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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
45/88

ポスト本屋の苦悩

 椅子と机しかない、殺風景な部屋。窓にはしっかりと鉄格子。


「ああ、成る程。ここからかぁ」


 本屋が言うと、対面に座るヴェレタ王女の眉がひそめられる。


「いきなり何なのです。取り調べ中にふざけないで下さい」

「すみませんこいつ、時々変なこと言うんです。悪気はないんで」


 隣で慌てるジーナとは対称的に、自ら取り調べなんて変わった王女だよなと、本屋は呑気に考えていた。


「で、結局のところ喧嘩の原因は何だったのですか」

「知合いの冒険者、女の子ね、が絡まれてたから割って入ったんですよ。『この手の馬鹿ははっきりふってやらないと分かんないわよ』って。そしたらこっちに詰めよって来たから」

「殴ったってわけですね」

「ええ、金玉を」


 ゲエッと悲鳴を上げ、本屋は股間を押さえる。


「杖で」

「おいっ、過剰防衛も甚だしいだろ!」


 あまりにも包み隠さないジーナの証言に思わず突っ込みを入れる本屋。いくら知り合いの女冒険者を助ける為とはいえ、法的に考えてこれはまずいのではないかと。

 ところが。


「ああ、やはりそれくらいやらないと駄目ですよねぇ」

「そうですよぉ。口で言って聞くような連中じゃないんですから」


 何か意見が一致しちゃってる二人。法の番人然としているヴェレタ王女だが、意外と感情で動くタイプなのかもしれない。


(よく考えればファンタジーだもんな。現実ほど法体制が確立してるわけないか)


 本屋がそう結論づけたところで、聴取の先が彼に向く。


「ところであなたは何故、ラーブル団に攻撃を?」

「そりゃあ王女様。理由はどうあれ知り合いの女の子が5人に囲まれてたら助けるのが男ってものじゃないですか」


 本屋は特に「男」の部分を強調させ、ドヤ顔気味に台詞をきめる。


「成る程、善悪の判断なく軽卒に行動した、と」

「不公平だ!」




詰所的な建物を出たジーナと本屋。ジーナは平気な顔をしていたが、本屋はげんなりとしていた。


「お説教で済んで良かったわね」

「そのお説教も全部俺に向かってだけどな。何でお前ら意気投合してんだよ」

「武芸に励む女同士、気があったってところかしら」


 大体何ですかそのヒョロヒョロな身体は。冒険者として恥ずかしくないのですか!?

