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新生月器ポスリア  作者: TOBE
日常編
28/88

ポスト兆しの花火⑤

 自分はそんなに存在感が無いだろうか。

 ビッちゃんとメガネの待ち合わせ場所であるオカプラ前に自転車を走らせながら、ラーメンは繰り返し自問していた。

 確かに前に出る性格ではない。

 しかしそれは引っ込み思案だからではなく、色々考えているからである。

 他人や周りのことを理解しようとすると発言は一歩遅れてしまうし、そもそも理解出来れば言わずに済むことも多い。

 欠点ばかりじゃないはずだ。

 彼はいつものように自分にそう言い聞かせながら道を進む。

 こんな風に深く考え込むのは彼の癖の一つであるが、人間は思考の世界に没入すると、外の世界を頭から追いやってしまう。

 しかしその景色の異常さは、流石に彼の意識を現実に呼び戻した。

 キッ。

 自転車のブレーキ音が甲高い音を立て、ラーメンの背筋をぞくりと冷たいものが這う。


(何だよ、これ……)


 繁華街なのに人影も、走行中の車も無い。

 周りのことを人一倍理解しようと努める男にとって、この状況は全くもって理解不能であった。


 白衣から射出された白い槍が、スクラムを組んだマネキン達にガキンと弾かれる。『壁』の文字を戴くだけあって、このマネキン達は強度に特化されているようだ。勿論、メガネにとって破壊出来ない程ではないが……。


「おい三田村。こんなもの時間稼ぎにしかならないぞ!」

「それがどうした。時間稼ぎがしたいのさ」

「ならば種に問おう。このままいけば自滅するのに何故花を咲かそうとする!」

「自滅?だから、ソレガドウシタ」


 壁の向こうから返ってきた返事の最後は、何だか金属的な響きを伴っていた。

 その変化に気付いたサイレントの眉がひそめられる。


「黒淵君、種は単なるシステムに過ぎないよ。結果がどうなるかなんて関係ないのさ。そして三田村君の精神はもうかなり侵食されている。何を言ったって、種の成長はシステム通り実行されるんだ」

「くそっ、所詮は模造品か」


 毒づきながら、メガネはレバーのボタンに指を掛けた。壁マネキンは硬いが、同じ所を槍で連射すれば破壊出来るはず。残り少ないエネルギーを考慮している暇はない。

 再度槍が射出され、マネキンの灰色の身体からガキンと音が鳴る。そして直ぐ様次の槍。ガキン、ガキンと続け様に響く金属音の間隔が次第に短くなり、ガキンガキンガガガガガガガガガと最終的に一繋ぎの音の羅列となった。

 マネキンの壁と白衣の機兵の間は白線の嵐となっており、そこに腕でも入れようならばたちまち吹き飛んでしまう様相。

やがて、寸分たがわず同じ箇所に攻撃を受けている壁マネキンの身体が赤く熱を帯び始め、崩壊の兆しを見せる。

 もうすぐ、もうすぐで壁を崩せる。

 逸る気持ちを抑え、メガネがエネルギー残量を確認した、その時であった。

 壁の最下段を支えている一列のマネキンに変化が現れる。面に書かれた『壁』の文字がぐにゃ、と歪んで代わりに現れたのは『倒』


「黒淵君!」

「メガネ!」


 ……しまった。 

 サイレントとビッちゃんの声が遠くに聞こえる程、一瞬だけだがメガネは珍しく我を失い、固まってしまった。

 ここまでマネキンは一定のルールを守って動いていたじゃないか。途中から文字が変化するなんてそんな反則……。

 メガネの眼にゆっくりとこちらに倒れこんでくる壁が映り、彼はギリ、と奥歯を噛んだ。

 ルールってなんだよ。俺が勝手にそう決めていただけだろうが!


「やはり、楽観視というのは最低だ」


 彼は自分に対してそう吐き捨てると、白衣を防御モードへと移行させる。

 白い繭が、壁の影の中に出来上がった。




 はぁ、はぁ、という二人の呼吸音が暗闇の中に木霊している。

 地鳴りとマネキンが繭にぶつかる衝撃に、ビッちゃんは悲鳴をあげそうになる。

 臆病者の自分が何とか堪えることが出来たのは、きっと暗闇のおかげだと彼女は思った。

 繭の中は何も見えない。故に、隣にいる大切な人を、その体温をはっきりと感じられ、ビッちゃんはこんな状況において不思議と安らぎさえ覚えるのであった。


「ずっとこのままこの中にいたい、なんて思っちゃうね」


 怒られるかもと思ったが、暗闇の中からは柔らかな笑い声が返ってくる。


「そうだな。このままこうしていれば案外俺たちは無事に済むかもしれない」

「でも、そうもいかないね」

「布団を被って震えている性分じゃないからな」


 メガネがビッちゃんの肩を抱く手に力を籠めた。

 肩は少し、震えている。 

 安心させるよう今一度、包み込むように手のひらの感触を伝えると、メガネは覚悟を決め、言った。


「開けるぞ」


 防御モードが解かれる。

 繭が解れる先から光が差すと、甘い夢は終わりを告げ、危険な現実が目の前に広がった。

 三田村は一体どれ程の数を呼び出したのか。

 待ち受けるようにズラリと白衣の機兵を取り囲むマネキン達、そして後方に粗大ゴミの如く乱雑に積まれたマネキン山に、ビッちゃんは吐き気すら覚える。

 鬱陶しいんだよ!とメガネの心中そのままに、アームが飛びかかろうとするマネキンを数体、まとめて薙ぎ払う。

しかし逃れたものが、白衣の機兵の脚部に、頭部に、片方のアームに取りつく。メガネはアームにしがみつく『絡』マネキンを自由な方のアームで掴み、投げ捨てると、残りも順次、粉砕していく。

