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新生月器ポスリア  作者: TOBE
覚醒編
34/88

ポスト悪い遊び

 県民馴れ合いセンターという公共の施設に、京子、本屋、猿の三人組は集まっていた。ギャグパート担当の三人組は、学習スペースと銘打たれた区画で、やたら真剣な顔つきでテーブルを囲んでいる。

準備はいいか?というように目配せをすると、京子は口を開いた。


「今日はみんなを怒らせて遊ぼうと思う」


 やはりこいつらが真剣な顔をしている時は、ろくなことがないようだ。


「まずは小手調べにつっこだな」

「普段から結構怒ってるもんな」

「すぐ近くにいるらしいからメールで呼び出そう」


 数分後。


「買い物してたってのに何の用?正直あんたらが揃ってると嫌な予感しかしないんですけど!」


 一同は「すげぇ、既にちょっと怒ってる」と感心した。


「今からお前が怒る様を見て楽しもうと思う」


 京子がそう宣言すると、つっこは「はぁ!?」と、コメカミに青筋を立てた。


「その発言がもうムカつくっつーの!」


 すかさず猿が「その発言がもうムカつくっつーの、ビシぃっ!」と、変な突っ込み効果音つきで真似をした。


「私、ビシぃっとか言ってない!」

「私、ビシぃっとか言ってない、ビシぃっ!」

「……」


 つっこはプルプル怒りに震え、三人組はニヤニヤと笑っている。

 突然、つっこはプイッと顔を背けると、センター出口に向かってスタスタ歩きだした。もうあんたらには付き合ってられませんという意思表示である。

しかし尚も執拗に後を追う京子と猿。しかも両サイドからじっと顔を覗きこみ、並走するというウザさ全開の嫌がらせに、たまりかねたつっこは足を止めた。


「じゃあ、これも真似出来る?ポロロンボイーンアッピョッピョー」


 鼻の穴に指を掛け、目は白目を剥き、顎をしゃくらせ片手でバストを揺らしてみせる。

 女子高生が絶対にやってはならない顔に、センター出入口の空気は凍った。


「うわっ」


 京子は引いている。


「うわっ」


 猿も引いている。

 そして、通行人のヒソヒソ声。

 何あれ変な顔。

 どんな不満を抱えてたらあんな顔するんだ。


「うわぁぁぁん、もうお嫁にいけない!」


 泣きべそをかきながら外へ出ていくつっこ。


「はっはっはっ、ラーメンにでも貰ってもらえ」


 京子と猿は悪い笑顔で見送る。

 二人がもといたテーブルに戻ってくると、本屋が眼鏡を光らせて「さすがだな」と言った。称賛を受けて、京子がドヤ顔をする。


「ウザさにかけて私と猿のコンビに勝る者はおるまいよ。今度はお前の力を見せて貰おうか、本屋」

「次は順当にいってビッちゃんだな。つっこ軍団の中でも一番女の子らしい性格をしているから、婦女子の敵である俺は適役だろう」


 ……お前ら自分で言ってて悲しくないのか。




「どうしたの、三人とも。宿題してたの?」


 今日もきっちりお洒落を決めてきたビッちゃんに、本屋は大きく息を吸い込み、一気に言った。


「ブゥゥゥゥッス!」

「はぁ?」


 ……効果は今一つのようだ。


「ビィィィィッチ!」

「さっきからなんなの」


 またしても反応は薄い。冷めた視線が本屋を見据えるばかりで、怒りには程遠い表情だ。


「もしかして怒らせようとしてるのかもしんないけど、そんな低レベルな悪口じゃ効かないわよ」


 余裕をみせるビッちゃんに、見守っていた京子と猿がざわめく。

 なんか大人っぽい反応だな。メガネとの間になんかあったのか?

 女としての格が上がった的な?

 それを受けて、本屋が頷く。


「なるほど、今更ビッチ呼ばわりされてもなんともないと」

「フフフ、まぁね。むしろ自分で言っちゃおうかしら。私はビッチ、魔性の女。なーんて」

「じゃあ、一発ヤらしてく……」


 一発顔面にパンチが入った。




 本屋の鼻から鮮血がキラキラ迸り、ビッちゃんが肩を怒らせて去ってから数分の時が流れた。

 三人組は今、歓談室にいる。横になった本屋の鼻血が止まるのを待っているのだ。


「見たかよビッちゃんの怒りよう。顔面にグーだぜ、グー」

「名誉の負傷だな」


 絶賛する猿と京子に、本屋は「バ、バビガトウ」と鼻声で礼を言う。

 鼻から覗くティッシュが実にアホらしく、どこが名誉の負傷なのだと問い詰めたくなる有り様。こんな野郎は一生、鼻にティッシュでも詰めてりゃいいのだが、残念ながら暫く後に復活した。


「さて次のターゲットだが、糸子を呼んである」


 まるで何事もなかったかのような司令顔で本屋が眼鏡を光らせると、京子と猿は顔を見合わせる。


「いや無理だろ」

「あいつに怒りの感情なんてあるのか?」


 すると指と指を組んだその下で、ニヤリと司令笑みが浮かんだ。


「俺に一つプランがある。対糸子用のとっておきだ」


 果たして三人は糸子の糸目を釣り上げさせることが出来るのか?




