表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新生月器ポスリア  作者: TOBE
日常編
26/88

ポスト兆しの花火③

「にじゅーく、さんじゅー。もういいかーい」


 辺りを見渡して言ってみるも、返事はない。

 祭に騒ぐ、群衆の中でのかくれんぼなのだから、それは当然であり。


「ま、言ってみただけだし。ボチボチ行きますか」


 チラチラこちらを見るどの視線に言い訳したのか、つっこは少し赤くなりながら人混みの中を歩き出すのであった。




 一人目は、案外早くに見つかった。

 遠目からでも、金魚すくいの生け簀をしゃがみこんで覗いている、モジャモジャ頭が目立っている。


「本屋みっけー」

「おほっ、もう見つかった!」

「その頭はかくれんぼには向かないね」

「上手く客に紛れ込んだと思ったんだけどなー。やっぱストパーかけるべきか」


 うねうねした髪を手でつまみながら本屋が言うと、金魚すくい屋の親父は想像したのだろう「ぷくくく」と笑いを抑えつつ言った。


「絶対似合わねーよたもっちゃん」


 本屋は学校外ではたもっちゃんと呼ばれて結構顔が広い。

 このようなシーンに出くわす度に、秘かにつっこは感心するのだ。


「知り合い?」

「ああ、実家の常連さん。滅多に本は買わないけど」

「買って欲しけりゃ俺が唸るような金魚の本を仕入れるんだな」


 悪びれもせず、金魚すくい屋の親父はニヒヒ、と歯茎を見せてくる。


「ところでお二人さんは二人きりで祭をまわるのかい?」

「いえいえ。今何人かでかくれんぼやってて、私は鬼畜役なんです」

「かくれんぼ?なんでまたこんな時にこんな所で」

「やはり、そう思いますか」

「ほんで、鬼畜役ってのは普通に鬼じゃ駄目なのかい?」

「やはり、そう思いますか……」


 案の定というか当然というか。つっこ軍団の行動は他人からしても不可解らしい。

 つっこはあらためて恥ずかしい気持ちになった。


「しかしまあ残念だな。てっきりたもっちゃんのコレだと思ったんだが」


 若者を茶化す大人特有のニタニタ顔で、親父は小指を立てて見せる。


「やだー、もう、違いますよー」


 つっこは口許を拳で隠すぶりっこポーズを決めながら、親父の小指をそっと握ると、張り付けた笑顔のままに言った。


「女子高生の腕力でも小指一本くらいなら、ね?」


 OH、鬼畜!親父は心の中で叫んだという。


「そそそそそうだよな。たもっちゃんに彼女なんて出来るわけないし」

「そうですよー。本屋に彼女なんて一生出来ないですってー」

「おい、砲弾クラスの流れ弾よこすんじゃねーよ!」


 結局のところ、一番傷付くのは今日も本屋なのであった。




「あの、誰でしょうか。どうして私の名前を知ってるの?」

「酷いなぁ、同じ学校に通う生徒だというのに。ほら、3組の三田村だよ。分からないかな?」


 怯えるビッちゃんとは対照的に、三田村と名乗る少年は依然、薄く笑っている。

 それは所詮、自分のことなど目にも止まらないんだろうという、自虐的で卑屈な感情がかいま見えた。


「まぁ、いいや。今日からはきっと忘れられなくなるんだからさ」


 そう言って、三田村はビッちゃんに手を差し出す。まるで握れと言わんばかりの仕草は、ビッちゃんを大いに困惑させた。


「あ、あの、何を……?」

「今日の祭は僕が主役だ。君は僕と一緒に祭を楽しむ権利を得た、そうだな、ヒロインとでもいうべき存在に選ばれたんだ」


 三田村の身勝手な発言に不快感を覚えたビッちゃんは拒絶を露に一歩後ずさる。


「私、他の人と約束してるんです。あなたと一緒には行けません」

「黒淵かい?」


 あまり多くを語りたくないビッちゃんは「そうです」と短く答える。すると、三田村は笑顔を苛立たしげな表情に変貌させた。

