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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
42/88

ポスト王都での出会い

 王都セント・ローザ。山を切り崩して作られたこの都市は登頂部に王城を頂き、そこから麓に広がる広大な街並、ローゼスシティを抱く大都市である。

 街を囲う厳重な城廓を見るに、入国審査にはそれなりに時間がかかったことだろう。しかし幸いにもライナスこと本屋は煩わしい思いをせずに済んだ。入国の門から幾らか中央部に進んだ幹線道の上。今夜の物語はここからスタートである。


「いやぁ、如何にもファンタジーの街って感じでいいねぇ」


 モコモコの白毛に覆われた、サンショウウオに似た生き物が馬車を引いている。面白そうに本屋が目を細めると、首がない為、身体全体を縦に振る頷きでウルポックが同意した。


「ドラゴンから逃げ延びたかいがあったね」

「ほんと、生きてるって素晴らしい」


 行き交う街娘に目を奪われている本屋をジト目で見やり、ウルポックはコホンと咳払いする。


「で、これからどうするのさ」

「しばらくここを拠点に活動しようと思う。これだけ大きな街なら運命の女性に関する情報も見つかるだろう」

「そのためには先立つ物が必要だよね。ああ、だからここに来たのか」


 やっぱ定番だよなと言って本屋が見上げた建物の看板には、冒険者ギルドと書かれてあった。




 内部にはギルド窓口の他に酒場が併設されていた。これもRPG等ではよく見る構造であり、そして当然ながらそこには荒くれ者達がたむろしているのだ。冒険者登録の為に窓口へ向かう新参者を見逃すようでは、ファンタジー世界で荒くれ者は名乗れない。男達は本屋の、あまりに戦闘にそぐわないルックスを扱き下ろすと、ついに定番中の定番、そのうちwikiなんたらにも載るんじゃないかと言う台詞を吐く。


「ガキは帰ってママのオッパイでも吸ってな」

「ママのオッパイか……」


 本屋は口許に不敵な笑みを浮かべてリーダー格らしき男の下へ近づくと、静かに語り始めた。




 俺の実家がある通りには夜になると酒を提供する小料理屋があって、小さいながらになかなか盛況なんだ。何故かっていうと、料理が美味いのは勿論、そこの店主が美しい妙齢の女性で、仕事帰りの男達が癒しを求め、足繁く通っているのがその理由だ。

 ある日の昼下がり、俺は小料理屋の扉を開き中に入った。予想外の来客に割烹着姿の店主は目を丸くする。


「あら、まだ準備中……って、駄目じゃないの」


 彼女の美しい眉が少しだけ上がり、俺を叱る。


「ここはお酒を出すお店だから、君はまだ入っちゃいけないの」

「……欲しいんだ」

「え、何か作って欲しいの。仕方ないわね、里芋の煮ころがしで良ければ……」


 煮ころがし?そんなもので俺の欲望は満たされない。

 辛抱堪らなくなった俺はカウンターの中に入り、彼女のふくよかな身体を抱き締める。


「ちょっと、そんな、ダメよ……」


 ああ、嫌がるそぶりすらなんて色っぽいんだろう。

 理性のタガがハズレた俺は、今度はハッキリと聞こえるよう、耳元で囁いた。


「ママの、オッパイが欲しいんだ」




「そういうママじゃねぇぇぇ!!」

「ヒィッ、真っ昼間から、このヘンタイっ」

「ちくしょう、覚えてやがれ」


 何を覚えておけというのか分からないが、荒くれ者達は蜘蛛の子を散らすように外へ逃げていった。


「ふ、見た目によらずウブなやつらだ」

「凄い、やり方はともかく口だけで追っ払っちゃった。やり方はともかく」

「ふふ、俺流俺流。さて静かになったところで登録といきますか」

 

