表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
46/88

ポスト選ばれし姫君

 パチパチと薪が音をたてている。

 こうやってボーっと炎を見つめていると、本屋はここが現実なのか、夢の中なのか、感覚が曖昧になってくるのを感じていた。

 矛盾しているよな、と彼は思う。

 起きている時の夢の中にいるような感覚を白昼夢と表したりするが、夢の中ではどう言えば良いのか。奇妙な話だが、ぼんやりとしていることを自覚できる程、この夢の中で彼の五感は生きているのだった。


「お前、英雄の盾って知ってるか」


 突然、意識の空白に低い声が滑りこんできて、本屋は我に返る。


「盾……防具か?」

「いや、スキルの名だ。知らないってことは、持ってないんだな」


 言ってから、ラーブル団のボス、レイブンは持参した皮袋を一口呷ると、ぶはぁと下品な吐息を一つして更に続ける。


「いやな、お前が王女のように占いで出た女を探してるって聞いてな。しかも王女が帰ってきたタイミングで都にやってきたって言うじゃないか。もしかしたらお前が、って思ったのさ」


 ま、全然釣り合わねーけどな。と付け加えるレイブンに本屋は口を尖らせた。


「まだ違うと決まったわけじゃねーだろ。その英雄の盾がなんだっていうのさ」

「英雄の盾ってのは王女の、『選ばれし姫君』の相手が必ず持っているスキルのことだ」

「選ばれし、姫君……?」

「だぁぁ、それも知らねーのかよ。お前どんだけ田舎に住んでたんだ。いいか、『選ばれし姫君』ってのはな……」


 レイブンが語ったのは、なかなかに壮大でファンタジーな話。

 この国と、一頭の悪竜に纏わる闘いの歴史であった。




 トゥリアンダ公国の中心に位置する火山には、人間に仇成す竜が棲んでいる。

 その名も不死竜アパドーガ。王家の伝承によれば200年に一度、火山が火を吹くとき()の悪竜は復活し、国一帯を焼け野原に変えるという。

 過去に数多の強者が挑み、殆どは敗れアパドーガの餌食になったが、一部の者はあと少しという所まで追い詰めた。 

 しかし、最後の刃を突き入れたところで恐ろしいことが起こる。

 数多の生物を殺す破壊の力が広がり、戦った者達はおろか、多くの国民の命をうばったのだ。

 そしてアパドーガはその名の冠する通り死ぬことなく、火山の中で200年の時を眠り、復活する。

 倒さねば国中を焼かれ、倒せば多くの民が死ぬ。もはや成す術なしと絶望する人間達を、しかし神々は見捨てなかった。

 いつからか王家の第一王女として、不死竜と戦う力と、英雄と結ばれる運命を背負う子供が生まれるようになり、今に至る。




「それが選ばれし姫君」

「そうだ。そして王女と結ばれる者が持つ英雄の盾は、アパドーガが倒される際に撒き散らす破壊を封じるという」

「そうやって、アパドーガを本当の意味で倒せはしないけど、安全に封印する形で何とかやってきたのか……だけど今度ヴェレタ王女と結婚する隣国の王子は」

「英雄の盾を持っていない。王女はついぞ運命の相手を見つけられなんだ」


 レイブンは肩を落とす。その仕草は自分の未来もかかっているから、と言うよりは、王女の心境を案じる優しさが垣間見えた。


「でもよ。結婚したら発現するかもしれないだろ」

「王家もそれに期待してるみたいだが無理だろうな。英雄の盾は英雄が王女を思う心を力の源としているらしい。俺は元々、隣国のエグズムにいたから王子がどういう奴か知っているんだよ」


