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新生月器ポスリア  作者: TOBE
日常編
29/88

ポスト兆しの花火⑥

 何が、どうなってるんだ。

 大通りに面した無人の薬局。その立て看板がわりの人形に身を隠し、ラーメンは眼前の戦いを恐る恐る見ていた。

 大通りを道に沿って向かい合った、雷の化け物と、マネキンに担がれた巨大な御輿に乗った化け物の戦いだ。

 御輿に乗った化け物はなんだかうねうねとした、灰色の木の根のような物体に覆われた人型。そいつが身体の一部から生えている太鼓を打ち鳴らすと、御輿から少し上に位置する空間に穴が開き、そこから次々とマネキンが射出される。

 マネキンミサイル。名付けるならそれであろう人形共が、手をピタリと身体側面につけた姿勢のまま、放物線を描いて飛んでいく。

 雷の化け物は臆することなく前進を続け、雷ゆえに輪郭の定まらない腕を前方に掲げた。

 そのまま拳を握る。すると全身からエネルギーが波打つように収束し、拳に青い光が灯った。

 そして、薙ぐ。

 伸びた雷の腕が奔流となり、マネキンミサイルを飲み込んでいく。

 連なる破裂音が空気を裂き、マネキンミサイルは一体も着弾することなく、空から降り注ぐ破片へと姿を変えた。

 雷の化け物は前進を続ける。


「まるで特撮映画じゃねーか。夢か?」


 夢じゃないよな、この感じは。

 肌に伝わる空気の振動に、ラーメンがゴクリと唾を飲み込んだその時。

 彼の目に、御輿に何かを運んで来るマネキンの一団が映った。

 最初はマネキンが女型のマネキンを運んでいるのかと思ったのだが。


「あれは、ビッちゃん!?」


 マネキンの一団が御輿に近づくと、御輿の上の化け物が太鼓を鳴らす。

 すると、地面から新たなマネキンが数体涌いてきて、組体操の要領で階段を造り出す。

 ビッちゃんを運んで来た一団は躊躇なく階段を踏み、御輿の上に上がると、化け物の前にビッちゃんを降ろした。

 着ている浴衣はボロボロだが、そんなことを気にする様子もなく、彼女は物凄い剣幕で化け物に何か叫んでいる。

 顔は見えないが笑っているのだろう。化け物は、半ば木のようになっている身体を少し揺らすと、もう一度太鼓を打った。

 ラーメンでももう少しましな、という程の気の抜けた音が鳴り、ビッちゃんを運んで来たマネキンのうち二体が彼女を後ろから羽交い締めにして、残ったマネキンは塵となって太鼓に吸い込まれた。

 ラーメンは何が起こっているのか未だに理解出来ないでいたが、友人が絶対絶命の状況であることは間違いない。


(俺は、どうすればいい?)


 彼は御輿の化け物を観察する。

 木に取り込まれた人にも見えるそいつの足元からは、根が伸長し、まるで御輿が液体で出来ているかの如く、表面から突き出たり再び潜ったりと、無秩序な融合が成されていた。

 御輿の端から突き破った根が外縁部を拡張させ、今では木を中心においた要塞のような有り様であったが、上層部が重厚であればあるほど、下で支えているマネキン達は頼りなく、今にも倒れてしまいそうにさえ見える。

 しかも御輿の巨大化に伴って高さを稼ぐ為、マネキンがマネキンを担ぐ二重構造で支えているので、なおさら不安定であった。


(体当たりすれば二、三体くらいバランス崩せる?いや、きれいに並んでるからもっといけるか?何体か倒せば少しはぐらつくよな)


 そうすればきっと、ビッちゃんの逃げ出す隙が出来る。

 道筋は案外すんなりと立った。だが、問題は実行出来るのかということだ。

 状況は、彼の勇気を問うている。


(だけど近づく前に絶対気付かれるって。あんなのに気付かれて襲われでもしたら……)