 右、左、頭上、そしていつの間にか再びアームに絡みついている羽虫のごときを振り払い……。

 一体一体は雑魚でも数が多すぎた。

 破壊しても破壊しても囲んでいるマネキンの群れから直ぐに新手がまとわりつき、メガネは飛翔によって逃れることさえ叶わない。

 そして群れには後方のマネキン山より常に補填が行われており、密度が一定に保たれていた。人体ならあり得ない姿勢からカタカタと動き出す様は悪夢のようであり、実際それはメガネ達の状況を徐々に絶望へと傾ける根源となる。

 敵を一体破壊する時間よりも、相手がとりついてくる早さの方が僅かに上回っているのだ。裁ききれず、しがみついたまま残るマネキンが一体、二体と増えていく。

 サイレントも殴る蹴る、マネキンの脚を持って振り回すなど、奮戦しているものの、時間と共に動けるスペースを埋められつつあった。


「っの、くそがぁぁぁ!」


 ついには白衣の機兵が両手脚を封じられ、メガネが咆哮を上げる。

 操縦席に浮かぶ、ホログラムのパネルに『All range』と表示されると、針ネズミのように全身から射出された白線が、まとわりついたマネキン共々周囲を吹き飛ばした。

 これで少しばかり挽回されたかと安堵するも束の間のこと。

 結果的に、メガネの攻撃は敵にとっての狼煙となってしまったのかもしれない。

 アスファルトの地面が揺れている。ビッちゃんは息を呑み、メガネはレバーを握りしめ、前方を睨み付けている。

 全てのマネキンが、一斉に突撃を開始した。




 必ず守ると約束した。つい、さっきのことだ。


「ビ…ビッチ……」

「メガネ!」


 二人の伸ばした手は、まだかろうじて繋がっている。

 上も下も、右も左も。どちらを見ても、無機質な灰色の身体と漢字一文字の書かれた面で、埋め尽くされている。

 マネキンが密集する中で、二人は自由に動くことさえままならない状態だった。外から見たら白衣の機兵は蟻に集られる無惨な犠牲者そのものであろう。

 ほとんどの精神を乗っ取られてなお三田村の欲望は残っているのか、『捕』マネキンがビッちゃんを連れ去ろうと引っ張る。メガネは肩や腰を抑えられ、なんとか強引にレバーを掴もうとするも、腕を掴まれ締め上げられる。


「ぐあっ」

「メガネ!」


 苦悶の声を上げる姿に、ビッちゃんが悲鳴を上げた。


「やめてよ、三田村君、聞こえてるんでしょう!?」


 するとひしめくマネキン達の面に、新たな変化が現れた。

 全てが三田村の顔に変わったのだ。

 青白い薄ら笑いが一斉に口を開く。


「どうしたの、橘さん」

「私達、同じ学校の生徒でしょう!少しでもまだ心が残っているなら、こんなことはもうやめて!」

「分かってないな、これでも情をかけてるんだよ。僕にその気があれば、二人は今頃ぺしゃんこさ」


 聞き分けのない子供にするように、三田村はやれやれという表情を見せてから、今度はメガネに話しかける。


「で、どうするんだい、黒淵。その手を離して橘さんをこっちに寄越すなら、彼女のことは助けてやろうと言っているんだけど」


 そんな甘言に乗せられるか!と、メガネは即答することが出来なかった。

 少なくとも三田村のビッちゃんに対する思いは、ネジ曲がったものだとしても本物である。自分さえ言うことを聞けば、彼女はここを無事に抜け出せるだろう。


「聞いちゃ駄目だよメガネ、どうせこのまま三田村君をほっといたらみんな死んじゃうんだから。あんたがいないと意味が無いんだから!」

「だが聞かなければすぐに二人とも潰されて死ぬ。そして抜け出す術は、無い」

「そういうことだ。頭のいい君ならどれが最善の選択か、分かるだろう?」


 皮肉たっぷりに笑う三田村の顔を悔しげに睨み付け、ついで、メガネはビッちゃんに向き直る。

 彼女の顔を目に焼き付けるように少しの間、みつめ。


「すまない……」

 

