ポスト言葉の力
その日、本屋が路上で鉢合わせたのは、中々に珍しい組み合わせの三人組だった。
「つっこと京子はいつものことだが、メガネも一緒とは」
「メカがレーザー光を発射して、それを剣で受け止めるトレーニングマシンを頼んでいたんだ。今日は試運転というわけさ」
「京子、お前は何を目指しているんだ」
頼むからダークサイドには落ちないでくれと本屋は願う。
「それよりそっちはどこに行くんだ」
「俺は散髪さ」
「ああ、天パは伸びるとうっとおしいからなぁ」
「うっとおしいねぇ」
「うっとおしいよ、お前」
「なんか本体がディスられてる気がするんですけど!」
さんざんうっとおしいだの、中身だけチャラいだの言われた後、何故か本屋はつっこ宅のつっこの部屋で、椅子に座らされていた。
「あのー、これから何を」
「私が切ってやる」
張り切っているのは勿論、京子だ。
「すごく嫌なんだけど」
「何言ってんだ。お前は散髪代が浮いて、私は1度は美容師をやってみたいという願望が叶う。ビンビンだろーが」
「winwinな。いやでもお前、ちゃんと切れるのか?俺だって多少は見た目を気にするんだぞ」
「そんなに信じられないなら証明してやろう。おい、メガネ」
あいよと応じたメガネは、どこからか手頃な台を持ってきて、その上にノートパソコンを置く。
そして、端子に何か繋ぐと、京子に手渡した。
「モーションキャプチャーを利用した、美容師シミュレーションゲームだ」
京子が手渡されたのはハサミ型のコントローラーであり、メガネは早速とばかりにゲームをスタートさせる。
「画面を見ながらハサミを動かすんだ。切り終わったら出来栄えを上中下で判定してくれる」
「ふふふ、私の腕前に驚くなよ……」
言いながら、京子はチョキチョキとコントローラーを動かす。
果たして結果はどうなるのか!?
判定:殺
「さて、それでは本番っと」
「うぉぉい、ちょっと待て!」
本物のハサミを構えた京子に本屋は慌てて立ち上がる。
「おい……じっとしてろ」
「声こわっ!殺ってなんだよ。枠外の判定出しといて何を意気揚々と構えてんだ」
本屋の必死の抗議。対してつっことメガネは爆笑している。
「なんで笑ってんの。ここは海賊船かい?君達は憐れな捕虜が処刑されるのをラム酒片手に今か今かと騒ぐ、あの類かい?」
「男が大袈裟に喚くんじゃないよ。分かった、そんなに私が切るのが嫌なら、不本意ながらつっこに代わってもらおう」
「私?まぁいいけど、一応シミュレーションはいっとく?」
「当然でしょうよ。中以上出せないやつはハサミ触るんじゃないぞ」
判定:惨
「また怖い字が出た!これさっきと繋げるとヤバイ熟語になってんだろ!」
「さてそれでは本番っと」
「だから意気揚々とするんじゃないよ!」
そして、メガネの背中からは既に出ていた。
先端に回転ノコギリのついたアームが。
「万が一それで上手く刈れたとしても、終わった時には俺ショック死してるからな」
本屋は散髪を諦めました。
本屋が今日は散髪に行かないというので、余ったお金で4人はハンバーガーを食べることにした。
「何故に!?明日は行くんだぞ」
「まぁ、そう固いこと言うなって。江戸っ子は宵越しの金を持たないって言うだろ?」
「わーったよ」
一番江戸っ子っぽいのは京子の方じゃないかと思いながらも、ハンバーガーくらい奢ってやるかと本屋は財布を開ける。
さて、テーブル席にてめいめいのハンバーガーを食べ始める4人だが、学生がこういう席につけば雑談に華が咲くというものである。
「それにしても、字面ってのは大事だよな。殺とか惨とかさ、見た目からして物騒じゃん」
本屋が投下したのは先程見た漢字、その見た目が人に与える印象についてだ。これに対して否定的な意見を唱えるのはチーズバーガーをかじるメガネである。
「それはもともと人がその漢字の意味を知っているからじゃないか?物騒な意味を持ってるから物騒に見えるんだと思うが」
「勿論それはそうだろうけどさ。漢字って元々は形象文字じゃん?」
「ふむ、物騒な光景を象っているから潜在的に恐怖を抱かせる、と」
知的な会話を繰り広げる男子に対し、女子二人は「出た、『潜在的』」などと冷めた顔をしていた。
「男って理屈っぽい話が好きだよね」
「頭いいんだぞってアピールしてんじゃねーの?」
