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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
41/88

ポストVSルーク


 忍び装束を身に纏った何者かは、猿に背を向けたまま「動くなよ」と言う。

 猿が口を開く前に彼の姿は消え、そして前方にいたマス・マンが吹き飛んだ。

 驚くのも束の間、今度は背後で鳴ったビタン、という音に振り向けば、シアターの壁のかなり高い場所に打ち付けられ、潰れたカエルのように剥がれ落ちるマス・マン。

 呆然とする人間達の目の前で、次から次へと、マス・マンが見えない攻撃に破壊されていく。


「な、何が」


 場慣れしているはずの梓さんでさえ、その光景は理解不能であった。戸惑っていると、ついに自分と対峙していた一体にも謎の攻撃が及ぶ。

 ゴン、と横から襲った衝撃に、マス・マンの顔がずれた。


「ひっ」


 首から先を失った成れの果てに京子が悲鳴をあげると、さらには腹部にボコリと大穴。まさしく糸のきれた人形の表現通り、マス・マンはがくりと膝をつく。こうして、全てのマス・マンは動きを止めたのだった。

 彼はずっとそこにいたのだろうか。いやそんなはずはない。そう思わせるほど、知らぬ間に猿の目の前へ戻っていた忍び装束の人物は「ふぅ」と息をつき、直ぐ様何か思い出したように額を手で触る。

 頭巾ごしに一瞬じわりと光が走り、猿にはそれが文字に、もしも本当にアルファベットなら、E、M、Eの三文字に見えた。


「危ねぇ、この力はあんまり使うなってメガネに言われてたんだった」

「メガネ?メガネを知ってるのか。あんた、誰だ」

「え、あ、いや、知ってるっていうか、俺はこの街のことは大体知ってるからな。みんなの友人、忍者マンだ」


 そんな、どっかで聞いたようなセリフで忍者マンがとぼけている間にも、散り散りに倒れたマス・マン達の身体が光の粒となって消えていく。

 あり得ない。と、遠方のルドヴィコは唸った。


「どうした、何があった」


 アーソンマンが訊くと、渋い顔で応えが返る。


「マス・マンの殆どがやられた。あっという間に、全く攻撃を関知出来ずに」

「めちゃくちゃ速い敵ってことか」

「マス・マンは10体以上いたのよ。いくら速くても何体かは攻撃の瞬間を目撃しているはず。だけどどの個体にもデータがないなんて、これじゃまるで」


 透明人間にやられたみたいだと、ルドヴィコは言った。


「高度な光学迷彩どころじゃねーな。そんなやつ向こうにいたか?いやまてよ」


 そこでアーソンマンは何ともいえない面白そうな、且つ悲しそうな顔をした。


「そうか。まだ考えは変わらないか、少年」

「どこに行く気?」

「別にいいだろ。あんたの能力はスタンドアローンだ。俺と組む意味なんて元々なかったのさ」


 バタン。扉がしまり、元バーの客が再び一人に戻る。

 ルドヴィコはアーソンマンの去っていった方角を見つめ、ついで、扉の横に立つ自らの眷属に目を移した。


「マス・マンてば話し相手にはならないのが欠点よね」


 しばらく待ってみてもやはりマス・マンから返事はない。自分で作り出した生気のない瞳に嫌気が差して、ルドヴィコはキャスリンガーの盤面に向き直った。盤面上にはまだ3体、ポーンが残っている。

 突然、八つ当りのように。

 ルドヴィコはガシャ、と3体を両手でまとめ、握りこんだ。




 今、人間達と忍者マンは猿の周りに集まって階段上部を見上げている。そこには光の粒が収束し、何かを形成しようとしていた。


「忍者君、よりにもよって結界持ちのコアを外したわね」


 梓さんは視線を替えないままに忍者マンを咎める。


「すみません、俺、戦闘は初めてで」

「大きな力でも使い方を知らなければかえって悪い結果を生むわ。結界を通れる者は限られてるからやむを得ず送り込まれたのでしょうけど、次までにはちゃんと訓練を受けてきてね」