 本屋がギルド窓口へ身体の向きを変えると、カウンターの向うから受付のお姉さんが睨み付けているのが見えた。


「……」


 彼女の腕は自分の胸元をガッチリとガードしていた。




「えらく時間がかかったね。身元の聴取とか持ち物検査とか」

「登録というよりは職質だったな、でもこれで俺も晴れてEランクの冒険者だ」

「さっそく何かやるの?」

「そうだな、まずは依頼を見てから……」


 周囲を見渡すと目的の物は酒場の脇にあった。乱雑に貼られた依頼書の束がいかにも柄悪な掲示板。


「結構な数があるな。EランクはCランクのクエストまでしか受けられないって言ってたけど、これなら丁度いいのが見つかりそうだ」

「一番簡単そうなのだと……薬草採取!これならライナスでも出来るんじゃない」

「ふむ、定番中の定番だけど報酬は……」


 本屋はウルポックの見つけた依頼書に手を伸ばす。そこで横から伸びてきた細い手と鉢合わせた。


「あ、すみませ」

「ちょっと。その依頼書は私が先に目をつけたんだからね!」


 いくら本屋でも顔を合わせた瞬間怒られるなんて少ししかない。面喰らっていると、余程短気なのか、青みがかった三つ網の女性は段々ヒートアップして「横取りは死刑」だの、「決闘」だの、物騒な単語が出始める。

 別に採取クエストは他にもあるだろうし、何よりレディファーストがモットー。 変態でも紳士な本屋は穏便に先を譲ることにした。


「君も薬草採取を?だったらお先にどうぞ」

「はぁ?私が今さら薬草採取なんてするわけないでしょ。討伐クエストよ、サーバットの」


 どうやら女性は短気というよりは慌てんぼう、つまり早とちりのようだ。


「あぁ、だったら勘違いだよ。俺は初心者だから隣の依頼書を取ろうとしたんだ」

「あら、あんた初心者だったの。そう言えば酒場の雑魚どもに絡まれてたわね。精霊持ちだから高ランクの冒険者かと思ったわ」


 言われて本屋はキョトンとした顔をウルポックに向ける。


「お前、精霊だったの」

「精霊じゃないよ。ウルポックだよ」


 いつものやりとりを呆れた顔で見ていた女性はウルポックの顔に指を指した。


「ウルポックという名の精霊でしょ。契約したのに知らないの?」

「いやぁ、生まれた時から一緒って設定だから」

「設定って何……。それよりその話本当なの?精霊は力を認めた相手としか契約しないのよ。もしかしてあんた冒険は初心者でも生まれつき相当強いんじゃ」

「いやいやそんな事ないでしょ。なぁウルポック」

「そうそう、ドラゴンにも一切立ち向かわずに逃げてきたヘタレだもんね」


 よ、余計なこと言うなよ!と、本屋がウルポックを掴もうとしてヒョイと避けられている前で、女性は「ドラゴンから無傷で生還……」と驚いた顔で固まっていたが、すぐに「自分ではああ言ってるけど精霊の御墨付なら外れはないはず。ランクはEだけど変なプライドが無い分かえって扱いやすいか」等とこっそり黒い自分会議を繰り広げ始めた。

 やがて結論が出たのか「よし決めた」と言うなり女性はビシッと本屋の鼻先に指を突きつける。彼女が他人の顔を指差すのはこれで二回目、癖だったらすぐにでも直すべき性癖だろう。それはともかく。


