8.ヘイケボタルが飛び交う里
リーサ
「お次は『ヘイケボタルが飛び交う里』ですか。いよいよシリーズも第八作目となりましたね」
まゆゆ
「なにやら意味ありげな長いタイトルです。まあ、それはさておき、とにもかくにも、前作、前々作が大ヒットしていますからね。こうなったら景気良く、最高傑作三連荘と行きたいところです」
リーサ
「まさにおっしゃる通りです。でも、その重圧が、今回も作者にドドっとのしかかって来たんですよね」
まゆゆ
「どうかしたんですか? 波に乗っているんだから、チャチャっと勢いで書いちゃえばいいじゃないですか?」
リーサ
「それがですねえ、そうもいかなかったみたいですよ。そもそも、前二作の『七首村連続殺人事件』と『人狼ゲーム殺人事件』なんですが、この二つに共通することになにか気付かれませんでしたか?」
まゆゆ
「うーん、まあしいてあげれば、ド派手な連続殺人事件というシナリオですかね。どちらもストーリーの展開が大掛かりです」
リーサ
「そうですね。そして、二作品に共通するのが、一撃必殺かつ大胆不敵なメイントリックの存在なのですよ」
まゆゆ
「ほう、メイントリックとね?」
リーサ
「そうです。正直なところ、この二作品のメイントリックに関しては、作者は当初から絶対的な自信を持っていて、あとはメイントリックを盛り上げるように文章を積み上げていけば、きっとそこそこの傑作となるでしょう、との目論見があったみたいですね」
まゆゆ
「なるほどねえ。たしかにどちらも、意外などんでん返しがあるトリックでした」
リーサ
「柱となるべきメイントリックがしっかりしていれば、自然と、構想も伏線も浮かんで来るものです」
まゆゆ
「ところが、第三作目にして、いよいよ気の利いたメイントリックが、作者の脳裏にひらめかなかったとでも?」
リーサ
「まさに、その通りなんです。そもそも、斬新なメイントリックなんて、そう易々と思い浮かぶはずもないですからね」
まゆゆ
「なるほど。そのような苦境で、前作、前々作に匹敵するような作品を創り出したい。うーん、こいつはなかなかハードルが高そうですね」
リーサ
「ハードルが高いなんてものじゃなくて、そもそも無理なんです」
まゆゆ
「実に半年もの間、作者はまったく文章に手が付けられなかったそうですから、今回は本当に重症だったみたいですね」
リーサ
「たしかに、本作の初稿公開日が2019年の8月で、前作の人狼ゲーム殺人事件の最終章の投稿が2018年の12月でした。完膚なきまでにあがき苦しむ作者のあわれな姿が、目に浮かびます」
まゆゆ
「それはさておき、ようやく出来上がった本作ですけど、いったいどのようなストーリーなのでしょうか?」
リーサ
「はい、テーマは『回想の殺人』です。作者が以前から手掛けてみたかった魅惑的なテーマです」
まゆゆ
「おおっ、アガサ・クリスティの晩年の作品に多く見られたあの構想ですね。『スリーピング・マーダー』、『五匹の子豚』、『象は忘れない』の三部作が特に有名ですが、『忘られぬ死』とか、『ネメシス』にも、回想殺人のテーマが見られます」
リーサ
「依頼人のあいまいな記憶をたどりながら、あったのかなかったのかはっきりしない過去の出来事を、名探偵が解明していくストーリーです。必然的に、十年以上もの歳月を経た事件の謎解きとなってしまいますね」
まゆゆ
「それって、現実にはなかなかありえない展開じゃないですか? 警察がさじを投げた未解決事件を、長い歳月を経ているのに、突如登場した赤の他人である名探偵が、あっさりと謎を解明してしまう。
小説にするとなると、事件の手掛かりとか、なにかと繊細な仕込みが要求されそうですね」
リーサ
「回想殺人をテーマにしてしまったことも、作者の筆を鈍らせた原因の一つなのかもしれませんね。
さてさて、作者の苦労談は置いといて、いよいよ内容に入りましょう。回想殺人を依頼した主人公ですけど、いったいどのような人物なんですかねえ?」
まゆゆ
「わたしです……」
リーサ
「へっ、誰ですって?」
まゆゆ
「だから、わたしですってば。今回の依頼人はわたし、まゆゆこと、古久根麻祐です」
リーサ
「えーっ、あなた、公共の如月シリーズを私物化していませんか?」
まゆゆ
「なにを訳の分からないことをいっているんですか?