 歓談室のドアが開くと、いつも通り、デフォで笑っているかのような顔の糸子が現れた。


「やぁみんな、呼んでくれてありがとう。宿題そろそろヤバイなーって思ってたんだ」

「おう、よく来……」

「すげぇ、お菓子がいっぱいある!!」


 本屋の歓迎は喰い気味に無視された。三度の飯より食べるのが大好きな糸子である。テーブルに山盛りのお菓子を前にすれば当然の反応であった。

 嬉々として空いた椅子に座り、大好きなポタージュ味のスナックに手を伸ばす。すると、マナーを咎めるように隣からその手をパシリとやられた。


「何するんだ京子」

「こっちのセリフだ。それは私達が金を出して買った物だ。ひとのおかしをとったらどろぼう!」


 京子が某収集型RPG風に言うと、糸子は「そ、そうなのか」と項垂れる。そこへ猿が「糸子も買ってきたらいいじゃん」と言った。


「三円」

「何が」

「私の所持金」

「マジかよヤベーな」


 財布から出した三枚のアルミ硬貨をひぃ、ふぅ、みぃ、とやりだす糸子。そんなことしても増える訳はない不毛な姿に、三人組は情報は本当だったとほくそ笑む。


「うちの姉ちゃんたまに変な物買い込んで散財するんです。今月は大量の靴ヒモでしたね。あの癖なんとかなんないかなぁ」


 弟の悟も、道端で本屋に話した愚痴がまさかこんな形で使われるとは思っていなかっただろう。ある意味、変な浪費に対する戒めとして彼の要望は叶えられるかもしれないが、それにしても姉にとって酷な戒めであった。


「うー」


 いくら金を数えても魔法は起きないと悟った糸子は、テーブルに顎をつけて恨めしそうにお菓子群を見ている。やめときゃいいのに、さぞかしそびえ立って誘惑してくることだろう。

 その間にも、三人組は実に旨そうに菓子を喰らうのである。

 本屋が麦チョコの袋を掴み、持ち上げると、糸子の視線はそちらに。袋を開け、一掴み口元へ運ぶ動作を、糸子は首を上げて追いかけた。


「うめぇ」


 麦チョコが本屋の口に収まると「うー」と言って再び顎をつける姿勢に。

 今度は京子がグミキャンディの袋を開ける。そして一つ取り出すと「仕方ないな」という顔つきでふっと息を吐き、糸子の目前に運んだ。

 パッと花の咲いたような笑顔で「あーん」と口を開く糸子。しかし、口を閉じてモグモグやっても味は無かった。ブドウ味は目の前で京子が堪能していたのだ。


「ミュギィ」


 謎の生物的な鳴き声を上げて糸子は元の顎付けポーズにもどる。

 そんなことを幾度か繰り返すうちに、とうとう糸子はポロポロ涙を流し始めた。


「ううっ、ぐすっ」


 歓談室に三人組の菓子を噛む音と、糸子のぐずる声が鳴っている。

 三人組は、いつの間にか全く美味しくなくなった菓子を咀嚼しながら必死に耐えていた。何に、と言えばそれは、良心の呵責である。

 頼むから泣かないでくれと思いながら三人組は黙々と菓子を食べていたが、我慢出来なくなった本屋がつい、小さな菓子を持った手を糸子に伸ばして京子に制された。


「お前が言い出したんだぞ。我慢しろよ」

「じゅ、10円のやつくらい大目にみても」


 二人が言い合っているところへ糸子は「なぁ……」と切ない声を投げる。

 三人には雨に濡れそぼり、腹を空かした子犬の姿がはっきりと見えた。

 子犬はくぅ~んと鳴き。


「くれないのか?」


 …………。


「いくらでも食っていいぞ、いとこぉぉ!」

「ほら、お前の好きなニョロニョロゼリーもあるぞ!」

「ポテチもたくさんある。たーんとお食べ!」




 人を怒らすのは悪いことである。悪いことなのでやりたくなるが、相手は選ばねばならない。そう考えれば糸子はこの遊びの対象としてふさわしくなかったのであろう。

 ましてやメガネなど怒らせては洒落にならないのだと、本屋の携帯を覗きこんだ京子と猿は思い知った。


『もう五時間も図書館で待っているが、感心したよ。お前にこれほど度胸があるとは思わなかった』


 メールの文面を見て三人組は青い顔を晒している。背後で幸せそうに菓子をパクつく糸子とは天国と地獄の様相であった。




 一方そのころ図書館では、窓際の席でビッちゃんがノートに何かをしたためていた。見れば幾つかの箇条書きであり、タイトルは「本屋を懲らしめる100の方法」。

 内容は逆さ釣りやアイアンメイデン等、物騒な言葉が並んでいる。

 彼女の怨念が紙上を走っていると、外からメガネが帰ってきた。


「何してたの、電話?」

「お灸を据えてきたんだ」


 意味ありげな笑顔にビッちゃんは頷くと。


「そうよ、あんの野郎にはお灸を据えまくって肌色が見えなくなるくらいしなきゃダメよ。あのど変態が私に何言ったか分かる!?」


 肌色が見えなくなるくらいとは偉い拷問だが、ビッちゃんの召還した想像図では目ん玉にまで据えてあってかなりのホラー。


「おい、図書館では静かにしろよ」


 ヒートアップするビッちゃんを諫めると、メガネはカウンターを指差す。そこでは司書のお姉さんがこちらを睨みつけていた。


「彼女は怒らせてはならないタイプだ」


 しかし、お姉さんが睨み付けている理由は別にあった。


(リア充カップル爆発しろ!)


 ……人の怒る理由は様々である。


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