ポスト部活見学
初夏というのは雨の季節でもある。
つっこの町も例に漏れず、この日はしとしとと雨が降っていた。
教室の窓辺から物憂げに外を窺う黒髪の少女が一人いる。なかなか様になる絵面だが、彼女の発言は極端である。
「雨なんか一生降らなきゃいいのに」
「そんなんなったら日本は終わりだっての」
京子の呟きに後ろから現れたつっこが苦笑いを浮かべた。
ピーカン晴れ晴れ女子にとって、こんな放課後は退屈だというのは分かるのだが。
「この前ビッちゃんが見つけたっていう洒落臭い喫茶店でも行ってみようよ」
「なんだそれは。まるで女子高生の放課後だな」
「あんたそれギャグだよね?」
などというやり取りを交わしているところへ、新たに近づく二人の人物。ラーメン、本屋の文系二人組だ。
「おう、お前ら。帰るのか?」
「うん、例の喫茶店に行ってみようかなぁって。二人も来ない?」
麗しき淑女達のお誘いに、あろうことか本屋は即座に首を振る。
「悪い、今日俺ら部活だ」
「なにっ、お前ら部活動に入っていたのか!」
「そう、なんだけど……」
すぐさま食いついた京子に、本屋はモゴモゴと歯切れの悪い返答をした。心中は厄介な奴に知られてしまった、である。なにしろこの淑女ときたら足跡からトラブルが生えて来るようなお騒がせちゃんである。
心静かに活動に励む文芸部に彼女がやって来たらと思うと。本屋は迂闊な自分の口を叱咤したい気持ちだった。
「面白そうだ。ちょっと見学させろ」
ほら来ましたー。
「なんだ、文句でもあるのか?」
「な、ないです」
(弱いなー)
ラーメンが心の中で呟くと、横から肘が飛んでくる。
「他人事じゃないぞ」
「すまん」
さすがに同じ部活なだけあって、二人は以心伝心のようだ。
「貝柱くん、雪尾くん、僕は猛烈に感動しているぞ!」
文芸部には何やらうるさい眼鏡ヒョロがいた。眼鏡ヒョロと言えば本屋もそう言えなくもないが、今騒いでいる男の眼鏡は瓶底のような厚さなので見分けはつく。彼の正体は文芸部の部長であった。
「まさか我が部に女子生徒が来るとは。でかしたぞ、二人とも!」
「あのう、部長。喜んでいるとこ悪いんですが、こいつらは入部じゃなくてただの見学ですよ」
入部なんてとんでもない!と、内心思いながら本屋が言う。
「もちろんそんな贅沢は言わないよ。今日だけだよな、今日だけ。うんうん、存分に見学していってくれ」
ただの冷やかしと知っても部長のテンションは下がらない。おそらくとてもモテないのだろう。
「ところで今日は何をするんですか、先輩」
「何をするかだって!?はぁはぁ…」
「うわっ」
皆さんも覚えておくがいい。意味不明に鼻息を荒げると大抵の女子はひく。
「悪いつっこ、うちの部長ちょっと変なんだ」
「そうだね、ちょっと変だね」
「おおおお、女子の罵倒きたぁぁぁ!!」
ちょっとどころではなかった。
クネクネと身悶える部長。その脳天に京子が無言で竹刀を振り下ろす。中身の詰まってないスイカみたいな音がした。
「すまない、僕としたことが取り乱してしまった。今日何をするか、という話だったな」
急に冷静になるのもそれはそれで気持ち悪いものである。つっこと京子の視線は大変に冷ややかであった。
「今日は短歌の詠みあいをする。歌会というやつだな」
「短歌というと、五七五七七の?」
「そう。俳句よりも文字数が多く、自由な表現が出来る。学生にはこっちの方が合うだろう。君達も是非参加してくれたまえ」
というわけで、シンキングターイム。
「ではまず部員がお手本を見せて貰おう。貝柱くん、できたかな?」
「はい、一応…」
本屋はコホンと咳払いを一つして、歌の書いてある短冊を詠みあげた。
「梅雨空に、紫の衣、まといしは、水もしたたるアジサイ姫かな」
