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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
47/88

ポスト暗雲

 目が覚めると、夢の中で借りてる宿のベッドの上だった。


(なんてややこしい状況)


 額に手をやる本屋であったが、あまり考え込みすぎると哲学ワールドに飲み込まれそうなのでさっさと起き上がることにする。

 昨日、王城警備は明日は非番と言われていたが、今が明日にあたるか分からないので一応身仕度していると、部屋のドアが乱暴に叩かれた。


「ライナス、いるか!」

「レイブンか。今開ける」


 ドアを開けると果たして、ラーブル団のボスが血相を変えて立っていた。


「おう、あんたも今日は非番だろ。どっか遊びに行くか?」

「呑気なこと言ってんじゃねぇ!ジーナが、ジーナが……」


 ジーナが悪漢に襲われた。

 聞き終わるや否や、本屋は部屋から飛び出した。




(傍にいなければ安全って、アホか俺は!)


 街を駆けながら、本屋は自分自身を叱責していた。


(あえて避けてる時点でジーナを意識してるじゃないか)


 そう。主人公の頭の中に名前が浮かぶ限り、その人物が物語からフェードアウトすることはない。むしろ、よくある筋書の一つをお膳立てしていることに、今更ながら気付いたのだ。

 それは喧嘩したまま永遠に仲直りする機会を失い、主人公は後悔の念に苛まれる、というもの。


「頼む、無事でいてくれ、ジーナ!」


 走っていくのももどかしく、本屋は移動用のダーツを放ち、空中へと飛び上がった。


「な、何だあれは!」


 街の人々が驚いた顔で頭上を指差している。光の線を左手で握り、右手で新たな移動用ダーツを投げると、今まで絡み付いていた光の線がほどけて新たなものと入れ替わる。

 そうやって建物の間を空中移動する様はどこぞの親愛なる隣人か、心臓を捧げる兵団か。と普段の本屋なら自らツッコんでいただろう絵であったが、今の彼にその余裕はなく。

 とにかく速く、最短を。それだけを考え、飛び続けた。

 やがて自分達の警護エリアである王城の西門が見えてくる。


「アンチトラクト」


 後を追従してきたウルポックの魔法が着地の衝撃を緩和し、本屋は門の前にスタ、と降り立つと、傍にいた門番に掴みかからんばかりの勢いで話しかけた。


「ジーナは!?」

「じょ、城内で供述をとってるところだが、お前今どっから来た?」


 門番の質問を無視してさっさと西門を通り、本屋は急ぎ足で王城西口へ向かう。


「あ、こら、勝手に入るな!」


 後ろから制止の声が聞こえたところで、ちょうど西口から出てくるジーナが見えた。ブルーノ隊長と談笑しながら歩いていた彼女は、本屋に気付くと足を止める。


「ライナス……?」

「ジーナ!」


 いつになく真剣な顔つきの相方が駆け寄ってきて「無事なのか!?」と肩を掴んでくる。彼女にはその意味がよく分からなかった。


「無事よ。無事に決まってるじゃない」


 とりあえず事実を答えると「よ、良かった、俺はてっきり……」と、その場にへたりこむ。 困惑していると、横にいたブルーノ隊長が訳知り顔で言った。


「ジーナ君が怪我でも負ったと早とちりしたようだね。多分、レイブンあたりに話を聞いたんだろう。彼も俺の話を半分しか聞かずに走って行ってしまったから」

「そうだよ。レイブンの奴がジーナが悪漢に襲われたって言うから、俺……」

「襲われたのは事実だが、返り討ちにしたってわけさ。いや、見事な手際だった。流石は緊縛のジーナだな」


 ブルーノ隊長が誉めそやし、ジーナは「そんな、大したことないですよ」と照れ臭そうに謙遜している。

 二人のやり取りをみるうちに、本屋はなんだか自分が空回りの痛い奴に思えてきた。


「はは、なんか馬鹿みたいだな、俺」


