あんた素っ裸で表通りを一週してもらうからね!」
「あ、馬鹿」
ジーナが言った途端、野次馬達の顔がニンマリとなる。同じ男である本屋にはその意味がはっきりと分かり、額に手をやった。
「野郎共聞いたか、負けた方が素っ裸で表通り一週だってよ!」
レイブンが拳を突き上げると、男共は「イヤッホウ!」と一気にテンションを上げる。そしてそのあと口々に「ライナス、負けたらボコだかんな、マジで!」とか、一部の女冒険者からも「ジーナさんのなら私も見たい!」等と好き勝手騒ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと待って、何で私まで」
「わかんねーのか。嵌められたんだよ、レイブンに」
自分は何のリスクも背負わずに賭けなんて成立するわけねーだろ。と本屋が説明すると「その通り、欲しいものがあれば同等のリスクを賭ける!それが冒険者ってもんだ!」
「あんたね~」
もっともらしく頷いている所へジーナに詰め寄られ、一瞬タジタジっとなるレイブンであったが、すぐに親指で観衆を指し。
「こんなに盛り上がっちまってんだ。頼んますよ姉さん」
と、小声で言う。
「ああ、もう!やればいいんでしょ、やれば!」
遂にジーナはヤケ糞気味に賭けを了承し、酒場内の盛り上がりも最高潮となる。
あーあ、と本屋が溜息をついている横で、ウルポックは憮然としていた。
「ほんと、男って馬鹿ばっかり。ライナス、勿論負けてあげるんだよね」
「いやそんなのバレたらそれこそジーナブチキレるだろ。ってかお前その言い方なんか女みたいな……」
ふと湧いた違和感を本屋が追求しようとしたところで「大丈夫よ、ウルポックちゃん!」とジーナの声が割って入る。
「何しろ私は一流の冒険者。ここぞというときの勝負強さは並みじゃないわ!」
そして……。
「とは言ったけどよ」
ジーナ先行で勝負が始まって1ラウンド目、本屋はダーツボードの前で愕然としていた。
ボードにはダーツが3本、それぞれ20のトリプル、18のトリプル、17のトリプルに刺さっている。つまり、60+54+51=165。まごうことなきHigh Tonだ。
「ナ、ナイスキャッチにも程がある……」
キャッチとは狙いから外れた所に刺さること。そして結果的に狙った場所よりも高得点になることをナイスキャッチと言ったりする。どの矢もジーナが狙ったであろうbullからは外れも外れ、おお外れだが、まさしく豪運。彼女の言に依れば凄まじい勝負強さであった。
「301だから、これでジーナはあと136点か」
「対してライナスは501だぞ。最高点の180点だしても残り321点。かなり不利だろ……」
「ああ、ジーナの素っ裸が」
野次馬達の間に悲壮なざわめきが広がってゆく。
「なんか、四面楚歌だわ」
ジーナがウンザリ顔で言う通り、この時野次馬達の心は一つ。
(ライナス頑張れ、可能性を残してくれ)
思いを受け、本屋はダーツを放った。その結果は。
「スゲーな。この状況で本当に180出すなんて」
「あいつやっぱ前より更に腕上げてるよ。これで最短、3ラウンドあがりの可能性が残った」
「問題は次のジーナのラウンドだが……」
と言っている間にも。
「うわぁぁぁっ!」
「えっ、何?」
ジーナは三本目の矢を構えたまま、悲鳴をあげた野次馬達にキョトンとした顔を向ける。
三本目の矢、つまりいつの間にか既に二本投げ終わっていて、刺さった場所はそれぞれ20のダブルと15のトリプル。
「 136-85=51。だからその一本が17のトリプルに入ったらお前の勝ちだぞ、ジーナ」
分かっていなそうなので本屋が教えると。
「うそっ、そうなの?」
何で教えるんだ馬鹿っ!
そうっすよ!素っ裸見たくないんすか!?
