ポスト迫りくる危険の予兆
野球ボールを投げると共に口髭を蓄えたダンディが息子に語りかける。
「そろそろガールフレンドは出来たか?」
ここでのガールフレンドとは、欧米風なニュアンスの、恋人という意味合いである。だから、猿は「いや、いない」と言ってボールを投げ返した。
「おいおい、まさか遊びに行く女の子もいないなんて言わないよな」
「それはいる。だから父ちゃんのキャッチボールに付き合ってるんだろ」
「ん、どういう意味だ」
再度ボールを投げようとしていた父親の手が疑問に止まる。
疑問に答えるかのように、庭先に客が現れた。
「やぁ、初めましてだな、ブラウンさん。三剣京子だ」
「お、おお……。もしかして君が息子の女友達かな?いささか洋介には勿体ない程の美貌だが」
大袈裟な身振りの後、ダンディは手を差し出す。握手をしながら、京子は日本語吹き替えみたいな人だな、と感想を持った。
「母親のマリアンヌさんがアメリカ人だからブラウンさんは日本人だよな。なのにブラウンて姓は不思議なかんじだな」
「はは、色々複雑なのさ」
説明に困ったら色々複雑と言う。この辺も日本語吹き替えっぽいなと京子が思っていると、ブラウン家の玄関のドアがバーンと開け放たれた。
「oh、キョウコサーン。ホントニキタノデスネー!!」
現れたのは似非外国人風の喋り方をする本物のアメリカ人女性だ。
「やぁ、マリアンヌさん。相変わらずハイテンショ……ぐえっ」
……十数分後、ブラウン家のある郊外から市街地に向かう通りを歩きながら、京子は猿に愚痴を溢していた。
「ほとんど鯖折りだったぞ、あのハグは」
「悪い、母ちゃんは猪突猛進というか、夢中になると訳分かんなくなっちまうタイプなんだ。お前のこと相当気に入ってるみたいでさ」
猿がフォローを入れると、京子はダメージを受けた腰を揉みつつ「そう言われたら怒れないじゃないか」とブー垂れた顔をする。多分、マリアンヌさんの行動は止めろと言って止まる類ではないのだろう。悟った京子は文句を言うのを止め、話題を変えた。
「ところでマリアンヌさん気になることを言ってたな。『ほんとに来たのですね』って、私が来るのが分かっていたのか?連絡は入れてなかったはずだが」
「ああお前、携帯全然使えないもんな……で、質問の答えなんだけど、あのさ、これから俺が何を言おうが引かないって約束出来るか」
「そりゃ内容によるけど、そこまで言って話さないってのは駄目だからな。もしかしてエロい話か?私のアラレもない姿を想像して色々やってるとか」
「違うわ!ああ、もう、分かった。正直に話すよ」
下手に隠すと濡れ衣を着せられそうなので、猿は渋々と話し始める。その内容は不思議な体験談であった。
つい先程のこと。昼食を食べ終わった猿がリビングで漫画を読んでいると、突然頭の中で声がした。
「はぁ?京子が来るぅ?」
思わず出してしまった大声を、側にいたマリアンヌさんに聞かれたというわけだ。家の中にいるとやれ「イシンデーンシン」だの「アウーンノコキュー」だの五月蝿いので、庭で父親とキャッチボールをしながら本当に京子が来るか様子を見ていたのだという。
「その声ってのは男だったか、女だったか?」
「どっちともとれる声だったな。ただ丁寧な感じだった。『京子さんが来ますよ』って」
「うーん……」
「俺も気持ち悪いって思ってるよ。だけど本当に聞こえたんだ」
「いや、引いてるわけじゃないし、お前が嘘ついてるとも思わない。ただ……あのさ、声を聞いたのはこれが初めてなのか?」
「そうだけど、ちょっと前から妙に勘が冴えてるっていうか。例えばテレビで野球見てても、今から打つとか、三振するとか、バッターが構えた瞬間に分かるんだ」
「それは一流の解説者とかには出来る芸当じゃないのか」
「あー、まぁ、言われて見れば。でも今日のは明らかに」
猿はそこで言葉を切る。そして、何を思ったのか京子に向かって手を伸ばした。するとすぐ横の道路をトラックが通過し「カツン」と何かタイヤに弾かれた音が。音を聞いた瞬間、京子はヒョイと上体を反らすと、今まで京子の顔があった空間に弾丸の如く空き缶が飛び込んできた。空き缶は二人の視線が交錯する位置を通過し、そのまま散髪屋の立看板へぶち当たる。
「い、今のは」
「いや、私だって避けられただろ」
「お前は音を聞いてから反射神経で避けただろ。俺はトラックが来る前に勝手に身体が動いて……ああ、ヤバい逃げるぞ」
「何でだよ」
「10秒後、そこの角から車が1台現れる。誰の車だと思う?」
「ま、まさか」
京子の視線の先にはグルグル看板に突き刺さる空き缶があった。
誰じゃあ、こんな悪さをするのは!