本作はわたしの三歳の幼い記憶を頼りに、壮大な謎が繰り広げられていくのです」
リーサ
「ふむふむ。そこだけ聞くと、なんとなく面白そうですねえ。
ところで、あなたの頼りない記憶って、いったいどんな記憶だったのですか?」
まゆゆ
「それがですねえ……、
『父親らしき人に手をつながれて、長い坂を上っていくと、翡翠色の川が流れていて、赤いお地蔵さんが立っていた。それから、とある建物へ入ったら、中に広い畳部屋があって、そこでたくさんの人が踊っていた』
というあいまいな記憶なんです」
リーサ
「翡翠色の川はともかく、赤いお地蔵さんって、なんか変ですね。広い畳の部屋で人が踊っていたという記憶は、どこにでもありそうな、ごく普通の光景に思えますけど……」
まゆゆ
「まあ、謎解きに関しては、恭助さんに一任しておけばいいでしょう。
話は変わりまして、小説の舞台が十九年前の富山県の村みたいですね」
リーサ
「はい、葛和村という名前の集落です」
まゆゆ
「実在する村なのですか?」
リーサ
「いえ、完全に架空の村です。現実のその場所には、おそらく山しかないはずです」
まゆゆ
「でも、架空の村にしては、かなり細かな風景描写もありますし、なんと地図までも用意されていますよね」
リーサ
「そうなんですよ。たとえ架空の村とはいえ、モデルとなった実在の村があるのです!」
まゆゆ
「はて、それはどこでしょう?」
リーサ
「本作のシナリオは、かつて日本で実際に起こったある有名な事件を基に考えられました。それは、1961年に起こった『名張毒ぶどう酒事件』です」
まゆゆ
「ほう。真相が謎に包まれたまま、容疑者が亡くなってしまった、あの事件ですか」
リーサ
「この事件に関しては、様々なことが語られていて、ネットでもたくさんの記事が検索できます」
まゆゆ
「まさか本作で、現実の未解決事件の真相を究明しようとでも?」
リーサ
「いえいえ、そんな大それたこと、端から作者にできる能力はありません。あくまでも、フィクションの舞台設定として、事件の流れを参考にさせていただいただけです。
あらためて、本作の結末と、現実の出来事とは、なんら関係がないことをお断り申し上げておきます」
まゆゆ
「その名張毒ぶどう酒事件が起こった村が、三重県名張市の葛尾地区という集落だったわけですね。なるほど。でも、この事件を参考にしたということは、本作は『毒殺ミステリー』となりますよね?」
リーサ
「そうです。シリーズ五作目の『毒入りカップ麺事件』に続いての、毒殺ミステリーですね」
まゆゆ
「回想殺人に加えて、毒殺ミステリーと来ましたか。犯人を特定する手がかりの設定が、より難しくなりそうですね?」
リーサ
「作者目線の貴重なご意見、ありがとうございます」
まゆゆ
「本編の前半の、恭助さんたちが北海道旅行を満喫するシーンは、のちの『読者への挑戦』への、何らかの伏線が仕込まれているのでしょうか? ぱっと見、あまり重要でなさげですよね」
リーサ
「まあ、そうですね。前半部はお気楽に読んでいただいてもかまいません。本格的な謎解きが始まるのは、第六章の『畳の間』からです。そうはいうものの、出来事全体の流れをつかむうえで、前半部もそれなりの効果を持っていますから、一読はされることをお勧めいたします」
まゆゆ
「下品なやり取りもちょっとあったみたいですけどね」
リーサ
「それに関しましては本当に申し訳ありません。あまり気に留めずにいただければ幸いです」
まゆゆ
「大掛かりなメイントリックがない本作ですが、なにが売りでしょうか?」
リーサ
「豪快さとは真逆の、繊細さが売りですね。大掛かりなトリックがない代わりに、小さなトリックがすごくいっぱい出てきます。ジグソーパズルで例えるなら、やたらとピース数が多いわけですね」
まゆゆ
「つまりは、謎が難しくなると?」
リーサ
「うーん、どうでしょうか? むしろ、解答が分かった時に、伏線がそこらじゅうに転がっていたんだなあと、読者は驚かれるかもしれません」
まゆゆ
「そもそもタイトルから、いかにも伏線ありげですからね」
リーサ
「とにかく、会話で流れがおかしくなったら、そこに伏線があると疑ってみて、まず間違いはないでしょう。そして、いくつかの伏線を見つかれば、それをつなぎ合わせることで、真相が近づいてくると思いますよ」
まゆゆ
「『読者への挑戦』より前の章でも、かなりの謎が解き明かされていきますよね。どこへ連れていかれるのか分からないぶん、ドキドキします」
リーサ
「登場人物がたくさんいるのも、本作の特徴ですかね。
ぶっちゃけ、村人の全員が容疑者ということになりますからね。彼らが語る過去の出来事の中に、事件解明の重要な手掛かりが隠されているのです」
まゆゆ
「村人たちへの尋問が次から次へと続きますね。かなりごちゃごちゃしています」
リーサ
「それについては、作者自身も書いていて混乱を来したらしく、最終的にはエクセルまで動員して、手掛かり情報を整理したみたいです。
時間と場所、そして様々な人たち。よく注意していないと、気付かぬうちに登場人物が矛盾した行動を取ってしまいますからね」
まゆゆ
「逆にいえば、読者が首尾良く、矛盾している箇所を見つけたら、おそらくそれが手掛かりというわけですね」
リーサ
「そういうことになります。まあ、あくまでも、作者の手抜かりがなければ、ということですが……」
まゆゆ
「なにを無責任なことをいっているのですか。出題している立場のプライドとかはないのですか?」
リーサ
「正直、ありません。本作の煩雑さが、作者の能力キャパを超えてしまっていることは事実です。でもそれだけに、読者の皆さんは、挑戦のされ甲斐があるようにも思いますよ」
まゆゆ
「それでは、からくり細工のごとき精巧さを誇る謎解きミステリー『ヘイケボタルが飛び交う里』。
どうぞ、心ゆくまでご賞味ください」