 でもまぁ、取り敢えずは。

 その先の台詞を京子が繋ぐ。


「あいつを何とかしなくちゃな」


 光の粒が収束を終えた地点には塔が生えていた。壁面にマス・マンの顔が3つ埋まった、かなり不気味な塔の化け物。


「ルーク」


 梓さんが声に出すと、それに猿が反応する。


「ルークってチェスのか。俺んちにあるから知ってるんだけど、他の駒が邪魔しない限り縦横いくらでも動ける駒だよな」

「そう、恐らくマス・マン単体だとポーンで、合体したあれはその強化版。見た目は愚鈍そうだけど……」


 そうではないことを猿の脳内に浮かんだイメージが知らせる。


「みんな、来るぞ!」


 強引に、階段の表面と周りの座席を破壊しながら。塔はその重厚な身体を滑走させた。

 京子と梓さんはピタリと重なりそうなほど同一の姿勢で跳躍し、忍者マンは猿を抱えて疾走、これを回避する。

 ルークはあわやスクリーンに激突、という所で急ブレーキをかけ、壁面に埋まっていたマス・マンの顔が飛び出した。

 ニュルリと長い首に繋がれた顔は梓さん達の方を向くと、顎の関節はどうしたとばかりの大口を開ける。蛇が卵を呑み込む逆再生のごとく、塔から丸い塊が首を通り、口から吐き出された。

 鉄球が唸りをあげて梓さんを襲う。


「甘い」


 空中にて刀による柔の技が披露される。鉄球の真下を撫でるように繰り出された突きが推進方向を僅かに変え、弾道は上へ。身体を斜めに倒した梓さんの髪の毛一本を揺らし、鉄球はそのまま背後の壁に突き刺さった。


「あのお姉さん凄いな。化け物かよ」


 走りながら忍者マンが驚いていると抱えられた猿から忠告が飛ぶ。


「おい、よそ見してんじゃねえ。こっちにもくるぞ」

「へ?」


 にもかかわらず反応出来なかったのは、やはり彼が戦闘慣れしていないからだろう。ゴン、と鉄球が忍者マンの後頭部を鳴らす。


「お、おい!」

「あいててて、たんこぶ出来ちゃったよ」

「たんこぶって……あんたも充分化け物だよ」


 呆れ返る猿と共に忍者マンは座席の影に身を隠した。


「それにしてもさっきから勘が鋭いな。どうして相手の攻撃が読めるんだ」

「ああ、あんたには言ってなかったな。俺の中には未来予知の出来る宇宙人がいる。しばらく眠ってたけど復活したみたいだな。もう一つの能力である実体化はまだ無理みたいだけど」

「宇宙人!?そんな非常識な」

「鉄球喰らってたんこぶで済むやつが言うことかよ。どう考えても普通の人間じゃないだろ」

「お前から普通の人間じゃないなんて言われるとなんかへこむな。まぁ、それは置いといて」


 忍者マンは打たれた後頭部を擦りつつ提案する。


「守ってばかりじゃ埒が空かない。仕掛けようと思うんだけど、その未来予知ってやつで出るタイミングを教えてくれ」

「いいけど大丈夫なのか。戦闘は初めてなんだろ」

「大丈夫、大丈夫。一発くらい喰らっても死なないって分かったからな。下手くそは身体張って役に立たなきゃ」


 笑って吐かれた忍者マンの発言に、猿は少しだけ怒った表情を浮かべた。返す言葉のトーンも幾分低く。


「頑丈だからって大事にしろよな。お前が何者だろうと、自分を犠牲にする必要なんてないんだ」

「あ、ああ。分かってるさ。ありがとう、無茶はしないよ」


 その真剣さが何を意味しているか分からず、忍者マンがたじろいだ返事をしてからしばらくの間。二人は梓さんと京子を狙うルークの隙を伺っていた。執拗に放たれる鉄球を彼女達が素早い跳躍で躱す。そんなシーンが続く中、唐突に忍者マンの肩がポン、と叩かれる。


(えっ、今?)