 そうよ、そうよ、ライナスのもやし~。


「何で説教に参加してんだよ。てか途中から説教ですらなかったからな!」


 女性二人に罵倒される。羨ましいと思われた方とはお友達になれそうです。

 それはともかく。


「で、どうだった、ヴェレタ王女は。運命の人とは大分イメージ違ったんじゃない?」

「う~ん、そうでもないかなぁ。あ、因みにジーナ、言ってたよな。あんな喧嘩は日常茶飯事だって」

「言ってたけど、それが?」

「日常茶飯事だったらいちいち取り締まらないんじゃないか。それにこれくらいのことで騎士団が出てくるのも変だ。普通、自警団とかそういうのがあんだろ」

「確かにそうね。でもそれはヴェレタ王女に関係しているのかも。彼女、最近公国に帰ってきたのよ」

「ああ、分かったぞ。王女が騎士団を仕切るようになって組織の考え方が変わったんだな。ところで王女は国外で何してたんだ。誰かを探してたとか、聞いたことないか?」

「それは……」

「ん、どうした?」

「そんなの知るわけないでしょ、馬鹿っ」


 プイと顔を背け、スタスタと先へ行くジーナ。

 本屋は頭の上で寝ていたウルポックに話しかける。


「お前ってとり憑かれたら女に怒られるようになる、悪霊とかじゃないよな」

「うるさいよ、ヒョロもやし」


 寝起きの悪い精霊にまで怒られる本屋であった。




 己の顔を写し出しているのは、僅かに揺らぐ琥珀色の液体。


「これ、酒ですか」

「違うよ。あんたが豆茶にしてくれって言ったんだろ」

「ライナス酒飲めないのか。未成年の俺としちゃ都合がいいけれど」


 夢とはいえ、ね。心の中で呟いていると、酒場の女主人が怪訝な顔を向けてくる。


「ライナスはあんただろ?」

「あ、いえ、こっちのことです。ところで何の話でしたっけ」

「ジーナと疎遠になってるって話だよ。噂じゃここしばらくクエストにも出てないらしいじゃないか」

「そ、そうなんですか」

「おいおい、しっかりしとくれよ。あんた達コンビなんだろ。何かあったのかい」

「実はかくかくしかじかで」


 本屋が以前ジーナと交わした会話を話すと、女主人はフーッと深い溜息を吐いた。


「そりゃどういう意味で」

「いやさ、男は雁首揃えて馬鹿ばっかりだと思ってね」


 何か思い当たることでも?と本屋が問うと、当たりも当たり、大当りだよ、と返ってくる。


「王女様が運命の人を探して旅に出たのは、この国の人間ならみんな知ってることさ」

「やっぱり!ヴェレタさんは俺の……」

「ほら、そういう反応になるだろ?あんたが運命の人を探して都に来たのは、これまた冒険者ならみんな知ってるよ」

「マジかよライナスめっちゃ口が軽いな」


 俺の運命の人、超かわいいんすよ~。

 本屋はヘラヘラしながら聞いてもないことをペラペラ喋るお調子者を想像してみた。そして現実の自分とあまり変わらないことに気づいてちょっと落ち込んだ。


「……まぁ、いいや。それで、何でジーナは怒ったんです?あ、やっぱあいつ占いで恋人を決めるってのが許せないのかな。自分の相手くらい自分で決めるべきだって言ってたもんな」

「これだよ。男は雁首揃えてってのはそういうところさ。あんたは他の男と違って割りと他人の感情に敏感なタイプだろ?なのに肝心なことはちっとも分かってないんだから、こうも言いたくなるもんさね」

「それはつまり……ジーナが俺に対して好意を抱いてる……好きかもしれないってことですか」

「おや。やっぱりあんた、頭は回るようだ。だけどそれが分かってて知らんふりしてるってなら……」

「いやいや違いますって。ジーナが俺のこと好いてるなんて、あり得ないんですよ」

「どうしてだい?」

「だってジーナは……」


 ――だってジーナはこの物語のヒロインではないのだから。


「……ライナスのヘタレ」


 隣で寝ていた精霊の寝言は、何故かしばらく本屋の耳に残っていた。




 ジーナは可愛い女の子だ。だがヒロインではない。占いの水晶に映っていたシルエットとも違うし、清楚で可憐、されど芯の強さを持つという人物像にも合わない。

 ジーナはどちらかというと勝ち気で、明るく振る舞うその下に、弱さや繊細さが垣間見える、ある意味、正反対の性格と言えた。

 主人公は基本的にヒロインと結ばれる。ヒロイン以外の女性が主人公に好意を持つ物語も無いわけではないが、本屋は出逢い物語をシンプルなボーイミーツガールと考えていた為、そのような複雑な展開は予想だにしていなかった。

 とはいえ酒場の女主人がその可能性を口にした時点で、無視できる案件ではなくなった。でなければあの酒場での会話自体が何の脈絡もない余分なシーンとなってしまうからだ。

 物語の描写には必ず意味がある。

 同様にもしもヒロイン以外が主人公を好きになったのなら、物語の進行上、必ず意味を持ってくる。例えば主人公の成長に一役買うとか、主人公に好意は持つものの、性格が最悪でヒロインの敵になるとか。