 項垂れる本屋に気付き、ジーナは視線を合わせるべくしゃがみこむ。その顔は僅かに微笑んでいた。


「私のこと嫌いになったんじゃなかったの?」

「そんなわけ……ないだろ」


 今まで溜め込んできた葛藤が、思いが、溢れそうになる。

 本屋は認めざるを得なかった。もはやジーナは己の物語になくてはならない存在であると。

 だけど心の奥の奥にある本心を伝える訳にはいかず。


「嫌いなもんか。嫌うわけないんだ」


 やっとそれだけを言った本屋に、ジーナは悪戯っぽく目を細める。


「ふーん。ま、あんたの考えなんて大体分かってんだけど」

「えっ」

「すみません、ブルーノ隊長。私の勤務って昼まででしたよね」

「ああ、ちょうど交代の時間だな。帰っていいよ」

「っつーわけでライナス、ちょっと顔貸してよ。話があるから」


 お、おい、どこに行こうってんだよ。

 いいから早く。

 戸惑う本屋の手をジーナが引っ張り、二人は西門から出ていく。その様子をみていたブルーノ隊長は、別れ際に「おーい、君達」と一声かけた。


「別々のシフトに入れたけど、やっぱり君達は一緒が似合っているよ」


 本屋は「そ、そっすか」と頭を掻き、ジーナは「そりゃあコンビですもの」と胸を張った。




 本屋が連れて行かれたのはとある宿屋の一室。清潔で、微かに良い匂いがして、調度品も洒落たものが多いこの部屋の持主は。


「もしかしてジーナの部屋?」

「そうだけど。何か問題ある?」

「えっと、心の準備が」


 玄関の戸をパタンと閉めたジーナは、走ってきて本屋の後頭部をバシ、とはたいた。


「何、勘違いしてんのよ!他人に聞かれたくない話があるから入れたに決まってるでしょうが」

「はは、あ、そう。そうだよね」


 本屋はちょっとガッカリしながら、薦められたテーブルにつく。

 ウルポックはテーブルの隅に落ち着くと、早速とばかりに昼寝を始めた。精霊とはかように寝てばかりいるのかと本屋が呆れて視線を移すと、ジーナは魔法で沸かしたお湯をティーポットに注いで紅茶を淹れているところで、鼻唄と共に機嫌よさげな後ろ姿が揺れていた。


「ん、どうかした?」

「別に。何でもない」


 見惚れていたことを誤魔化す本屋の前に湯気を立てたティーカップが二つ並ぶと、ジーナは対面に座って、自分の分を一口飲む。

 カップが置かれ、受け皿がカチャリと音を立てたところで話が始まった。


「あんたさ、私があんたに近付き過ぎると、私の身に悪いことが起こるって思ったんでしょ」

「ええっと、どうしてそう思うんだ」


 目を反らし、問い返す本屋。

 ジーナの予想はズバリであったが、彼はその考えに至る理由の方が気になっていた。


(ま、まさかこいつ、俺の正体に気付いて)


 この世界が物語の中にあって、本屋はライナスという主人公を演じており、ヒロイン以外が近付くと強制的に排除される。そんな非現実的な発想に辿り着くとは信じられないが……。


「占いを信じる人にはありがちなことだからよ。占いの結果は神や精霊が決めた絶対的なもので、逆らう者や邪魔する者には罰が下る。田舎の方では得にこう考える人が多いって聞くわ」


 なるほど。という言葉を、本屋はすんでのところで飲み込んだ。

 魔法や呪術が実在する世界だ。占いが力を持つと考えられてもなんらおかしくはない。そもそもファンタジー世界の元となった古き時代のヨーロッパでは、当たり前のようにあった考え方だろう。

 俺はこの物語の主人公だ!等と言うよりよっぽどマシなので、本屋はジーナの予想に乗ることにする。


「そうだ。占いでは運命の女性はヴェレタと出ているのに、もしもジーナが、ジーナが……」


 そこまで言って、彼は致命的な落とし穴に気が付いた。

 お前、俺のこと好きなんだろ?的なことを言う流れであり、これは相当に痛々しい。


「私があんたのこと好きになったらヤバイ?」

「うがっ、そ、それはっ」

「自意識過剰」


 痛恨の一撃、クリティカルヒット、効果は抜群だ!