 状況に変化はなく、ならもっと早くても良かったのではと不思議に思いながらも、忍者マンは座席の影から飛び出した。

 しかしこれに、梓さんはほくそ笑む。


(ジャストタイミング!)


 既に彼女の抜いた拳銃はマス・マンの顔の一つに狙いを定めていた。未来予知によって、ここに二方向からの同時攻撃が成立したのだ。

 剣士に飛道具は邪道、という温い考えは梓さんの流派にないのか、よく訓練された射撃の技術が、正確にマス・マンの額へ弾丸を送り込む。

 ルークが他のマス・マンで妨害出来なかったのは、その行動が保持しているデータに基づいている為。味方の殆どを破壊した脅威が向かってくれば、残り二体はこちらを迎撃するのが道理となる。拳銃を構えた唯の人間など、戦力を割くに値しないと判断されたのだ。その分析は至極、当然であっただろう。

 ……放たれた弾丸が、普通の弾丸だったならば。

 マス・マンの額から文字が迸り、顔、それから首へと浸食していく。


「どう?ヴェノム弾の味は」


 勝ち誇る梓さんの前で、文字に浸食されたマス・マンの顔がボロリと崩れ落ちた。何かに喰われていくように、そのままボロボロと首も崩壊していく。


(このまま、本体まで毒がまわれば)


 しかし、梓さんの目論見は叶わなかった。忍者マンの迎撃に向かっていたマス・マンの一つがUターンし、崩壊の進む首の、まだ浸食をうけていない部分に食らい付く。


「なっ……」


 患部を食いちぎることで毒がまわるのを防いだルークは、本体からエネルギーを送り込み、次の瞬間にはちぎれた首の先にマス・マンの顔を再生させてみせた。


「ちっ」


 梓さんは舌打ちするも、二体のマス・マンを引き付けたのは大きな功績であった。


「見えてりゃ喰らうかよ!」


 戦闘に関する勘は未熟であっても、砲台はたったの一門、忍者マンはその超人的な身体能力で鉄球を躱し、本体へと近づいていく。

 マス・マンの長い首の下を通過して、忍者マンはついにルークの懐に入った。


「うるぁぁぁ!」


 走り込みながらの渾身の一撃がルークの壁面を穿つ。


「え?」


 ……前に、忍者マンは自分の拳が何かに阻まれるのを感じた。見れば拳の先から波紋が広がり、半透明の壁のような物が視認出来る。波紋が衝撃を拡散させるのか、忍者マンは己の一撃に、全く手応えを感じられなかった。これは、まさか。


「バリア!?」


 敵は戸惑う時間をくれない。落ちた影を見返せば、三体のマス・マンが大口をこちらに向けている。間一髪、忍者マンはバク転による後退という忍者らしい動きでその場から撤退、猿の隠れている場所に飛び込む。

 ドゴ、ドゴ、ドゴ。

 激しい地鳴りの震源地から煙が晴れると、そこには三つの鉄球が床にヒビを入れて埋まっていた。


「っぶねぇ、あんなのありかよ」


 忍者マンが額の冷や汗を忍び装束越しに拭っていると、そこへ、背後から呪文のような声が流れて来る。


「我、逆鵺の力を借り受け新たな理を紡ぐ者なり。安寧の地を構えしは忠実なる守護者、その名を『隅住み』」


 ふわりと紙片が宙を舞う。

 紙片は忍者マンの目の前まで来ると突然、弾けるように四つに別れ、空中に大きな四角形を描いてそれぞれの角を陣取った。

 奇妙なことは、全ての紙片に「新築」という文字が記されている点だ。


「逆鵺の力を膜状に展開しているのよ。こっちも似たような物は作れる」


 梓さんがこれもバリアなのだと言うと、その言葉を試すかのように鉄球が飛んできて、隅住みのつくる四角形は波打ちながらもこれを弾いてみせた。「新築」という文字が「築一年」に変わる。


