一月九日
ハート目というのを、初めて見た。
もちろん本当にハートに見えたわけでは決してない、だが
「好き、抱いて」
先ほど面倒ごとを終えてレストランから出てきた俺に、飛びつき、キスをし、これでもかと顔を紅潮させてそう言った女の目は、この言葉でしか言い表せない。
その女は今なお俺の腰にしがみついてその目でこちらを見上げていて、そして俺はこの女にまったくもって見覚えがない。
「あの、どなた様でしょうか。というかとりあえず離れてもらっていいですか?」
店の前でいつまでも立ち往生じゃあ迷惑だろうと声をかける。
いいかげん周囲の目も痛くなってきた。
すると女ははっと我に返った様子でばっと手を放し、
「すまないっ、つい我を……」
と言って目を伏せる。
俺は、面倒なことになりそうだとため息をついて店から離れた道の脇へと移動する。
女も察したのか後ろをついてくるが、照れ隠しなのか終始あははと小さく笑っている。
人通りが少なくなったところで、このあたりでいいか、と話を切り出す。
「それで、さっきなんであんなことしたんですか?」
「好きだからかな」
はい?と思わず大声をあげてしまいそうになる。が、とにもかくにも事情を把握せねばと次の質問に移る。
「あなたは誰ですか?ボクにはあなたのような知り合いはいないと思うんですが」
「そりゃあ初対面だからね」
いよいよ訳が分からなくなってきた。
事情を探るのはもうあきらめてとりあえずわかることを探そうと女の外見に目をやる。
服装は、上半身は白とベージュで明るく、重ねられたスウェットとコートは腰の下あたりで切れ、そこから膝上まで伸びた黒いスカートからタイツに包まれた黒い足が伸びている。
顔は整っていて少し幼い印象すらある。
うなじくらいまで伸びた黒髪の上には、古臭いこげ茶色のハンチング帽が乗っている。
身長は、俺が高いせいか少し小さめに見える。
少女、にみえるがなぜだろうか。
「観察は終わったかい?」
そう言って小さく笑みを浮かべてこちらを見上げるその女は、そう、その女からは、
どうしても『女の子』とは形容できない何かを感じていた。
「じゃあそろそろ私の本題に入ろうか」
そして気づく、自分がいつの間にかそれに魅せられていることに、
「さっきのあれ、私の初めてだったんだ……」
もう遅い。俺が我に返ったのは、その一言の後だった。
「とにかく君に、私の旦那になってもらおうか」