散髪屋のオヤジが怒鳴る声が二人の逃げた路地裏まで聞こえてくる。アパートの壁にへばりつく京子の胸に、とある考えが芽生えつつあった。
「マジで未来予知?」
そのビルは建設中であり、吹きさらしのフロアがあった。歩く者は忍び足というわけでもないのに、無音で黒いジャケットの背中に近づく。
「あなただったの」
放られた一言にサイレントはフロアの際から外界を眺めたまま「まぁ、あんたにあてがわれるのは俺でしょうよ、波刃木さん」と笑った。
どうやら二人は旧知の仲らしく、サイレントの横に座る梓さんの口からは「どっこいしょ」と品の無い声が漏れる。
「俺の前でも行儀よくして下さいよ」
「取り繕うに値しない」
そりゃ光栄なこって。サイレントは苦笑しながら今まで見ていた街並みに視線を戻す。
指差したのは大学病院だった。
「あそこが本丸」
「ふーん、なんですぐに乗り込まないの?」
「今回のは相当ヤバいんです。監視対象を刺激したくない」
「ヤバいってまさか、月の民」
「しかも月器持ちのね。まだ覚醒してませんが、徐々に原初の波動も大きくなって、高濃度のN粒子が計測されている。覚醒前の月の民が月器を持つなど前代未聞ですよ」
サイレントの手を軽く広げるような仕草の前で、梓さんは「まるで爆弾ね」と呟いた。
「その通り。力をコントロール出来ないまま具現化現象が始まれば、何が起こるか分からない。それが今の状況なんです」
「まったく、どおりで報酬が高いと思ったわ」
「下請けは大変ですね」
口の滑ったサイレントを、梓さんは鞘に収まった刀でポカリとやる。
「ちょっ、ゴーレムを毒鞘で殴るなんて冗談でも止めて下さいよ。唯一の弱点なんですから」
「相変わらず軽口は直ってないようね。それで、敵の様子はどうなっているの」
「マス・マンが目撃されたくらいで動きはありません。あちらも監視対象を刺激したくないか、国相部隊に見られるのを嫌って隠れているのでしょう。そもそもこの街はN粒子濃度の高い地点が多すぎます。やつらの居場所の特定は困難ですが、監視対象の月の民が完全に覚醒して月器と適合した時、敵は間違いなく仕掛けてくるでしょう」
ルドヴィコ・ドーミエ。
戦いの時は近いと知ると、梓さんの口から自然とその名が漏れた。憎々しげな響き、それは、過去に彼女から親友を奪った女の名。
思いを汲み取ったサイレントが諭すように言う。
「ルドヴィコは前線で、しかもマス・マンと同時に目撃されることが多い。この街にも来ている可能性はありますが……いくらあなたが手練でも月の民には勝てませんよ」
「子を預かったの」
「……!」
突然の梓さんの告白に、サイレントは動きを止める。一瞬の間のうちに意味を理解した彼は慌てて確認した。
「なっ……まさかあの方に子供がいたのですか」
「隠していて悪いとは思うけど、あの頃はあなたの組織をまだ信用していなかったから。私は密かにあの子を育て、今も一緒に暮らしている。ちょっと前まで暗い顔をする時があったけど、高校になってから随分変わって明るくなった。ようやく始まったあの子の平穏を、受け入れてくれたこの街を、やつらに壊されたくないの」
あのね、サイレント。
その昔、記憶封じの術が全く効かなかった瞳が真っ直ぐサングラスの奥に向けられている。
何も言えない彼に、梓さんはこの世の真理を告げた。
「子を守る親は何者にも勝るのよ」
その意味は恐らく、梓さんと三剣京子の実母、双方を指したものであった。
街が一つあれば、景気の良い場所も悪い場所も出てくる。そこの通りは後者、正確に言えば元は賑わっていたが今はシャッター通りと化した一帯であった。
歩道から地下へ。弱冠、退廃的な雰囲気を醸し出す階段を下れば、廃屋と化した店。昔営業していたであろうバーの店名は、Catの文字だけ残してあとは擦りきれている。そんな煤けたドアを開く、物好きがあった。