「借り物の式神だから築30年が限度ってところね。あまり時間は無いわ。隅住みが突破される前にルークのコアを破壊する案を考えなきゃ」


 梓さんの言葉を受け、今まで考え込んでいた猿が顔を上げた。


「なぁ、梓さんだっけ。あんたの刀じゃルークのバリアは斬れないのか?」

「ええ、斬れるわ。結界やバリアなんかの半実体を斬るのは十八番だもの。でも私の刀じゃコアをやれない。はっきりと実体化した物には斬った場所から毒を送り込まない限り、普通の刀と変わらないのよ。あの壁面を斬るのは多分無理。それと、至近距離であの鉄球を避けるのはきついわ」

「例の銃弾は?さっきかなり惜しかっただろ。あれなら遠くから撃てる」

「同じ理由で駄目ね。弾かれたら効果は出ない。それに、あれはあの一発で最後よ」


 じゃあなんで。と、ここで京子が口を挟む。


「最初に私を助けた時に撃たなかったんだ?あの時撃ってれば終わってただろ」


 この、ちょっと非難めいたニュアンスの疑問に梓さんは「それはね」と、にっこりする。

 京子が「あ、ヤバイ」と思った時には既に遅く、鬼のような形相が鼻先に迫っていた。


「高価だからよ。あのヴェノム弾は、すんごくね!」


 あんたの学費に携帯代に小遣い。私がどんだけ苦労してると思ってぇぇぇ!

 作戦会議中に家族会議が勃発しそうなところを、猿と忍者マンが「まぁまぁまぁ」「時間がありませんよ」と何とか宥め、猿が話を本題に戻す。こんな時、つっこや本屋みたいな纏め役がいてくれたらと痛感しつつ……。


「とりあえずバリアは何とかなるってことだから……」




 皆が戦っている時にただ見ているだけなんて、それじゃ普段の稽古は何の為なんだよ!

 啖呵をきったのが少し前。

 皆の反対を押切り、京子は囮役として今、隅住みの前に立っている。鉄球が飛んできて弾かれ、表示される文字は既に築28年。もう間もなくここは安全圏ではなくなる。

 京子には実戦経験も、宇宙人の助けも、頑強な身体も持ち合わせていない。少しでも鉄球がかすれば只では済まないだろう。


「京子、たとえ無茶をしなくたって、誰もお前を駄目なやつだなんて思わないんだぞ?」


 猿の発言に他の二人も頷いていたのを思い出す。

 分かっている。友達や義理の親の感情を疑っているわけじゃない。されど、強い自分を演じずにはいられない。安くても、欺瞞でも、これはプライドなのだ。

 再び鉄球が飛んできて、いよいよ築29年。あと一発で梓さんの予告していたリミットがやってくる。いつか本当に強い自分になる為に。京子は口許にふ、と笑みを作り出し「まったく」と切り出してみる。吐き出されたのは勿論、精一杯の強がりであった。