少し照れたように顔を上げ、皆のリアクションを窺がう本屋。
部長は満足げに頷くと論評を始める。
「なるほど、アジサイを女性に見立てたわけだ。しかも『水もしたたる』なんて洒落がきいてるじゃないか」
そして女子二人に顔を向け。
「君達はどう思ったかな?」
と話題を振った。
「そうですね。とてもいい感じでした。鼻につくわー」
「まるで情景が浮かんでくるようだったな。鼻につくわー」
感想は「鼻につく」であった。
「はは、なかなか辛口のコメントだな。勉強になるぜ」
割と精神的に大人である本屋は、心で泣きながらも笑顔を見せる。ひきつった笑いではあったが。
「こ、これはなかなかにハードルの高い歌会になったな。さぁさぁ、こんな中で次に発表する猛者は誰かな?やっぱり雪尾君が行くか?」
「じゃあ、私が詠みまーす」
さりげなく司会者権限で自分を除外した部長の呼びかけに、なんとつっこが手を挙げる。
彼女の歌はこうだ。
「なんだかなぁ、オレ短歌上手いの押し付け感、そんなところが鼻につきます」
「俺へのクレームじゃねーか!」
大人な本屋にも限界はある。というか今考えた感が満載じゃないかと部員達が思っていると、今度は京子が「では不肖わたくしめが」などとかえってふざけてるようにしか見えないくそ真面目な顔で手を挙げた。
「おいまさか、もしかしてお前、自分のことを、イケメンだとは思ってないよな」
本屋は撃沈した。
今は隅っこの暗黒面で「どうせ俺なんか中身だけチャラ男ですよ…」などとぶつくさ言っている。
(雪尾くん、彼はもう駄目のようだ)
(どうするんすか。順番的に次は俺か部長ですよ)
(よし、君が逝け)
(字がおかしい!なんでですか、部長さっき罵倒されて喜んでたじゃないですか)
(ああいう罵倒のされ方は心にくるから嫌だ)
「さっきからコソコソ何を話しているんだ?」
「ひぃっ」
部員達には女子二人の身体から真っ黒いオーラが出ているように見えたという。
「み、見てる…」
あっちの世界からおいでおいでと手招きしている本屋は軽いホラーであったが、ラーメンは自分の作品を詠まなくてはならない。
はぁ~んっ、それが文芸部の実力なわけぇ~?と嘲笑う悪魔たちに屈するわけにはいかないからだ。
なんだか主旨が変わっているような気はすれども。
「それじゃ詠むぞ」
ゴクリと唾を飲み込み、ラーメンが唯一の武器である短冊を構える。
「ヘラヘラと、頼りなさげな親父の顔、仕込みの時は引き締まるかな」
親子愛ならどうだとちょっとあざといことを考えながら詠みあげると、すかさず部長が論評に入った。
「ラーメン屋ならではの情があるねぇ。本心では父親のことを尊敬しているのが伝わってくる」
部長はしみじみと自分の感想を言ってから、恐る恐る「どうですか、お客さん」と女子二人の意見を求めた。
「焼いてない食パン」
「エコノミークラス」
「素直にフツーと言えっ!」
ラーメンまでも一蹴され、窮地に立たされる文芸部。果たして彼らはプライドを守り切れるのか。それは部長の読む最後の歌に託された。
暗黒面から部員達も応援の視線を送っており、部長は静かに自分の短冊を取り出す。
「賑やかな、声溢れたる、我が部室、共に楽しむことぞ喜び」
詠みあげてから、照れたようにふっと笑うと、本屋とラーメンの方を向いて言った。
「君達が来るまで僕はずっと一人だったからな。入部してくれてありがとう」
「部長!」
「部長!」
ガシッと肩を抱き合って涙を流す三人。
つっこと京子はうんうん、と頷きながらそっと部室を出ていく。
そして、静かにドアを閉めると呟いた。
「ホモ部だったね」
「ホモ部だったな」
男の友情は女子には理解できない物らしい。