 いつもいつもあいつは僕の邪魔をする。

 爪を噛みぶつぶつと呟く様が、病的な近寄りがたさを醸し出している。


「あ、あのさ、橘さんと黒渕って、つ、付き合っているの?」


 怒りを押さえ付けたような震える声。

 三田村の鬼気迫る雰囲気は、ビッちゃんにあることを思い出させた。夏休み直前に起こった例の事件はもしかして……。


「付き合ってないよ」


 答えながら、ああ、そうか、とビッちゃんは思う。

 昔の自分は三田村のような大勢の男子から想いを寄せられて、いい気になっていたんだと。

 気付いていながら返事も返さず、それでいてその気にさせるような立ち居振舞い。それはただステータスとして視線を集める為だけの、性悪なナルシズムの現れ。


(きっと全部私が悪いんだ。例の事件も、三田村君が、怖い顔をしているのも)


 これではいけないと思った。

 だから彼女は三田村を真っ直ぐ見て「でも」と言葉を継ぎ。そして、はっきりと言ったのだ。


「いつかそうなりたいと思ってます」


 三田村の心臓部から、赤い稲光が走った。




 つっこが次に見つけたのは糸男であった。

 というか、糸男は全然隠れられていなかった。子供の群れを引き連れて歩いていたからだ。子供達は一様に泣きべそをかいている。


「パパ~ママ~」

「私もおんぶしてよ~お兄ちゃん」

「おうちに帰りたいよ~」

「私を人生の迷宮から救いだしてくれませんかね」


 約一名のおっさんも含め、糸男を中心に形成された迷子の群れは、祭の雑踏の中でも特に目をひく存在であった。


「いやはや、面目ない」


 照れ臭そうに頬を掻く糸男につっこと本屋は呆れ顔である。


「面目ないことはないけど」

「人が良いというか、糸男らしいっちゃ、そうなんだけど」


 祭会場には運営本部があって、そこから場内放送がかけられるはずだから、とりあえずそこに連れていくことになった。

 歩きだした糸男の周りには相変わらず「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と子供が集っており、つっこも女の子の手を握って喋りながら動き出す。

 そんな中で本屋も泣きべそをかいていた女の子に手を差し出し「ほら、大丈夫だからお兄ちゃんと一緒にいこう?」と優しく声をかけた。

 すると女の子は目許の涙を袖でぐいっと拭うと、ギャン!と目付きを鋭くしてから、


「嫌!」


 吐き捨てると、糸男のもとへと駆けてゆく。


「キャラだねぇ」


 傍で見ていた男の子が本屋の肩を叩くと、優しく手を差し出した。


「あ、ありがとう」


 本屋は泣きながらその手を握るのであった。




 やはり、大規模な祭というのは一定数の迷子を産み出すイベントのようで。

 糸男達の連れて来た子供達以外にも、運営本部のテント内には、数人の子供達が心細そうに座っていた。

中には子供じゃない者もいるが、それは糸男の連れて来たおっさんの事ではなく。


「いる……!」


 テント内に足を踏み入れた途端、糸男が絶句気味に言うので「いるって何がよ」とつっこがその指差す先を見る。

 そこには妙に良い姿勢でポツネンと座る、つっこ軍団の天然記念物がいた。


「糸子!」


 つっこが声を上げると、気付いた運営委員のお姉さんが近付いてくる。その顔は厄介ごとからようやく開放されるような、幾分の喜色が滲んでいた。


「お母さまですか!?」

「誰がお母さんですか!」


 つっこの放つ面倒見の良さそうなオーラがそう言わせるのだが、つっこは「私ってまさか老けてる!?」と、少々傷つきながら糸子に顔を向ける。


「なんであんたこんな所に……」

「つっこ~!!」

「うわっ暑苦しい!」


 抱きつかれ「相変わらずでかい乳だな」などと羨ましく思いつつも、つっこは考える。


(そもそもかくれんぼをしててここにいる事自体おかしいのよね)