 本屋は心に大ダメージを受け、どんよりと人差指どうしをつんつんする。


「分かってるんだ、俺の妄想だって。だけど酒場のマスターが言うからさぁ……」


 そんな本屋の様子に呆れたように息を吐き、ジーナはこう、続けた。


「別に嫌いじゃないわよ?それに、まぁ、その、これからどういう気持ちになるかは分からないし……」


 最後の方はゴニョゴニョと言い淀んでいたが、振り払うように「とにかく」と大声を出す。


「私が言いたいのは、人の感情にあれこれ干渉するのはお節介だってこと。人の気持ちってのは占いなんかよりもずっと強くて、変えられないものだと私は思うけど」


 人の気持ちは変えられない。

 そうだ、その通りだと、本屋は思った。

 ジーナの気持ちが変えられないように、自分だって、ジーナのことが忘れられないのだから。

 感情に逆らうことを止めた彼の口から「ごめん。冷たい態度をとって悪かった」と素直な謝罪が出ると、ジーナは「よろしい」と言ってにっこり笑う。

そして「じゃあ、本題に入るわね」と言った。




「本題?まだ何かあるのか」

「そりゃそうよ。今の話だってあんたにとっちゃ他人に聞かれたくない話でしょうけど、あんたの羞恥心の為にわざわざ家に入れたりしないもの」

「はいはい、そりゃごもっとも」

「いじけないで真面目に聞いて頂戴。これはトゥリアンダ公国の存亡に関わる重要な話なんだから」

「公国の存亡!?何だって急にそんな」

「大それた話で戸惑うのも無理ないわ。だから前もって聞くけど、あんたまだヴェレタ王女に関わる気があるの?」

「……」


 どうなんだ、俺は。本屋は自問する。

 このままヴェレタのことは忘れて、ジーナと冒険の日々を過ごすのも悪くないかもしれない。

 不死竜が封印される際の破壊だって、主人公たる自分が死ぬことはないだろうし、その場合に限って言えば、ジーナも傍にいれば安全であろう。

 だが。


「俺は彼女を救いたい。運命の女性とか、好きとか、そうじゃないとか関係なしに。俺達と歳も変わらない女の子が犠牲になって創った平和なんて、俺は受け入れられないよ」


 本屋の答えに、ジーナは満足そうに頷いた。


「私を置いていかず、イルルヤンカシュと闘いに戻ったあなただもの、そう言うと思ったわ。じゃあ話すけど、まずは謝らせて頂戴。あなたとのクエストを休んでいた理由、あれは体調不良じゃないの」

「はぁ!?」

「嘘をついて悪かったわ。だけど誰にも知られずやるべきことがあった。私は隣国のエグズムに潜入し、情報を集めていたのよ。そこで得た情報によれば……」


 次にジーナのもたらした言葉は、確かに他人に聞かれてはならない内容だった。彼女はちら、と周りに気配がないか確認し、それを口にする。


「エグズムの魔術師部隊は来ないわ」

「何だって!?」


 驚愕、そして最悪のシナリオ。思わず上がった本屋の叫び声に、寝ていたウルポックが「うるさーい」と鼻を鳴らした。




 全ては軍事国家エグズムの陰謀であった。

 そもそもトゥリアンダとエグズム間で交わされた条約に、エグズム側のメリットは少ないのだとジーナは言う。

 曰く、確かに今回の条約が遂行されればエグズムの王子に継承権が譲られ、エグズムはトゥリアンダの政治に多大な影響力を持つかに思われる。

 しかし実際にはトゥリアンダの継承権は形式的なものに過ぎず、実権は女王がもっている。これは不死竜を封印した第一王女がそのまま女王となり、英雄が国王になる故、王家の血筋は女王に由来しているが為であった。

 この伝統は不死竜のいない代にも受け継がれ、現在の女王、つまりヴェレタの母は幼い頃より武勇に馴染み、他国より現国王を迎えてもなお、過度の政治的介入を阻む外交上の防波堤となっている。

 そんな彼女が英雄でもない王子を好きにさせるわけがない。これはトゥリアンダの国民が誰しも思っている常識であった。

 そのようなメリットの少ない条約の為に、虎の子である魔術師部隊をエグズムが派遣するのか。疑問に思ったジーナが潜入調査を行ったところ、結果は案の定。それどころか、もっと非道な裏切りが判明したのである。それは。

 ジーナは真っ直ぐに本屋の目を見て言った。


「封印の破壊の混乱に乗じ、エグズムのトゥリアンダ侵攻が始まる」


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