 立て膝をついている自分の脚を見ると震えていた。

 その事を彼は、とても腹立たしく思った。




 触れるもの全てを塵に変えて。

 雷撃の機兵は一直線に御輿へと進んだ。

 もはやマネキンの壁など呼び出したところで無意味だろう。

 なので遮る物なく、メガネと三田村は向かい合っている。

 下から三田村を見上げる構図が気に食わないのか、御輿の高さに合わせて、雷撃の機兵は不定形の躯を二回りほど増大させており、もともと半端ない威圧感に拍車をかけている。

 にも関わらず薄ら笑いを浮かべる三田村の余裕は、種の侵食を裏付けるものであろうか。果たして三田村の自我はいかほど残っているのか。それを彼の口調から推し量ることは難しい。


「そいつがリミッターを外した白衣の姿か。成る程、たいしたものだ。しかしいささか力が大きすぎないか。僕の身体など触れられただけで吹き飛んでしまいそうだ。人は傷付けない主義ではなかったのかい?」

「そんな段階はとうに過ぎている」

「おやおや、追い詰め過ぎて覚悟を決めさせてしまったか。君から甘さが無くなるのは脅威だが……こっちの覚悟はどうかな?」


 太鼓の音が鳴ると、マネキンがビッちゃんを、三田村の盾になるような位置へ連れて来る。彼女は稲妻の乱舞に顔を背けながらも、声を上げず、気丈な態度でそこに立っていた。


「以前の俺ならビッチごとやっていただろうな。だが」


 そこまで言うと、メガネは「ふーっ」と、長い息を吐いた。

 この雷撃の機兵モードだけはパネルでの操作ではなく、精神感応でコントロールしているので、解除するには心を落ち着かせる必要があるのだ。

 程なくして雷撃の機兵は白衣の機兵へと戻り、ボタン1つでただの衣服、白衣へと還った。御輿の上に降り立ったメガネは白衣を脱ぎ、三田村の前に放る。

 残されたのは、黒いシャツにジーパン姿の、ただの小柄な少年であった。


「お前の言う通り、俺にビッチは殺せない」

「だったらなんでここに来たんだい?マネキンの穴ぐらから抜け出して、自ら禁じた力まで使って、何をしにここに来た」

「生き残りに、だ」


 メガネのその言葉を聞いた途端、三田村は爆笑した。身体をくの字に曲げ、腹を抱えてしこたま哄笑する。

そして態勢はそのままに、顔だけメガネの方へ持ち上げて見せると。


「なんだ、ばれてしまったのか」


 と、今度は心底がっかりしたように言った。


「どこでばれた?いや、当てよう。そうか、マネキンの穴ぐらで中途半端に首を締めた時だな?種のシステム通りならあそこは確実に圧殺しているシーンだ。ああ、そうか、そうか。腕一本へし折るくらいの演出は必要だったというわけだ」

「もともとどこかでばらすつもりだったくせに、茶番を言うな。気付いたからこそ、俺はこうやって交渉しに来たのだからな」

「それはそうなんだけどねぇ。こうも上手く騙せているともったいなくてね。で、どう思った、凄くないか?凄いよな。そりゃこのタイプの種は稼働している間、自動で成長するから、臨界点を迎える前に停止せねば結局は暴走するんだけど。でもここまでこの古代兵器を自在に操ったのは、失われた歴史を含めても私の疑似ゴーレム化プログラムだけだろうさ。つまり、私の技術力こそが月の民の力に一番近い……」


 種のシステムを乗っ取った何者かは、三田村の顔を恍惚とさせ、長々と自分の功績を語る。

 反比例的にメガネの表情は辟易としたものになった。


「お前の二流科学に興味などない。さっさと迎えをよこせ」


 水をさされた何者かは両手を広げ「はぁ~」と大げさに溜息をついて見せる。


「これからの科学者はコミュニケーション能力も必要だと思うけどねぇ。それに興味ないってのも嘘……ああ、分かった分かった、分かったからそう怖い顔するなって。すぐにカボチャの馬車で迎えに行きますよ、シンデレラ」