鷲鼻に金髪の男は店に入るなりドアの真横に立っていた喪服のような男にビクリと身体を強ばらせる。そしてそれが微動だにしないのを知ると、フヘェ、と力無い溜息を吐いた。
「相変わらず不気味な野郎だ」
舌打ちは、既に店内にいた人物の耳に届く。
「酷いこと言わないでよ、アーソンマン」
非難の声は女のものだった。茶の前髪が顔を隠し、若いようだが白すぎる肌が、幽鬼のような雰囲気を醸し出している。
「ゴーレムはゴーレムの劣化版を嫌悪する、というやつかしら。でもマス・マンは私の月器、キャスリンガーが力を顕現させたもので、産み出される際のコンセプトが違う。劣化版ゴーレムというのは種のことでしょう?」
いや、そんな理屈捏ねられてもな。
アーソンマンは後頭部を掻きつつ、女の座るテーブルに近づくと「普通に不気味だろ。誰が見ても」と親指でマス・マンを指して見せる。
女は憤慨した。
「あの愛くるしさが分からないの?」
「あいくるし……ああ、もういい」
自分と、いや、世間一般と彼女の感性には大きな壁があることを理解したアーソンマンは、諦めて別の話に入る。
「偵察はどうだ。敵の位置は分かったか」
「今のところ駄目ね。この街ってN粒子濃度の高い地点が散在してるから、いちいちマス・マンの探知に引っ掛かってなかなか偵察が進まないのよ。探知するN粒子濃度のレベルを少し引き上げて、駒の数も増やしてみるわ」
そう言って女はテーブルに置かれたチェス盤の上に、駒を一つ追加する。
この街のどこかに、新たなマス・マンが出現した瞬間であった。
「ポーンだけのボードか。一見脆弱な布陣だが……」
アーソンマンは彼女の後方を見て、思わず笑ってしまった。あまりにも理不尽な女の力に笑うしかなかったのだ。
「あれだけありゃあ負けはないよな」
後方にもう一つ設置されたテーブルには、ポーンが山のように積まれていた。
数の暴力。それが、ルドヴィコ・ドーミエの力の本質であった。
日が暮れて間もない頃、ラーメンとメガネはこの日も高層ビルの屋上で監視任務についていた。
「じゃあマス・マンてのは三田村のマネキンみたいなものか?」
ラーメンが自分の視力の限界を知るために眼の倍率を上げながら聞くと、メガネは微妙な顔をした。
「まぁ、三田村にとりついた種は大分影響を受けていたな。恐らくあの三流科学者の端末にデータがあったんだろう。だが同じような物と考えるのは危険だぞ」
「やっぱ本物は凄いってことか」
「上位互換という言葉が生温い程な。例えばパンチ力で表せば、マス・マンのパンチはサイレントのパンチくらいの威力はある」
「ま、マジで。サイレントさん俺の腕を簡単に引きちぎる程の腕力だぞ。多分、岩くらいは砕くんじゃないか」
「そう。三田村のマネキンは道具みたいな物だったが、マス・マンは一体一体が強靭な兵士だ。しかもより緻密なプログラムが組み込まれていて、複雑な命令もこなす。ゴーレムなのか、敵方の新型兵器か不明だが、そんなやつらが無限に沸いて来たら、対処は不可能だろう」
メガネの話を聞いたラーメンはごくりと唾を呑み込む。そして「あ、不可能って言っても俺は例外な。俺の辞書に不可能はないから」などとのたまうメガネの前で「うわっ」と声を上げた。
「どうした、何か見えたか」
「あ、あれ、10時の方向5キロメートル」
メガネが眼鏡の縁についたギミックでラーメンの言う位置まで倍率を上げると、そこは以前、ラーメン、ビッちゃん、自分の三人で訪れた場所だった。
「映画館の前か」
「なんだよあれ、姿は人間そっくりなのに、人間からもっとも遠い、抜け、殻」
「間違いないな。黒淵鉄から国相部隊へ、マス・マンの出現を確認……」
メガネは無線で今後の指示を請う途中、ラーメンの異変に気付く。
彼は肩をかき抱くように身を震わせていた。