辛辣な二人に「なにおう」と怒る程子供でない本屋は、そんなこと言わずにと、笑いながら話を振る。
「二人は好きな文字とかあるかい?」
「うーん、そうだねぇ。あ、私はアルファベットのSが好きかも」
「つっこはSよりはMって感じだけど」
「そういうSじゃないっての。ほら、B、Aの上がSってよくあるじゃん」
どうやらつっこはランク、判定に使われる文字の話をしているらしい。
「ゲーム脳だな」
「うっさい」
メガネの酷評につっこは自分でも自覚があるのか、反論せずにズズズとコーラをストローで吸う。
「でもまぁ分かるよ。特別感あるよな。多分specialの頭文字だしさ。ところで京子はどうなんだい?」
ちょっとだけへこんだつっこにフォローを入れつつ本屋が訊くと、京子はすかさず答えた。
「私は『ちん』だな」
「ちょっと京子、昼間からこんな大衆の前で何言ってんのよ!」
「ん、何を騒いでるんだつっこ。私は珍道中とか珍味とかのことを言っているんだぞ。珍しい物や面白いものが好きだからな」
京子がニヤリと悪どく笑い、つっこは赤い顔で再びズズズとコーラを啜った。
帰りにつっこと京子はスーパーに寄った。
お気に入りのスナック菓子を見つけたつっこがしゃがみこむと、上から声が降ってくる。
「なぁ、つっこは自分を一文字で表したら何だと思う?」
「またその話?理屈っぽい話は嫌いだって言ってたじゃん」
さっきの流れで恥をかかされたつっこは微妙に嫌そうである。
「いや、文字の意味っつーか、人に与える効果っつーか、考えたこともなかったからな」
「ふーん、じゃあ京子は自分を一文字で表したら何なの?」
「『剣』かな」
「まぁ、それは……そうなるよね」
「もしくは『美』」
「堂々と自分で言うなって」
「ほれ、つっこの番だぞ」
「私は、うーん……」
つっこはとりあえずスナックの袋を棚に戻し、自分自身をエクスプローラしてみた。
「うむむむむ」
だが、なかなか出ない。一文字で表すべき自分の特徴が見いだせないのだ。
でも普通の「普」なんて言いたくないので、哲学的なことを言ってみた。
「『人』、かな」
「うわ、出た。深い意味があるようでないやつ」
「うっさいなぁ。じゃあ『苦』だよ!」
「苦労人の苦か?」
「そうだよ!誰かさんのせいでね!」
「アイス見てこよっと」
逃。
京子突子氷舐道歩。
「こう書くと外国語のようだな」
「ちょっと待て、突子って何か怖いんだけど」
「怪談みたいだよな」
窓際の突子さん。
窓側後ろから3番目の席付近でボケると、横合いから強烈なつっこみが入るらしい。
「信じるかどうかはあなたしだ……」
「私だっつーの」
ペシッ、ポーン。
「ああっ、私のアイスが!」
「謝」
「怒」
「謝、謝」
「……許」
「意外と通じるもんだね」
「なんか誤魔化された気がするな」
公園のベンチにて、京子は膨れっ面をしている。
慌てるようにつっこが話題を振ったのは、京子の言うように気をそらしたかったからかもしれない。
「でもさ、結局は先入観だよね」
「人は字の意味を知ってるから、字の印象も意味に引っ張られるという話か」
「そうそう、これって何も字に限ったものじゃないと思うんだよ。こいつ嫌なヤツだなーって思ってると、そいつがたとえイケメンだったとしても、顔を見るだけでテンション下がったりさ。逆に顔を見るだけで元気になれる人は、きっと私がその人の内面を好きだからってのもあるんじゃないかな」
「私はどうだ?私の顔を見た時、つっこは元気が出るか?」
「……」
つっこは答えなかった。
そんなこと屈託なく言えるのは糸子くらいのものだろう。
代わりに出てきたのはどうでもいいこと。
「ソーダ味のアイスってなんで青色なんだろうね。着色料なんだから別に他の色でもいいのに」
「私は人のアイス落としといて目の前で舐め続けるお前の神経の方が疑問なんだが」
6時を知らせる町内放送。
どこか哀愁の漂う、それでいて心が落ち着く音楽の中で、ポツリとつっこが呟いた。
「それにしても、特に何も無い一日だったね」
「ああ、一文字で表すなら『暇』だな」
子供達がキャッキャと家路を急ぐ光景を眺めながら、少しだけ年長の二人は気だるげな息を吐く。
暇という字の印象が歳を経るごとに変わっていくことを、彼女達はまだ知らない。
後ろを振り返った時、それは「自由」だったと気づくのは、まだ当分先のことなのだ。