 権力をかさに女を漁る。そんなやつが真に王女を愛すとは思えない。

 レイブンは嘆かわしげにそう、語った。


「それじゃ今度の結婚は何の為だよ。二人は愛し合ってる訳じゃないんだろ。政略結婚か?」

「正にその通りだ。エグズムの王子は今度の結婚でトゥリアンダ公国の継承権を得る。その代わりエグズムの強力な魔術師部隊が都を魔法障壁で囲う取り決めだ」


 レイブンによればこれは期限内に英雄が現れなかった場合に備え、両国の間で交わされた条約なのだという。

 ヴェレタの置かれた境遇の酷さに絶句する本屋。だが彼は次の瞬間、もっと重要なことに思い至る。


「ちょっと待て。だったら王女は、ヴェレタはどうなるんだ。アパドーガと戦う宿命なんだろ!?もしも最後の一太刀を入れたら」


 殆ど怒鳴るように放たれた問いに、レイブンの答えは、黙って首を振る、であった。


「そんな」

「それが彼女の運命だ。望んでいることでもある」

「望んでいる……?俺と歳も変わらない女の子が、自分を犠牲にして国を守ることを望んでいる……?」

「お、おい、ライナス!」


 スッ、と立ち上がる本屋をレイブンが呼び止める。だが返って来たのはやり場のない怒りに冷えきった声。


「次の見回り、俺だろ」


 丁度入れ替わりで帰ってきた子分とすれ違うと、彼の背中は夜闇の中に混じり、やがて消えていった。


「異常なしっす」

「お、おお。お疲れ」

「ライナスどうしたんすか。すげぇ怖い顔してたっすけど」

「ああ、ちょっとな」


 ……望んでいると思ってないと、皆やってらんないのさ。


「えっ、なんすか親分」

「なんでもねぇ」


 グイ、と皮袋を呷るレイブンの横で、薪がパチパチと音を立てていた。




 ウルポックの身体がぼんやりと光ると、夜道を照らす。


「お前、そんなことも出来たんだな」

「はいはい、前に洞窟で使わなかったってクレームは受けませーん」

「そうじゃないよ。お前のことも、王女のことも、俺、何も知らなかったんだなって。世界は自分を中心に回っている気がしてたけど、違うのかもな」

「ライナス……」


 虫の声が耳につく。

 自分の目の届かない場所、例えばこの世界の端っこでも虫は鳴いているのだろうか。

 遠く、関わりのない存在。

 イルルヤンカシュを倒した時には、全く考えていなかった可能性。


(俺のいない所にも世界がある?俺が関与できない運命を持つ人達がいる?)