 内容は様々だが、共通している点が一つある。

 それは彼女達の恋は読者の納得いく形で破れるということだ。

 その代表的な形というのが……。


「次、ライナス・フィリオン」


 本屋の頭に嫌な想像が浮かびかけたところで順番が来た。




 城を囲む堀に沿って、戦場の野営に使うようなテントがずらりと並んでいる。

 それぞれには冒険者や傭兵稼業など、腕に覚えのある者共が列を作っており、その中の一つに本屋も加わっていた。


「ギルドランクはB(シングルビー)か。ほう、イルルヤンカシュの討伐に成功し、一足飛びにランクアップしたと……ふむふむ」


 鎧を纏った騎士が、口ひげを撫でながら二つの書類を見比べている。片方は参加者自らに書かせた申請書、もう一つは冒険者ギルドに提出させた冒険者リストだ。

 今回のクエストは王城側が直接募集をかける特殊なものであるからして、傭兵など身元が分からない者よりはこのように事実確認が可能な人間が優先して雇われていた。

 その点、ライナスこと本屋は何の問題もなかったようだ。


「よろしい。ではライナス・フィリオン、貴殿をブルーノ隊の下につける。祝宴当日まで王城外縁部の警護にあたれ」

「ヴェレタ王女の護衛にはなれないのですか?」

「馬鹿者。お前のような者を親衛隊に入れられるか」


 忽ち険しい顔つきになる騎士に、本屋はおどけて見せた。


「いえ、当世一の花嫁姿を間近で拝めるなら、報酬などいるまいと思いまして」


 それを聞いた騎士は表情を緩め、砕けた口調で同調する。


「そいつぁ同感だ。俺もそっちに配属されれば良かったんだが……まぁ、周辺警護でもパレードの際に遠目に見えるだろう。互いに高望みせず、真面目に働いてチャンスを待とうや」

「確かに、確かに。それくらいが丁度いいかもしれません。私などあまり近くに寄りすぎては見蕩れて役目どころじゃなくなりそうですから」


 ははは、違いない。

 テントの中に朗らかな雰囲気が漂った頃合いで、本屋は会釈を一つ、その場を後にする。 

 外に出ると、どこからともなくウルポックがフワリと飛んで来た。


「どうだった?」

「やっぱり親衛隊は無理だった。周辺警護だと」

「それじゃあ王女と話すなんて絶対無理じゃん。どうすんのさ」

「いや、必ずチャンスはやってくるはずだ。その時を逃さないよう常に気を配っておこう」


 言いながら、本屋は自分の発言に矛盾を感じていた。もしも王女が本当に運命の人ならば、出会うべくして出会うし、違うならどんなに頑張っても彼らの道が重なることなどないだろう。

 本屋が予感している嫌な展開もまた、避けようとして避けられるものではないのかもしれない。


(だけど、傍観なんて出来ない)


 ヒロイン以外が主人公を好きになった場合、よくある恋の破れ方として本屋の頭に真っ先に浮かんだ展開。

 身を呈して主人公を守り、命を落とす。

 幾度となく他作品で見られたシナリオは、確かに物語に深みを増す一助になるかもしれないが、今回に関しては受け入れる訳にはいかなかった。


(早く運命の人と結ばれなければ)


 何か起こる前に物語の本懐を遂げる。強い決意の先はしかし、運命の人そのものへではなく、別の女性へと向けられたものであった。




 本屋が警護を命じられたのは主に西門付近。普段から搬入口に使われているそこに到着すると、既に何人かがブルーノ隊長と思わしき騎士の下へ集まっていた。


「この前のヒョロガキ!」

「ああ、ラーブル団のボスだっけ。奇遇だな」


 悪党面を連れた超悪党面が驚きの表情をこちらに向けている。本屋の方も意外に思う点があった。


「あんたら集合時間を守るんだな」

「あたぼーよ。五分前行動がラーブル団の基本だ」


 聞けば組織力こそが彼らの売りだと言う。大人数を管理するにはしっかりとした規律が必要だそうだ。


「ま、真面目なんだな……」

「俺たちゃ一人一人はたいしたことねーからな。前の町ではいつでも纏まった数の人員を安定供給することでギルドの信頼を得ていた。ここでも同じ様にやろうと思ってる」


 それよりこの前は悪かったよ。と、ボスは頭を下げた。


「俺たちにとってチームの看板はブランドだ。誰かが芋引いちまえば全員の仕事に関わってくる。舐められないように俺らも必死なのさ」

「ああ、分かるよ。俺はどう見ても強そうじゃないし」

「そう、それだ。ったく人が悪いよな、お前がイルルヤンカシュを倒したあのライナスだと知ってたら絡んだりしなかったのに。ま、一緒に仕事するとなりゃ心強い。よろしく頼むぜ」