「あんた、私と組みなさい。報酬は私が3、あんたが1よ。不公平に思えるかもしれないけど、Cランクのクエストなら薬草採取よりよっぽど儲かるわ」

「でも危険じゃないのか。君がとんでもなく強ければ別かもしれないけど」


 本屋の当然の懸念に対し、女性はフフンと笑って親指で酒場を示す。そこではテーブルに座った冒険者達がヒソヒソと話しており、その一部がこちらまで聞こえてきた。


「冒険者ギルド期待の新星、緊縛のジーナがコンビだと?」

「あのEランク、相当やるのか?じゃなきゃ緊縛のジーナが声かけるはずないし」

「あぁ、緊縛のジーナには俺のチームに入って欲しかったのに。そしたら星屑の迷宮も攻略出来るのになぁ」


 どうやら女性、ジーナは名うての冒険者らしく、本屋に向かって「どう?」と勝ち誇った顔を見せる。しかし本屋は別のところが気になったようだ。


「緊縛って御趣味はSMを?」


 どこがどうなってその体勢になったのか本屋には分からなかった。気づいたらジーナのブーツが自分の後頭部を踏みつけ、グリグリしていたのだ。


「花を育てることよ」

「説得力ない!」




次に目が醒めたのは、いや、夢の中に入ったのだからむしろ眠った時と表現するのが正しいのかもしれないが、本屋はどこか湿った森の中で、丸太に座っていた。


「ここは?」

「夢喰らいの湿原ってさっきも言ったでしょ」


 もう忘れたの、と、ジーナに言われ、本屋は「あ、ああ。そうだったな」と取り繕う。


「いい加減いきなり知らないところからスタートするのは勘弁して欲しいな」

「何ブツブツ言ってんの。早くそれ、頂戴よ。まさか自分が何をしようとしていたかまで忘れちゃったの?」


 ジーナに指摘され、本屋は片手に持ったカップに気がつく。


「あはは、ごめんごめん」


 お茶を渡し、自分もカップを取って一口飲む。


「紅茶、口に合わなかった?変な顔してるけど」

「い、いや。頭がスッキリするよ。目が醒める、でいいんだよな」

「おかしなこと言う人ね。ボーッとしてるとあんたも夢半ばに喰われちゃうわよ」

「なるほど。この湿原の名の由来か。駆け出しの冒険者に対する戒めのようなもんだな」


 本屋が頷いて言うと、ジーナは感心したような顔をした。


「へぇ、たったこれだけの会話でそこまで理解するなんてなかなか鋭いわね。確かにここはそういう謂れのある場所。だけど心配することないわ。逆に言えば、初心者に毛が生えたくらいの冒険者がたくさん来るくらいの難易度ってことだから。慢心した冒険者ってのはいずれ何処かで酷い目に遭うものでしょう?」

