ポスト運命の女性?
手に取った皿が乗っていたであろうテーブルが吹っ飛んでいく。
(何だよ今度はどんなシーンで始まったんだよ)
本屋が首を傾げるまでもなく向こうでガシャンガシャン食器が割れる音はするし「やっちまえジーナ、新顔にでかい面させんな!」と、野郎共が囃し立てる声もする。
ああ喧嘩ね。と、本屋はおおよその検討をつけた。
「ま、ぶっちゃけどっちが悪いのかは知らないけどさ」
皿には食した肉の骨が残っている。先が尖っているでもなく、それでいて丁度いい細さ。何が丁度いいのかと言うと、それはもちろん。
「女の子一人に大の男5人はねーだろ」
本屋はひょいと骨を摘み上げると無造作に放る。もちろん人間相手にダーツ盤のスキルは発動しないが、窮地を乗り越えたことにより、彼の「ダーツ的な物体を投げる」技術は飛躍的に向上していたらしい。
スコーン。良い音をたて、骨は髭面に直撃。モンスターを倒す程の威力は無けれど、人一人の意識を刈るには十分な衝撃が脳を揺らす。
「ぐげ」
世紀末な拳を受けたように潰れた悲鳴をあげ、世紀末の雑魚そっくりなモヒカンは床に沈んだ。
「ライナス!」
ジーナが華やいだ声を上げると、周りの冒険者仲間もやんややんやと歓声を上げる。
「ライナスが一人やったぞ。さっすが百中のライナスだぜ!」
何だか知らぬ間にそれっぽい肩書きがついているが、当の本人はこう思っていた。
(やっちまった!)
いやまさか当たるとは思いませんでしたよあはははは。じゃ済むはずもなく、ジーナと争っていた、いや結構一方的にボコられていた残りの4人が一斉に本屋を睨む。
「何だあのヒョロガキは。舐めた真似しやがって」
「おいアンダードック。これ以上俺に恥かかすんじゃねぇぞ。ラーブル団の名に傷がついたらどうなるか分かってんだろな」
更に悪いことには連中はジーナの相手だけでなく、酒場の半分くらいのテーブルを埋める団体さんであった。脛に傷フェイスがズラズラ並んでいるが、中でも噛ませ犬君をドスの効いた声で脅す男は「今まで何人を?」と問えば「お前は喰ったパンの数を……」の下りが返ってきそうな凶悪な面構えだ。
アンダードックと呼ばれた男は追い詰められた笑みを浮かべると座っていた何人かに目配せし、補充も合わせて計8人が本屋を囲うようにジリジリと寄ってくる。
「いやいや暴力は何も生みませんよ。ここは話し合いで、あ、話し合いが駄目なら伝家の宝刀、土下座をば」
特に女性関連のトラブルへの最終兵器として、父から子へ。その洗練された謝罪スタイルは貝柱家に受け継がれていた。それはともかく。
なんとも情けない主に精霊は「相変わらずヘタレだねぇ」と他人事のように溜息を吐く。
「ウルポック、お前は飛んで逃げられるからって!」
こうなりゃ道連れと、捕まえようとしてヒョイと避けられると言うみっともない主従争いを繰り広げていると、本屋の肩を叩く者があった。
「ったく、精霊ちゃんの言うとおりさね」
「あんたは……酒場の女主人っぽいな」
「ぽいじゃなくて女主人だよ!ほれ、女の子の前だ。かっこつけな」
女主人の渡してきた筒状の容器には、店で使う木の匙がたくさん入っていた。
スココココーン。
「がば」
「あひゅ」
「がるっ」
「ぴや」
イルルヤンカシュとの闘いで身に付いた早投げは更なる進化を遂げ、殆ど間を開けずに放たれた木の匙が瞬く間に4人を沈める。
「な、なんだこいつ」
「ヒョロのくせにすげぇ腕だぞ」
動揺して足を止めた残敵に、本屋は最後の一投を投げ終えた姿勢のまま言い放った。
「動くなよ。ちゃんとベッドで眠りたければな」
ひゅ~、やるぅ。
ジーナの口笛に、ラーブル団ボスはこめかみに青筋を立てる。
「そいつは距離を詰めちまえば何も出来ねぇ。とっとと捕まえて簀巻きにしちまえ!」
成るほど流石ボスと頷いて、子分共は一斉に飛び掛かる構えを見せる。しかし足に力を入れたところで自分達の身体に異変を感じた。