「お、おい、大丈夫か!?」
「俺は違う。俺は、あんなのとは……」
映画館のトイレにて、猿は荒い息をついていた。鏡に映った自分の顔に「なんなんだよ、さっきのは」と語りかける。
彼は上映中に抜け出してきたのだ。
『 いやぁ、宿敵がまさか、実の父親だったなんてね』
ストーリー上一番盛り上がる場面で頭の中に声が響き。
「ネタバレやめろ。ぶっ飛ばすぞ!」
立ち上がってしまった猿は、周囲の冷たい視線からここまで逃げて来たのだった。
「一体誰なんだよ。俺に少し先の未来を教えてくるのは」
憧れの特殊能力。だが現実に鏡に映った顔は、恐怖に歪んでいる。人一倍望んでいたはずなのに、猿は非現実的な現象を受け入れられないでいた。
そして更なる非現実が肩にひょっこり乗っている。
「うわぁぁぁぁ!」
「わぁぁぁ!落ち着いて、落ち着いて!」
混乱の最中、男子トイレに京子が駆け込んできた。
「おい、何があっ……た……」
突然席を立った猿を心配して追いかけて来たら大声が聞こえた。駆け付けてみれば居たのはピンク色の小さな生物。見た目は動物のサルであったが、こんな体色の自然動物を京子は知らない。
「お前、社畜星人か?」
「おお、さすが京子さん。頭が柔軟で助かります」
「いや、猿から話を聞いた時からそうじゃないかとは思ってたんだ。頭の中に声って、いかにも何か憑りついてそうだからな。で、猿に憑りつくやつがそう次々と出てくるはずがない」
「マジかよ。何で言わなかったんだ」
「確証もなしに言って不安にさせたくなかったんだ。だって社畜星人は帰ったとばかり思ってたし」
「そ、そうだよお前、帰ったんじゃなかったのか?メガネももう俺の中には何も反応無いって言ってたんだぞ」
いやぁ、それがそのぉ……。
社畜星人は気まずそうな笑みを浮かべて経緯を語る。
今の自分は以前とは違い、感情を持ってしまった。感情を持つということは個として独立した存在になるということ。そのせいで群である仲間と融合できなくなった、と。
「ついでに短時間ですが、このように身体を作り出すことが出来るようになりました」
これが進化なのか退化なのかはいまひとつ定義しかねるところですがね、たはははは。
京子達から聞いていたよりずっと軽いノリで笑う社畜星人に、猿は眉を吊り上げる。
「そんなのどうでもいいんだよ。何だってまた俺に憑りついてんだ」
「居心地がい……い、いや、以前のように誰にでもは憑依出来ないんです。私の感情はあなたから貰ったもの。親和性の関係ってやつで。身体を作れるようになったと言っても短時間だけですので、洋介さんの中にいないと消えてしまうんですよ」
むんず。
社畜星人の人形みたいな顔が猿の指によって鷲掴みにされ、UFOキャッチャーに囚われた景品よろしく宙吊りになった。
「お前が消える?それのどこに俺にとって不都合があるんだ」
「痛い痛い痛い。あ、すごい、ちゃんと痛みも感じる。じゃなくて私のキュートなお顔が潰れちゃいますよぉ」
個として目覚めたどころか自意識過剰な発言をする社畜星人を指さし、猿は京子に向けて。
「なぁ、こいつ、トイレに流していいよな」
「まぁ、待てよ」
無慈悲な提案を京子が止める。
「社畜星人、お前、身体を作り出す他に未来予知も覚えたんだろ。結構便利じゃないか?」
「そ、そうですよ。さっすが京子さん」
社畜星人は逆上がりの要領でくるりと回転して猿の指から逃れると、猿の手の甲を蹴って京子の肩へ。そして「あ、いい匂い」と不届きなことをほざいてから。
「まぁ、正確に言えば未来予知というより人智を超えた洞察力と言ったところでしょうか。私は人間よりも遥かに世界と一体化した存在。周囲から得られる情報も膨大な物となります。そこから次に起こる現象の中で、もっとも出現率の高いものを予想しているのです」