「言葉の綾ってやつだな、有りそうな話だ。ところでウルポック」


 突然声を掛けられて、藁の塊のような精霊は浮いたカップを傾けたまま「ん?」と片目を開けた。


「お前それどこから飲んでんだ」




 アイアンタイタスは魔法を使う。そう聞かされて身構えた本屋は厳しく咎められた。


「そうじゃなくてさっさと攻撃しなさいっての。そいつの魔法は」


 ジーナが叫んでいる間にもアイアンタイタスの黒光りする甲羅が艶を増し、見るからに固くなった。


「防御魔法……ってもう手遅れね。こうなるとほとんど物理攻撃は通らなくなる。MPがもったいないけど私の魔法で倒すしかないわ」


 シャラリ。ローブにあしらわれた装飾品が音をたて、口調は渋々ながら表情は幾分得意気に、ジーナは杖を振り上げた。

 ところが振り上げきったところで本屋がダーツを構えている姿が目に入る。


「だから効かないって。てか何それダーツ?そんな玩具がモンスター相手に役に立つわけないでしょ!」


 思わず魔法を中断して駆け寄ると、狙いをつけている本屋の横から「ねぇ、剣は?魔法は?」と質問を浴びせる。


「剣は5歳の時1時間で、魔法は8歳の時5分で断念した、らしい」


 それを聞いたジーナはガクリと項垂れた。


「は、外した。お買い得物件かと思ったのにガチの役立たずだった」


 思わず漏れた本音に本屋は苦笑いする。他人の思考を読むことに長けた彼には、ジーナの魂胆など最初からお見通しだったのだ。


「まぁ、やるだけやってみるさ」


 腕を畳み、真っ直ぐ振る。矢は空中に浮かんだダーツ盤のど真ん中を通り、サクリと甲羅に突き刺さった。


「なっ……」


 甲羅に刺さっただけなので、大したダメージは無いと思いきや、アイアンタイタスはそのまま消えていく。 ジーナは目を見開いてその光景を見送った。


「良かった、ちゃんと50のダメージは入ったみたいだな」

「え、どういうことなの。あんたそのダーツ、もしかして固定ダメージ系?相手の防御力とか関係無いってこと?」

「そう、だと思う」

「やった、大当たり!」


 先程とうってかわって小躍りし始めるジーナ。調子のいいことこの上なしだが、あまりの喜びように本屋はかえって不安になった。


「だけど最大ダメージが20のトリプル、つまり60だぞ。中途半端じゃないか?それに必ず狙った場所に刺さるとも限らないし」

「じゃああんたの平均ダメージっていくらなのよ」

「そんなの分かるわけ……いや待て、ダーツ一本あたりの得点、その期待値がイコールで平均ダメージなんだから……」


 現実世界のダーツマシンにはカードで自分の成績を記録出来るサービスが実装されている。様々なデータが数値化されたそれはプレイヤーが自分の腕前を確認する指標になるのだが、その中にPPDという数値がある。Point Per Darts。まさにダーツ一本あたりの得点期待値。ジーナの質問にはこれを答えておけば間違いないだろう。


「大体30くらいだな。調子にもよるけど」

「十分、十分。今の感じだと魔法1発撃つ間に二本は投げられそうじゃない。平均60の固定ダメージなら出発点としては上々よ。後はレベルが上がってスキルとかで補強出来ればもっと強力、下手すると反則級になるわ」

「そ、そうか。俺のダーツってそんな凄かったのか」


 じっとダーツを見る本屋。 俺はやはり主人公だったのだ。と浸っていると、背後から寒い視線を感じた。


「なんだ、ウルポック。ライナスの癖に生意気なって顔をして」

「ライナスの癖に生意気な」

「おーいジーナ、俺の精霊どう考えても俺のこと認めてないんですけど」


 そんなこんなで割りと順調に冒険者の道を歩み始めた本屋だが、主人公に困難の降りかからない物語などないのである。

 それはクエストの目的、サーバットをダーツ3本とジーナの火炎魔法でサックリ倒した後にやってきた。

 夢喰らいの湿原、その深淵部にて、バキバキと木々を薙ぎ倒し現れたモンスター。蛇とコウモリを合わせたようなサーバットに姿こそ似ているものの、比較にならぬ巨体はもはや足の無いドラゴンである。


「イ、イルルヤンカシュ……」


 ジーナが身体を強張らせ、その名を呼ぶ。額から流れた一筋の汗が、彼女をしても想定外の強敵であることを物語っていた。


「ジーナ、お前のランクってダブルBだったよな。あいつの討伐ランクは」

「トリプルA」

「それってつまり」


 逆立ちしても勝てないと、ジーナは言った。ならばやることは決まっている。ジーナの目配せに本屋は頷き「一、二の三!」で彼らは背を向け大地を蹴った。


「って、速ぇぇぇ!」


 王都で購入した素早さ補正つきのブーツを履いていても、後ろのバキバキという音はぐんぐん迫ってくる。

 地面を這う蛇の俊敏さを、イルルヤンカシュは空中にて実現しているのだ。


「アクセラ」


 夢喰らいの湿原に一つ、新たな悲しいエピソードが加わるかと思われたその時、精霊の口は魔法を紡ぎ出した。

 味方全体の素早さを上げる効力が発動し、彼らは再び追っ手から少しの距離を獲得する。


「ナイスよ、ウルポックちゃん!」

「お前魔法とか使えたのか。二人旅の時は一回も使ってくれなかったのに!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、まだ全然逃げ切れる感じじゃないよ!」