いや、見たいけどさ……。
胸倉掴んで非難してくるレイブンとその子分に本屋が仰け反っていると。
タンッ。ダーツがボードに刺さる音がして、スケベ二人組の口から「ウゲッ」と声が漏れる。恐る恐る振り向いて見れば、投げ終えた姿勢のジーナが膨れっ面をしていた。
「ああ、ジーナ。それは」
「流石に分かるわよ、ライナス。枠外だから0点でしょ」
レイブンは本屋の胸倉を離し、チョイチョイっと襟を整えてやり。
「さぁ、頼んだぞ我らのライナス」
「お前ホントいい性格してんな」
タンッ、タンッ、タンッ。
本屋の2ラウンド目は真ん中に矢が三本。余裕のハットトリック、150点だ。
「さっすがライナスきっちりしてるぅ!」
「ふっ」
小さく笑いを浮かべて観衆に手を上げる本屋のスカし具合に、ジーナはムキーっとなった。
「何よ、次のラウンドで17のトリプルに入れればいいんでしょ!?」
「あ、いや。今度は3投出来るからトリプルじゃなくて合計51なら何でも……」
「ハァァァァァァアア」
おーい、気功波でも撃つんですかーい。
あまり力むと逆効果だぞと、本屋が忠告する間もなく。
「せいやぁぁぁ!!」
ジーナの視線は確かにbullの右下、17のトリプルを捉えていた。しかして飛んでいくダーツの位置に矢印をつけるならbullの真上。観衆とジーナの声が「あ」の字で重なり、一瞬の間、時が止まる。
タンッ。
「えっとぉ、20のトリプルだからあがりでいいのよね」
そんなわけないと分かっていながらあざといクリッとした瞳で押しきろうとするジーナに、本屋はジト目で首を振る。
「ピッタリ0って言ったろ。60じゃ9もオーバーしてるからバーストだよ、バースト」
「burstって何よ、なんか爆発したってわけ!?」
「いやだから、次のラウンドは51からやりなお……し……」
ふとよぎった思考が本屋の台詞を途切れさせる。
「……」
考え込むように黙ってしまった本屋に、ジーナは怪訝な表情を浮かべた。
「ライナス?」
「ガッハッハ。奴は集中しているのさ。次のラウンドでスパッとあがってジーナの素っ裸を拝む為にな!さぁライナス、残りの171点、パーッとやっちまってくれ!」
バシバシとレイブンに背中を叩かれ「あ、ああ」と生返事をしながら本屋はダーツボードの前に立つ。
(得点がオーバーするとバースト……爆発)
無心で投げた一投目、矢はまず60のトリプルに刺さる。
(そして得点が加えられる前の状態からやり直し)
次も60のトリプル。残り51点。
(ここでオーバーするとバーストでやり直し。クリアするにはピッタリ0……ジャスト、キル)
タンッ。
見事、17のトリプルに刺さった己のダーツを視界に納め。本屋の瞳が大きく見開かれた。
「やってくれたぜ、ライナスゥゥ!」
「ひゃっほう、ジーナの素っ裸!」
周囲の大歓声など、まるで耳に入っていないかのように、彼はツカツカとジーナに歩み寄る。
「ライナス……?」
そして困惑する彼女の手を取ると、目を輝かせてこう言った。
「ナイスバーストだ、ジーナ」
突如の発言に呆気に取られるジーナであったが、その意味を考えるにつれ顔が真っ赤に染まっていく。
「こ、こんの、ドスケベ!!」
「ち、違うって。思い付いたんだよ、攻略法!」
「えっ?」
絶句するジーナに「ちょっと来てくれ」と言い、本屋は握っていた手をそのまま引く。
お、おい、ライナス。どこへ行くっ!?パタン、カランカラン。
いきなりの事に動けなかった一同の前で、二人と一体の姿は外へ消え、ドアベルの音だけがその場に残った。
ポカンと立ち尽くす一同。やがて、レイブンの口からボソリと呟きが漏れる。
「あいつ、素っ裸を独り占めしやがった……」
「いい加減にしな」
女主人の拳骨が振り下ろされた。
ジーナの部屋に戻るやいなや、本屋は羊皮紙を広げる。
「不死竜が一年に回復するHPを25として、封印の際に残るHPから逆算すると……ほらっ!」
「こ、これはっ……!」
ジーナが驚き見つめる先には羊皮紙に書かれた数行の計算式。それこそは不死竜アパトーガの復活メカニズム、その正体を表す確たる証拠である。
二人は顔を見合せ、頷くと、高揚した声を一つに重ねた。
「「勝てる!!」」