 ビッちゃんの瞳が大きく見開かれ「だめ」という言葉が小さくこぼれる。


「……分かった。ビッチを引き渡す」


 あるいはビッちゃんを手に入れるよりも、三田村はメガネの諦めた姿を拝みたかったのかもしれない。

 ひしめくマネキンに張り付いた顔が、歓喜に染まっていく。


「だめぇぇぇぇ!!」


 血を吐かんばかりの叫びを上げ、ビッちゃんは離すまいとメガネの手を必死に握る。

 一瞬、強く握り返されて、ビッちゃんはホッとした表情で見返すと、優しい眼差しがそこにあった。

 メガネは笑っていた。


「メガネ、いやだよ……」


 震える声。

 一筋の涙が流れ、顎から滴り落ちる。

 そして完全に落ちきった時、その柔らかなものは、温もりは。静かにそっと、離れていった。




 マネキンに担がれ遠ざかっていくビッちゃんは、なおも彼の名を呼び続けている。

 心配するな。

 メガネが心の中で呟くと同時に、ビッちゃんの叫び声は訳の分からない、金切声のようなものに変わった。

 そういえば息苦しさをかんじる。きっとマネキンが首を締めているのだろう。

 徐々に狭く、暗くなっていく視界を意識しながら、それでも彼は、彼女がここから抜け出せたことにホッとしていた。

 外にはまだサイレントがいる。

 いよいよとなれば自己防衛システムが働いて、一時的とはいえ奴の封印は解かれるであろう。

 最後に残った一筋の光にメガネは手を伸ばす。


「頼んだぞ、『本物』」


 光が閉ざされ、「これでいいんだ」という思いと共に、彼の意識は闇に溶けていった。




 …ら。

 ……だから。

「っっったく、あんたってやつぁ、ちいっとも分かってないんだから!」

「だが俺は最善の選択を……」

「うるさい!あー全く、インテリアはいちいち理屈っぽくて嫌になるわ。約束したんでしょ、あの子を守るって」

「だからこそ俺は」

「『あんたが』守るって約束したんでしょ!?」

「!!」


 あんたがいないと意味が無いんだから!

 先程のビッちゃんの言葉がフラッシュバックする。

 ハッとした表情に満足したのか。釣り上がっていた彼女の眉から険がとれた。

 面倒は御免だと言いながらお節介を焼かずにはいられない友人は、いつもの、聞く者の心を落ち着かせる、包容力に満ちた声で諭す。


「頼まれたから約束したの?守るってことも、側にいるってことも」


 あの時も、今も。どうして彼女の言葉はこんなにも心に届くのだろう。

 気付かなかったのが馬鹿らしくなるほどだと思い、彼ははっきりと答えた。


「いや、違う」




「俺が……そうしたかったからだ」


 目を開けたメガネが自分に言い聞かせると、青い閃光が走り、首を締めていたマネキンが粉々に崩れ去った。


「自分が犠牲になって、あいつが助かればいいだなんて……俺は本当に学習能力が無いらしい。お前が怒るのも当然だよ、団長」


 白衣の機兵はその身体全てを雷へと変換し、まとわりついているマネキンを尽く塵へと変えた。

 メガネは空中に浮かび、その周りを稲妻が、操縦席を象るかのように飛び交っている。

 眼鏡のレンズに青を写し、黒淵鉄は前を向いて笑う。


「しかしインテリアってなんだよ。インテリだろ」


 雷撃の機兵が前進を始めた。




 押し寄せたマネキンが塊となって造り出された、不気味なピラミッド。

 その頂上から黒いジャケットの腕が生えると、今度は埋まった本体を押し上げるべく奮闘する。

 ぬぎぎぎ。

 なんだか間抜けな踏ん張り声が、ひしめくマネキンの中から聞こえてきて。


「ぶはーっ」


 ようやく外の空気にありつき、必死の形相で呼吸を開始する、サイレントの顔が現れた。

 もっとも、彼にとって呼吸は人間らしさを表現する擬態のような行為である。別にマネキンピラミッドの中にいようが肉体的に問題はないはずであるが。


「きっしょくわりーんだよ!迫ってくるなら可愛い女の子のマネキンにしやがれ!」


 苦労して脚まで引き抜くと、足元のマネキンの面を目を三角にして蹴っている。

 結構な威力で蹴っているので、冗談ではなく、本気で嫌だったのだろう。

 あるいは本気で女の子のマネキンだったらな~なんて考えちゃったんだろう。

 この、この、と、マネキンの頭部が首にめり込んでもなお蹴り続けていると、辺りを青い閃光が照らし始めた。


「こ、これは……」


 美しい青だ。全てを焼き付くす熱さと、生ける者をあまねく拒絶する寒さを持ち合わせている。

 そんな破滅の光の中に、彼の姿はあった。


「駄目だ、黒淵君!その力は種と同類の……」


 言いかけたサイレントのサングラスに、連れ去られるビッちゃんの姿が映る。

 彼女を担いだマネキン共は、メガネから距離をとるように移動した、三田村の乗る御輿に向かっているようだ。


「……そうか」


 そうだよな。

 サイレントは呟く。


「好きな子を救うのに使っちゃいけない力なんてないよな」


 肩の力が抜け、代わりに強靭な肺に空気が送り込まれた。


「行け、やっちまえ黒淵くん。存分に暴れて来い!」


 叫ぶサイレントの脳裏にあったのは、昔守れなかった己が主の姿であった。

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