 片手を胸に当てる仕草で懲りずに飛ばされたつまらないジョーク。その中にあった「迎え」という言葉にビッちゃんが反応した。


「ちょっと待ちなさいよ!メガネあんた、どこに行くつもりよ!」


 すぐさま押さえつけてくるマネキン二体に「ああ、もう、鬱陶しいわね!」と抵抗しつつ、懇願するような声音で、彼女はなおも語りかける。


「側にいてくれるんでしょ。だから来てくれたんでしょ?ねぇ、約束したじゃない!」


 ビッちゃんの訴えに、メガネは少しだけ苦しそうな笑顔を浮かべ。


「生きていれば、また会える」


 と言った。


「またって……」


 今は側にいられないってことじゃない。

 いつか突然、遠くに行ってしまいそう。推杉万里音がメガネを評した「儚い」という言葉が思い起こされる。 

 そしてそれが事実なのだと知らしめるかのように、事の首謀者は口を開いた。


「だめだよう、お嬢さん、男の決意を邪魔しちゃあ。彼は自分の身柄と引き換えに街の人間と君を救おうって言ってるんだ。黙って見送ってやるのがいい女ってもんじゃないかい?」

「本当なの、メガネ。あんたまた自分が犠牲になって」

「違う!」


 強い口調が出る。

 犠牲ではない。多くを語らぬ男でも、これだけは伝えねばならぬ。


「俺が生きたいんだ、お前が生きている、この世界で。たとえ側にいなくても、生きていればまた会えるから」

「メガネ……」


 こみ上げて来たものが悲しみなのか、喜びなのか、ビッちゃんにはもう分からなかった。

 混じりあった感情をぶちまけてしまいたい衝動を、口に手をあててひたすら堪えた。

 少しでも油断すると零れてしまいそうな熱さを押さえながら、彼女は少しずつ確かめる。「私、分かってるんだよ」と、前置きを一つして。


「悪いやつらがあんたを利用しようとしてる。あんたの技術でたくさんの人が傷ついたり、死んじゃったりするかもしれない」

「……」


 メガネは応えられない。事実だとしても、彼女に告げてはならない。

 彼は諦めないと決めた。この選択は、今を耐え、将来に希望を託すもの。

 伴う痛みによって、ビッちゃんの心に負担をかけたくなかった。それでも。


「つらいよね」


 そう言って自分の方がよっぽど辛そうな顔をする彼女を見て、メガネは悟る。いつの間にか、二人の心はこんなにも近づいてしまったということを。

 彼女の前ではほんの薄皮一枚、最後に残っていた強がりでさえ剥がれ落ちてしまう。

 彼女は自分よりもずっとよく知っているのだ。

 弱い、素肌の自分が望んでいる、救いの言葉を。


「だったらその罪は、私も背負うよ」

「っ!!そんな必要は」

「私も同じ。私が背負いたいからそうするの。だから二人で我が儘言おう。世界中の人に謝って、謝って、謝り尽くしてさ。自分勝手だって後ろ指さされながら……いつかまた、一緒になろうよ」


 ……強い。

 メガネは圧倒されていた。

 出会ったころの、周りの目ばかり気にしていたビッチはもういない。

 そんなことは、とっくに知っていた。

 気付かなかったのは自分の心の変化。誰によってもたらされ、誰に影響を与えているか、ということ。

 きっと俺達は二人で強くなってゆく。それが分かった時、メガネは生まれて初めてこの言葉を素直に言えた。


「ありがとう」




「いやーはっはっ、意外にもしたたかなカップルだな、君たちは」


 メガネが振り向くと、奇妙な形の乗り物がいつの間にか現れていた。

 球体に長い四本の爪が生えたような乗り物は、その爪でもって地面に立ち、球体部分に開いた搭乗口を御輿の端に接岸している。

 さっきまで三田村の声帯を使って喋っていた男が、今度は自分の声で中から呼び掛けているのだ。


「突然現れてびっくりしたかな?結界の中じゃあ割りと自由に出たり消えたり出来るんだ。この辺の理論は黒渕くんなら既に理解していると思うが……ああ、まずい、長話するとまたおこられっちまうな。ま、天才同士の対談は基地でじっくりやるとしとして。さぁ、さぁ、乗ってくれたまえ、黒渕くん」