「高校生活ってのは退屈しないな!」


 隅住みは最後まで役割を全うしてみせた。鉄球を弾くと硝子のようにバラバラと、半透明の膜が崩れていく。

消え行く四つの紙片に浮かび上がったその文字は。


「頑張って」


 京子の表情がハッと打たれたようになり、次いで、引き締まった戦人のものとなった。

 床を蹴り、空中へ身を翻し。スクリーン前のルークと平行な位置取りで跳躍しながら、京子はやはり、と思った。


「ふん、もう私の事など敵とすら認識しないか」


 自分に全く反応を示さないルークを見るや、先程、鉄球が座席を破壊して出来たスペースへ降り立つ。


「だったら梓さんに貰ったこいつで」


 鞘はなけれど居合いのように構えた竹刀には、既に発動前まで術を仕込まれた式神の札がぐるりと巻き付き、力の顕現を待っている。

 残る手順は一つだけ。京子は竹刀を走らせ、その名を呼ぶ。


飯綱(いづな)ぁっ!!」


 飛翔する真空波の威力はマス・マンの鼻先を割る程度。少しでもルークの気を引ければそれで良いと、梓さんには言われていた。だが……。

 ザン。斬撃はマス・マンの首を軽々と撥ね飛ばし、余波が背後でドラゴンを映していたスクリーンを斜めに裂く。画面は直ぐに殺風景な砂嵐へと変わった。


「え!?」


 驚きの声を上げる京子と共に、シアター後方で待機していた梓さんの目が見開かれる。


「はぁっ!?飯綱になんであんな威力が」


 梓さん達がいる場所に発射されようとしていた鉄球がゴトリと首から転げ落ちると、残り2つのマス・マンがギョロリと京子の方を向く。完全に敵と認識したようだ。

 直ぐ様再生された首も合わせて三方向からの鉄球が、京子を打ち砕かんと飛来する。


「うわっ、ちょ、ちょっと!」


 何とかギリギリで避けているものの、いつまでもつやらといった状況。京子の窮地に、猿が焦りの表情を梓さんに向けた。


「梓さん、京子が!」

「分かっているわ。ここまで矛先があの子に向くとは私も想像しなかった。だけど囮としては最上の結果とも言える。だから、さっさと終わらすわよ」

「そ、そうか。俺達が出ればそれだけ京子への攻撃も分散されるな。よし、社畜星人、力は戻っているよな!?」


 猿の呼びかけにピンクのサルがピョン、と飛び出し「もっちろんです。洋介さん!」と、小さな腕をグルグル回して意気を見せる。


「俺もいつでも行けるぞ」


 と、忍者マン。


「それじゃあ始めるぞ!」


 いつか語った地球防衛軍長官のごとく。猿は号令を掛けると先陣をきって走り出した。


「何本の首か分かりませんが、直ぐに反応してこっちに来ます。出来るだけルークの懐へ!」


 猿の頭に掴まった社畜星人が声を張り上げる。指示の通り猿が行くは、先にルークが滑走して原型を止めていない階段。もはや只の坂道を全速力で下っていくと、予告通り、マス・マンの首がルークの前に門番のごとく立ち塞がる。その数二本。


「社畜星人!」

「合点です!」


 猿の頭の上から前方へ飛び出した社畜星人が姿を変える。それは鉄球から猿を守り、尚且つ持ちやすい形状。自ずと先程同様、槍と盾の合の子のような武具となった。


「ランサァァッシールドォォ!!」

「中二くせーな!」


 息の合った掛合いと共に更にルークへと近づくとまずは一発。ガン、と金属的な音をたてて鉄球が弾かれる。盾の部分に凹みはなく、社畜星人が何らかの手段で無効化しているのか、猿への衝撃もない。行けそうだと感じた猿は尚も前へ。

 ガン、ガン、と連続で鉄球を弾きながら、所定の位置、ルークの直ぐ手前までたどり着いた。


(意外とあっさりここまで来たな)


 猿はその理由を事態の急変により知ることとなる。

 それは作戦を次の段階へ移そうとした瞬間。


「い!?」


 ボコボコボコ。と、いくつもの膨らみがマス・マンの首を通っていき……。

 ガガガガガガガガガガガガ。鉄球のマシンガンにより、盾の周囲は地獄と化した。


「なんなんだよ、これっ!これじゃ隙がねえっ!」


 盾の影に必死で身を隠し、猿が叫ぶ。弾かれた鉄球は盾の横に続々と転がっており、順に光の粒となってルークの元へ戻っていく。どうやら弾切れには期待できそうもない。


「一度退きましょう。私の実体化が解かれれば大変なことになる」

「くそ、誘われたってことなのか!?」


 最初と変わらぬならば、ルークの目的は自身の防衛ではなく社畜星人の捕獲であり、宿主である猿の抹殺である。奥の手の鉄球マシンガンを隠していたことからも、猿を死地までわざと通した可能性は充分考えられた。


「相手の方が1枚上手かよ。仕方ない、少しずつ後退を……」

「そのまま動くな!!」

(京子!何やってんだ?そんな所に飛び出したら)


 京子はいまだ一体のマス・マンに追い回されていた。

 通常、飛来する物体を回避するならば射線に対して出来るだけ90度に近い角度で移動すべきである。しかしこの時の京子はほとんど射線に沿って跳躍し、その様はまるで自らを鉄球の餌食に差し出すよう。


