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新生月器ポスリア  作者: TOBE
日常編
4/88

ポストクラス会議②

 …ふざけんなよ。

 誰が漏らした声かは分からないが、それは教室全体の総意であった。

 茶番だ、騙りだ、陰謀だ。

 遺憾を訴える声が次々と沸き上がり、橘美咲を責める空気は一気に反転、黒淵に向けられる。それを感じた瞬間、ほっと橘美咲の表情が緩み、かけた。


「まだ早い。いや、もう遅いぞ橘美咲」


 黒淵は未だに表情を崩さず、冷たい視線を彼女に向けている。

 まだ言うのか黒淵!

 冤罪じゃねーかよ、橘に謝れ!

 との怒号をことごとく無視して、あくまでも橘美咲個人に語り掛けるよう、黒淵は口を開く。


「そうさ、指紋照合は茶番だ。茶番だから俺にとっては単なるお遊び、そしてお前にとっては最後のチャンスだった」


 最後のチャンスとは何のことか。分からない。分からないから怖い。怖いがこれ以上、逆転の目は無いはず。

 そんな思いのない交ぜになった色に、橘美咲の瞳は揺れている。


「悪いが指紋照合は証拠も無しにカマをかけた訳じゃないんだ」


 そして、次に黒淵がスクリーンに映し出した映像は、全ての疑惑、疑問に決定的な答えをもたらす代物。罠から足を外して逃げられたと思ったら、そこに口を開けて待っていた奈落。橘美咲にとって、最悪の終着点であった。

 初め、その映像が何を映しているのか気付く者はいなかった。ただの真っ黒、あるいは真っ暗な画面の端に、日付と時間が表示されているだけ。

 な、なにこれ…。

 誰かが思わず呟くのも当然だった。しかしそれも黒淵の説明で一変する。


「靴箱の奥にカメラを設置しておいた。自作の超小型のやつだ。必死で人目に気を配ってたんじゃ、まず気付かないくらいのな」


 言外に黒淵は事件の発生を予期していたことを明らかにした。この学校の靴箱は蓋付きであるので今はまだ真っ黒な映像が流れるだけだが、そこに光の射す時に何が映るのか…。

 その意味を理解した多くの者は、心臓に冷えた液体を注ぎこまれた感覚、尚且つ妙な高鳴りを覚える。上履きを隠す行為ははっきり言って下劣な行為。これが皆の共通認識だ。それを行っている犯人の顔を、その瞬間に、それも真正面から見る。怖いもの見たさに近い感覚が教室じゅうを走り抜け、ざわめきは一瞬で広がり、一瞬で鎮静化する。

 気付けば無音の中、沢山の瞳が真っ暗な映像を凝視していた。

 短いが、長くも感じる沈黙の果て、ついに耐え切れなくなった橘美咲が叫ぶ。


「もうやめて!認めるから、私がやったって…」


 言いかけたが、やはりそれは遅すぎる判断であった。靴箱に一筋の光がさして、ついで一気に視界が開ける。


「やめてぇぇぇぇ!!!」


 ……。

 さすがにこれは…。

 うわ…引くわ…。

 鬼気迫る。画面の中に挙動不審の女の顔がアップで映し出される。

 それは、醜く歪んで見えた。普段の可憐な橘美咲からは想像もつかないような表情、雰囲気に、皆ショックを隠しきれない。

 やがて映像の中の女は、靴箱に手を突っ込むと、奇妙な笑いを浮かべながら上履きを持ち去っていった。


「どうだ?こそこそと悪事を働く人間というのは実に醜い姿をしているだろう?まさしくこれぞビッチというやつだな」


 黒淵は高く笑い、橘美咲は机に突っ伏して泣きじゃくっている。


「あたし、美咲の友達やめるわ」


 重苦しい空気の中、見守っている者の耳にヒヤリと冷たい刃をあてるような台詞が飛んだ。声色も、表情も、侮蔑一色に押杉は薄ら笑っている。


「そんな、私は押杉が言ったから!」

「はぁ!?私は黒淵がムカつくっつっただけでしょ。人のせいにしないでくんない?」

「まぁまぁ…」


 ここで意外にも黒淵が言い争いを止めに入る。とは言えその態度は白々しく、二人を思いやる行動にはどうにも見えない。

 先の押杉の薄ら笑いは、どこか自分の恐怖を隠す嘘臭さがあった反面、黒淵は正真正銘の侮蔑を込めた笑みで橘美咲に近づいた。


「なぁ、橘美咲」


 机を挟んで陽光に光る眼鏡が橘美咲を見下ろしている。


「誰かに命令されようが、やったのはお前なんだよ。そこに自分の意思がないならなお悪い。お前は人に命令されれば犯罪だって平気で犯すような人間だってことだからな」

「犯罪とか…そんな気なかった。ちょっと軽い気持ちでやっただけじゃん!」

「そうだろうな。靴隠しとはそういう精神の元に行われる行為だ。何故ならそれをやる人間は絶対にバレないと思っているからだ。そして、被害者が疑心暗鬼に陥る様を陰で嘲笑う。安全な立場でな」


 つまり、と。黒淵は続ける。


「バレなきゃいいの精神なんだよ。自分に被害がなければ他人はどうなってもいい。お前はそんな自己中心的な人間なんだ」


 まさに犯罪者そのものじゃないか、クソビッチが!

 黒淵がねっとりとした止めの罵声を浴びせかけたところで、その肩を強く掴む者があった。


「おい、もうやめろ」

「これはサッカー部の崎原じゃないか。この手はなんだ。やめろというのは?」

「橘はもう十分に罰を受けたろ。これ以上はイジメだ」

「は、イジメ?十分に罰を受けた?いーや、まだまだだね。こういう輩は涙を見せながら内心では舌を出しているもんさ。将来ひとを殺したりしないように、ここで徹底的に叩いておくべきだ」

「お前っ!」


 人を殺す。

 そのあまりに言い過ぎな部分に、サッカー部の大型ルーキーは反応した。


「こちらは理論で戦っているというのに胸倉を掴むとは、これ立派な暴力行為だぞ?そもそもどちらの言い分が正しいかなんて明白なのに橘を庇うのはあれか?ここで出しゃばれば自分の人気が上がるとでも計算したか?」


 ま、その損得勘定も…。

 呟きと共に黒淵の白衣の背中部分が盛り上がる。そして、もともとそいつが白衣を破かないように開けられていた射出口からニョキリと飛び出したのは。

 鉄の蛇。見る者にそう印象付けるそれは、ぐわ、と掌を開けて今にも崎原の頭を食いちぎらんと威圧する、鉄のアームであった。


「俺がお前より弱いっていう前提の行動なんだろ?なぁ、崎原」


 きゃあっ。

 あんなもんがどうやって服の中に…。

 アメコミにああいうのいなかったか!?

 教室が、大混乱に包まれた。

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