 ウルポックの言う通り一度離れたきり、イルルヤンカシュは一定の距離を保ち追ってきている。

 縦に割れた瞳は狡猾にこう、物語っていた。体力勝負で小さき人間が己に敵うものか、と。


「ひぃぃぃ~。俺、もう倒れそう」


 本屋の息は既に荒い。ジーナにしても、泣き言を言わないまでも徐々に疲労は溜まっていく。


「確かにこのままじゃ先が知れてるわね。これは一か八かになるけれど……」

「何かあるのかよ!」

「一番得意な魔法を試してみる。上手くいけば安全に逃げられるわ」


 そう言ってジーナは自身の身体にブレーキをかけると、イルルヤンカシュに向き直った。


「ちょ、立ち止まったらまずい……って……」


 振り返ったところで、本屋は尻餅をつく。


「う、うわわっ」


 岩ほどもある黄色い瞳が「ようやく観念したか」とばかりにこちらを上から睥睨しており、本屋はウルポックを抱き締め震えあがった。

 かような正しく蛇に睨まれた状況で、ジーナは杖を振り上げる。


「ホーリーバインド」


 杖の先が地面に刺さり、そこから走った光の線は、イルルヤンカシュの真下でその正体を露にした。


「緊縛の、ジーナ」


 本屋が呟いた彼女の肩書きを象徴するもの。地面から湧き上った無数の鎖はイルルヤンカシュの巨体を絡めとり、動きを封じる。


「今のうちに逃げるわよ!」

「あ、ああ!」


 見事な魔法に目を奪われていた本屋だが、ジーナの声で我に返ると慌てて立ち上がった。同時に彼は見たくない光景を見てしまう。イルルヤンカシュが強引に身を捩り、鎖を地面に繋ぎ止めている杖がグラリと揺らぐ。


「くっ」


 慌ててジーナが杖にしがみつくと、杖から光が鎖に送り込まれ、イルルヤンカシュは再び動きを止めた。


「やっぱり敵の力が強すぎる。魔力を送り続けてないと抑えられない」

「それじゃあどうすんだよ」

「あんただけでも逃げてちょうだい。そのくらいの時間は稼げるから」

「お前、最初からそのつもりで」

「別にかっこつけるつもりはないわ。私一人ならなんとかなるって言ってんの。意味分かるでしょ」


 ああ、そうだな。と、本屋は呻く。ここにいても出来ること等ない、自分は。


「足手まといだ」




 もうすぐ魔力が尽きる。されど一人になったジーナは心底ホッとしていた。


(どうやら初心者を巻き込んで死なすような失態は避けられたようね。私は無事じゃ済まないけど、本当の意味で死んだりはしないし)


 こんな作りものなんて、とイルルヤンカシュを見ると、爬虫類の目が細められ、ジーナにはそれが自分の浅はかさを笑っているように見えた。ゾクリと背中を冷たいものが這う。


(本当にそう?世界の歪みは既にこちらの物語にも影響を与えているとしたら?事実、あいつは現実世界に手を伸ばそうとしていた。もしかしてあのモンスターも……)


 自分が死なないなんて思い違いかもしれない。恐怖は呼び水となり、尽きかけの魔力を乱す。


「くうぅっ」


 鎖を通して伝わる負荷が強まり、抜けそうになった杖をジーナは必死で食い止める。助けて欲しい。だけど、誰の名を呼べばいいのか分からない。彼女には友達が一人しかおらず、その友達だってこんな所まで助けに来るはずないのだ。

――長い夏休み、私はやっぱり一人ぼっち。


「まだ泣いたらだめ」


 ポフリと肩に柔らかい感触が乗る。慌てて目尻を拭って見れば、やはり、間違いなく。


「ウルポック……ちゃん?」

「しっかり杖を持って。少しだけど、魔力は回復してある」

「なんでここにいるの。あいつは、ライナスは!?」

「もうすぐ来るよ。はっきりそう言ってたわけじゃないけど、あいつの性格はだいたい分かってる」


 もうそろそろ長いつき合いだしね。そう言ってウルポックは身体の半分をしめる目をウィンクさせてみせた。

 ザッ。果たしてウルポックの予告は当たり、背後で土を踏む音がする。


「なんで戻ってきたのよ」


 通り過ぎる背中に疑問を投げると、答えと言うよりは自問に近い言葉がポツリ、返ってきた。


「面白いかよ」

「へ?」

「合理的だからって、女の子一人置いて逃げるやつが主人公の物語なんて」


 本屋はイルルヤンカシュの前に立ち、巨体に対してあまりにも小さなダーツを構える。


「くそ駄作だろ」


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