「ば、馬鹿っ」


 マス・マンの口から鉄球が放たれる。鉄球の推進速度と京子の移動速度を鑑みるに、放たれた瞬間、回避不能が運命づけられた、死の一発。

 されど京子の顔には勝負師の猛りがありありと浮かんでいた。


「私にも、出来る!」


 得物と鉄球の接地面は薄紙1枚の厚さに止められる必要がある。尚且つ変化する鉄球の推進方向にあわせて少しずつ、得物の角度をずらしていく。

 繊細の極致ともいえるこの奥義をぶっつけ本番、それも竹刀で、京子は物にしてみせたのだ。

 突きの描く線で守るよう身体を倒した京子を置いて、鉄球はルークの方へ飛び。二体のマス・マンをまとめて薙ぎ倒した。


「今だ、梓さん!」


 鉄球の嵐が止むやいなや、今まで気配を消して盾の影に潜んでいた梓さんが飛び出す。その顔は誇らしげに笑っていた。


「京子さん、やっぱりあなた」


 跳躍からの大上段、そこから振り下ろされる真一文字。


「私の娘ねぇぇぇっ!」


 一閃を受けたバリアが波打ちながら2つに切り裂かれる。

 そして梓さんが跳び去った後に、忍者マンはゆらりと現れた。


「世界と、一体に」


 自分も、敵も、森羅万象、世界の一部。額の文字は、この世の真理に近づく者の証であり。

 神の視点は全てを見通す。


(ルーク、お前にはこう見えているのか)


 広がる景色は明暗のみで、色の無い光の粒で構成されていた。下を向けば塔の中、胴体の中心に特に光の粒が集まる部分がある。

 ああ、眩しい。

 この白黒の世界にあって、あの太陽のような光は眩し過ぎる。

 目の前の忍び装束の人物は太陽の光を振り上げ。

 そして、白黒の光に衝突させた。




 壁面に穿った穴から忍者マンが静かに腕を引き抜くとマス・マンの首が落ちた。ボトリ、ボトリ。残りの首も後を追い、そこからルークの崩壊が始まる。

 もはや首と本体の連結部分は三つの孔となり、ついには壁面もバラバラと崩れ始めた。


「おのれ」


 虎の子のルークが初めて敗北した。初めての屈辱を受けた。大きな力を持つため傲慢を極めた彼女の憎しみが膨れあがる。

 王は前髪に覆われた顔を上げ、そこから覗く片目に狂気の光が宿ると、喉から絶叫が迸った。


「おのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇぇ!!」


 この時、最終システム「キャスリング」は発動した。




 忍者マンは自分が開けた穴の中に、こちらを見返す眼を見た。赤く、憎悪の籠ったそれは。


「人間の……目?」


 そんなまさかと狼狽える前で、マス・マンの首が生えていた孔からバキャ、と突き破るように白く巨大な手が飛び出し、忍者マンの身体を捕らえる。


「ぐ、なんて力だ!」


 ルークに致命傷を与えた膂力をもってしても白い指は外れず、握り潰さんと圧してくる。直ぐに梓さん、猿、京子が助けに向かうが、人間の目が赤い眼光を放つと動きが止まった。


「か……身体が動かな……」

「おい、社畜星人、どうなってんだ!」

「我々の周囲のN粒子が硬質化してます!しかも自然状態のままで……こんなの物理法則に反してる!」

「御託はいいんだよ!このままじゃあいつがやられちまう!」


 メキョリ、メキョリと忍者マンが潰されていく。悲鳴が一つ木霊する度に鮮血が飛び散り白い手を染める。


「忍者マン!」


 ……キ。ピキキ。

 皆が案じる思いに呼応したとでも言うのか。

 世界に変化が生じる。具体的には京子が切り裂いたスクリーンが少しずつ元の状態へ戻っていった。それが何の予兆なのか予想出来た者はいなかっただろう。そう、ルークとの一体化を果たした、ルドヴィコでさえも。