 本屋は手の平を見る。

 どうしたって、己の中にヴェレタを救える力など感じられなかった。


「あっ、あれ」


 ウルポックの声に顔を上げる。


「どうした」

「ほら、あそこ」


 視線を辿るとそこは王城のバルコニー。 夜空を見上げる女性のシルエットが小さく見える。


「ヴェレタか。こんな夜更けに……眠れないのか」


 言ってみて、詮なきことだと自嘲が浮かんだ。

 本屋のいる場所と彼女までは防壁を越えて更に何階か上に登る必要がある。

 二人の距離は、あまりに遠く。


「夢の中だってのに、意外と何にも出来ないよな」


 本屋は見つめていた手の平を王女のシルエットに重ねてみた。


「普通にダーツ投げるだけだもんな。例えばダーツにワイヤーがついててさ、アメコミヒーローみたいに一瞬で移動出来るとか」


 言った途端、アイテムボックスからダーツが送られ、本屋は条件反射的にパシ、と握る。

 顔の前までダーツを持ってくると、後端から光の線が伸び、右腕に巻き付いた。


「マジかよ」




 トス、という音が聞こえた気がして、ヴェレタはそちらを見た。


「誰かいるのですか?」


 返事はない。やはり気のせいだと元の向きに戻ると、視界の端に男の影があった。


「やぁ、星の綺麗な晩ですね」


 緊張感の無い笑みを浮かべる男から、ヴェレタは瞬時に距離をとる。


「曲者!」


 腰に手をやるも今はドレス姿だと気付き、徒手空拳を構えた。不死竜と戦う為に生まれてきたのだ。こちらの方にも自信がある。

しかし男は慌てて両手を前に出し、頭を振った。


「怪しい者じゃありませんよ」

「城に侵入して、いきなり王女の前に現れた人物が怪しくないですって?」

「……僕、悪い怪しい者じゃないよ」


 元ネタはなんであろうか。プルプルと身体を震わせる本屋に、ヴェレタは呆れ声で言う。


「相変わらずふざけた人ですね」

「覚えていましたか」

「ええ、聴取の後に知ったのですが、イルルヤンカシュを倒した異例の新人冒険者だとか。見た目によらずなかなかの腕前のようね、モヤシさん」


 王女の口から出た思わぬ毒舌に、本屋はガク、と態勢を崩す。


「ライナスですよ、ライナス!」

「ふふふ、冗談ですよ。で、そのライナスさんが私に何の用ですか」

「ふと城を見ると夜空を見上げる物憂げな美女がいた。声をかけたくなるのが男というものです」

「女性を見るたびそんな台詞を?」

「勿論。基本です」


 人差指を立て澄まし顔をする本屋に、ヴェレタはコロコロと笑う。


「面白い人ですね。あなたは他の冒険者とは少し違う……いいえ」


 ――この世界の誰とも違う、まるで別の世界から来た人のよう。


「別の世界へ行きたいですか」


 手すりに手をかけ、本屋は夜の都へ目を向ける。ヴェレタには彼がその先、地平線の彼方に何かを見ている気がして、思わずこう、答えた。


「ええ。使命も、何もかも放り出して、私を知っている人が誰もいない所で普通の女として生きる。それもいいのかもしれません」


 だいぶ昔に諦めた夢を語るように、彼女は眉を下げながらも笑顔をつくった。

 とうに運命は受け入れたのだから。「選ばれし姫君」は人々の求める強き姿を己に課している。その決意は何者にも穿つこと叶わぬ、堅固な鎧。

 そう思っていたのに。夜空に舞った一つの言葉に、心の芯が揺れる。


 ――やりたいようにやればいいのですよ。


「えっ……」


 ヴェレタは大きく目を開き、息を飲む。

 今まで誰も言わなかったことを、彼は振り向き様、当たり前のように言う。


「あなたの人生です。誰の物でもなく」


 ……つ、と一筋、涙が流れた。


「へ?あ、いや、すみません、すみません。勝手なこと言ってすみません!」


 途端に慌て出す本屋がおかしくて、今度は笑いが込み上げてくる。

 王女は泣きながら笑った。


「アハハハ、やっぱりあなた、変です。見透かしたようなことを言うと思ったら、急に慌て出すんですもの」

「は、はぁ……」

「大丈夫、怒ってないですから。むしろ……」

「そこのお前、姫様から離れろ!」


 ヴェレタが何か言いかけたところで、誰かの怒声がなった。

 バルコニーの出入り口付近を見やれば、聖職者らしき若者が物凄い形相で剣を構えている。


(戦う神官ってどっかにいたよな。って、それどころじゃない!)


 呑気な独白を慌てて打ち消すと、本屋は弁解の為に口を開きかける。


「お、俺、怪しい者じゃ」

「剣を納めなさいトゥルヴレイ。この人は怪しい人じゃありません」


 どうやら庇ってくれるらしく、ヴェレタはトゥルヴレイと呼ばれた神官の前に立ちはだかる。しかし訝しげな表情のまま、トゥルヴレイはいつまで経っても構えを解かない。

 ヴェレタは本屋の方を振り返り、そしてもう一度トゥルヴレイを見て言った。


「悪い怪しい人?じゃないと思います」

「どんな怪しい人ですか!」


 真面目な人間らしい至極もっともなツッコミに、ヴェレタも少し気不味くなったのか、コホンとわざとらしい咳ばらいを一つして「とにかく」と仕切り直す。


「私の客人に無礼は許しません。それに、あなたじゃ勝負にならないでしょう?」

「ぐっ、それは」


 トゥルヴレイの苦い表情を本屋は不思議に思った。


(王城の神官って言ったら並の兵士以上に鍛えてるのが定番だよな)


 イルルヤンカシュを倒した本屋の腕を高く買っているとしても、勝負にならないは言い過ぎじゃなかろうか。

 そんな疑問を読み取ったのだろう。ウルポックが「んーとね」と、説明を始める。


「あの人の剣は誰も斬れないんだよ。生き物を攻撃すると力が霧散して、ほとんど剣に伝わらないってかんじ。それに、僅かに漏れ出た力は剣を覆って、反って斬れないように作用している」

「なんだそりゃ、呪いか何かか?」


 呪い、という単語が聞捨てならなかったようで、トゥルヴレイはますます険しい顔つきになると「違う」と唸るような声を出した。


「そのような穢れたものではない。これは神の与えたもうた試練だ」


 トゥルヴレイによれば、力神に他を害する力を捧げる代わりに癒しの力を得る。そんな儀式があるのだという。


「私は癒しの力で姫様を守ると誓ったのだ」

「ふーん。でもそれって不便じゃないか。例えば俺が本当に悪いやつだったらどうする?癒しの力の中に防御魔法が入ってるとしても、守ってばかりじゃ悪党がずっと居座ることになるじゃん」