「よく分からんけど怖えーんだよ。不幸な未来も見えちまうってことだろ」
「ですがそれはあくまで起こる可能性が高い未来であって、確定していない。つまり、回避は可能。そして回避する為には私の能力が必要不可欠なんですよ」
どうですか、お客さん。へらへらした顔でペラペラ喋る社畜星人は怪しい営業マンの如しだが、猿の心は揺れた。
もしも本当に危機を察知して、それが回避できるのなら、大切なものを守る大きな力になるかもしれない。
そう、少々暴走気味な行動をとる連れのことだって……。
「ん、なんだ猿。人の顔をじろじろ見て」
「い、いや、何でもない」
慌てて顔を背けた猿は知らなかった。まさにその危機が、今この瞬間、迫りつつあることに。
彼は観客の中の一人。単なる映画好きであり、その席に座っていたのも偶然。だから名前も紹介する必要はないだろう。そんなモブモブしい彼は少々イラついていた。先程、右の席に座っていた少年の奇声に盛り上がるシーンを台無しにされたばかりである。にもかかわらず今度は左の席からブツブツと何やら低い呟きが聞こえだしたのだ。
「ちょっとあんた、いい加減に」
注意しかけて、彼の顔は青くなった。左の席に座った喪服のようにモノトーンの男は、繰返し同じ言葉を呟いている。その姿はあまりにも非人間的。
「N粒子濃度LEVEL-5を検知。精神生命体と思われる。N粒子濃度LEVEL-5を検知。精神生命体と思われる。N粒子濃度……」
数㎞離れた元バーで、目を開いたルドヴィコは「へぇ、LEVEL-5の精神生命体!」と声を上げた。そしてしばらくの思案の後、口角を僅かに上げる。
ポケットから携帯を取り出し耳にあてようとする行為を、アーソンマンが見咎めた。
「何する気だ。本命に動きがあるまで待機の命令だぞ」
「だってLEVEL-5の精神生命体よ?気にならないの」
「確かにそこまで励起状態にあって精神生命体であり続けるのは珍しいが、たかが精神生命体だぞ?茶々を入れて敵と交戦するリスクを考えてみろ」
「私がどれだけ前線に出てるか知ってるでしょ。多少の我が儘くらい……あ、出たわ。ああ、私よ。ちょっと結界張って貰いたいんだけど、ええ、勿論分かってるわ、命令はちゃんと遂行してる。ただ現場に不測の事態は付きものでしょ?狭い範囲のでいいから……そうね、ランスギフターが適役だわ。座標はマス・マンが送るから」
電話の相手がルドヴィコの無茶をきくのはこれが初めてではないらしい。電話から何やらギャーギャー文句が漏れていたが、それらをさらっと無視したルドヴィコは「じゃあ、お願いね」と言って電話を切った。近くで聞いていたアーソンマンは眉間を揉む。
「ランスギフターのやつ、怒らなきゃいいけどな」
数分後。背中から生えた推進ジェットで映画館上空を飛ぶ赤毛の男、ランスギフターは、やはり、怒っていた。
「あんのクソババァ、俺様をパシリみたく使いやがってぇぇぇ!」
彼は指定の位置まで来ると大きく振りかぶり、怒りにまかせて光の槍を投げ下ろす。稲光りのような閃光が映画館を貫き、夜の闇に染まりつつあった街を一瞬、明るく照らした。
「命令内容の上書き完了。命令内容の上書き完了」
「あ、いや、何でもないです。はは」
静かにするよう注意しようとしていたモブの彼は、相手の異様さに直ぐ様折れて、乾いた笑いを浮かべる。そして急いでスクリーンを向こうとした時、頭上に明るさを感じた。とっさに振り仰いだ彼が見たものは光の槍が迫ってくる光景。
光の槍は、目の前の気味悪い男に、脳天から突き刺さった。
「うわぁぁぁぁ!」
……今度はモブの彼が白い目で見られる側になった。
「だ、だって」
弁解するように指を差して見せるも、誰も理解を示さない。何故ならそこには何もいなかったからだ。
マス・マンは忽然と姿を消していた。