 はぐれた者を迷子と呼ぶならば、かくれんぼは人から身を隠す、そもそもはぐれる前提の遊びなのだから。

 意表を突いてここに隠れていたのなら分かるが、それにしてはこのリアクションはおかしいと、つっこは疑問に思う。

 妙に勘だけは鋭い糸子は、そんなつっこの心情を察したのか。


「経緯はこうだ」


 非常にくそ真面目なその顔に、つっこは「あ、これ大した内容じゃないわ」と一瞬で悟ったという。


「木を隠すなら木の中っていうだろ?」

「森の中ね。それだと木が大分無理しちゃってるわよ」


 つっこは同胞に捩じ込まれるかわいそうな木を想像して「ああグロい」と振り払った。


「そう、その木を隠すなら森の中ってやつだ。このかくれんぼで一番見つからないのは、祭りを楽しむ客に紛れることだと、賢い私はピンときたわけだ」


 あーどや顔ムカつくわぁとつっこはイラつくが、ビンタしそうになる手を抑え、とりあえず話を最後まで聞くことにする。


「だから私も他の客に習って出店を見て回ってたんだが、そこでふと気付いたんだ。自分は一体どこにいるのだろうと」


 言い切ったぜ、というキメ顔の糸子であったが、つっこのリアクションは無である。


「ふと気付いたんだ、自分は一体どこにいるのだろうと」


 二回言ってみたけどつっこが沈黙しているのは別に聞こえなかった訳じゃないので相変わらずの無である。

 ………。


「つっこ~!!」


 いたたまれず再びハグしてくる糸子につっこは抵抗する気力さえ失い、ホッペに乳を擦り付けられなが

ら呟いた。


「は~、しょうもな」


 それにしても。


「みんな、かくれんぼするならちゃんとしようや」

「すみません、わたくし人生の迷子というか、放浪者というか」

「そういう相談は受け付けてません!」


 つっこの呟きの背後で、運営委員のお姉さんにまた一つ厄介ごとが追加されたという。




「ちゃんとしようとは言ったけどあんたらは本気だしすぎだから!」


 海を臨める広い階段に雛人形のように皆を座らせ、つっこが吠える。

 そろそろ花火大会の時間も迫っており、偶々同じ階段に座っていた1-2の生徒が「あ、つっこ軍団が団長に怒られてる」と噂するに相応しい構図であった。

 そして雛壇の最前列は、遠目に見ている彼らに「ああ、またあいつらか」と言わしめる二人組。

 猿と京子を見つけるのに、つっこは非常に骨を折った。何故かと言えば。


「はい、ネギマヨお待ち!タコ大きいのにしといたよ!そっちの姉ちゃんは塩ダレのかつぶし多めな。熱いから気をつけてくんな!」


 猿はたこ焼を廻す手を休めず、後ろで休憩していた店主を振り返る。


「おやっさん、タネが無くなりそうだぜ。そろそろ仕込んでくれ!」


 と、つっこ達が猿を見つけた時はこんなかんじだった。


「なんでバリバリ働いてんのよ!」

「いやぁ、木を隠すなら木の中って……」

「森の中ね!それにしても溶け込みすぎだから!」


 ね、姉さん待ってくれ。今そのあんちゃん連れてかれたら俺の店は……。

 たこ焼屋のおっさんが悲痛な声を上げるくらい、猿はプロっていたという。


「それから京子!」


 怒られるターゲットが変わり、

 つっこの人指し指が頭上からズビシと下方に向けられる。

 自分の顔に急降下してきそうな人指し指に「おお、大迫力」と惚けて見せる京子だったが、直ぐ様つっこに詰め寄られて顔をひきつらせた。


「あんたなんでステージの上にいたのよ」


 ステージの上にいた、とはこうである。


「てめぇぇらノってんのかぁぁぁ!」

「キョーコ!キョーコ!」×数百人

「温い演奏、温い祭りに満足してんじゃねぇぇぞぉぉ!」

(ギュワァァァンとエレキギターの音)