「なんだこれぇ、鎖!?」
「か、身体が動かん」
ジーナは杖を床に突き立て勝ち誇る。
「一目でライナスの弱点に気付くなんて大したものね。だけど相棒の弱点を補えるからこそ」
「俺たちゃ名コンビって言われるんだよな」
動けない的など運命は決まっている。次のシーンでは追加の4名、漏れなく床に口付けであった。
「もう我慢ならねぇ。野郎共、全面戦争だ。ラーブル団の恐ろしさを教えてやれ!」
「良い度胸じゃねぇか。みんな、ライナス達に続け。ここの流儀ってもんを躾てやる!」
大乱闘が始まった。
数分後に「やっぱああいう荒事は性に合わないや」と本屋が呟いたのは酒場二階、宿部分から外に繋がるちょっとしたバルコニーだった。
酒場では今だ男達が殴り合いという名のパーティーを続けていて、その喧騒がここまで伝わってくる。
「っつーかジーナ、放ったらかして来ていいのかよ。お前が原因の喧嘩だろ。結構ヤバそうな連中だったじゃないか」
「大丈夫大丈夫。あんなの日常茶飯事よ。あいつらも口では物騒なこと言ってたけど、ギルドを敵に回すようなことまではしないでしょ」
「まぁたしかに冒険物にはありそうなシーンだったけどな。んで、ああいうところで絡んできたやつが後々仲間になったりして」
「そうそう『クズな俺でも冒険者としてのプライドはある。ここは任せて先に行け』とか言っちゃったりして」
「あー!あるねぇ。で、実は孤児院とかに寄付してて、後日形見を持っていった主人公がシスターに言われるわけだ。『あの人は元気にやってますか?』」
かーっ、切ないわ~。
……。
「あ、あんたってほんと、変わってるわね」
「お前もノリノリだっただろ!」
妄想をさらけ出した後の賢者タイムほど気まずいものはない。
空気を変えようとジーナは話題を転じた。
「ところで運命の人の情報は掴んだの?」
「うんにゃ。そろそろ何かあると思うんだけど」
でなきゃ話が続かない。本屋が言うと、妙なものを見る目が返ってくる。
「あんたってやっぱ変わってるわ。何か時々、予言っていうか、この先起こることを把握してるような言い方するわよね」
「えっ、いやそれは、ほら、占いをもとに行動しているからさ。運命のって言うからには予め決められてるってことだろ?」
「ふーん、でもその考えってどうなのかしら」
「どういう意味だよ」
「運命の人を探すってロマンチックだけど、占いに縛られ過ぎるのもつまらないじゃない?」
「そりゃお前……」
言いかけて、本屋はう~んと唸りつつ手摺に肘をもたげる。
主人公が物語の進行通り動かなかったらまずいだろ、とは言えるはずもない。
「自分の相手くらい自分で決めても良いと思うけど。大体あんたの言う運命の人ってスペック高過ぎるのよ。何、清楚で可憐でそれでいて芯の強さも兼ね備えていて、それから」
「胸がでかい、な」
「と、とにかく。そんな人があんたなんかを探してるなんて非現実的よ、夢物語よ!」
そりゃ夢物語だからなという言葉を本屋が呑み込んだところで、下の喧騒が静まりかえった。
何だ、全員伸びちまったか。二人が振り向くと、凛とした声が建物全体に響き渡る。
「王国騎士団です。この騒ぎは一体、何事ですか!」
急いで階下を見下ろせる位置に行けば、鎧姿の兵士、大勢を引き連れた女性が酒場全体に睨みを効かせているのが見えた。
纏っているのは同じく鎧だが、女性用に誂えたそれは武骨さより優美さを演出していて、覗くかんばせは清楚で可憐。騎士団のリーダーをしているのだから芯の強さは疑いようもなく、これで最後の条件さえ揃えば……。
「間違いない、彼女だ。甲冑の上からでも俺には分かるぞ!」
「何が分かるのか聞きたくないけど、あり得ないわ、だってあの人は」
ジーナが説明をするまでもなく、甲冑姿の女性は名乗りをあげる。その肩書きは驚くべきものであった。
「トゥリアンダ公国第一王女の名において命ずる。即刻、騒動の主犯を引き渡しなさい!」