「くぅぅっ」


 本屋の何気ない一言は、相当痛いところをついた発言だったらしい。トゥルヴレイは何も言い返せず、歯を食い縛って睨んでいる。

 見知った人間が追い詰めらるのを見かねたのか「いえいえ、防御魔法が一番助かるのですよ」と、ヴェレタがフォローを入れた。


「私が排除できない敵なら誰も倒せませんもの」

「そうか、王女様って相当強いんだよな。でもだからってそれでいいとはなんないよなぁ」

「どういう意味です?」


 ヴェレタの質問には答えず、本屋はスタスタとトゥルヴレイに近付き「手を見せてみな」と言った。


「な、何を」

「いいから」


 何か企んでいるのかと思ったが、目の前の男からは殺気を感じない。それどころか間近に見た瞳は争い事の気配すらない穏やかなもので、トゥルヴレイはおずおずと利き手を差し出す。

 差し出された手を少し観察した本屋は「やっぱりな」と言った。


「俺の友達の手にも同じものがあった。毎日剣の素振りをかかさない奴でな、剣ダコって言うんだろ?」


 敵を斬れない剣の訓練を続けている。誰にも話したことのない秘密を知られ、トゥルヴレイは真っ赤になって手を引っ込めた。


「恥ずかしがることないのに、って団長なら言うだろうな」

「団長?どこかに所属しているのか」


 ああ。

 本屋は腰に手をあて、誇らしげに胸を張る。


「最強の軍団さ」


 そこに「おーいライナス、どこ行った」と、防壁の外からレイブン達の声が聞こえてきた。


「いっけね。俺、行かないと」


 慌てて手すりに駆け寄ると、本屋はダーツを構えた。ダーツの後端から光の線が腕に巻き付き「あの木なんかいいんじゃない?」と、傍らの精霊がアドバイスしている。

 ダーツの先端が木に向くとダーツ盤が現れ、本屋は中心にダーツを投げ入れた。ダーツ盤の力を得たダーツはそのままかなりの距離を飛び、見事ターゲットの木に刺さる。

 光の線を引っ張って抜けないことを確認すると、本屋は驚く二人を振り向いた。


「あ、そうそう、団長ならこうも言うと思う。トゥルヴレイさん、あんたみたいな人を見かけたら力になれってね。だから困った時は呼んでくれ、王女様も」


 それじゃ、また。

 本屋は短くそう言い残すと、光の線の伸縮性を使って夜空へと飛び立った。

 残された二人はみるみる小さくなる背中を呆然と見送っていたが、やがてヴェレタがポツリと言う。


「ね、悪い怪しい人じゃなかったでしょう?」

「ええ、ですが」


 今まで会った誰よりも変わったヤツです。そう言ったトゥルヴレイの顔は笑っていた。




 それじゃ今日はここまで、気をつけて帰るんだよ。

 おつかれっしたー。

 王城から出て来たブルーノ隊長が任務終了を言い渡すと、本屋はウルポックを連れて帰路につく。

 王城から下る道はローゼシティに続き、結婚式の祭典を控えた町並みは夜も遅いと言うのに酒に酔う人々で賑わっていた。

 不死竜がなんぼのもんじゃあ!と、誰かが叫んでいる。


「もうすぐ復活するってのに、現実逃避か?」


 立ち止まり、呆れたように言う本屋に対し、ウルポックはワシャワシャと身体全体を振った。


「ううん、きっと恐れに壊されたくないんだよ。自分達の生活を」

「そっか、国外に逃げる選択もあったんだもんな」


 彼らは自分達で選び、ここに留まった。留まった以上はビクビクと暮らしたくない。この活気はその意思表示なのだろう。


「やりたいようにやればいい、か」


 王女に対し言った、自分の台詞が思い起こされる。 同時に浮かんだのは別れ際の、辛そうなジーナの顔。


「俺にも選択する権利はあるのだろうか」


 それは自身の覚悟次第だと。きらびやかな明りの中で、本屋は薄々気付きつつあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