「キョーコ!キョーコ!」×数百人

「いよぉぉし!それじゃ一発いくぞ!退屈な祭をぶっ壊せ、『フェスティブレイク』」

「WOOOOOO!!!」×数百人


 と、つっこ達が見つけた時はこんなかんじだった。


「見つけても声かけ辛いでしょぉぉがぁぁぁ!」


 謎のマネージャーがこの後サイン会を行う等と言い出した所で慌てステージから引き釣りおろしたのは悪い思い出。


「いゃあ、木を隠すならケツの中と……」

「囚人でもそんなもん隠さんわ!とにかくお前ら……」


 はぁはぁと荒くなった息を整えてから、つっこは最後にこう、言い捨てた。


「二度と運営側にまわるんじゃねーぞ!」




 つっこがハッスルしてると、その肩をポン、と叩く者がある。


「この手はなに、糸男。『なんか大変そうにまくしたててるけどこういう日常が案外楽しいんだろ?』的な!?」

「いや、そんな深い意味はない。もしかしてラーメンを忘れてるんじゃないかと思ってな」

「ああ、雪尾?あいつならその辺に……ほら、あそこ」


 つっこの指差す先、転落防止の鉄柵から海の中をラーメンが覗きこんでいる。


「早まるんじゃない、ラーメン!」


 糸男は慌てて駆け寄ると、その体をガシッと抱え込んだ。


「うわっ、糸男!早まるって何をだよ、何も早まってないって!魚がいないか見てただけだよ!」


 俺にアッー!な趣味はないんだぞとラーメンが筋肉ハグを引き剥がすと、糸男は心底ほっとしたように息をついた。


「いや、あまりの自分の影の薄さに絶望したのかと思ってな」


 普段誠実で真面目な奴の毒舌ほど洒落にならないものはない。


「雪尾の場合、特に何もしなくても見つからないから、最終的に鬼の側に自ら寄ってくのよね。昔からかくれんぼの終盤になったら周りに雪尾がいないか探すのがお決まりなのよ」


 ひどい時はすぐ隣にいた時もあったわねー。

 カラカラと笑って傷口を抉る幼馴染みに、ラーメンは頷いて言った。


「よし、やはり飛び込もうか」




 つっこ達が呑気に遊んでいる時、ビッちゃんは走っていた。


(ゆめ、夢だよね!なんなのよ、あれ!)


 そう思うのも仕方のない非現実の塊が背後から迫ってくる。

 塊はもっと正確に言えば群とも言えた。何故ならそれぞれが人の形をしていたからだ。灰色のマネキンと呼ぶのが一番イメージに近い呼称だろう。

 そいつらが十数体、腕や足をめちゃくちゃに振り回しながら追いかけてくる。

 滑稽なようで、異様で不気味。

 そして何より、マネキン達が顔に着けているお面に大きく書かれた『捕』の文字。奴等が文字通りの目的を持っているのなら、捕まった後、自分はどうなってしまうのか。

 その恐怖がビッちゃんの足を動かす。当然ながら浴衣は大きく乱れ、あつらえた履き物はどこかにいってしまった。見た目を人一倍気にするビッちゃんが、それでも逃げることに専念したかいもなく、運命とはかくも残酷に彼女を襲う。

 運命と言うか、テンプレ。


「きゃあ!」


 そう、逃げるヒロインは転ぶのである。

 痛みはさほどかんじなかった。恐怖が先んじれば当然であり、あたふたと半身を起こしながら後ろを振り返る。

 瞬間、後悔したのは、逃亡に対して無為な行動をとってしまったからではなく、恐ろしい光景を見てしまったから。

「捕」という漢字の一部が目の前にあった。一部しか視界に収まらないくらいの近距離で、マネキンの顔を直視してしまったのだ。


「いやぁぁぁ!」


 へたりこんだまま手で体を動かし、ビッちゃんは後ずさる。

 ……今度は悲鳴もなかった。

 後ずさった先に差し込んだ影を見返せば、頭上から目のない顔が見下ろしている。絶望に強張るビッちゃんの顔を楽しむように、なぶるように、マネキン達はゆっくりと手を伸ばす。

 逃げる隙間はないかと見回すけれど、目に映るのは灰色の空から雨のごとく降る、無数の手、手、手。


(ごめんねメガネ。一緒にお祭り行けなくて)

 

 もはや精神の限界を向かえたビッちゃんは外界を遮断すべく瞼を閉じ、暗闇の中で縋るよう意中の人へ懺悔を繰り返す。だから彼女は見ること叶わなかった。所謂もうひとつのテンプレ、その瞬間を。

 ガシャン。

 陶器を盛大にかち割ったそれを、何倍にも拡大したような破壊的な音がする。再び瞼を開けたときビッちゃんが周りを見渡せば、粉々になったマネキン達の残骸を見付けることが出来ただろう。

 だけど彼女の目は彼だけを見ていた。

 ヒロインのピンチに駆けつけたヒーローは、破壊の残身そのままに、やはりテンプレ通りこう言った。


「無事か、ビッチ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