 案外、悪い人じゃないんだな。そう思いながら本屋が差し出された手を握っていると、皮肉を孕んだ台詞が飛んできた。


「あら、ライナス。ラーブル団に鞍替えかしら」

「ジーナ……」


 シャラリとローブにあしらわれた装飾が音をたて、疎遠になっているという本屋の相棒が姿を見せる。彼女を見る本屋の眼差しは複雑な心境を表していた。


「嫌そうな顔ね」

「……」


 喧嘩別れらしい経緯も一つあるが、それよりももう片方の懸念、ジーナの今後の安否が彼の心に重くのし掛かる。

 あまり、自分の近くにいない方がいい。


「なぁ、ジーナ、他の隊に移ってはくれないか?」

「な、何よそれ。言っときますけどしばらく連絡しなかったのは体調が悪かったせいで、別に距離を置こうなんて……そんなあからさまに嫌わなくてもいいじゃない!」


 ああ、嫌いなんかじゃないさ。

 むしろ逆の感情が本屋の頭の中に負の言葉を綴っていく。

 成る程、こんな感じなのかと、彼は夏休み前に叱ったひねくれメガネを思い出していた。

 そんな訳ないのに、これが最善のような、仕方のない事であるような。本来、理性的であるはずの本屋を、破壊の欲求が飲み込み、溢れだす。


「それが本当だとして、手紙の一通くらいよこせただろ。こっちは仕事でやってんだから、遊び半分のいい加減なヤツとは組めないよ」

「なっ……」


 悪意のある正論は相手の言葉を奪う。ジーナはそれ以上続けられずに、俯いた。


「……分かったわよ。移ればいいんでしょ」

「お、おい、ライナス」


 顔に似合わずラーブル団はオロオロしている。

 誰かが口を挟むことを拒むような、嫌な沈黙を破ったのは、飄々とした声だった。


「いや、そりゃあ困るよ。勝手な配置替えは隊長の俺が怒られる」


 ブルーノ隊長はつかつかと歩み寄ってくると、交互に二人を見渡した。


「命令違反するなら登録は解除だ。そうなればクエスト放棄ということになって違約金が発生する。ギルドの評価も当然落ちるだろうけど、それでもいいかい?」

「それは……私は困るけど」

「ライナス、君はどうする。さっき仕事でやってるとか言ってたけど、クエスト放棄なんてプロとしてもっとも恥ずべき行為じゃないか」

「うぐ……」


 ブルーノ隊長は、流石に隊長というだけはあるようだ。正論に正論をぶつけ、粉々に打ち砕いた。


「ならば……あの、ここの守備はローテで回すんですよね。だったら俺とジーナは違う時間帯になるようシフトを組んでくれませんか」

「無理だな。こっちは君達のコンビネーションを見込んで雇ってるんだ。喧嘩中なのか知らないが、特別配慮してやる義理はない」

「別に理由もなしに言ってるわけじゃありませんよ。ジーナのホーリーバインドはかなり汎用的な魔法だ。それこそ槍くらいのリーチがあれば一方的に攻撃できるでしょう。人間相手ならアタッカーは中距離専門の俺である必要はない」


 顎に指をあてて聞いていたブルーノ隊長は「なるほど」と言う。


「たしかにそれなら君は他の奴の援護に回れてバランスは良くなるな。警護という任務を考えるに、戦力は常に一定の方が望ましい。よし、分かった。ライナスとジーナは別々のシフトに組み込むとしよう」


 とりあえず今から夜までの警護に本屋とラーブル団ボス、その子分を指名し、他の者は一時間後にここでシフト表を受け取るように告げ、ブルーノ隊長は城内に引き上げていく。

 早速見回りに出ようとした本屋に、ジーナの声がボソリと届いた。


「……あんたの口の上手さってさ、敵に回すときついわ」

「ああ」


 性質の悪さならメガネの比ではないと、彼自信が自覚しており、そしてある意味それこそが狙いであった。


「こんなやつは、誰も好きにならない」


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