 男の声には表情一つ変えず、メガネはもう一度、いまだ捕らわれているビッちゃんを見る。


「それじゃ、しばらくの間お別れだ」


 球体に向かって歩き出す。

 しばらく歩くと思いがけず、背後で怒声が上がった。


「って、やっぱ納得いかんわボケェ。おいコラァ、メガネ、帰ってこいバカァ!!」


 離せ離せ離せ離せはーなーせー!!と、暴れまくってる姿を想像し「台無しじゃないか」と笑いながら、メガネは振り返らずに歩いた。




 球体の搭乗口から中に入ると、内装はいたってシンプルな造りであった。

 ごちゃごちゃとした機材もなく、ただ、だからこそ、テーブルの上に置かれた赤い物体が目立っている。

 それは赤い液体が充たされた水槽だった。

 一体何に使われるのかを知るであろう男は、普段のメガネと同じく白衣を身に付けており、モジャモジャの頭は本屋のようであるが、本屋と違って若干の不潔感を放っている。

 男は乗り物のシートには不適切な木製の椅子に座り、彼の前には水槽とコードで繋がったノートパソコンが、得体の知れない文字列を映しだしていた。


「やあ、ようやく会えたね。この瞬間を心待ちにしていたよ」


 一見気さくな雰囲気で出迎える男だが、その笑った目の奥に滲んでいる欲望の色を、メガネは見逃さなかった。

 こんな目を何回か見たことがある。悪魔の囁きに抗えなかった、マッドサイエンティストの目だ。


(この液体、まさかとは思うが……)


 メガネが目を細めてテーブルの水槽を見ると、


「悪いんだけど、まずはこれを着けてくれ」


 男が手枷を放ってくる。

 警察の持つ手錠ではなく、小さな箱に穴の開いた、金属ともプラスチックとも知れない代物だ。

 言われるままに両手を片方ずつ穴に通すと、カチリと手首を固定する音。

 特に狼狽えることもなく、メガネは男に冷たい視線を向けた。


「これでいいか?早くビッチを自由にしろ」

「勿論だとも。だが、先に言っとくけど、その手枷には麻酔針が仕込まれてて、外に出ると作動する。お嬢ちゃんが助かったからって変な気は起こすなよ?」

「分かっている。逆らいはしない」


 メガネの言に満足した男は「それじゃ、後学の為に見ていたまえ。これがN粒子研究の最先端だ」と、実に誇らしげにノートパソコンのキーを叩き始めた。

 種を操る行為が楽しくて仕方ないと言うような、嬉々とした、端から見るとかなり不気味な表情で男は作業を進める。

 しかし、何かあったのだろうか。

 しばらくすると釣り上がっていた男の口角が徐々に下がっていく。

 額には汗が浮き、ついには「そんなはずは……」等と焦ったような呟きを漏らした。


「おい、どうした。何か問題か?」

「い、いや、大丈夫だ。少し手間取っているだけで」


 不安になったメガネが問うと、ますます不安になるような返答が返ってくる。

 いてもたってもいられなくなって、メガネはビッちゃんの見える出口付近まで移動した。


「おいコラ、メガネ、聞こえてんでしょ、いいから出て来なさいって!」


 ビッちゃんは未だ二体のマネキンに羽交締めにされ、叫んでいる。

 メガネが三田村を見ると、動きは止まっているものの、木のような身体はさっきよりも更に成長しているようだった。


「何をやっているんだ、もういつ花が咲くか分からないんだぞ!」


 室内を振り返って怒鳴る。

 ところが男は作業を進めるどころか、なんとキーボードに突っ伏して身体を震わせているのだ。


「一体……」


 何を。

 メガネが問い詰めようとしたところで、男は笑い始める。狂ったような、自棄気味の笑いだった。


「黒渕君、僕は道化だったようだ。操っていたのは僕の方ではなく」


 男はノートパソコンをメガネに向ける。画面には赤い文字が埋め尽くされていた。


『お前はもう用済みだ』


 弾けるような勢いで、メガネはもう一度三田村を見る。

 俯いていた顔がゆっくりと上がり、血色の悪い、薄い唇が動く。


「本当に私を操れると思っていたのか?人間風情が」


 種子が、再起動した。

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