 スクリーン画面を出たドラゴンはそのまま白い手に食らい付くと、頭を大きく振った。

 ルーク内部から発せられたおぞましい絶叫を他所に、ドラゴンは食いちぎった白い手を咀嚼する。

 力を失った指からポロリと零れた忍者マンは、そのままコンクリートへと落下。皆が急いで救出に向かう。


「大丈夫か!?」


 と声が掛かる頃にはムクリと半身を起こしていたのは流石の回復力である。だが別の理由で彼は動けなかった。


「おい、しっかりしろ」

「あ、あれ……」


 忍者マンが釘付けになっているのは、今まで闘っていた敵が、無惨に補食される光景。ドラゴンはルークの壁面でさえバリバリと噛み砕き、塔の体積はみるみる小さくなっていく。


「あああああぎゃおあああああああ」


 耳を塞ぎたくなるような絶叫がルークの内部から続いている。

 最後に人間の目が覗いていた部分が飲み込まれるまでそれは止むことがなく、4人は呆然と末路を見送るのであった。


「……あ…ああ……」


 ついに声の欠片まで飲み込んだドラゴンは満足げに一声グルルルと唸ると、縦割れの瞳がギョロリ、4人に興味を移す。


「敵の敵は味方とはならないみたいね」


 梓さんは刀を構え、立ち上がった忍者マンが横に並ぶ。


「結界の外へこんなもんを出すわけにはいかねーな」


 京子と猿は、尚も闘おうとする二人を信じられないという顔で見た。


「化け物を喰った化け物だぞ。勝てるわけないだろ!」


 梓さんは背を向けたまま、ふ、と笑い「仕事だから」と言った。


「もっと言えば生き方だから。大人になれば生き方の選択肢は少なくなる。ここで逃げて今の私を失うのはとてもしんどいのよ」


 重みのある台詞に何も言えなくなった二人を振り向き、今度は忍者マンが軽く手を上げる。


「あ、俺はボランティアだから。ヤバくなったら逃げるし。でもそれまでは頑張る」


 前に向き直った彼は構えをとると、視線はドラゴンに向けたままで謝った。


「すみません。やっぱ無責任ですかね」

「タダ働きってマジ?」

「えっ、まぁ……」

「嘘でしょ。人間じゃないわ」

「えっ、そうですけど」


 純心なゴーレムと守銭奴がずれたやり取りをしている間にも、ドラゴンはジリジリと、楽しむかのようににじり寄ってくる。


「先手必勝、いくわよ忍者君!」

「はい!」


 ……数秒後、忍者マンは「漫画でよくあるパワーのインフレかよ」とツッコんでいた。


「ええと、ルークの防御力より俺のパンチは強くて、その俺があの白い手を振りほどけなかっただろ?だけど白い手は一方的にドラゴンに喰われて、そして今度はあれ」


 指差す方向には動きを封じられたドラゴンの姿があった。スクリーンから飛び出した何本もの鎖はドラゴンの身体に絡み付き、もがこうとも、牙を突き立てようともビクともしない。


「あの鎖の主は何なんだ」


 誰も答えることなく、ドラゴンの身体はズリズリと出てきた場所に引き戻されていく。

 結局、梓さんと忍者マンとは闘わないまま、最後に一つ悔しそうな咆哮を残し、謎のドラゴンは二次元の世界へ還っていった。


「なんか全然別の存在みたいね。さっきまでそこにいたドラゴンとスクリーンの中のやつは」


 梓さんの言う通り、最先端のCGはど迫力ながら、先程のような邪悪さ、禍禍しさは感じられない。

 再び主人公を追い始めたドラゴンを見た皆は一様に頷いていたが、直ぐ様声を揃えて言った。


「それはともかく」

「ええ、早くここから出ましょう」


 この夏一番のファンタジーを視に来た観客達の目が一斉に一行へと注がれている。


「あ、あはは、すみませんね」


 曖昧な笑みを浮かべて頭を下げながら、そそくさと退散する一行であった。




 上映終了の作品が無いのにゲートを出ると従業員に不審がられるので、梓さん、猿、京子の3人は少しの間休憩することにした。

 ちなみに忍者マンはシアターの扉を出た瞬間に姿を眩まし、一同を「流石忍者」と唸らせている。


「はぁ、一体なんだったろうな、色々と」


 廊下に置かれた椅子に座り込み、猿が疲れた顔で肩を揉んでいると「ヴェッ、映画館の自販機ってこんなに高いの!?」と梓さんの絶望する声が聞こえてくる。珍しく京子の顔が赤くなった。


「すまん、あれでも私の母親代りだ」

「い、いや、女手一つなんだろ?立派だと思うぞ」


 猿がフォローを入れていると、当人がモジモジしながら近づいてくる。


「あ、あのさ。ジュース奢るの外に出てからでいいかな?あ、むしろ奢ってくれないかな」

「梓!」

「え、別にいいっすけど。ここで飲んで行きましょうよ」

「本当にすまない……」


 買って貰ったジュースを「なんだかしょっぱいや」と京子が飲んでいると、猿が隣から話し掛けてくる。


「忍者マンのことどう思う?」

「どうって……凄いよな。遠くから見えたけど鉄球喰らっても平気だったじゃないか」

「そうじゃなくて。気付いてないのか?」

「何が」

「俺が気付いたんなら、お前なら尚更気配で気付きそうなものだが……ああ、そうか、俺は社畜星人と感覚がリンクしてるから」

「社畜星人がどうしたって?」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」


 そう言われてはい、そうですかの京子ではない。勿論、追及しようとしたところで、梓さんの声が割って入った。


「あ、あそこのシアター終わったみたいよ。人混みに紛れて外に出ましょう」


 続々と出てくる人ごみの中に「ほんとに見たんだ。ほんとに消えたんだよ、人が」とブツブツ呟く男性がいたが、気に止める者は誰もいなかった。




 何処とも知れぬ、色褪せた空の下で。とある存在が独白する。

 ち、あの女め、まだ私を自由にする気はないようだな。

 忌ま忌ましい。だが収穫はあった。やはり外の世界でも、いや、外の世界では一層、私の力は絶対的なものだと知れたのだ。

 しかも、くくく、あれほどの魂を喰らえるとは僥倖であったぞ。これで私の力は増し、あの女は弱る一方、命尽きるのももう間もなくだ。その時こそ私は物語の楔を断ち、現実世界の王となる。

 そう。種ではなく本物の魔王、ゴーレムとして、な。




 元バーの扉が乱暴に開かれると、赤毛の男が怒鳴り込んできた。


「おい、クソババァ。俺を顎で使うとは何様のつもりだ!?」


 だが返事はない。嫌味ったらしく返してくるはずの女は、テーブルに置かれたチェス盤の上に突っ伏していた。


「お、おい、寝てるのか。月器にヨダレでも垂らしたら罰当りだぞ?」


 何だか様子のおかしい背中にそろそろと近付き、赤毛の男は女の華奢な肩を掴む。

 グラリ。

 力なく傾いた身体、光の無い瞳に、赤毛の男は恨みも忘れて叫んだ。


「おい、どうしたルドヴィコ、しっかりしろ!」


 こちらランスギフター、至急救護を頼む。場所はルドヴィコの潜伏場所。ああ、そうだよ。やられたのはルドヴィコだ。俺も信じられないが事実だ。事の重大さが分かったか、分かったならさっさとヒーラーをよこせ!

 携帯に早口でまくし立てている横で、女は身じろぎもせず頬をチェス盤につけている。

 長い茶髪から覗く目はよくみるとまだあどけなさを残し、ガラスのように、元バーの明かりをただただ映し続けていた。




 各々にとって色々な事が有りすぎた一日が更けていく。

 寝床についた少年少女の瞼にドラゴンの姿があったのは言うまでもない。

 そしてここにもまた、何の因果かドラゴンと対峙する男が一人。


「だから何でこんなシーンから始まるんだよ」


 本屋の愚痴などお構いなしに、地鳴りのような咆哮が上がる。

 本屋は泣きべそをかきながら右手を見た。握られているのはちんまりとしたダーツが三本。


「いや、どうしろと」


 この夏一番のファンタジー、果たしてその結末は如何に!?


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